青野毅

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青野 毅
千葉ロッテマリーンズ #58
基本情報
国籍 日本
出身地 鹿児島県南さつま市
生年月日 1983年1月12日(26歳)
身長
体重
178cm
83kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 三塁手二塁手
プロ入り 2000年 ドラフト5位
初出場 2002年5月12日
年俸 2,300万円(推定)
経歴(括弧内は在籍年)

青野 毅(あおの たけし、1983年1月12日 - )は、鹿児島県南さつま市(旧坊津町)出身のプロ野球選手。千葉ロッテマリーンズ所属。ポジション内野手三塁手二塁手)。背番号58

本職は三塁手。1軍では三塁・二塁の他にさらに一塁・遊撃・左翼・右翼も守った経験がある。本職でない守備位置を守るのは、三塁に今江敏晃がいるため。 守備では多数のポジションをこなす器用さを見せる一方、荒削りながら長打力と、初球から積極的に振って行く思い切りのいい打撃が持ち味である。


目次

[編集] 来歴・人物

樟南高校ではエースで4番打者として夏の甲子園大会でも活躍、高校日本選抜にも選出された。当時は外野手を兼ねていて、野手としても評価は高かった。2年生時は1学年上の上野弘文-鶴岡慎也のバッテリーとともに自身は外野手として出場。

2000年オフ、千葉ロッテマリーンズドラフト5位で投手として指名を受け入団した。2001年、入団と同時に野手に転向。

2005年までの5年間は完全に二軍暮らしで、一軍では2年目の1打席のみ。パンチ力のある打撃は期待されていたが、確実性がなく一軍から声がかからなかった。

しかし徐々に二軍の中心選手として地位を上げ、2005年には2軍でチーム最多の92試合に出場し、打率.286、7本塁打、10盗塁の活躍でファーム日本一に貢献した。

2006年

4月15日堀幸一の代役で1軍への昇格を果たすと、その日の西武ライオンズ戦で「2番・三塁手」で即スタメン出場。9回にプロ初安打を放った。

6月14日横浜ベイスターズ戦の4回裏に那須野巧からプロ初HRとなる満塁弾を左翼席に放った。 7月1日にも福岡ソフトバンクホークス戦で2回裏に田之上慶三郎から満塁弾を放った。プロ入り1号・2号がともに満塁本塁打なのは史上初である。

この活躍もあり中盤から二塁手・三塁手として一軍に定着を果たし、64試合に出場、打率.275を記録した。守備では一塁手2試合、二塁手43試合、三塁手12試合、外野手3試合を守った。二軍でも少ない出場試合数ながら打率.321、8本塁打を記録した。

2007年

シーズン序盤に打率4割を超え、一時は首位打者に立つなど驚異的な活躍を見せた。守備でも一塁手6試合、二塁手21試合、三塁手41試合、遊撃手1試合、外野手17試合と、あらゆるポジションを守った。しかし後半戦は手首・肩の故障に泣かされ二軍落ちし、レギュラーは確保できなかった。7月末に鹿児島県出身の女性と結婚。公式発表はクライマックスシリーズ第1ステージ突破後の10月11日に行なわれた。

2008年

前年に痛めた肩を手術し、リハビリに専念した。結局一軍出場はなかった。

[編集] 年度別打撃成績
































O
P
S
2002 ロッテ 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
2006 64 199 182 18 50 12 3 6 86 22 1 1 4 2 10 0 1 44 6 .275 .313 .473 .786
2007 76 278 255 34 63 8 2 10 105 35 2 1 7 2 9 0 5 62 5 .247 .284 .412 .696
通算:3年 141 478 438 52 113 20 5 16 191 57 3 2 11 4 19 0 6 106 11 .258 .296 .436 .732
  • 2008年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 58(2001年 - )

[編集] エピソード

  • 樟南高校3年時はエースで主将で4番。県予選の鹿児島玉龍戦ではフライの捕球をめぐって枦山智博監督の指示のもと、異例の30分にわたる抗議を行って試合を中断させた。監督の「判定が変わることはないと思っていたが、相手に傾いた勢いを断ち切る意図もあった」との発言にあるとおり、この時点で樟南は5-3と逆転されて終盤に入っており、抗議の目的は試合の流れを変えるためであったといえる。結果的にこの後樟南は青野のタイムリーで同点に追いつき、延長に入って併殺崩れの間にサヨナラ勝ちした。
  • 高校時代から勝負強さには定評があり、満塁の場面で相手チームが敬遠をしたという逸話があるほど(この逸話は枦山監督が話したもので、青野本人は否定している)。
  • 上記のようにプロ1号、2号はともに満塁弾であった。これは史上初であり、現在も達成したのは彼のみである(2007年終了時点)。
  • 2007年4月30日の対西武戦(グッドウィル)では、ホームランを打った際にチームメイトのフリオ・ズレータのパフォーマンス「幕張ファイヤー!」を捩り「桜島ファイヤー!」なるパフォーマンスを披露した。更にこれを図案化したTシャツも製作された。
  • 長打力と勝負強さが目立つが、意外と俊足であり、打席数の割に三塁打が多い。

[編集] 高校時代の戦績・記録

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク