アーロン・ハラング

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アーロン・ハラング
Aaron Harang
フィラデルフィア・フィリーズ #34
Aaron Harang on September 12, 2013.jpg
メッツ時代(2013年9月12日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンディエゴ
生年月日 1978年5月9日(37歳)
身長
体重
6' 7" =約200.7 cm
260 lb =約117.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1999年 ドラフト6巡目(全体195位)でテキサス・レンジャーズから指名
初出場 2002年5月25日 タンパベイ・デビルレイズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

アーロン・マイケル・ハラングAaron Michael Harang, 1978年5月9日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ出身のプロ野球選手投手)。MLBフィラデルフィア・フィリーズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1996年MLBドラフト22巡目(全体661位)でボストン・レッドソックスから指名されたが、契約せずサンディエゴ州立大学へ進学した。

レンジャーズ傘下時代[編集]

1999年、MLBドラフト6巡目(全体195位)でテキサス・レンジャーズから指名され、6月7日に契約。ルーキー級プラスキ・レンジャーズで16試合に登板し、9勝2敗1セーブ、防御率2.30だった。

2000年はA+級ポートシャーロット・レンジャーズで28試合に登板し、13勝5敗、防御率3.32だった。

アスレチックス時代[編集]

2000年12月12日にランディ・ベラードとのトレードで、ライアン・カレンと共にオークランド・アスレチックスへ移籍した。

2001年はAA級ミッドランド・ロックハウンズで27試合に登板し、10勝8敗、防御率4.14だった。

2002年はAA級ミッドランドで開幕を迎えたが、5月25日にアスレチックスとメジャー契約を結び、同日のタンパベイ・デビルレイズ戦でメジャーデビュー。7回を無失点10奪三振に抑え、ティム・ハドソンに次ぐオークランド移転後の球団史上2人目となる2桁奪三振を奪った投手となった[1]。メジャー2試合目の6月3日の登板では4回まで無失点に抑え、メジャーデビューから11回連続無失点を記録し、1978年ジョン・ジョンソンが記録したデビューから10回連続無失点のオークランド移転後の球団記録を更新[1]。7月23日にAAA級サクラメント・リバーキャッツへ降格した[2]が、翌日の24日にテッド・リリーが故障者リスト入りしたため、メジャーへ再昇格した[3]。その後は6試合に登板したが、8月26日にAAA級へ降格。9月4日に再昇格した[4]。この年は16試合に登板し、5勝4敗、防御率4.83だった。

2003年3月20日にAAA級サクラメントへ異動し[5]、開幕をAAA級で迎えた。AAA級で9試合に登板後、5月24日にメジャーへ昇格[6]。7試合に登板したが、1勝3敗、防御率5.34と結果を残せず、7月16日にAAA級へ降格した[7]

レッズ時代[編集]

2003年7月30日にホセ・ギーエンとのトレードで、ジョー・バレンタインと共にシンシナティ・レッズへ移籍[8]。移籍後はAAA級ルイビル・バッツで1試合に登板後、8月9日にメジャーへ昇格。レッズでは9試合に登板し、4勝3敗、防御率5.28だった。

2004年2月27日にレッズと1年契約に合意。開幕ローテーションに加わったが、6月4日に右肘の故障で15日間の故障者リスト入りした。6月26日に復帰。この年は28試合に登板し、チーム2位の10勝(9敗)を挙げ、防御率4.86だった。

2005年には防御率3.83、11勝、163三振を記録しいずれもチーム1位だった[9]。また、投手としての連続打席無安打の記録を更新しそうになった。メジャーリーグ記録は1991年アンディ・ベネスによる50打数ノーヒットだが、ハラングは49打数ノーヒットまで達した[10]

2006年1月17日にレッズと1年契約に合意し、初の開幕投手を務めた。この年は36試合に登板(先発はリーグ最多の35登板)し、リーグ1位タイの16勝、奪三振は球団史上13年ぶりに200の大台を上回り[11]ジェイク・ピービーを1つ上回るリーグ最多216三振を記録した。1956年にサイ・ヤング賞が制定されて以降、最多勝最多奪三振のタイトルを同一年に記録したナ・リーグの投手11人全員がサイ・ヤング賞を受賞しているが、過小評価されており[12][13]、投票では0ポイント。

2007年2月6日に総額3650万ドルの4年契約[14](2011年・1275万ドルの球団オプション付き[15])を結んだ[16][17]。7月23日のブルワーズ戦では10回まで投げ、チームは延長12回に2対1で勝利。ナ・リーグで1試合に10回以上投げたのは2005年4月23日のマーク・マルダー以来2年ぶりだった[18]。この年は34試合に登板し、自己最多タイの16勝を挙げ、奪三振は自己最高の218を記録した。

