スティーブン・ストラスバーグ

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スティーブン・ストラスバーグ
Stephen Strasburg
ワシントン・ナショナルズ #37
Stephen Strasburg MLB debut.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンディエゴ
生年月日 1988年7月20日(26歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
230 lb =約104.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 ドラフト1巡目(全体1位)
初出場 2010年6月8日
年俸 $4,875,000(2012年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
五輪 2008年
オリンピック
男子 野球
2008 野球
入団会見でのストラスバーグ、右はライアン・ジマーマン三塁手

スティーブン・ジェームズ・ストラスバーグ(Stephen James Strasburg, 1988年7月20日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ出身のプロ野球選手投手)。右投右打。ワシントン・ナショナルズに所属している。

2009年MLBドラフトワシントン・ナショナルズから全体1位指名を受け、史上最高の総額1510万ドルで契約を結んだ。代理人はスコット・ボラス

経歴[編集]

アマチュア時代[編集]

1988年カリフォルニア州サンディエゴで生まれる。ウェスト・ヒルズ高校(West Hills High School)時代には精神面での不安定さ[2]と110kg以上の体重過多[3]により十分な結果を出せず、2006年MLBドラフトでは指名されなかった。

唯一ストラスバーグに奨学金を提示したサンディエゴ州立大学に進学後、デーブ・オウトンコーチに「Slothburg(Sloth=怠け者)」と命名されるなど尻を叩かれ[4]、徹底したランニングにより減量に成功。体重の減少に伴い、直球の球速は上がっていった。入学時に91マイル(約146km/h)だった最高球速は、100マイル(約161km/h)にまで到達した[3]。大学1年目はリリーフだったが、2年目から先発投手に転向し、8勝3敗、防御率1.57、97.1イニングを投げて133奪三振という成績を残す。同年にはベースボール・アメリカ誌が選ぶオール・アメリカンに選出された[3]

2008年にはユタ大学戦で1試合23奪三振を記録。北京オリンピックでは、アマチュア選手としてただ一人野球アメリカ合衆国代表に選出され、世間の注目を集めた。オリンピックでは予選リーグのオランダ戦と準決勝のキューバ戦に登板し、1勝1敗、防御率1.67の成績でアメリカ代表の銅メダル獲得に貢献した。北京五輪に先立ってチェコで行われた第4回世界大学野球選手権大会にも米国代表として出場。準決勝では完封勝利を収め、米国の3連覇に貢献した。

アマチュアNo.1投手として地位を築いた2009年シーズンでは前年より更にレベルアップした投球を披露し、13勝1敗、防御率1.32、109回を投げて195奪三振という圧倒的な成績を残した[5]5月8日空軍士官学校戦では17奪三振を奪い、ノーヒットノーランを達成した[6]

同年のMLBドラフトが近付くにつれ、米メディアは「45年の歴史を持つMLBドラフト史上で『最高の選手』」と報じるようになり、前年度勝率最下位のワシントン・ナショナルズによる全体1位指名は確実視されていたが、代理人のスコット・ボラスが、2006年オフにポスティングシステムボストン・レッドソックスに入団した松坂大輔の事案を引き合いにドラフト史上最高額[7]の総額5000万ドルを要求していることが報じられ[8]、財政力に乏しいナショナルズとの契約成立は不安視された。

2009年MLBドラフトにおいて、ナショナルズにより全体1位で指名を受ける。ナショナルズのリッツGM代行は契約成立に自信を見せたが、ボラスは交渉が不調に終われば1年間の野球浪人も辞さないという強気な姿勢を示し、その場合は独立リーグ、あるいは日本球界でプレーさせる可能性を示唆した[9]

2009年7月14日、大学最優秀選手に贈られるゴールデンスパイク賞を受賞した。

ドラフト指名選手の交渉期限直前の8月17日深夜、ナショナルズとドラフト史上最高となる4年総額1510万ドルで契約に合意した[10]

ワシントン・ナショナルズ[編集]

2009年8月21日、ナショナルズの本拠地ナショナルズ・パークで、ファンを前にした異例の入団会見が行われた。会見にはライアン・ジマーマン三塁手が同席した[11]

2010年6月8日、メジャーデビューとなるピッツバーグ・パイレーツ戦において7回を投げ被安打4無四死球2失点、7者連続を含む14奪三振で初勝利。投じた94球のうち、34球が98mph(約158km/h)を超えていた[12]。試合後、捕手を務めたイバン・ロドリゲスは「今まで多くのピッチャーの球を受けてきたが別格。この坊やは信じられない」と語った[13]。メジャーデビュー戦の14奪三振は、1954年のカール・スプーナー及び1971年のJ・R・リチャードの15奪三振に次ぐ記録となった[14]。さらに6月23日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦で先発デビューから4試合通算の奪三振数を41とし、1955年クリーブランド・インディアンスハーブ・スコアが記録したメジャー記録を更新した[15]

しかし、8月21日フィラデルフィア・フィリーズ戦で右肘を痛め、途中降板。同月27日にトミー・ジョン手術を受け[16]、翌2011年9月6日ロサンゼルス・ドジャース戦で復帰した。

満を持して開幕から先発ローテーションに入った2012年は4月のナ・リーグ月間最優秀投手に輝き、6月8日レッドソックス戦では13個の三振を奪い、メジャー通算29試合の先発登板で、208奪三振を記録。1900年以降の近代野球、史上6人目となる『30試合未満で200奪三振』を達成[17]

8月21日アトランタ・ブレーブス戦までに15勝を挙げ、ナショナルリーグ東地区を独走するチームに貢献する。 しかし、2010年の手術が将来への影響することを心配する球団側は開幕前から160回までというイニング制限を設けていた。これにより159.1/3回に達した9月7日マーリンズをもって2012年シーズンは終わった。

