岩下敬輔

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岩下 敬輔 Football pictogram.svg
名前
愛称 イワシタ、王子
カタカナ イワシタ ケイスケ
ラテン文字 IWASHITA Keisuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1986年9月24日(28歳)
出身地 鹿児島県伊集院町
(現:日置市
身長 181cm
体重 76kg
選手情報
在籍チーム ガンバ大阪
ポジション DF (CB, SB)、MF (DH)
背番号 8
利き足 右足
ユース
1999-2001 桜島町立櫻島中学校
2002-2004 鹿児島実業高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2012 清水エスパルス 127 (12)
2012 ガンバ大阪 (loan) 12 (0)
2013- ガンバ大阪 49 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

岩下 敬輔(いわした けいすけ、1986年9月24日 - )は、鹿児島県伊集院町(現:日置市)出身のプロサッカー選手Jリーグガンバ大阪所属。ポジションはディフェンダー(センターバック、サイドバック)。

来歴[編集]

鹿児島実業高等学校在学中の2005年に全国高等学校サッカー選手権大会で優勝を経験。この年、清水エスパルスに入団。中学年代までは攻撃的なポジションで鹿児島県選抜に選ばれた足元の技術も高さを当時の監督長谷川健太に買われ、5月1日の大宮戦でボランチとしてデビューし、その後も本職のセンターバックだけでなくサイドバックなども任された。3年目の2007年J1第22節 対アルビレックス新潟戦に先発出場し、後半17分にCKからプロ入り初ゴールとなるヘディングシュートを決めた。しかし、それ以降は中々定位置を掴めなかった。

2009年、退団した高木和道に代わりセンターバックのレギュラーとして定着。2009年10月、チームメイトの山本海人とともに日本代表に初選出された[1]

2012年、開幕からレギュラーとして起用されるも安定感に欠けたプレーが目立ち、次第に出番が減少していった。同年8月ガンバ大阪へ期限付き移籍[2]。加入当初は、負傷離脱中であった加地亮の穴を埋めるため右サイドバックで起用され、加地復帰後はセンターバックとして起用された。しかし、チームは不振から抜け出せずJ2降格となってしまった。

2013年、複数のJ1クラブからオファーを貰うも[3]、ガンバ大阪への完全移籍を選択した[4]。シーズン序盤はセンターバックでスタメン出場を続けるも、J2第26節東京V戦で右足関節捻挫の怪我で戦線離脱。以降、練習には何度か復帰するも再発を繰り返し、実践復帰は最終節群馬戦まで長引いてしまい、出場数はリーグ戦半分以下の17試合に留まった。

2014年は開幕から定位置を奪回しシーズン通してレギュラーとして活躍。リーグ戦は出場停止となった2試合を除く32試合に出場し、失点数リーグ2位タイに抑えたディフェンス陣を牽引。清水時代からの恩師である長谷川監督にタイトルをもたらし、ガンバのリーグ優勝さらに国内三冠に大きく貢献した。

人物[編集]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2005 清水 30 J1 6 0 2 0 0 0 8 0
2006 5 2 0 0 0 1 0 3 0
2007 11 1 2 0 2 0 15 1
2008 18 2 10 2 1 0 29 4
2009 29 5 9 1 1 0 39 6
2010 20 1 5 0 5 1 30 2
2011 29 2 4 0 4 1 37 3
2012 12 1 2 0 - 14 1
G大阪 13 12 0 - 6 1 18 1
2013 8 J2 17 2 - 0 0 17 2
2014 J1 32 1 8 0 2 0 42 1
通算 日本 J1 171 13 42 3 22 3 235 19
日本 J2 17 2 - 0 0 17 2
総通算 188 15 42 3 22 3 252 21

タイトル[編集]

ガンバ大阪

出場大会[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]