ドミトリー・ヤング

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ドミトリー・ヤング
Dmitri Young
Nationals 6.2.07 Dmitri Young.jpg
ナショナルズ時代のヤング
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシシッピ州ビックスバーグ
生年月日 1973年10月11日(41歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
300 lb =約136.1 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 一塁手
プロ入り 1991年 ドラフト1巡目(全体4位)セントルイス・カージナルス
初出場 1996年8月29日
最終出場 2008年7月11日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ドミトリー・ヤングDmitri Dell Young , 1973年10月11日 - )は元メジャーリーガー。ポジションは一塁手または指名打者であった。右投両打。ニックネームは"Da Meat Hook"。

デトロイト・タイガースに所属するデルモン・ヤングは彼の弟である。ドミトリーは1996年8月29日にメジャーデビュー。10年後の同日に弟のデルモンもメジャーデビューしている。

父のラリー・ヤングは、アフリカ系アメリカ人最初のF-14戦闘機操縦士の一人で、現在はデルタ航空でパイロットをしている。

経歴[編集]

1991年セントルイス・カージナルスからドラフト1巡目(全体4番目)で指名され契約。1996年8月29日にメジャーデビュー。1997年には110試合に出場し、打率.258を記録。シーズン終了後にシンシナティ・レッズに移籍。レッズでは外野手・一塁手としてプレーし、4年連続で打率3割以上を記録した。1998年はリーグ2位の48二塁打を記録した。

2001年シーズン終了後にフアン・エンカーナシオンら2人とのトレードでデトロイト・タイガースに移籍。2002年は4月に故障者リスト入りとなったが、5月14日に復帰を果たし、5月17日から6月5日にかけて自己最長タイとなる18試合連続安打を記録したが、6月は打率が.195と2割を下回った[1]。7月5日の試合を最後にシーズンを終え、54試合の出場に終わり、打率は.284と5年ぶりに3割を下回った。

2003年は4月までの打率が.173だったが、5月の打率は.355で、5月6日のオリオールズ戦では2三塁打・2本塁打を含む計5安打を記録。メジャー史上1試合で「2三塁打・2本塁打」を達成したのは他にウィリー・メイズ(1958年)、ルー・フォンセカ(1929年)、ルー・ゲーリッグ(1928年)の3人しかいない[2]オールスターにも初選出された(出場はせず)。自己最高の29本塁打を記録し、打率.297、85打点を記録し、チーム3冠となった[3]。 

2005年シーズン開幕戦のカンザスシティ・ロイヤルズ戦では3本塁打を記録(開幕戦3本塁打はジョージ・ベルタフィー・ローズに次ぐ史上3人目)[4]。本塁打が出にくい球場として知られるコメリカ・パークでの達成だった。同年11月27日にはデトロイトで開催されたプロレス団体WWEサバイバー・シリーズに、エッジリタと共にトークショーに出演した。しかし2006年は、家庭内暴力による離婚[要出典]アルコール依存症の影響[5]でわずか48試合の出場に終わり、デトロイト・タイガースから解雇された。

2007年3月、一塁手ニック・ジョンソンを故障で欠いたワシントン・ナショナルズから春季キャンプに招待され結果を残し、開幕メジャー入りを果たした。オールスター前までにリーグ3位の打率.340を記録する活躍を見せ、4年ぶり2回目のオールスターに選出。9回裏2アウトの場面で代打で出場し、オールスター初打席でヒットを打った。7月28日に球団と2年総額1,000万ドルで契約延長[6]。シーズン通算で打率.320、13本塁打、74打点と活躍し、カムバック賞を受賞した。

詳細情報[編集]

獲得タイトル・記録・表彰[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1996 STL 16 34 29 3 7 0 0 0 7 2 0 1 0 0 4 0 1 5 1 .241 .353 .241 .594
1997 110 377 333 38 86 14 3 5 121 34 6 5 1 3 38 3 2 63 8 .258 .335 .363 .698
1998 CIN 144 590 536 81 166 48 1 14 258 83 2 4 0 5 47 4 2 94 16 .310 .364 .481 .845
1999 127 409 373 63 112 30 2 14 188 56 3 1 0 4 30 1 2 71 10 .300 .352 .504 .856
2000 152 593 548 68 166 37 6 18 269 88 0 3 1 5 36 6 3 80 16 .303 .346 .491 .837
2001 142 586 540 68 163 28 3 21 260 69 8 5 1 3 37 10 5 77 22 .302 .350 .481 .831
2002 DET 54 216 201 25 57 14 0 7 92 27 2 0 0 1 12 5 2 39 12 .284 .329 .458 .787
2003 155 635 562 78 167 34 7 29 302 85 2 1 0 4 58 16 11 130 16 .297 .372 .537 .909
2004 104 432 389 72 106 23 2 18 187 60 0 1 0 4 33 4 6 71 8 .272 .336 .481 .817
2005 126 508 469 61 127 25 3 21 221 72 1 0 0 1 29 7 9 100 16 .271 .325 .471 .796
2006 48 184 172 19 43 4 1 7 70 23 1 1 0 1 11 0 0 39 3 .250 .293 .407 .700
2007 WSH 136 508 460 57 147 38 1 13 226 74 0 0 0 3 44 6 1 74 13 .320 .378 .491 .869
2008 50 180 150 15 42 6 0 4 60 10 0 0 0 1 28 4 1 28 8 .280 .394 .400 .794
通算:13年 1364 5252 4762 648 1389 301 29 171 2261 683 25 22 3 35 407 66 45 871 149 .292 .351 .475 .826
  • 2008年度シーズン終了時

脚注[編集]

  1. ^ Dmitri Young 2002 Career Highlights” (英語). 2008年6月1日閲覧。
  2. ^ Dmitri Young 2003 Career Highlights” (英語). 2008年6月1日閲覧。
  3. ^ 2003 Detroit Tigers Statistics and Roster - Baseball-Reference.com” (英語). 2008年6月1日閲覧。
  4. ^ Dmitri Young 2005 Career Highlights” (英語). 2008年6月1日閲覧。
  5. ^ 月刊メジャーリーグ2006年11月号
  6. ^ Nationals ink Young to two-year deal” (英語). 2008年6月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]