マイク・マイヤーズ (左投手)

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マイク・マイヤーズ
Mike Myers
Sep102006 633 Mike Myers.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州アーリントンハイツ
生年月日 1969年6月26日(45歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
197 lb =約89.4 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1990年 ドラフト4巡目
初出場 1995年4月25日
最終出場 2007年9月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

マイケル・スタンリー・マイヤーズMichael Stanley "Mike" Myers, 1969年6月26日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州アーリントンハイツ出身のプロ野球選手投手)。アイオワ州立大学出身。

変則投法[編集]

投球フォームが非常に独特な投手である。ややサイドスロー気味であるものの、上体を傾けて投げているためリリースポイントが低く、事実上の左アンダースロー投手である。ステップ幅はさほど大きくなく、渡辺俊介のように沈み込んだりはしない。そのかわり右足を一塁側に踏み出し、上体を傾けた体勢から投げ込んでゆく。

プロ入り後の経歴[編集]

1990年サンフランシスコ・ジャイアンツにドラフト4巡目で指名されてプロ入り。その後、1992年フロリダ・マーリンズへ移籍し、1995年にメジャーデビュー。マーリンズでは2試合に投げたが、同年8月9日バディ・グルームとの1対1のトレードでデトロイト・タイガースへ移籍。

その後、タイガースで大きく飛躍し、1996年1997年の2年連続でリーグ最多登板をマークした。しかし1997年11月に、サンティアゴ・ペレスリック・グリーンと共に、ブライス・フロリーとの3対1のトレードでミルウォーキー・ブルワーズに移籍する。ブルワーズでは2年間で141試合に登板し、1998年には防御率2.70を記録するなど、リリーフ投手としての役割をしっかりと果たした。

移籍後もリリーフ投手として活躍していたものの1999年オフに、カート・レスカニックとの1対1のトレードでコロラド・ロッキーズへ移籍。ロッキーズ1年目の2000年には再三のトレードによる鬱憤を晴らすかの様な快投を見せ、リーグ3位の78試合に登板し、防御率1.99という非の打ち所のない成績を残した。2001年も防御率こそ3.60まで下がったが、それでも73試合登板という堂々たる数字をマークした。2002年開始前に、JD・クロッサージャック・カストとの1対2のトレードでアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍。ダイヤモンドバックスでは2年間で133試合に登板したものの、防御率の平均は5.03と不本意な2年間に終わってしまった。

2003年のシーズン終了時にフリーエージェントになり、シアトル・マリナーズと契約した。2004年シーズン開始後も、リリーフとしてメジャーで登板を重ね、50試合に登板したものの防御率4.88と今一つだった。そのためウェーバーを経て、同年8月にボストン・レッドソックスへ移籍。レッドソックスでは25試合に投げて防御率4.20とやや持ち直したものの、同年シーズン終了と同時にフリーエージェントとなった。

その後、セントルイス・カージナルスが獲得するが、2005年3月29日にマイナーリーグに所属する2選手との1対2のトレードでレッドソックスへ放出され、結局はレッドソックスでプレイすることになった。同年は、65試合に登板し防御率3.13を記録。左打者に対する被打率.158を記録するなど、左打者封じとして効果的な働きを見せた。

2005年シーズン終了と同時にフリーエージェントとなる。ニューヨーク・ヤンキースと2年契約を結ぶ。2006年は62試合で防御率3.23を記録したが、左打者に打たれるケースが目立つようになった。ちなみにシーズンオフにメジャーリーグ代表として日米野球に参加したが、左打者である阿部慎之助にスリーランホームランを打たれている。翌2007年は、55試合に登板して防御率2.66を記録していたが、同年8月にヤンキースから放出され、シカゴ・ホワイトソックスに移籍した。ホワイトソックスでは、17試合に登板したものの防御率11.20に終わり、シーズン終了後にフリーエージェントとなった。

2008年は、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加する。しかし、メジャーに残ることはできずドジャース傘下のラスベガス・フィフティワンズで10試合に登板したが、同年4月25日にラスベガス・フィフティワンズに契約解除を申請し受理。フリーエージェントとなった。その後、現役に復帰することなく、現役を退いた。

ポストシーズンには4度出場して9試合に登板しているが、防御率8.31と相性が良くなかった。

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1995 FLA 2 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 9 2.0 1 0 3 0 0 0 0 0 0 0 0.00 2.00
DET 11 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 33 6.1 10 1 4 0 2 4 0 0 7 7 9.95 2.21
'95計 13 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 42 8.1 11 1 7 0 2 4 0 0 7 7 7.56 2.16
1996 83 0 0 0 0 1 5 6 -- .167 298 64.2 70 6 34 8 4 69 2 0 41 36 5.01 1.61
1997 88 0 0 0 0 0 4 2 -- .000 246 53.2 58 12 25 2 2 50 0 0 36 34 5.70 1.55
1998 MIL 70 0 0 0 0 2 2 1 -- .500 211 50.0 44 5 22 1 6 40 2 1 19 15 2.70 1.32
1999 71 0 0 0 0 2 1 0 13 .667 179 41.1 46 7 13 1 3 35 1 0 24 24 5.23 1.43
2000 COL 78 0 0 0 0 0 1 1 15 .000 177 45.1 24 2 24 3 2 41 1 0 10 10 1.99 1.06
2001 73 0 0 0 0 2 3 0 10 .400 169 40.0 32 2 24 7 1 36 0 0 17 16 3.60 1.40
2002 ARI 69 0 0 0 0 4 3 4 17 .571 171 37.0 39 2 17 0 8 31 0 0 18 18 4.38 1.51
2003 64 0 0 0 0 0 1 0 6 .000 172 36.1 38 4 21 1 5 21 1 0 23 23 5.70 1.62
2004 SEA 50 0 0 0 0 4 1 0 8 .800 126 27.2 29 3 17 4 2 23 1 0 15 15 4.88 1.66
BOS 25 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 66 15.0 16 2 6 1 0 9 1 0 7 7 4.20 1.47
'04計 75 0 0 0 0 5 1 0 10 .833 192 42.2 45 5 23 5 2 32 2 0 22 22 4.64 1.59
2005 65 0 0 0 0 3 1 0 9 .750 151 37.1 30 3 13 2 2 21 0 0 14 13 3.13 1.15
2006 NYY 62 0 0 0 0 1 2 0 18 .333 132 30.2 29 3 10 1 3 22 1 0 14 11 3.23 1.27
2007 55 0 0 0 0 3 0 0 4 1.000 175 40.2 38 3 16 0 2 21 0 1 14 12 2.66 1.33
CWS 17 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 70 13.2 21 3 7 2 1 6 0 0 19 17 11.20 2.05
'07計 72 0 0 0 0 4 0 0 6 1.000 245 54.1 59 6 23 2 3 27 0 1 33 29 4.80 1.51
通算:13年 883 0 0 0 0 25 24 14 104 .510 2385 541.2 525 58 256 33 43 429 10 2 278 258 4.29 1.44
  • 2008年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

外部リンク[編集]