ジョナサン・パペルボン
| フィラデルフィア・フィリーズ #58 | |
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2012年6月17日
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1980年11月23日(32歳) |
| 身長 体重 |
6' 4" =約193 cm 225 lb =約102.1 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2003年 MLBドラフト4巡目(全体114位)でボストン・レッドソックスから指名 |
| 初出場 | 2005年7月31日 ツインズ戦 |
| 年俸 | $11,000,058(2012年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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ジョナサン・ロバート・パペルボン(Jonathan Robert Papelbon, 1980年11月23日 - )は、アメリカ合衆国ルイジアナ州バトンルージュ出身のメジャーリーグの投手。フィラデルフィア・フィリーズ所属。右投右打。
目次 |
経歴[編集]
プロ入り以前[編集]
ルイジアナ州バトンルージュで生まれ、信託銀行で勤務する母の転勤のため10歳のときにフロリダ州ジャクソンビルへ移住[2]。市内のBishop Kenny High School に進学し野球部に入部する。コーチはパペルボンを投手として起用したがったが、毎日試合に出たいという本人の希望で主に一塁手として出場させていた[2][3]。パペルボン曰く、たまに敗戦処理としてマウンドに立つこともあったそうだが「高校時代は13イニングしか投げてないんじゃないかな」[4]。強打を買われてミシシッピ州立大学へ進学する[2]。
大学のコーチ陣にやはり投手としての素質を見出され、一塁手から投手へ転向。「誰みたいな投手になりたいんだ俺は? …間違いなくロジャー(クレメンス)だ。レジェンドだ」と、自問自答の末にクレメンスを目標にして投手としてのキャリアを本格的にスタートさせる[5]。ヘッドコーチのロン・ポークによると「ここに来たときの彼は本当に痩せていた。それがどんどん大きく、たくましく、自信満々になっていって、それにつれて速球も変化球も良くなっていった」という[2]。救援投手として、2002年には22試合40投球回で45奪三振・防御率2.94を記録。ドラフト40巡目(全体1,208位)でオークランド・アスレチックスに指名されたが、契約には至らなかった。翌2003年は25試合47 1/3投球回で54奪三振・防御率2.28という成績を残した。同年、ドラフト4巡目(全体114位)でボストン・レッドソックスに指名され入団する。
ボストン・レッドソックス[編集]
球団に先発投手として育成され[6]、2005年7月31日のツインズ戦に先発してメジャーデビュー。さらに2試合に先発登板した後は、主に中継ぎで登板した。この年レッドソックスの抑えだったキース・フォークは15セーブ・防御率5.91と不調で、7月に膝を手術していた。
2006年、チームは「フォークが万全の状態で抑えに復帰するまでの暫定措置」としてパペルボンを抑えに指名した。パペルボンは開幕3戦目のレンジャーズ戦で抑えとして初登板し初セーブを挙げると、その後14試合連続無失点・20試合連続セーブを記録した。月間最優秀新人と月間最優秀救援を4月に同時受賞。夏にはオールスターにも出場するなど新人離れした活躍を見せ、9月1日のブルージェイズ戦で右肩痛で戦線離脱したものの新人王投票ではジャスティン・バーランダー(タイガース)に次ぐ2位となった。この活躍に、レッドソックスは11月にフォークを放出した。
戦線離脱する原因となった右肩痛は、肩関節亜脱臼だった。チームドクターからはクローザーで投げ続けると肩に負担がかかる投げ方をしていると指摘され、レッドソックスはパペルボンを2007年は先発ローテーション入りさせることに一旦は決めた[7]。チームはパペルボンに、ジョシュ・ベケットや松坂大輔とともに「これから全盛期を迎える1980年生まれの先発投手」として以降数年間ローテーションを担うことを期待していた[6]。しかしスプリング・トレーニング期間中、パペルボンは「キャンプ中、睡眠不足になるくらい悩んだ。試合を締めくくりたいという気持ちを抑えることができなくなった」として抑え復帰を希望する意向を示した[8][9]。
セオ・エプスタインGMは当初反対したが、パペルボンの意思が固いことを知り、エプスタインはテリー・フランコーナと相談し、「3連投はしない」「球数が多かったときや1イニング以上投げたときは、翌日なげさせない」というルールを作り、2007年も抑えとしてシーズンを迎えた[7]。37セーブ(リーグ6位)・防御率1.85(10セーブ以上挙げた投手ではリーグ2位)を記録。オールスターには2年連続で選出され、リーグチャンピオンシップシリーズ、ワールドシリーズではともに最終戦の勝利の瞬間はマウンドにいたが、両方とも勝った瞬間はグローブを高々と空にあげて喜びを爆発させていた。また、ファン投票の年間最優秀救援投手にも選ばれた。
2008年シーズン最後の登板となった9月28日のヤンキース戦で3失点(自責点3)のため防御率が2点台でシーズンを終えたが、自己最多の41セーブ(リーグ3位)を記録し、球団史上初の3年連続30セーブを達成した[10]。シーズン終了後、年俸調停権を得たパペルボンは、2009年の年俸として625万ドルの契約に合意。これは調停権取得初年度の抑え投手としてはボビー・ジェンクスの565万ドルを上回るメジャー歴代最高額の契約となった[11]。
