パット・バレル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
パット・バレル
Pat Burrell
Pat Burrell 2011.jpg
サンフランシスコ・ジャイアンツ時代(2011年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アーカンソー州ユーリカスプリングス
生年月日 1976年10月10日(37歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
235 lb =約106.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1998年 ドラフト1巡目(全体1位)でフィラデルフィア・フィリーズから指名
初出場 2000年5月24日
最終出場 2011年9月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

パット・バレル(Pat Burrell , 1976年10月10日 - )は、アメリカ合衆国アーカンソー州ユーリカスプリングス出身の元プロ野球選手。フルネームはパトリック・ブライアン・バレル(Patrick Brian Burrell)。外野手、右投右打。

日本語メディアではパット・バールと表記されることもある。

略歴[編集]

1995年ボストン・レッドソックスからドラフト43巡目で指名されたが[1]、契約せずマイアミ大学へ進学。1998年6月のドラフトでフィリーズから1巡目(全体でも1位)指名され、5年総額800万ドルの長期契約で入団した[2]。10月28日にはゴールデンスパイク賞を受賞した[3]

2000年5月24日にメジャーデビューを果たし、規定打席到達は逃したが、111試合に出場。リーグの新人選手1位となる18本塁打・79打点・27二塁打を記録した[4]2001年は155試合出場と完全にレギュラーの座を手中にし、27本塁打・89打点を記録。守備では外野手としてラウル・モンデシーとメジャー最多タイとなる18刺殺を記録した[5]

2002年はさらに成績を伸ばし、打率.282・37本塁打・116打点を記録し、球団史上1986年のマイク・シュミット以来となる30本塁打・100打点を達成した[6]。この年のオフに日米野球のMLB代表として訪日した際に、日本変化球投手に簡単に三振を取られ無安打に終わっていた。

2003年開幕前に6年総額5,000万ドル契約で契約延長した。しかし序盤から調子が上がらず、8月22日には通算100本塁打を達成したが、打率は自己最低の.209に留まった。本塁打も21本で、打点は昨年よりも少ない64打点に留まっている。翌2004年は8月にメジャーで初めてとなる故障者リスト入りとなったが、少し調子を上げ、24本塁打・84打点を記録。2005年は悪球に手を出す癖を抑えられるようになり[7]、その結果ナショナルリーグでは11位タイ、チームではトップの32本塁打を放ち、自己ベストとなる117打点を記録した。

2007年は30本塁打・97打点をマーク。打率.256ながら114四球を選び、出塁率も初めて4割に達した。シーズン序盤こそ不調だったものの、7月2日以降は打率.302・22本塁打と復調し、7月22日から8月5日にかけて自己最長の14試合連続安打を記録するなど地区優勝に大いに貢献した。しかし、初出場となったポストシーズンではホームランこそ放ったものの、それを含めヒットは2本のみと完全に押さえ込まれ、チームも3連敗を喫してしまった。

6年契約の最終年となった2008年は4月終了時点で打率.326・8本塁打・25打点を記録したが、その後は不調でシーズントータルで打率.250・86打点に終わった。本塁打数は2003年以降最多の33本塁打を記録。プレーオフではディビジョンシリーズ第3戦まで無安打だったが、第4戦で2本塁打を含む3安打を放ち、チームはミルウォーキー・ブルワーズを破りリーグチャンピオンシップシリーズへ進出。リーグチャンピオンシップシリーズでは通算で3割を上回るを記録したが、タンパベイ・レイズとのワールドシリーズでは5戦の二塁打を1本だけで14打数1安打に終わったが、自身初のワールドチャンピオンとなった。

2009年1月、タンパベイ・レイズと2年総額1600万ドルで契約。
しかし初のア・リーグや故障もあってか、不本意な成績に終わり、2010年5月19日に解雇された。

5月29日サンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約。その後メジャー昇格し、18本塁打を記録。ジャイアンツの21年ぶりのリーグ優勝に貢献。リーグチャンピオンシップでは古巣のフィリーズとも対決した。テキサス・レンジャーズとのワールドシリーズでは13打数無安打11三振と不振に終わったが、自身2度目のワールドチャンピオンとなった。
2011年、シーズン終了後、FAに。

