ポール・コネルコ

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ポール・コネルコ
Paul Konerko
Paul Konerko on August 10, 2011.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ロードアイランド州プロビデンス
生年月日 1976年3月5日(38歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手
プロ入り 1994年 MLBドラフト1巡目
初出場 1997年9月8日
最終出場 2014年9月28日
年俸 $2,259,816(2014年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ポール・ヘンリー・コネルコ (Paul Henry Konerko, 1976年3月5日 - ) は、アメリカ合衆国ロードアイランド州プロビデンス出身の元プロ野球選手一塁手、右投右打。

もともとはキャッチャーで、打撃を生かすためにファーストにコンバートされた。ファースト以外に、サードレフトでのプレー経験がある。

経歴[編集]

アリゾナ州Chaparral高校時代のポジションは捕手で、高校通算打率は5割を超えていた。1994年ドラフト1巡目(全米13位)指名でロサンゼルス・ドジャースへ入団。1997年にはベースボール・アメリカ・マイナーリーグ年間最優秀選手賞に選出され、9月にはメジャーデビューを果たした。1998年のシーズン開幕時には新人王の最有力候補といわれていたが、不振で7月にはシンシナティ・レッズへ、シーズン終了後にはマイク・キャメロンとのトレードでホワイトソックスへ移籍した。

その後は実力を発揮し、移籍1年目の1999年に142試合に出場し、メジャーに定着。しかし、2003年は臀部の筋肉を痛め低迷[2]。打率.234・18本塁打はホワイトソックス移籍後最低の成績となった。2004年は本塁打・塁打・打点・四球などで自己最高の成績を記録し、カムバック賞を受賞。早打ちをしなくなったため、四球・三振数はともに増加した[2]

2005年は3年ぶりにオールスターに選出され、2年連続40本塁打・100打点を記録。リーグチャンピオンシップシリーズでは2本塁打を放ってMVPを受賞するなど、球団88年ぶりのワールドシリーズ優勝に貢献した。

2005年シーズン終了後、FAになったコネルコヘロサンゼルス・エンゼルスボルチモア・オリオールズなどから5年総額6,000万ドルから6,500万ドル規模のオファーがあったが、ホワイトソックスと5年総額6,000万ドルで契約延長[3]オジー・ギーエン監督などからはチームキャプテンの肩書を与えようという声があがり、このときは「チーム内はそれぞれの選手に平等に発言の機会が与えられなければならず、一人が突出するのは好ましくない」と断るも、チームメイトが望んでいたためチームのキャプテンに就任[4]

チームキャプテンとなり、フランク・トーマスが移籍したためチーム最古参となった2006年は35本塁打と3年ぶりに40本塁打の大台を下回ったが、6月25日のアストロズ戦で通算222本塁打を放ち、ハロルド・ベインズを抜き、球団史上歴代単独2位となった[5]。打率は自己最高の.313を記録した。2007年は31本塁打と30の大台を上回ったが、打率は.259と低迷。

2008年は、左腹斜筋痛のため6月15日から自身初の故障者リスト入り[6]。ホワイトソックス移籍後ワーストとなる122試合の出場にとどまり、打率.240・22本塁打は2003年以来の低い水準。本塁打は9月に9本塁打を放ち、20本台に乗せた。

2009年は、2年ぶりにシーズン150試合以上に出場したが、打撃成績は打率.277・28本塁打・88打点にとどまり、打率と打点は3年連続で.300・100打点に届かず、本塁打も2年連続での20本台となった。

2010年は、シーズン通じて安定した活躍を見せた。打率.312は、キャリアで2番目に高い数字であり、30本塁打以上は3年ぶり、100打点以上は実に4年ぶりとなる数字であった。特に39本塁打は、アメリカンリーグ2位となる成績であった。オフにFAとなったが、12月8日に3年3750万ドルでホワイトソックスと再契約した[7]

2011年は前年に続いて3割、30本塁打、100打点をクリア。オフにオジー・ギーエン監督がマイアミ・マーリンズへ移籍すると、具体化こそしなかったが、ケニー・ウィリアムスGMはコネルコを選手兼任監督にする案も考えていた[8]

2012年4月25日に通算400号本塁打を達成。5月27日にはフランク・トーマスに次いで2人目のホワイトソックスでの400号本塁打(通算407号)を放った[9]。この時点で打率.399と序盤は絶好調だったが、後半戦に失速して最終的な成績は過去2年の水準に届かなかった[10]

2013年10月31日にFAとなったが、12月4日にホワイトソックスと1年250万ドルで再契約した[11]

2014年シーズン限りで現役を引退することが発表された[12]。孤児の養子縁組を支援する活動が評価され、フィラデルフィア・フィリーズジミー・ロリンズと共にロベルト・クレメンテ賞を受賞した。2名の同時受賞は、史上初である[13]

