マーク・バーリー

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マーク・バーリー
Mark Buehrle
トロント・ブルージェイズ #56
Mark Buehrle on September 26, 2013.jpg
2013年9月26日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミズーリ州セントチャールズ
生年月日 1979年3月23日(35歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
245 lb =約111.1 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1998年 ドラフト38巡目(全体1139位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名
初出場 2000年7月16日 ミルウォーキー・ブルワーズ
年俸 $19,000,000(2014年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

マーク・アンソニー・バーリーMark Anthony Buehrle, 1979年3月23日 - )は、アメリカ合衆国ミズーリ州セントチャールズ出身のプロ野球選手投手)。左投左打。MLBトロント・ブルージェイズに所属。

経歴[編集]

ジェファーソン短大1年時の1998年6月にMLBドラフト38巡目(全体1,139位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名され、翌1999年5月に入団契約を交わした。同年A級バーリントン・ビーズでプロデビューを果たし、20試合に登板し四球はわずか16とコントロールは非の打ち所がなく、トム・グラビンと比較された[2]

2000年に、傘下のマイナーリーグAA級バーミンガム・バロンズで16試合8勝4敗・防御率2.28の好成績を残し、フューチャーズゲームにも選出された[2]。シーズン途中の7月にAAA級を飛び越えてメジャーに昇格し、7月16日のブルワーズ戦で、チームが11-4とリードした9回表に登板しメジャーデビュー。1点を失うが後続を抑え、試合を締める。その後3試合に先発したが、先発3試合目に3.2回で5失点と打ち込まれ、シーズン終了までリリーフに回された。

2001年先発ローテーションに定着。5月から4か月連続で月間防御率2点台を記録し[3]、8月3日のデビルレイズ戦では被安打1の準完全試合を達成[4]。9月に失速するまで防御率はリーグ1位で[2]、シーズン通して221.1投球回(リーグ10位)で16勝8敗・防御率3.29(同4位)・WHIP1.066(同1位)を記録。

2002年には開幕投手を務め、19勝(リーグ4位)12敗を挙げた。ホワイトソックスの左腕投手としては1975年ジム・カートが20勝(14敗)を記録して以来26年ぶりとなる19勝[5]を挙げたバーリーは、この年以降2006年まで5年連続で開幕投手に起用されるなどエースの座をつかむ。2003年シーズン終了後に球団はバーリーと3年総額1,800万ドルで契約延長した[2]

2004年2005年には2年連続でリーグ最多投球回を記録。2004年5月11日のオリオールズ戦から2005年7月26日のロイヤルズ戦まで「49試合連続6イニング以上登板」という記録を打ちたてるなど "イニングイーター" (多くのイニングを投げる投手のこと)ぶりを発揮した。

2005年は、オールスターゲームで先発登板して勝利投手となり、シーズン通算では防御率3.12と自己最高を記録。ワールドシリーズでは、第2戦に先発登板し勝ち星を挙げ、第3戦ではチームが7人の救援投手を使い果たし延長14回2アウト・ランナー1・3塁の場面で自ら登板を志願し、アダム・エバレット遊飛に抑えセーブを挙げた[6]。2試合連続登板で「先発→セーブ」のパターンを記録したのはワールドシリーズ史上初のことであった[7]。その後チームは4連勝で88年ぶりのワールドシリーズ制覇を達成。

しかし2006年には12勝13敗で初の負け越し、防御率も4.99で自己最低を更新するなど、前年から一転して低迷。特に後半戦は14試合で3勝7敗・防御率6.44と大不振に陥った。それでもホワイトソックスは契約オプションを行使し、バーリーは2007年もホワイトソックスで投げることになった。オフに球団は2008年から3年総額3,300万ドルで契約延長を打診したが拒否した[8]

契約最終年となった2007年、バーリーは4月18日のレンジャーズ戦でノーヒットノーランを達成した。ホワイトソックスの投手としては16年ぶりの達成で、5回にサミー・ソーサ四球を1つ与えただけ、しかもその後すぐ牽制球で仕留め打者27人で試合を終了させた "準完全試合" だった。以降6月終了時点まで15試合に登板し、5勝4敗・防御率3.33を記録。7月8日、バーリーとホワイトソックスは4年5,600万ドルで契約延長に合意した[9]。シーズン通算では、2001年以降では自己最少となる30先発・201.0投球回・10勝(9敗)に終わったが、防御率は3.63と持ち直した。

