ブライアン・キャッシュマン

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ブライアン・キャッシュマン

ブライアン・キャッシュマンBrian Cashman, 1967年7月3日 - )は、MLBニューヨーク・ヤンキースゼネラルマネージャー(GM)。ニューヨーク州生まれ、ケンタッキー州レキシントン育ち。既婚。

来歴・人物[編集]

ヤンキースでは、1986年インターンシップで働き始め、1989年の大学卒業とともに採用。ファームディレクター補佐を経て、1992年にGM補佐に昇格する。

1998年、当時では史上2位の若さとなる30歳でGMに就任した。同年GM史上最年少で世界一。1年目から3連覇(98-00年)も史上初。

2008年、ヤンキースのプレーオフ進出が14年連続で途切れ、キャッシュマン自身の契約が切れる今季限りでの解任も噂されたが、2009年からの3年契約に合意し、残留することになった。

売りはFAの際の契約交渉の速さで[要出典]ジョニー・デーモンロジャー・クレメンスマーク・テシェイラら大物選手との契約を、マスコミが嗅ぎ付ける前にまとめた。反面、4年3995万ドルで獲得のカール・パバーノ(現インディアンス)、ポスティング・フィーと合わせて4600万ドルで獲得した井川慶、トレードで獲得したケビン・ブラウン(後に引退)などは、最大級の失敗と言われている。

GMとしての特徴[編集]

常に勝利を義務付けられる立場にありながら、思い切ってロビンソン・カノーら若手を抜擢したり、不満分子だったゲーリー・シェフィールドを放出して若手を得るなど、行動力がある。ただ、弱点(特に先発投手)を補強することを焦って市場価値以上の契約を結び、失敗することも珍しくない。カール・パバーノ、ジャレット・ライト、井川慶はその最たる例と言える。特に井川に関しては完全な調査不足であることが指摘されている[1][注釈 1]

アクシデント[編集]

2013年3月4日、フロリダ州空軍基地で、負傷軍人の援助団体のためのチャリティーイベントに参加。スカイダイビングを行い、1度目のダイビングには成功したが、2度目を行ったところ着地に失敗して右足首を脱臼、右脚を骨折した[2]

キャッシュマンは、「このような形で注意を引くつもりはなかったが、この団体がさらに注目を浴びることになりとてもうれしい」との談話を発表した[3]

注釈[編集]

  1. ^ 週刊ベースボール2012年6月4日号のインタビュー記事によれば、入団後に(井川が球団から)「得意な球は何か?」と聞かれたという。

脚注[編集]

  1. ^ 週刊ベースボール2012年6月4日号 P9
  2. ^ http://www.zakzak.co.jp/sports/baseball/news/20130305/bbl1303051210008-n1.htm
  3. ^ http://sankei.jp.msn.com/sports/news/130305/mlb13030512290011-n1.htm