この球団の対応についてIt was pretty shocking. Honestly, I'm not too happy about it.I want to keep pitching out there.(かなり衝撃的だった。正直なところあまり満足していない。次の試合も投げたかった)、But as of right now, I think we've got some world-renowned doctors, and one of them is Dr. Lewis Yocum. He resurrected my career, so I got to listen to him and I got to trust him.(しかし、球団には世界的な医師達がいるし、彼らの中のひとりであるルイス・ヨーカム医師は自分のキャリアを復活させてくれたので彼に耳を傾け、信じることにした)と語った。[18]

選手としての特徴[編集]

スリー・クォーターから平均球速96.1mph(約154.7km/h)、最速103mph(約166km/h)を誇るホップする軌道の速球フォーシームツーシーム)と落差のあるカーブ、キレの良いチェンジアップを武器とする[9][19][20]。速球派の投手だがコントロールも良く、大学時代の最終シーズンでは109イニングで195奪三振に対し、与四球は19であった。

大学時代の監督である元メジャーリーガートニー・グウィンは、「もうメジャーで投げる準備は出来ているし、今すぐ通用するだろう」と語り、「20~30年に1人の逸材」と評している。ドラフト前には、メジャースカウト陣の間で「現時点でA・J・バーネットと同格」とする声も上がっていた[3]

人物[編集]

両親は共にサンディエゴ州立大学の出身[21]

趣味はゴルフ。好きな野球選手は地元サンディエゴ・パドレスのエースだったジェイク・ピービー[21]

同僚でドラフトの同期であるドリュー・ストーレンは「控え目なヤツ」と表現する。母校の球場の芝を張り替えるために15万ドル近くを寄付する一方で、自分は大学時代からホンダのアコードに乗り続け、後輩に笑われた。マイナー時代には妻の、メジャーデビュー直前には両親ら家族への取材を断っている。練習熱心で、新婚旅行先のハワイにもグラブを持参し、代理人が用意した地元の高校生捕手を相手に1日おきに投げ込んだ[22]

年度別投球成績[編集]





















































W
H
I
P
2010 WSH 12 12 0 0 0 5 3 0 0 .625 274 68.0 56 5 17 0 0 92 2 0 25 22 2.91 1.07
2011 5 5 0 0 0 1 1 0 0 .500 88 24.0 15 0 2 0 0 24 0 0 5 4 1.50 0.71
2012 28 28 0 0 0 15 6 0 0 .714 653 159.1 136 15 48 1 4 197 5 0 62 56 3.16 1.15
2013 30 30 1 1 0 8 9 0 0 .471 731 183.0 136 16 56 1 12 191 7 3 71 61 3.00 1.05
通算:4年 75 75 1 1 0 29 19 0 0 .604 1746 434.1 343 36 123 2 16 504 14 3 163 143 2.96 1.07
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰[編集]

脚注[編集]

  1. ^ "Washington Nationals 2012 Player Salaries and Team Payroll," ESPN.com. 2012年4月30日閲覧。
  2. ^ 全米1位指名→即メジャーデビュー!? 上田龍の「Called Shot!」日米野球界、快&怪人物列伝
  3. ^ a b c d Jeff Passan/木村愛 「ドラフト史上最強投手 スティーブン・ストラスバーグ」 『月刊スラッガー』2009年6月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-8、18-22頁
  4. ^ 浜雄一郎「ストラスバーグ&ハーパー 怪物伝説」『月刊スラッガー』2012年8月号、日本スポーツ企画出版社、2012年、雑誌15509-8、13頁。
  5. ^ San Diego State 2009 Baseball Statistics
  6. ^ “うなる160キロ”噂の大学生ノーヒットノーラン Sponichi Anex(2009/05/10)
  7. ^ 過去最高額は2001年シカゴ・カブスと契約を結んだマーク・プライアーの1050万ドル。
  8. ^ ストラスバーグ投手50億要求か ドラフト目玉でボラス氏 47NEWS(2009/04/01)
  9. ^ a b いの1番166キロ腕 50億円要求 Sponichi Anex(2009/06/11)
  10. ^ Strasburg signs with Nats for $15.1 million FOX Sports on MSN(英語),2009年8月18日閲覧
  11. ^ 超大型新人ストラスバーグ、異例の入団会見,SANSPO.COM,2009年8月28日閲覧
  12. ^ ベールを脱いだ大型新人、ストラスバーグがメジャーデビュー 出村義和 スポーツナビ、2010年6月11日。
  13. ^ Barry Svrluga,Washington Nationals catcher Ivan Rodriguez impressed by Stephen Strasburg's debut,Washington Post(英語),2010/06/09
  14. ^ Strasburg's reality almost unreal,ESPN.com(英語),2010/06/09
  15. ^ 朝日新聞2010年6月25日付朝刊
  16. ^ Bill Ladson(2010-08-27)Strasburg has torn elbow ligament,MLB.com(英語),2010年8月28日閲覧
  17. ^ [1]
  18. ^ [2]
  19. ^ 2010-11 MLB投手白書 主要投手ピッチ・アナリシス/先発投手編 『月刊スラッガー』2011年2月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-2、28頁。
  20. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2010』 廣済堂出版、2010年、313頁。ISBN 978-4-331-51439-9
  21. ^ a b SAN DIEGO STATE OFFICIAL ATHLETIC SITE - Baseball
  22. ^ 浜雄一郎「ストラスバーグ&ハーパー 怪物伝説」『月刊スラッガー』2012年8月号、日本スポーツ企画出版社、2012年、雑誌15509-8、13頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]