2009年7月23日、タンパベイ・レイズ戦で完全試合を達成。この偉業により、オバマ大統領から祝福の電話を受けた[10]。次の登板となった7月28日のミネソタ・ツインズ戦でも6回2死まで1人の走者も許さず、ジム・バーとチームメイトのボビー・ジェンクスが持っていた41者連続アウトを更新する45者連続アウトのMLB新記録を達成した[11]。なおこの記録は、2014年8月にヤスメイロ・ペティット(46打者連続アウト)によって更新されている。

ホワイトソックスには2011年まで在籍し、2001年から11年連続で200イニング、二桁勝利を達成した。2011年12月8日マイアミ・マーリンズに4年総額5800万ドルの契約で移籍した。

移籍初年度の2012年も200イニング、二桁勝利をクリアしてそれぞれ12年連続とした。オフの11月13日ジョシュ・ジョンソンホセ・レイエスユネル・エスコバーら総勢12人が動く大型トレードでトロント・ブルージェイズに移籍した[12]

2013年当初は乱調が続き、5月には一時防御率が7点台まで落ちこんだが、その後は持ち直した。先発ローテーションを守り、13年連続で、200イニング、二桁勝利をクリアした。

2014年は5月までに9勝(防御率2.33)をマークするなど、ハイペースで勝ち星を積み重ねた。その後はやや失速したが、メジャー2年目の2001年から14年連続となる2ケタ勝利(13勝)・200.0イニングをクリア。投球イニングが14年連続で200回を超えたのは、1901年以降では史上7人目の記録である[13]

特徴[編集]

球速は遅いものの、多彩な変化球を低めに集めて打たせて取る、典型的な技巧派左腕。バーリーの投球について、元チームメイトの井口資仁は「バーリーの時は、しっかり打たれたゴロじゃなくて、打ち損じた打球がよく飛んでくる気がする」と語っている[14]。持ち球は、85 - 89mph(約136.8 - 143.2km/h)の沈む速球に、打者の手元で鋭く曲がるスライダー、大きく曲がるカーブ、それにチェンジアップなど[15]。制球が良いため「("精密機械" と呼ばれる制球を武器に通算300勝を挙げた)グレッグ・マダックスに最も近い投手」と呼ばれることもある[14]イチローは「左バッターのアウトコースいっぱいのところへボール1個分のコントロールができる」と評価している[16]

投球のテンポがいいため、バーリーの登板する試合は他の試合に比べて早く終わることが多い。2005年4月16日のマリナーズ戦は過去20年で最短の1時間39分で終わっている[2][17]。また、体に負担をかけない投げ方をしているため故障が少なく、長いイニングを投げられることも特徴。2004年から2005年にかけて、49試合連続6イニング以上登板という記録を打ち立てた。バーリー自身は「普通は1イニング15球がベストと言われるけど、オレは10 - 12球で抑えることを目標にしている。マウンドに立つたびに、9イニングを90球で終わらせることをめざしている」と自らの投球哲学を語っている[14]

また、ゴールドグラブ賞とフィールディング・バイブル・アワードをそれぞれ4年連続で受賞しているように、メジャー屈指の守備力を誇る投手である。そのフィールディング能力は自身の持ち味である、打たせてとる投球の大きな支えとなっている。

一方で、ニューヨーク・ヤンキースとは相性が非常に悪く、2004年4月10日の対戦で勝利して以来12連敗を喫しており、通算でも1勝14敗(勝率.067)と苦しんでいる。また打者ではイチローを苦手としており、通算で63打数27安打、打率.429とカモにされている。この被打率はイチローが50打席以上対戦したメジャーの投手の中では最も高い[18]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2000 CWS 28 3 0 0 0 4 1 0 3 .800 225 51.1 55 5 19 1 3 37 0 0 27 24 4.21 1.44
2001 32 32 4 2 0 16 8 0 0 .667 885 221.1 188 24 48 2 8 126 1 5 89 81 3.29 1.07
2002 34 34 5 2 1 19 12 0 0 .613 984 239.0 236 25 61 7 3 134 6 1 102 95 3.58 1.24
2003 35 35 2 0 1 14 14 0 0 .500 978 230.1 250 22 61 2 5 119 1 0 124 106 4.14 1.35
2004 35 35 4 1 2 16 10 0 0 .615 1016 245.1 257 33 51 2 8 165 0 0 119 106 3.89 1.26
2005 33 33 3 1 2 16 8 0 0 .667 971 236.2 240 20 40 4 4 149 2 2 99 82 3.12 1.18
2006 32 32 1 0 0 12 13 0 0 .480 876 204.0 247 36 48 5 6 98 0 1 124 113 4.99 1.45
2007 30 30 3 1 1 10 9 0 0 .526 835 201.0 208 22 45 5 5 115 1 0 86 81 3.63 1.26
2008 34 34 1 0 1 15 12 0 0 .556 918 218.2 240 22 52 4 5 140 4 0 106 92 3.79 1.34
2009 33 33 1 1 1 13 10 0 0 .565 874 213.1 222 27 45 3 5 105 2 1 97 91 3.84 1.25
2010 33 33 3 0 2 13 13 0 0 .500 897 210.1 246 17 49 1 1 99 3 5 105 100 4.28 1.40
2011 31 31 0 0 0 13 9 0 0 .591 858 205.1 221 21 45 3 2 109 1 0 93 82 3.59 1.30
2012 MIA 31 31 1 0 0 13 13 0 0 .500 828 202.1 197 26 40 3 4 125 2 0 88 84 3.74 1.17
2013 TOR 33 33 1 1 0 12 10 0 0 .545 876 203.2 223 24 51 3 9 139 2 0 100 94 4.15 1.35
通算:14年 454 429 29 9 11 186 142 0 3 .567 12021 2882.2 3030 324 655 45 68 1660 25 15 1359 1231 3.84 1.28
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰[編集]

