ダジー・ヴァンス

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ダジー・ヴァンス
Dazzy Vance
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アイオワ州
生年月日 1891年3月4日
没年月日 1961年2月16日(満69歳没)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
初出場 1915年4月16日
最終出場 1935年8月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1955年
得票率 81.67%
選出方法 BBWAA[1]選出

ダジー・ヴァンスClarence Arthur "Dazzy" Vance , 1891年3月4日 - 1961年2月16日)は、主に1920年代に活躍したアメリカメジャーリーグの野球選手。ポジションは投手アイオワ州生まれ。右投げ右打ち。7年連続で奪三振王となるなど、1920年代のドジャースの主力投手だった。

略歴[編集]

1915年にネブラスカ州リーグのヘースティングス球団からパイレーツに入団。しかし1試合2回2/3を投げただけで、同年ヤンキースに移籍。ヤンキースでは8試合に出場したが、成績は0勝3敗でなかなか勝てなかった。ヤンキースでの出場は1918年にあと2試合あるのみで、ほとんどはマイナーリーグ暮らしだった。

1922年、ニューオーリンズ球団にいたヴァンスは、当時のブルックリン・ロビンズ(現在のドジャース)に入団。年齢は既に31歳になっていたが、36試合に登板して18勝12敗の成績を残すとともに、リーグ最多の奪三振数を記録し、レギュラーの先発投手の座を射止めた。以後奪三振数は毎年リーグ最多で、1928年まで7年連続の最多奪三振という記録を打ち立てた。

1924年には28勝6敗、防御率2.16、奪三振数262をマークして、投手三冠を獲得。同年の最優秀選手に選ばれる。翌1925年は22勝9敗で2度目の最多勝投手となるとともに、ノーヒットノーランを達成するなど、めざましい活躍をした。

ヴァンスは41歳になる1932年までブルックリンの先発投手として投げ、翌1933年カージナルスに移籍する。この年の成績は6勝2敗、奪三振も67と衰えは隠せなかった。1935年に現役を引退。この時44歳だった。

1955年記者投票によりアメリカ野球殿堂入り選手に選出された。1961年フロリダ州で死去。

通算成績[編集]

投手成績[編集]



































W
H
I
P
442 347 2966.2 197 29 140 11 2045 2809 132 840 77 37 1068 3.24 6.20 1.23

獲得タイトル・記録[編集]

打撃成績[編集]

  • 通算成績:442試合、971打数146安打、本塁打7、打点75、打率.150

出典・外部リンク[編集]