糸数敬作
| 北海道日本ハムファイターズ #20 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 沖縄県沖縄市 |
| 生年月日 | 1984年11月7日(27歳) |
| 身長 体重 |
180cm 88kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2006年 大学生・社会人ドラフト3巡目 |
| 初出場 | 2009年5月17日 |
| 年俸 | 1,800万円(2010年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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糸数 敬作(いとかず けいさく、1984年11月7日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。
愛称は「アグー」。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
2006年秋季の東都大学野球リーグでは5勝を挙げ、防御率0.76の好成績で亜細亜大学優勝の原動力となり、最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナインの三冠に輝いた。続く明治神宮野球大会でも、決勝で早稲田大学の宮本賢に投げ勝つなど、亜大の4年ぶり3度目の優勝に貢献した。東都大学1部リーグ通算26試合登板、8勝6敗、防御率2.33、94奪三振。2006年のプロ野球ドラフト会議(大学生・社会人ほか対象の部)で北海道日本ハムファイターズに3巡目指名された。
[編集] プロ入り後
即戦力として期待されるも、2007年、2008年の2年間一軍出場なし。二軍では2007年は30試合に登板してチーム最多のイニング数を投げ、7勝2敗、防御率2.97。2008年は登板18、防御率3.24。
2009年3月、投球フォームをオーバースローからサイドスローに変更。当時日本ハムの二軍投手コーチを務めていた小林繁に「俺に任せてくれたら、最後まで面倒を見る」と言われ、決意した[1]。同年5月に一軍初昇格、初登板。勝ち運に恵まれなかったが、6月30日に6試合目の先発でプロ初勝利を挙げた。7月7日の埼玉西武ライオンズ戦で5回途中までに6失点してノックアウト。試合後に二軍落ちするも、再昇格した際にはチームの6連敗を止める勝利、9連戦の最中の完投勝利など、故障したダルビッシュ有の穴を埋めた。クライマックスシリーズ第2ステージの第2戦に先発し岩隈久志相手に投げ勝つも、日本シリーズ第3戦ではウィルフィン・オビスポとの投げ合いに敗れて敗戦投手となった。
2010年には先発ローテション入りを期待されたが、同年から一軍投手コーチを務めることになっていた小林コーチが1月に急逝。3月30日のシーズン初先発は7回7失点の大乱調で翌日に二軍降格を命じられた。二軍ではイースタン・リーグ最優秀防御率を獲得するも一軍では通用しなくなり、防御率を前年よりも大幅に悪化させた。
2011年は二軍スタート。シーズン初先発となった6月9日の中日ドラゴンズ戦では6回途中までを2失点に抑えるが、日程の関係でローテーションから外される。7月1日の埼玉西武ライオンズ戦でシーズン初勝利、8月17日の千葉ロッテマリーンズ戦でプロ初完封勝利を挙げるが、好調時が長く続かない不安定な投球のため一軍に定着できず、同年シーズンは2勝のみに終わった。二軍ではリーグ3位の防御率であった。10月5日に右肘関節遊離骨除去手術を受けた[2]。
[編集] プレースタイル・人物
オーバースローだった頃は、最高速148km/hの速球は全体的に制球力が良く、特に「右打者の外角低めに決まる制球力」が素晴らしいとスカウト陣から評価を受けていた。[要出典]120km/h前後のスライダー、チェンジアップを織り交ぜつつ、130km/h強のフォークボールも狙って落として来る。サイドスロー転向後は、速球の最速は140㎞/h前後である。一軍投手コーチの吉井理人は2010年に「元速球投手として球威を諦めきれず、速球を求めすぎたためフォームを崩し、腕の位置を固定できず、持ち味の腕の振りと球速の差で打ち取る投球ができなくなり大不振となった」と分析している[3]。
非常に明るい性格であり、2009年まで日本ハムで同僚だった稲田直人の話によると「いつでも笑ってるやつ」とのこと(FFFFFのGoGo直人でのインタビュー談にて[いつ?])。
2010年の春季キャンプでは投手キャプテンに任命されたがすぐに解任され、後輩の榊原諒が引き継いだ。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | 日本ハム | 13 | 12 | 2 | 0 | 0 | 4 | 5 | 0 | 0 | .444 | 295 | 71.0 | 53 | 8 | 27 | 0 | 8 | 43 | 0 | 0 | 40 | 36 | 4.56 | 1.13 |
| 2010 | 8 | 8 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 0 | 0 | .500 | 159 | 36.1 | 38 | 10 | 10 | 0 | 4 | 17 | 0 | 0 | 29 | 27 | 6.69 | 1.32 | |
| 2011 | 5 | 5 | 1 | 1 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | .667 | 118 | 26.0 | 33 | 2 | 3 | 0 | 5 | 14 | 0 | 0 | 15 | 13 | 4.50 | 1.38 | |
| 通算:3年 | 26 | 25 | 3 | 1 | 0 | 8 | 8 | 0 | 0 | .500 | 572 | 133.1 | 124 | 20 | 40 | 0 | 17 | 74 | 0 | 0 | 84 | 76 | 5.13 | 1.23 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初記録
- 初登板:2009年5月17日、対オリックス・バファローズ11回戦(京セラドーム大阪) - 7回裏開始時に3番手として救援、打者はホセ・フェルナンデス
- 初奪三振:同上 - 7回裏二死に塩崎真から
- 初先発:2009年5月25日、対中日ドラゴンズ2回戦(ナゴヤドーム)
- 初完投:2009年6月2日、対広島東洋カープ1回戦(札幌ドーム) - 9回を被安打3、失点2で敗戦投手
- 初勝利:2009年6月30日、対東北楽天ゴールデンイーグルス10回戦(札幌ドーム) - 6回を被安打2、失点1
- 初完投勝利:2009年9月19日、対オリックス・バファローズ19回戦(京セラドーム大阪) - 9回を被安打5、失点1
- 初完封勝利:2011年8月17日、対千葉ロッテマリーンズ14回戦(QVCマリンフィールド)
- その他記録
[編集] 背番号
- 20 (2007年 - )
[編集] 登場曲
[編集] 脚注
- ^ 週刊ベースボールのインタビュー談。[いつ?]
- ^ 北海道日本ハムファイターズ ニュース 糸数選手手術について
- ^ 吉井理人 オフィシャルブログ シーズンが終了しました
[編集] 関連項目
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