記録[編集]

  • 2004年のインディアンス戦では2安打を浴びたが、その走者をともに併殺打で片付け、対戦打者27人で完封勝利を挙げた。
  • 2005年のワールドシリーズでは、第2戦に先発登板したあと第3戦では救援登板しセーブを挙げた。2試合連続登板で「先発→セーブ」のパターンを記録したのはワールドシリーズ史上初のことであった[7]
  • 2006年5月14日のツインズ戦では、初回に7失点しながら勝利投手となった。これは1900年9月29日にジャック・パウエルカージナルス)がオーファンズ(現カブス)戦で記録して以来106年ぶりの珍事である。
  • 2007年4月18日のレンジャーズ戦でノーヒッター(無安打無失点)を達成(詳細は経歴欄を参照)。
  • 2009年7月23日のレイズ戦で完全試合を達成。
  • 2009年7月28日に45者連続アウトのメジャー新記録(当時、現在はア・リーグ記録)を達成。

参考資料[編集]

  1. ^ Mark Buehrle Contracts, Salaries, Cap Hits, & Transactions” (英語). Spotrac.com. 2014年1月5日閲覧。
  2. ^ a b c d e Mark Buehrle Biography” (英語). JockBio. 2008年9月27日閲覧。
  3. ^ Mark Buehrle 2001 Pitching Splits” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年9月27日閲覧。
  4. ^ August 3, 2001 Tampa Bay Devil Rays at Chicago White Sox Box Score and Play by Play” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年9月27日閲覧。
  5. ^ "2002 Career Highlights," The Official Site of The Chicago White Sox. 2008年1月25日閲覧。
  6. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』 廣済堂出版、2006年、98項。ISBN 978-4-331-51146-6
  7. ^ a b Mark Gonzales, "Extra! Extra! Sox win!," ChicagoSports.com, October 26, 2005. 2008年4月14日閲覧。
  8. ^ 三尾圭「契約最終年の10人 運命のシーズンを迎えし者たち」『スラッガー』2007年5月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-8、26 - 27頁
  9. ^ Associated Press, "Buehrle signs 4-year deal to stay with White Sox," ESPN.com, July 8, 2007. 2008年4月14日閲覧。
  10. ^ オバマ大統領から祝福(MLB.com)
  11. ^ Buehrle sets mark with 45 straight retired Breaks old record of 41 consecutive outs in fifth inning”. whitesox.com (2009年7月28日). 2009年7月30日閲覧。
  12. ^ Blue Jays To Acquire Johnson, Reyes, Buehrle From Marlins MLB Rumors
  13. ^ Buehrle hits 200 IP for 14th straight year in win MLB.com
  14. ^ a b c 阿部寛子 「マダックスの遺伝子を継ぐ者たち 技巧派投手たちの美学」 『月刊スラッガー』2005年10月号、日本スポーツ企画出版社、2005年、雑誌15509-10、34-37頁。
  15. ^ Lindy's, "Preview 2008: Chicago White Sox," FOX Sports on MSN, March 10, 2008. 2008年4月14日閲覧。
  16. ^ 石田雄太 「[開幕3連戦から探る]イチロー&マリナーズ「2年目の野心」」 『Sports Graphic Number』547号、文藝春秋、2002年、雑誌26854-4・25、52-56頁。
  17. ^ "Apr 16, 2005, Mariners at White Sox Play by Play and Box Score," Baseball-Reference.com. 2008年4月14日閲覧。
  18. ^ "[1]," Baseball-Reference.com. 2014年9月21日閲覧。

外部リンク[編集]