プレイスタイル[編集]

打撃では、速球にめっぽう強く、走塁では『メジャーNo.1の鈍足』と呼ばれており、盗塁三塁打は非常に少ない。また併殺打も非常に多い。2006年にスポーツ・イラストレイテッド誌が実施した選手へのアンケートでも「足が遅い男」部門の2位に選出されている[14]。ただし、足の遅さよりも「あきらめが早いのが難点」[15]ともいえる。

獲得タイトル・記録[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1997 LAD 6 8 7 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 2 1 .143 .250 .143 .393
1998 49 158 144 14 31 1 0 4 44 16 0 1 0 2 10 0 2 30 5 .215 .272 .306 .578
CIN 26 81 73 7 16 3 0 3 28 13 0 0 0 1 6 0 1 10 5 .219 .284 .384 .668
'98計 75 239 217 21 47 4 0 7 72 29 0 1 0 3 16 0 3 40 10 .217 .276 .332 .608
1999 CWS 142 564 513 71 151 31 4 24 262 81 1 0 1 3 45 0 2 68 19 .294 .352 .511 .862
2000 143 586 524 84 156 31 1 21 252 97 1 0 0 5 47 0 10 72 22 .298 .363 .481 .844
2001 156 650 582 92 164 35 0 32 295 99 1 0 0 5 54 6 9 89 17 .282 .349 .507 .856
2002 151 630 570 81 173 30 0 27 284 104 0 0 0 7 44 2 9 72 17 .304 .359 .498 .857
2003 137 495 444 49 104 19 0 18 177 65 0 0 0 4 43 7 4 50 28 .234 .305 .399 .704
2004 155 643 563 84 156 22 0 41 301 117 1 0 0 5 69 5 6 107 23 .277 .359 .535 .894
2005 158 664 575 98 163 24 0 40 307 100 0 0 0 3 81 10 5 109 10 .283 .375 .534 .909
2006 152 643 566 97 177 30 0 35 312 113 1 0 0 9 60 3 8 104 25 .313 .381 .551 .932
2007 151 636 549 71 142 34 0 31 269 90 0 1 0 6 78 9 3 102 21 .259 .351 .490 .841
2008 122 514 438 59 105 19 1 22 192 62 2 0 0 4 65 4 7 80 17 .240 .344 .438 .783
2009 152 621 546 75 151 30 1 28 267 88 1 0 0 7 58 4 10 89 15 .277 .353 .489 .842
2010 149 631 548 89 171 30 1 39 320 111 0 1 0 6 72 6 5 110 9 .312 .393 .584 .977
2011 149 639 543 69 163 25 0 31 281 105 1 1 0 11 77 17 8 89 14 .300 .388 .517 .906
2012 144 598 533 66 159 22 0 26 259 75 0 0 0 2 56 4 7 83 16 .298 .371 .486 .857
2013 126 520 467 41 114 16 0 12 166 54 0 0 0 4 45 2 4 74 12 .244 .313 .355 .669
通算:17年 2268 9281 8185 1147 2297 402 8 434 4017 1390 9 4 1 84 911 80 100 1340 275 .281 .356 .491 .847
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

脚注[編集]

  1. ^ Paul Konerko Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2014年6月21日閲覧。
  2. ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』 廣済堂出版、2005年、115頁。ISBN 978-4-331-51093-3
  3. ^ Konerko agrees to five-year deal with White Sox” (英語). ESPN.com. 2008年8月30日閲覧。
  4. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、149項。ISBN 978-4-331-51213-5
  5. ^ Paul Konerko 2006 Career Highlights” (英語). MLB.com. 2008年8月30日閲覧。
  6. ^ White Sox place Paul Konerko on 15-day disabled list” (英語). MLB.com (2008年6月17日). 2009年8月20日閲覧。
  7. ^ Konerko, White Sox stay together with new deal MLB.com
  8. ^ Chicago White Sox unveil Robin Ventura, considered Paul Konerko for manager ESPN Chicago
  9. ^ Productive week nets White Sox slugger Paul Konerko American League Player of the Week honor whitesox.com
  10. ^ Paul Konerko Game By Game Stats and Performance - Chicago White Sox - ESPN
  11. ^ Paul Konerko returning to White Sox ESPN CHICAGO
  12. ^ [1]ESPN CHICAGO
  13. ^ クレメンテ賞にP・コネルコとJ・ロリンズ 史上初2人受賞”. スポーツ報知 (2014年10月26日). 2014年10月26日閲覧。
  14. ^ http://sportsillustrated.cnn.com/2006/players/08/08/poll.0808/index.html
  15. ^ 阿部寛子「2006通信簿 FILE:219~500 シカゴ・ホワイトソックス」 『月刊スラッガー』104号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-12、88頁。

外部リンク[編集]