2012年1月30日、一部のアメリカのメディアが引退する意向だと報じ、その後正式に引退を発表。フィリーズはバレルのフィリーズ時代の功績を称え、One Day Contract(一日契約)を行うと発表。2012年5月19日、一日限りのマイナー契約を結び、フィリーズの本拠地・シチズンズ・バンク・パークで行われた対ボストン・レッドソックス戦で始球式を行い、ファンに別れを告げた[8]

フィリーズ時代に放った本塁打数251本は、フィリーズの選手としては歴代4位の記録となっている。

選手としての特徴[編集]

三振が多く、メジャー8年間の平均三振数は142個。ただ球をしっかりと見ていくタイプなので、2007年は114四球(リーグ3位)を選んでいる。パワーはかなりある方で、例年30本前後の本塁打を放っている。足は遅くはないが盗塁をほとんど試みないため、通算盗塁数はわずかに5個。

もともとは三塁手であったが、当時フィリーズでは歴代でも最高の三塁守備といわれたスコット・ローレン(現シンシナティ・レッズ)がレギュラーであったため、より多くのプレー機会を得るためにメジャーに昇格してからは一塁や外野を任され、後に左翼手に定着した。レイズ時代は指名打者として出場することも多かった。

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2000 PHI 111 474 408 57 106 27 1 18 189 79 0 0 0 2 63 2 1 139 5 .260 .359 .463 .822
2001 155 618 539 70 139 29 2 27 253 89 2 1 0 4 70 7 5 162 12 .258 .346 .469 .815
2002 157 684 586 96 165 39 2 37 319 116 1 0 0 6 89 9 3 153 16 .282 .376 .544 .920
2003 146 599 522 57 109 31 4 21 211 64 0 0 0 1 72 2 4 142 18 .209 .309 .404 .713
2004 127 534 448 66 115 17 0 24 204 84 2 0 0 6 78 7 2 130 10 .257 .365 .455 .820
2005 154 669 562 78 158 27 1 32 283 117 0 0 0 5 99 6 3 160 12 .281 .389 .504 .893
2006 144 567 462 80 119 24 1 29 232 95 0 0 0 4 98 5 3 131 11 .258 .388 .502 .890
2007 155 598 472 77 121 26 0 30 237 97 0 0 0 8 114 1 4 120 10 .256 .400 .502 .902
2008 157 645 536 74 134 33 3 33 272 86 0 0 0 6 102 8 1 136 10 .250 .367 .507 .874
2009 TB 122 476 412 45 91 16 1 14 151 64 2 0 0 5 57 2 2 119 6 .221 .315 .367 .682
2010 24 96 84 9 17 5 0 2 28 13 0 0 0 1 10 0 1 28 2 .202 .292 .333 .625
SF 96 341 289 41 77 16 0 18 147 51 0 2 0 5 47 4 0 77 5 .266 .364 .509 .872
'10計 120 437 373 50 94 21 0 20 175 64 0 2 0 6 57 4 1 105 7 .252 .348 .469 .817
2011 92 219 183 17 42 9 1 7 74 21 0 0 0 1 33 0 2 67 2 .230 .352 .404 .756
通算:12年 1640 6520 5503 767 1393 299 16 292 2600 976 7 3 0 54 932 53 31 1564 119 .253 .361 .472 .834
  • 2011年度シーズン終了時

脚注[編集]

  1. ^ Pat Burrell Transactions” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年12月1日閲覧。
  2. ^ CNN/SI - 1998 MLB Draft” (英語). 2008年4月9日閲覧。
  3. ^ Pat Burrell from the Chronology” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年12月1日閲覧。
  4. ^ Pat Burrell 2000 Career Highlights” (英語). 2008年4月9日閲覧。
  5. ^ Pat Burrell 2001 Career Highlights” (英語). 2008年4月9日閲覧。
  6. ^ Pat Burrell 2002 Career Highlights” (英語). 2008年4月9日閲覧。
  7. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』 廣済堂出版、2006年、255項。ISBN 978-4-331-51146-6
  8. ^ Burrell emotional as he officially retires a Phillie” (英語). 2013年5月8日閲覧。

外部リンク[編集]