パッド・ガルヴィン

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パッド・ガルヴィン
Pud Galvin
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 ミズーリ州セントルイス
生年月日 1856年12月25日
没年月日 1902年3月7日(満45歳没)
身長
体重
5' 8" =約172.7 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
初出場 1875年5月22日
最終出場 1892年8月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1965年
選出方法 ベテランズ委員会選出
パッド・ガルヴィン

パッド・ガルヴィン(James Francis "Pud" Galvin, 1856年12月25日 - 1902年3月7日)は、19世紀のアメリカメジャーリーグの野球選手。MLB史上初の300勝投手。

略歴[編集]

1875年ナショナル・アソシエーションのセントルイス球団で8試合に登板、4勝2敗の成績を収める。その後3年間のブランクを経て1879年にバイソンズに入団、この年は全80試合の日程のうち66試合に先発し、593回を投げて37勝27敗、防御率も2点台前半だった。その後毎年20勝以上を記録し続ける。

ニックネームの"Pud"は、ガルヴィンが背が低く小太りだったことと、打者を手玉に取る様(当時「打者を"pudding"にする」という言い回しをしていた)から来ているといわれている。

下手投げルールが撤廃された1883年1884年は、共に600回以上を投げ、2年連続で46勝を挙げている。そのタフネスぶりから"Little Steam Engine"(小さな蒸気機関)というニックネームがついた。

1885年のピッツバーグ移籍後、1886年から4年連続で20勝以上を記録。1888年にはMLB史上初めて300勝に到達した。ただ在籍したチームは一度も優勝争いをすることがなかった。20勝以上を10度も記録しながら、一度もリーグ優勝を経験していないのはガルヴィンただ一人である。

1892年に現役引退。1902年胃カタルが元で、ペンシルベニア州にて45歳で死去した。

1965年、ベテランズ委員会によりアメリカ野球殿堂に選出された。

後年の研究で、投球前に「猿テストステロン」の注射をしていたことが明らかになっている (リンク参照)。

通算成績[編集]

投手成績[編集]

後に"*"がある数字は、記録不明箇所があることを示す。






























W
H
I
P
705 688 6003.1 364 57 310 2 1807 6405 122 745 57* 223* 2.86 1.19

獲得タイトル・記録[編集]

打撃成績[編集]

  • 通算成績:731試合、2748打数552安打、本塁打5、打点220、三振631 (+)、打率.201
  • シーズン最多三振4回 (1879,1880,1881,1883年)

監督としての戦績[編集]

※順位は年度最終順位



















1885 BUF NL 25 7 18 .280 8位 開幕~6月8日
通算成績 25 7 18 .280

出典・外部リンク[編集]