ティム・ウェイクフィールド

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ティム・ウェイクフィールド
Tim Wakefield
Wakefield Throws a Knuckleball.jpg
ティム・ウェイクフィールド
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州メルボルン
生年月日 1966年8月2日(45歳)
身長
体重
6' 2" =約188cm
210 lb =約95.3kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1988年 MLBドラフト8巡目(全体200位)でピッツバーグ・パイレーツから指名
初出場 1992年7月31日 カージナルス
年俸 $3,500,000(2011年)[1]
経歴(括弧内は在籍年)

ティム・ウェイクフィールド(Tim Wakefield, 1966年8月2日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州メルボルン出身の元野球選手。フルネームはティモシー・スティーブン・ウェイクフィールド(Timothy Stephen Wakefield)。投手、右投右打。

不規則に変化する変化球ナックルボールが投球のほとんどを占める、いわゆる "フルタイム・ナックルボーラー" 。速球はカウントを悪くしたときにたまに投げる程度で、球速は76mph(約122.3km/h)ほどしか出ない[2]

ナックルは肩に負担がかかりにくいため、先発ローテーションの合間にロングリリーフをこなすこともある。

目次

[編集] 経歴

1966年8月2日にフロリダ州メルボルンで生まれ、少年時代から野球をしていた。リトルリーグでのポジションは遊撃手と投手で、ピッチングの際には皆と同じように速球を投げていた[3]。しかし、父とキャッチボールしているときにたまにナックルを投げ込まれるため、それを見よう見まねで試してはいた[4]

高校でも投手と野手を掛け持ちしていたウェイクフィールドだったが、フロリダ工科大学に進学すると一塁手に専念。3年間での通算40本塁打、そして2年生のとき(1987年)に記録したシーズン22本塁打・71打点は全て同大の記録を更新する活躍だった。その後、1988年ドラフト8巡目(全体200位)指名でピッツバーグ・パイレーツに入団。同大からドラフト指名された史上初の選手となった。しかしプロ入り後、ウェイクフィールドは「アマチュアとは比べ物にならないくらいレベルの高い」(本人談)[3]プロの投手に適応できず、メジャーに昇格できなかった。

ある年のスプリングトレーニングで、ウェイクフィールドはキャッチボールの際にふざけてナックルを投げていた。するとそれがコーチの目にとまった。その年の夏にウェイクフィールドが打撃不振で解雇されそうになったとき、春にナックルを観ていたコーチが、ウェイクフィールドに投手転向を勧め、本人も了承した[5]1992年にメジャー初昇格を果たすと、13試合に先発して8勝1敗・防御率2.15を挙げ、チームの地区優勝に貢献する。

しかし、1993年は一転してスランプに陥り24試合で6勝11敗・防御率5.61と打ち込まれた。1994年は1年中マイナー暮らしで、翌1995年のスプリングトレーニング期間中にパイレーツから解雇される。この当時のことをウェイクフィールドは、「集中力を欠いたという感じだった。グラウンド内外で注目されて、打者からアウトを取ることよりも、どのような選手になるべきかと頭を悩ませていた。そうなると、次から次へと悪い方向へ物事が転がり、最後にはもう自分自身を信じることができなくなった。」と語っている[6]。その後1週間ほどでボストン・レッドソックスと契約し、キャンプ地へ。そこでナックルボールの名手だったフィル・ニークロジョー・ニークロの兄弟と出会い、10日ほど指導を受ける[5]。シーズン開幕後はメジャーに定着し、16勝8敗・防御率2.95を記録、カムバック賞を受賞し、サイ・ヤング賞投票でも3位になった。

その後は先発・リリーフなど様々な場面で活躍。2005年4月に2006年は年俸400万ドルとして、2007年以降は毎年球団オプション400万ドルで延長出来るという契約を結んだ[7]2006年は7月にあばら骨の疲労骨折により1か月半の間故障者リスト入りをとなり7勝しかできなかったが、球団はオプションを行使した[8]