2008年は30試合に登板し、6勝17敗(リーグ最多敗戦投手)、防御率4.78だった。

2009年は26試合に登板し、6勝14敗、防御率4.21だった。

2010年は22試合に登板し、6勝7敗、防御率5.32だった。4年契約の1年目こそ活躍したものの、2年目には4年連続二桁勝利が途切れ、3年連続で6勝にとどまるなど期待外れに終わったため、オフの11月3日にレッズが1275万ドルのオプションを破棄し、FAとなった[19]

パドレス時代[編集]

2010年12月6日にサンディエゴ・パドレスと400万ドルの1年契約(2012年のミューチュアル・オプション付き)を結んだ[20][21]

2011年は28試合に登板し、4年ぶりの二桁勝利となる14勝(7敗)を挙げ、防御率3.64だった。オフの10月31日にパドレスがオプションを破棄したため、FAとなった[22]。パドレスは11月23日に年俸調停を申請していた[23]が、契約には至らなかった。

ドジャース時代[編集]

2011年12月8日にロサンゼルス・ドジャースと総額1200万ドルの2年契約[24](2014年・700万ドルのミューチュアル・オプション付き[25])を結んだ[26][27]

2012年6月7日のフィラデルフィア・フィリーズ戦で通算100勝を達成。この年は31試合に登板し、10勝10敗、防御率3.61だった。

マリナーズ時代[編集]

2013年4月6日にラモン・ヘルナンデスとのトレードでコロラド・ロッキーズへ移籍した[28]が、4月11日にスティーブン・ヘンスリーとのトレードでシアトル・マリナーズに移籍した[29]。移籍後は22試合に登板し、5勝11敗、防御率5.76と振るわず、8月26日にDFAとなり[30]、8月31日に解雇された。

メッツ時代[編集]

2013年9月2日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結んだ[31]。AAA級ラスベガス・フィフティワンズで1試合に登板後、9月8日にメッツとメジャー契約を結んだ。昇格後は4試合に登板し、0勝1敗、防御率3.52だった。オフの10月31日にFAとなった。

ブレーブス時代[編集]

2014年2月15日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだ[32]が、3月24日に放出され、同日にアトランタ・ブレーブスと1年契約に合意した[33]。この年は33試合に登板し、12勝12敗、防御率3.57だった。オフの10月30日にFAとなった。

フィリーズ時代[編集]