2009年春開催のワールド・ベースボール・クラシックでは「偉大なチームの一員としてプレーしたい気持ちはあった。でも自分には、もっと必要なことがあると感じたんだ」として出場を望んでいたが、娘が誕生したことや1年契約であることを理由に出場を辞退[12]。レギュラーシーズンでは7月1日のオリオールズ戦でボブ・スタンリーの132セーブの通算球団セーブを更新[13]。ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムとのディビジョンシリーズでは第3戦で1イニングを投げ、3失点(自責点3)で負け投手となった。ポストシーズンでの連続無失点が26イニングで途切れ、チームはリーグチャンピオンシップシリーズ進出はならなかった[14]。
フィラデルフィア・フィリーズ[編集]
2011年シーズン終了後にフリーエージェントとなり、フィラデルフィア・フィリーズと4年間(延長オプションあり)の契約を結んだ。
投球スタイル[編集]
主な球種は速球、スプリッター、スライダーの3つ。2007年までは速球とスプリッターの2球種を駆使していた "Two-pitch Closer" だったが、2008年春になって新たにスライダーを習得した[15]。
速球はフォーシームとツーシームのいずれも投げることができるが、ツーシームのほうは2007年春、先発投手へ転向することになったときに投げていたもの[16]。抑えに定着してからは、ジェイソン・バリテックが「ジョナサンの場合、多少、コントロールミスをしても空振りさせられる球威がある」と評した[17]、伸びのあるフォーシームを投げるようになっている。その球速は97mph(約156.1km/h)に達し、沈む変化をほとんど見せないために打者にとっては浮き上がってくるように見える[8]。高橋直樹によれば、これはパペルボンがボールを投げる際に、リリースポイントが「踏み出した左足のスパイクの上」という打者に近い位置にあることから、打者からはそのように見えるのだという[18]。
この浮き上がる速球があることで、落ちる球であるスプリッターは打者に対していっそう効果的な球種となる[19]。ケビン・ミラーはこのスプリッターをリーグ最高だと高く評価した[8]。スライダーは本人によれば「相手打者のバランスを崩し、狙い球を絞らせない」ために投げる[20]。速球を軸にスプリッターやスライダーを組み合わせた投球で、2006年から2008年までの3年間でパペルボンの奪三振率は10.83と高い数値を収めている。また、その3年間では与四球率も1.65と好成績を残しているが、パペルボンの制球の良さは高橋によると、投球フォームのバランスがよく、途中で体幹に捻りを加えることで腕に余計な力が入ることを防ぎ、しなやかに腕を振ることができるのが一因だという[18]。
年度別投手成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | BOS | 17 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 4 | .750 | 148 | 34.0 | 33 | 4 | 17 | 2 | 3 | 34 | 1 | 0 | 11 | 10 | 2.65 | 1.47 |
| 2006 | 59 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 2 | 35 | 1 | .667 | 257 | 68.1 | 40 | 3 | 13 | 2 | 1 | 75 | 2 | 0 | 8 | 7 | 0.92 | 0.78 | |
| 2007 | 59 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 37 | 2 | .250 | 224 | 58.1 | 30 | 5 | 15 | 0 | 4 | 84 | 0 | 0 | 12 | 12 | 1.85 | 0.77 | |
| 2008 | 67 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 4 | 41 | 0 | .556 | 273 | 69.1 | 58 | 4 | 8 | 0 | 0 | 77 | 2 | 0 | 24 | 18 | 2.34 | 0.95 | |
| 2009 | 66 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 38 | 0 | .500 | 285 | 68.0 | 54 | 5 | 24 | 1 | 4 | 76 | 0 | 0 | 15 | 14 | 1.85 | 1.15 | |
| 2010 | 65 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 7 | 37 | 0 | .417 | 287 | 67.0 | 57 | 7 | 28 | 4 | 2 | 76 | 4 | 0 | 34 | 29 | 3.90 | 1.27 | |
| 2011 | 63 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | 31 | 0 | .800 | 255 | 64.1 | 50 | 3 | 10 | 1 | 3 | 87 | 1 | 0 | 22 | 21 | 2.94 | 0.93 | |
| 2012 | PHI | 70 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 6 | 38 | 0 | .455 | 284 | 70.0 | 56 | 8 | 18 | 1 | 4 | 92 | 0 | 0 | 22 | 19 | 2.44 | 1.06 |
| 通算:8年 | 466 | 3 | 0 | 0 | 0 | 28 | 25 | 257 | 7 | .528 | 2013 | 499.1 | 378 | 39 | 133 | 11 | 21 | 601 | 10 | 0 | 148 | 130 | 2.34 | 1.02 | |