2007年は勝ち星を量産し、8月25日の時点で16勝を挙げ、1979年に2人そろって最多勝利投手となったニークロ兄弟(フィル・ニークロジョー・ニークロ)以来となるナックルボーラーの最多勝利投手が期待された[9]。しかし、8月末に肩を痛め[9]、9月以降は1勝しか上積みできなかったが、自己ベストタイの17勝を記録した。この肩の故障によりポストシーズンはクリーブランド・インディアンスとのリーグチャンピオンシップシリーズ第4戦に登板しただけで、ディビジョンシリーズワールドシリーズではロースターから外れた[9]

メディアやファンは400万ドルのオプションを行使しないのではと危惧が広まったが[9]11月2日に球団は2008年のオプション行使を発表した[10]

2009年に42歳で初めてオールスターに選出されたが、登板機会はなかった。

2011年9月13日に、メジャー19年目で史上111人目、ナックルボーラーとしては史上7人目の通算200勝を達成した。

2012年2月17日に現役引退を表明。これにより、メジャーでナックルボールを投げるのはR.A.ディッキーのみとなった。

[編集] 専属捕手を巡る一騒動

ナックルは捕手にとって捕球が難しいことでも知られているが、レッドソックスでは控え捕手だったダグ・ミラベリ2002年以降「ウェイクフィールド専属捕手」を務めていた[11]。しかしミラベリは2006年シーズン前にサンディエゴ・パドレスへ移籍した。ミラベリの移籍後、しばらくは新たに加入した控え捕手のジョシュ・バードがミラベリの代わりを務めていたが、バードは慣れないナックルに後逸を連発した(5回バッテリーを組んで10回の捕逸を記録)[8]。結局、ミラベリはバード捕手及びマイナー選手・金銭とのトレードによって、シーズン開幕後わずか1ヶ月でレッドソックスに復帰し、ふたたびウェイクフィールドとバッテリーを組むことになった。

出戻りトレードが成立して、ミラベリがボストン空港に到着した日は、なんとウェイクフィールドの登板日である5月1日(ヤンキース戦)当日だった。ミラベリは空港から緊急走行のパトカーに乗り込み、車内でユニフォームへの着替えを済ませた。試合開始直前、ミラベリはなんとか球場に到着した。当初、この試合の先発捕手はジェイソン・バリテックと発表されていたが、ミラベリ到着を受けて急遽訂正された。

トレード成立がギリギリまで遅れた理由は、レッドソックスがミラベリを取り戻そうとしていることを察知したヤンキースが、ミラベリ獲得に名乗りを挙げ、ヤンキース戦の5月1日までにレッドソックスとのトレードが成立しないように妨害を試みたためだった。ヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMも後に妨害工作を行ったことを認めている[4]

2008年のスプリングトレーニングでミラベリより若いケビン・キャッシュが成長し、控え捕手として起用できる目処が立ったため、ミラベリはふたたび解雇された[11]。しかし、シーズン終了後にケビン・キャッシュとの契約延長はなされなかった。

2009年シーズン当初はジョージ・コッタラスがウェイクフィールド登板時には専属捕手として起用されていたが、シーズン途中からはクリーブランド・インディアンズから移籍してきたビクター・マルティネスが起用された。

