ジャスティン・アップトン

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ジャスティン・アップトン
Justin Upton
アトランタ・ブレーブス #8
MG 2089 Justin Upton.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 バージニア州ノーフォーク
生年月日 1987年8月25日(26歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手左翼手
プロ入り 2005年 ドラフト1巡目(全体1位)
初出場 2007年8月2日
年俸 $9,958,333(2013年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジャスティン・アービン・アップトン(Justin Irvin Upton, 1987年8月25日 - )は、MLBアトランタ・ブレーブスに所属する外野手左翼手)。右投右打。アメリカ合衆国バージニア州ノーフォーク出身。背番号8。スケールが大きく、早熟の5ツール・プレーヤーであることからケン・グリフィー・ジュニアと比較される[2]

3歳上の兄B.J.アップトンは、2002年タンパベイ・デビルレイズから1巡目(全体2位)で指名され、2004年8月に19歳でメジャー・デビューを果たしている。ドラフト順位という観点では、過去最高の兄弟である。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

父マニーは学生時代に野球とバスケットボールの経験があり、2008年現在はNCAAのバスケット審判員。母イヴォンヌは若い頃はソフトボールに打ち込み、中学校と高校で体育教師をしていたというスポーツ一家に生まれ、厳格な教育方針(教会へ行き礼拝をさせ、勉強をしなければスポーツもさせない)の下、規律正しく育てられた。ジャスティンは「幼少時からB.J.と競い合い、毎日のように庭でプレーしていた」と当時を振り返る。13歳の頃には、早くもMLBのスカウトに注目されるまでに成長していた[2][3]

2004年、全米高校代表チームに選出される。台湾で開催されたIBAF世界ジュニア選手権に出場した上、6試合 ・ 打率.417 ・ 4三塁打 ・ 1本塁打 ・ 5打点と活躍[4]

2005年は、54打席で打率.519 ・ 11本塁打 ・ 32打点 ・ 29得点 ・ 7盗塁をマークし[4]、前年に引き続き全米高校代表チームに選出された他、ベースボール・アメリカ誌とゲータレード社が表彰するハイスクール・プレーヤー・オブ・ザ・イヤーをダブル受賞。更にはベスト・アスリート、ベスト5ツール・タレント、ベスト・ピュアヒッター、ファステスト・ベースランナー、ベスト・ディフェンシブ・プレーヤー、最もMLBに近い選手の6部門に挙げられるなど[4]アマチュア時代から俊足巧打の遊撃手として高い評価を受ける。同年6月7日、ダイヤモンドバックスから1巡目(全体1位)でMLBドラフト指名を受け、2006年1月6日契約が成立しプロ入り。契約金610万ドルは、当時の史上最高額であった(2008年8月15日バスター・ポージー捕手が620万ドルでサンフランシスコ・ジャイアンツと契約成立し、塗り替えた)。

プロ入り[編集]

プロ1年目の2006年、外野手に転向。A級において113試合打率.263・12本塁打・66打点出塁率.343・OPS.756・15盗塁をマークし、6月20日ミッドウェスト・リーグのオールスターに出場[5]。シーズン終了後、チーム内の有望株リストで1位にランクされ、ベストヒッター・フォー・アベレージとベスト・アスリートに挙げられた[6]

2007年はA+級とAA級にステップアップ。通算で103試合・打率.319・18本塁打・70打点・出塁率.410・OPS.961・19盗塁と言うハイレベルな数字を叩き出すと、7月8日オールスター・フューチャーズゲームに、翌9日はサザン・リーグのオールスターに出場。Topps 社とベースボール・アメリカ誌が選ぶオールスター・チームにも選出された他[5]USAトゥデイ紙のマイナーリーグ・プレーヤー・オブ・ザ・イヤーを受賞した[7]

メジャーデビューとダイヤモンドバックス時代[編集]

2007年8月2日、19歳11か月の若さでメジャー初昇格を果たす(10代では、フェリックス・ヘルナンデスマリナーズ)以来)。同日、対サンディエゴ・パドレス戦の9回表、エリック・バーンズ外野手の打席代打として登場。デビュー戦は1打数安打一塁へのファウルフライ)に倒れたが、8月4日、対ロサンゼルス・ドジャース戦において7番・右翼手でスタメン起用され、初安打を放っている(三塁内野安打)。最初の9試合で7本の長打を放ち、その後は失速したものの、43試合に出場して経験を積んだ。また、プレーオフでは6試合に出場の上、14打数5安打1打点5四死球10出塁1盗塁2得点と活躍した。

2008年3月9日、1年間の契約延長が成立。オフの間に体力強化とバッティング・フォーム修正に努めたことが功を奏し[2]、スプリング・トレーニングで好結果を出すと、プロ3年目にして早くも開幕ロースター入りを果たした。なお、昨季すでに130打数をクリアしているために、ルーキー・オブ・ザ・イヤーの資格は失効している。4月は打率.340 ・ 出塁率.385 ・ OPS.962とロケット・スタートを決めたが、5 - 6月の月間打率はそれぞれ.216 - .123とスランプに陥り、7月9日の練習中に腹筋を痛め、前半戦残り試合を全休。

2009年は、開幕からレギュラーとして試合に出場し、打率.300(対左打率.377)をクリアしたほか、20本塁打20盗塁を同時に記録した。一方で、138試合の出場で137三振を喫するなど、課題が見え隠れしたシーズンとなった。

2012年8月3日に、通算100号本塁打を記録した。

2013年1月にタイフアン・ウォーカーら若手有望株との交換でシアトル・マリナーズの移籍が決まりかけたが、拒否権を行使してトレードは破談となった[8]

ブレーブス時代[編集]