2015年1月5日にフィラデルフィア・フィリーズと500万ドル+出来高の1年契約を結んだ[34]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2002 OAK 16 15 0 0 0 5 4 0 0 .556 354 78.1 78 7 45 2 3 64 1 0 44 42 4.83 1.57
2003 7 6 0 0 0 1 3 0 0 .250 136 30.1 41 5 9 0 0 16 0 1 19 18 5.34 1.65
CIN 9 9 0 0 0 4 3 0 0 .571 191 46.0 48 6 10 0 1 26 3 0 28 27 5.28 1.26
'03計 16 15 0 0 0 5 6 0 0 .455 327 76.1 89 11 19 0 1 42 3 1 47 45 5.31 1.41
2004 28 28 1 1 0 10 9 0 0 .526 711 161.0 177 26 53 5 5 125 7 0 90 87 4.86 1.43
2005 32 32 1 0 1 11 13 0 0 .458 887 211.2 217 22 51 3 8 163 6 0 93 90 3.83 1.27
2006 36 35 6 2 1 16 11 0 0 .593 993 234.1 242 28 56 8 8 216 6 1 109 98 3.76 1.27
2007 34 34 2 1 1 16 6 0 0 .727 948 231.2 213 28 52 3 8 218 12 1 100 96 3.73 1.14
2008 30 29 1 1 1 6 17 0 0 .261 793 184.1 205 35 50 5 2 153 2 0 104 98 4.78 1.38
2009 26 26 2 1 0 6 14 0 0 .300 703 162.1 186 24 43 6 4 142 6 0 82 76 4.21 1.41
2010 22 20 0 0 0 6 7 0 0 .462 504 111.2 139 16 38 0 4 82 9 0 71 66 5.32 1.59
2011 SD 28 28 0 0 0 14 7 0 0 .667 719 170.2 175 20 58 4 3 124 3 0 73 69 3.64 1.37
2012 LAD 31 31 0 0 0 10 10 0 0 .500 786 179.2 167 14 85 10 4 131 4 0 85 72 3.61 1.40
2013 SEA 22 22 2 2 1 5 11 0 0 .313 526 120.1 133 21 28 1 5 87 3 0 81 77 5.76 1.34
NYM 4 4 0 0 0 0 1 0 0 .000 100 23.0 20 5 12 0 1 26 1 0 10 9 3.52 1.39
'13計 26 26 2 2 1 5 12 0 0 .294 626 143.1 153 26 40 1 6 113 4 0 91 86 5.40 1.35
2014 ATL 33 33 0 0 0 12 12 0 0 .500 876 204.1 215 15 71 4 1 161 9 0 88 81 3.57 1.40
通算:13年 358 532 15 8 5 122 128 0 0 .488 9227 2149.2 2256 272 661 51 57 1734 72 3 1077 1006 4.21 1.35
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b Aaron Harang 2002 Career Highlights” (英語). 2008年4月25日閲覧。
  2. ^ A's Recall Tam From Sacramento; Option Harang”. MLB.com A's Press Release (2002年7月23日). 2015年1月6日閲覧。
  3. ^ A's Place Lilly On Disabled List; Recall Harang”. MLB.com A's Press Release (2002年7月24日). 2015年1月6日閲覧。
  4. ^ A's call-up six players from Sacramento”. MLB.com A's Press Release (2002年9月4日). 2015年1月6日閲覧。
  5. ^ A's option Harang, outright Harville”. MLB.com A's Press Release (2003年3月20日). 2015年1月6日閲覧。
  6. ^ A's call up Harang and Melhuse; Grabowski optioned; Bowie placed on DL”. MLB.com A's Press Release (2003年5月24日). 2015年1月6日閲覧。
  7. ^ A's option Harang to Sacramento”. MLB.com A's Press Release (2003年7月16日). 2015年1月6日閲覧。
  8. ^ Reds trade Guillen to Oakland”. MLB.com Reds Press Release (2003年7月30日). 2015年1月6日閲覧。
  9. ^ 2005 Cincinnati Reds Statistics and Roster - Baseball-Reference.com 2008年1月26日閲覧.
  10. ^ Aaron Harang 2005 Career Highlights” (英語). 2008年4月25日閲覧。
  11. ^ Aaron Harang 2006 Career Highlights” (英語). 2008年4月25日閲覧。
  12. ^ 出野哲也 「夏のトレード出世株ランキング アーロン・ハラング [CIN #39]」 『月刊スラッガー』2008年10月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-10、29頁。
  13. ^ 村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、342項。ISBN 978-4-331-51213-5
  14. ^ 2007年は425万ドル、2008年は675万ドル、2009年は1100万ドル、2010年は1250万ドル。
  15. ^ 違約金は200万ドル。
  16. ^ Aaron Harang agrees to four-year deal”. MLB.com Reds Press Release (2007年2月6日). 2015年1月6日閲覧。
  17. ^ Harang gets four-year, $36.5M deal from Reds”. ESPN MLB (2007年2月8日). 2015年1月6日閲覧。
  18. ^ Allegri, Patrick (2007年7月24日). “Valentin wins it after Harang's gem” (英語). MLB.com. 2009年7月29日閲覧。
  19. ^ Mark Sheldon (2010年11月3日). “Reds exercise options on Arroyo, Gomes”. MLB.com. 2015年1月6日閲覧。
  20. ^ Padres agree to terms on one-year contract with RHP Aaron Harang with a mutual option for 2012”. MLB.com Padres Press Release (2010年12月6日). 2015年1月6日閲覧。
  21. ^ Mike Axisa (2010年12月6日). “Padres Agree To Terms With Aaron Harang”. MLB Trade Rumors. 2015年1月6日閲覧。
  22. ^ Padres decline options for RHP Aaron Harang, INF/OF Brad Hawpe and RHP Chad Qualls”. MLB.com Padres Press Release (2011年10月31日). 2015年1月6日閲覧。
  23. ^ Padres offer Heath Bell arbitration”. ESPN MLB (2011年11月23日). 2015年1月6日閲覧。
  24. ^ 2012年は300万ドル、2013年は700万ドル。
  25. ^ 2年間で計360イニングに登板し、2013年に175イニング以上登板した場合は800万ドルとなる。違約金は200万ドル。
  26. ^ Dodgers sign Harang”. MLB.com Dodgers Press Release (2011年12月8日). 2015年1月6日閲覧。
  27. ^ Ken Gurnick (2011年12月9日). “Dodgers round out rotation, add Harang”. MLB.com. 2015年1月6日閲覧。
  28. ^ Ramon Hernandez traded to Los Angeles Dodgers for Aaron Harang”. MLB.com Rockies Press Release (2013年4月6日). 2015年1月6日閲覧。
  29. ^ Mariners acquire RHP Aaron Harang from Colorado Rockies”. MLB.com Mariners Press Release (2013年4月11日). 2015年1月6日閲覧。
  30. ^ Mariners recall Gutierrez, designate Harang”. MLB.com Mariners Press Release (2013年8月27日). 2015年1月6日閲覧。
  31. ^ Adam Rubin (2013年9月2日). “Mets sign Aaron Harang”. ESPN MLB. 2015年1月6日閲覧。
  32. ^ Indians sign RHP Aaron Harang”. MLB.com Indians Press Release (2014年2月15日). 2014年2月16日閲覧。
  33. ^ Braves agree to terms with Aaron Harang on one-year contract”. MLB.com Braves Press Release (2014年3月24日). 2014年3月25日閲覧。
  34. ^ Phillies sign Harang”. MLB.com Phillies Press Release (2015年1月5日). 2015年1月6日閲覧。

外部リンク[編集]