2011年シーズンからはジャロッド・サルタラマッキアが専属捕手として起用されていた。

[編集] 年度別投手成績





















































W
H
I
P
1992 PIT 13 13 4 1 0 8 1 0 -- .889 373 92.0 76 3 35 1 1 51 3 1 26 22 2.15 1.21
1993 24 20 3 2 0 6 11 0 -- .353 595 128.1 145 14 75 2 9 59 6 0 83 80 5.61 1.71
1995 BOS 27 27 6 1 0 16 8 0 -- .667 804 195.1 163 22 68 0 9 119 11 0 76 64 2.95 1.18
1996 32 32 6 0 0 14 13 0 -- .519 963 211.2 238 38 90 0 12 140 4 1 151 121 5.14 1.55
1997 35 29 4 2 0 12 15 0 -- .444 866 201.1 193 24 87 5 16 151 6 0 109 95 4.25 1.39
1998 36 33 2 0 0 17 8 0 -- .680 939 216.0 211 30 79 1 14 146 6 1 123 110 4.58 1.34
1999 49 17 0 0 0 6 11 15 0 .353 635 140.0 146 19 72 2 5 104 1 0 93 79 5.08 1.56
2000 51 17 0 0 0 6 10 0 3 .375 706 159.1 170 31 65 3 4 102 4 0 107 97 5.48 1.47
2001 45 17 0 0 0 9 12 3 3 .429 732 168.2 156 13 73 5 18 148 5 1 84 73 3.90 1.36
2002 45 15 0 0 0 11 5 3 5 .688 657 163.1 121 15 51 2 9 134 5 2 57 51 2.81 1.05
2003 35 33 0 0 0 11 7 1 0 .611 872 202.1 193 23 71 0 12 169 8 0 106 92 4.09 1.30
2004 32 30 0 0 0 12 10 0 1 .545 831 188.1 197 29 63 3 16 116 9 0 121 102 4.87 1.38
2005 33 33 3 0 0 16 12 0 0 .571 943 225.1 210 35 68 4 11 151 8 0 113 104 4.15 1.23
2006 23 23 1 0 1 7 11 0 0 .389 610 140.0 135 19 51 0 10 90 6 0 80 72 4.63 1.33
2007 31 31 0 0 0 17 12 0 0 .586 800 189.0 191 22 64 1 4 110 10 0 104 100 4.76 1.35
2008 30 30 1 0 1 10 11 0 0 .476 754 181.0 154 25 60 0 13 117 12 0 89 83 4.13 1.18
2009 21 21 2 0 0 11 5 0 0 .688 572 129.2 137 12 50 0 10 72 4 0 67 66 4.58 1.44
2010 32 19 0 0 0 4 10 0 0 .286 610 140.0 153 19 36 3 5 84 11 1 92 83 5.34 1.35
2011 33 23 1 0 0 7 8 0 0 .467 677 154.2 163 25 47 1 8 93 15 1 110 88 5.12 1.36
通算:19年 627 463 33 6 2 200 180 22 12 .526 13939 3226.1 3152 418 1205 33 186 2156 134 8 1791 1582 4.41 1.35
  • 2011年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 参考資料

  1. ^ Boston Red Sox 2011 Player Salaries and Team Payroll” (英語). ESPN.com. 2011年3月7日閲覧。
  2. ^ FOXSports.com, "Preview 2008: Boston Red Sox," FOX Sports on MSN, March 18, 2008. 2008年3月22日閲覧。[リンク切れ]
  3. ^ a b 古内義明ナガオ勝司大冨真一郎「THE CONSOLATION MATCH ON THE MOUND マウンドにかけた第二の野球人生。/ビクター・ザンブラーノデビルレイズ]&ティム・ウェイクフィールド[レッドソックス]&トロイ・パーシバルエンゼルス]」 『月刊メジャー・リーグ』2004年6月号、ベースボール・マガジン社、2004年、雑誌08625-6、24-26頁。
  4. ^ a b 丹羽政善「指先の魔術/ウェイクフィールド[レッドソックス]他」 『月刊メジャー・リーグ』2006年7月号、ベースボール・マガジン社、2006年、雑誌08625-7、26-29頁。
  5. ^ a b 三尾圭 「魔球ナックルを操る男 ティム・ウェイクフィールド レッドソックス」 『月刊スラッガー』2003年8月号、日本スポーツ企画出版社、2003年、雑誌15509-8、29-32頁。
  6. ^ 『月刊スラッガー』2005年3月号 日本スポーツ企画出版社 41頁
  7. ^ Deal keeps Wakefield in team's grip” (英語). The Boston Globe. 2008年8月8日閲覧。
  8. ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、66項。ISBN 978-4-331-51213-5
  9. ^ a b c d 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、34項。ISBN 978-4-331-51300-2
  10. ^ Wakefield, Tavarez returning to Boston” (英語). MLB.com. 2008年8月8日閲覧。
  11. ^ a b Ian Browne / MLB.com, "Red Sox release catcher Mirabelli / Surprise move opens door for Cash to assume backup role," The Official Site of Major League Baseball, March 13, 2008. 2008年3月22日閲覧。

[編集] 外部リンク

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