ドン・ジマー
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| 基本情報 | |
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| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1931年1月17日(78歳) |
| 身長 体重 |
5' 9" =約175.3cm 177 lb =約80.3kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 内野手 |
| プロ入り | 1949年 |
| 初出場 | 1954年7月2日 |
| 最終出場 | 1965年10月2日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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ドン・ジマー(Donald William Zimmer, 1931年1月17日 - )は、1950~1960年代に活躍したアメリカ・メジャーリーグの元選手、監督。日本の東映フライヤーズでも1年間プレーした。オハイオ州シンシナティ出身。右投げ右打ち。ニックネームは"Popeye"(ポパイ)、又は"Gerbil"(ジャービル=スナネズミの事)。
目次 |
[編集] 略歴
現役時代はブルックリン・ドジャース、シカゴ・カブスなどでプレー。主に二塁、三塁、遊撃を守り、1961年にはオールスターにも選出された。1966年に来日し東映フライヤーズに入団するも、打率.182、9本塁打という成績に終わり1年で退団する。
帰国後、サンディエゴ・パドレス(1972~73年)、ボストン・レッドソックス(1976~80年)、テキサス・レンジャーズ(1981~82年)、シカゴ・カブス(1988~91年)で監督を歴任。1989年にはカブスを地区優勝に導き、ナショナルリーグ最優秀監督に選ばれた。1990年の日米野球ではメジャーリーグ選抜の監督を務めた。
1996年から2003年にかけてはニューヨーク・ヤンキースのベンチコーチとしてジョー・トーリ監督を支え、この時期に6度のアメリカンリーグ制覇と4度のワールドシリーズ制覇(世界一)を経験する。
現在はタンパベイ・レイズのシニアアドバイザーを務める。
[編集] エピソード
- 1999年5月5日、ア・リーグ・ディヴィジョンシリーズ第1戦でチャック・ノブロックが放ったファールの打球が顔面を直撃し顎と耳に裂傷を負うが、7日の第2戦ではNYのロゴが入った軍用ヘルメットをかぶってベンチ入りし、周囲の笑いを誘った。その後、MLBのスタジアムではダッグアウトの前に防護ネットが設置されるようになる。
- 2003年10月11日、レッドソックスとのアメリカンリーグ・チャンピオンシップ第3戦で両チームの乱闘が起こった際、レッドソックスの投手ペドロ・マルティネスの元へ突進したが、マルティネスに投げ飛ばされ軽い怪我を負った(当時72歳)。翌日にはジマー自身が涙を浮かべながら謝罪会見を行った。
[編集] 年度別打撃成績
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
- 監督の通算成績と情報 Baseball-reference.com
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