レディ・ボールドウィン
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1859年4月8日 |
| 没年月日 | 1937年3月7日(満77歳没) |
| 身長 体重 |
5' 11" =約180.3 cm 160 lb =約72.6 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| 初出場 | 1884年9月30日 |
| 最終出場 | 1890年6月26日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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レディ・ボールドウィン(Charles B. "Lady" Baldwin 、1859年4月8日 - 1937年3月7日)は、1880年代に活躍したアメリカメジャーリーグの野球選手。ポジションは投手。ニューヨーク州オラメル生まれ。左投げ左打ち。1886年のナショナルリーグ最多勝投手。1887年に当時のデトロイト・ウルバリンズのナショナルリーグ優勝に貢献した。
目次 |
経歴 [編集]
「レディ」というニックネームの由来は、喫煙や深酒をせず、他人をののしらない大人しい人物だったためと言われている。
1884年にシーズン終了直前のユニオン・アソシエーションに参加し、同年17イニングで21奪三振を記録する。翌年から4年間デトロイト・ウルバリンズに在籍し、1886年に56試合に登板、チーム勝利数のほぼ半分となる42勝と323奪三振を記録、この年のリーグ最多勝、最多奪三振投手となった。
次の年の1887年には13勝をあげ、チームはナショナルリーグを制覇する。ボールドウィンは同年にセントルイス・ブラウンズ(現カージナルス)との間で行われたポストシーズンゲームに5試合登板し、4勝1敗で防御率1.50という活躍をしたが、1888年の出場はわずか6試合にとどまり、その後1890年にブルックリン(現ドジャーズ)とプレイヤーズ・リーグで計7試合に出場したのがメジャーでの最後の経歴となった。1937年にミシガン州で死去。
通算成績 [編集]
投手成績 [編集]
※数字の後の"*"は、記録不明箇所があることを示す。
| 登 板 |
先 発 |
投 球 回 |
勝 利 |
完 封 |
敗 戦 |
救 援 |
奪 三 振 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
与 死 球 |
暴 投 |
自 責 点 |
防御率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 118 | 116 | 1017.0 | 73 | 9 | 41 | 1 | 582 | 921 | 31 | 233 | 7* | 44 | 322 | 2.85 |
打撃成績 [編集]
- 通算成績:134試合、494打数114安打、本塁打0、打点55*、打率.231
獲得タイトル・記録 [編集]
- ナショナルリーグ最多勝:1回(1886年)
- 最多奪三振:1回(1886年)
出典・外部リンク [編集]
- 選手の通算成績と情報 Baseball-Reference
- Baseball Library