2013年1月20日にマーティン・プラドランドール・デルガドニック・アハメドジーク・スプルイルブランドン・ドルリーとのトレードでクリス・ジョンソンと共にブレーブスへ移籍した[9][10]。B.J.もブレーブスに移籍したため兄弟が揃ってプレーすることになった。同年4月23日の対ロッキーズ戦(ケアーズ)の5回に兄B.J.に続いてホームランを放った。兄弟連続ホームランは、ポール・ウェイナーロイド・ウェイナー兄弟に続いて、メジャーで2例目で、75年ぶりの記録であった[11]。ジャスティンは、同日に行われたダブルヘッダー1戦目でもホームランを放っており、この連続ホームランで本塁打数を11とした[11]。4月に11本の本塁打を放ったのは、ブレーブス球団新記録である[11]。最終的には4月は12本の本塁打を放ち月間MVPを受賞した。

選手としての特徴[編集]

ケン・グリフィー・ジュニア2世の呼び声も高い、ホープ中のホープで、早くも「将来の殿堂入り候補」とも言われる。ベースボール・アメリカ誌の有望株リストでは2006年版2位、2007年版9位にランクされている[12]。驚異的な身体能力を誇るアスリートであり、走攻守全てを兼ね備えた5ツール・プレーヤー。スイングは速く鋭く、兄B.J.よりも体格に恵まれ、パワーは一枚上とも言われている。本人は「ボクが持つツールの中ではスピードが最も優れていると思う、盗塁数は多くはないけどベース・ランニングには自信がある、積極的に生かして行きたい」と力強く語る。ただし、こだわりがある打順はスピードを活かせる一・二番ではなく三番で、「守備力を備えたラインドライブ・ヒッターになりたい、具体的にはケン・グリフィーやトリー・ハンターのようなリーグを代表する存在になることが目標」だと述べる。高校時代は遊撃手で、プロ入り後は首脳陣の判断で外野転向を命じられた訳だが、その点に関するわだかまりは全くないと言い切る。「常にチーム内のベスト・アスリートだったから遊撃を任されていただけ、外野は守備負担も責任も軽くてバッティングに専念できるからボクに適している」とむしろ歓迎している。次世代を担うスター候補生はあるが、時折集中力を欠いたプレーが見受けられるなど、更なる学習と鍛錬が必要である[2][13][14][15]

マイナー2年間の通算成績は、打率.289 ・ 出塁率.375 ・ OPS.853。

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2007 ARI 43 152 140 17 31 8 3 2 51 11 2 0 0 0 11 4 1 37 3 .221 .283 .364 .647
2008 108 417 356 52 89 19 6 15 165 42 1 4 0 3 54 6 4 121 3 .250 .353 .463 .816
2009 138 588 526 84 158 30 7 26 280 86 20 5 1 4 55 3 2 137 10 .300 .366 .532 .899
2010 133 571 495 73 135 27 3 17 219 69 18 8 1 7 64 5 4 152 20 .273 .356 .442 .799
2011 159 674 592 105 171 39 5 31 313 88 21 9 0 4 59 9 19 126 8 .289 .369 .529 .898
2012 150 628 554 107 155 24 4 17 238 67 18 8 0 6 63 5 5 121 7 .280 .355 .430 .785
2013 ATL 149 643 558 94 147 27 2 27 259 70 8 1 1 4 75 4 5 161 12 .263 .354 .464 .818
通算:7年 880 3673 3221 532 886 174 30 135 1525 433 88 35 3 28 381 36 40 855 63 .275 .356 .473 .830
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

参考資料[編集]

  1. ^ Justin Upton Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2013年1月16日閲覧。
  2. ^ a b c d 三尾圭 「ファイブ・ライジングスターズ 第三回 ジャスティン・アップトン独占インタビュー」 『月刊スラッガー No.124 , 2008年8月号』 日本スポーツ企画出版社、60-62頁。
  3. ^ 津川晋一 スコアカードMLB 史上最高の呼び声も高い、アプトン兄弟。”. NumberWeb. 2008年8月30日閲覧。
  4. ^ a b c Justin Upton: Biography and Career Highlights” (英語). MLB.com. 2008年8月31日閲覧。
  5. ^ a b Awards/Honors:” (英語). MiLB.com. 2008年3月9日閲覧。
  6. ^ Top 10 Prospects: Arizona Diamondbacks , BEST TOOLS” (英語). BaseballAmerica.com (2007年2月13日). 2008年4月2日閲覧。
  7. ^ USA Today Minor League Player of the Year” (英語). minors.baseball-reference.com. 2008年3月9日閲覧。
  8. ^ Report: D-backs would have received Taijuan Walker, others in Justin Upton deal ArizonaSports.com
  9. ^ Braves acquire coveted outfielder J. Upton
  10. ^ Braves Acquire Justin Upton
  11. ^ a b c アップトン兄弟がメジャー史上2度目の快挙を達成!”. MLB日本公式サイト (2013年4月23日). 2013年4月24日閲覧。
  12. ^ All-Time Top 100 Prospects” (英語). baseball america.com (2007年2月28日). 2008年3月9日閲覧。
  13. ^ Justin Upton - Scouting Report , Transactions / Injuries / Suspensions” (英語). sportsnet.ca. 2008年3月9日閲覧。
  14. ^ 『月刊スラッガー 2008年4月号』 日本スポーツ企画出版社、9,82-83頁。
  15. ^ 「2008 MLB 30球団スカウティング・レポート - アリゾナ・ダイヤモンドバックス」 『ウェルカム・メジャーリーグ 2008』 白夜書房〈白夜ムック 315〉、202-205頁。ISBN 978-4861913983

外部リンク[編集]