- 2012年度シーズン終了時
獲得タイトル・表彰[編集]
- DHL デリバリー・マン・オブ・ザ・イヤー 1回:2007年
- ルーキー・オブ・ザ・マンス 1回:2006年4月
- DHL デリバリーマン・オブ・ザ・マンス 1回:2006年4月
- オールスターゲーム選出 5回:2006年 - 2009年、2012年
脚注[編集]
- ^ “Jonathan Papelbon Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2013年1月3日閲覧。
- ^ a b c d Charles P. Pierce, "Rocket Redux," The Boston Globe, March 12, 2006. 2009年7月26日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2009』 廣済堂出版、2009年、52頁。ISBN 978-4-331-51370-5。
- ^ Dan Shaughnessy, Globe columnist, "A few thoughts regarding baseball spring to mind," The Boston Globe, March 5, 2006. 2009年7月26日閲覧。
- ^ Albert Chen, "A Rocket man / Clemens admirer Papelbon off to otherworldly start," SI.com, April 11, 2006. 2009年7月26日閲覧。
- ^ a b 出野哲也 「レッドソックスの野望──松坂大輔、ジョシュ・ベケット、ジョナサン・パペルボン 若き3人のエースたち」 『月刊スラッガー』2007年3月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-3、6-9頁。
- ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、429頁。ISBN 978-4-331-51300-2。
- ^ a b c Tom Verducci, "Unleashing The Raging Beast Within," SI Vault, November 7, 2007. 2009年8月2日閲覧。
- ^ 「レ軍パペルボン、守護神復帰へ」 『スポーツナビ』、2007年。
- ^ Browne, Ian (2008年7月23日). “Papelbon a 30-30-30 man” (英語). MLB.com. 2009年6月16日閲覧。
- ^ Stark, Jayson (2009年1月20日). “Closer's record deal avoids arbitration” (英語). ESPN.com. 2009年12月23日閲覧。
- ^ 出野哲也 「MLB30球団レポート ボストン・レッドソックス/BOS 守護神がWBC出場を辞退した理由」 『月刊スラッガー』2009年5月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-5、78頁。
- ^ Seidel, Jeff (2009年7月1日). “Pap becomes Sox's all-time saves leader” (英語). MLB.com. 2009年12月23日閲覧。
- ^ Barone, John (2009年10月11日). “Teammates don't pin loss on Papelbon” (英語). MLB.com. 2009年12月23日閲覧。
- ^ Ian Browne / MLB.com, "Papelbon adds slider to repertoire / All-Star closer prepared to use pitch on regular basis," MLB.com, March 11, 2008. 2009年8月2日閲覧。
- ^ Maureen Mullen / Special to MLB.com, "Papelbon building up stamina / Right-hander continues transition from closer to starter," MLB.com, March 17, 2007. 2009年8月2日閲覧。
- ^ 奥田秀樹 「J・バリテック捕手[レッドソックス]の“配球脳”講座」 『月刊メジャー・リーグ』2007年8月号、ベースボール・マガジン社、2007年、雑誌08625-8、54-55頁。
- ^ a b 高橋直樹 「連続写真に見る大リーガーのテクニック/J・パペルボン[レッドソックス]」 『月刊メジャー・リーグ』2007年6月号、ベースボール・マガジン社、2007年、雑誌08625-6、56-57頁。
- ^ John Schlegel / MLB.com, "The best team imaginable / Scouts choose MLB's top players, position by position," MLB.com, March 14, 2008. 2009年8月2日閲覧。
- ^ Amalie Benjamin, "Papelbon willing to let it slide," The Boston Globe, May 23, 2009. 2009年8月2日閲覧。
外部リンク[編集]
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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