ジェイソン・ニックス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジェイソン・ニックス
Jayson Nix
ニューヨーク・ヤンキース #17
Jayson Nix on September 6, 2012.jpg
2012年9月6日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州ダラス
生年月日 1982年8月26日(30歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手二塁手, 三塁手
プロ入り 2001年 コロラド・ロッキーズよりドラフト2巡目指名(全体44位)
初出場 2008年4月1日
年俸 $444,600(2010年)[1]
経歴(括弧内は在籍年)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
五輪 2008年
オリンピック
男子 野球
2008 野球

ジェイソン・トゥルイット・エドワード・ニックス(Jayson Truitt Edward Nix, 1982年8月26日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身のプロ野球選手内野手)。右投右打。

レインスプロ野球選手外野手)。レインスもフィジカル・アビリティの高さから、かつては期待されていた[2]

目次

経歴 [編集]

2001年、全米高校代表チームに選出されるなど、アマチュア時代から注目を集める。同年6月5日コロラド・ロッキーズから2巡目(全体44位)でドラフト指名を受け、6月14日契約成立。この年からルーキー級でプレーを始め、42試合・打率.294・出塁率.379の好成績を挙げる。

2002年はA級で14本塁打 ・ 14盗塁。

2003年はA+級で21本塁打・24盗塁、更にはカリフォルニア・リーグのベスト・ディフェンシブ・セカンドベースマンに選ばれるなど[3]、一段ずつ着実にステップアップして行く。

プロ7年目の2007年は、AAA級コロラドスプリングスで124試合打率.292・11本塁打・58打点出塁率.342・OPS.793・24盗塁。シーズン終了後の11月、台湾台北市)で行われた第37回IBAFワールドカップでは打率.387(31打数12安打、内6本が長打)と活躍し、アメリカの金メダル獲得に貢献、大会MVPを受賞している[4]

2008年はスプリング・トレーニングで結果を出すと、チームがキャンプ最優秀選手に贈るアビー・グリアー賞を受賞[2]ヒューストン・アストロズに移籍した松井稼頭央の後釜として、開幕ロースター入りを果たす。4月1日開幕戦(対セントルイス・カージナルス)において八番打者・二塁手としてスタメン起用され、メジャー・デビュー(2打数無安打1打点2四球)。翌2日、ラス・スプリンガー投手からセンター前に初安打を放った。4月25日まで打率.111・出塁率.216・OPS.349と不振に陥りマイナー降格になったが、AAA級コロラドスプリングスでは64試合・打率.300・出塁率.369・OPS.962・9盗塁と盛り返し、7月23日、最終24人目のメンバーとして北京オリンピックアメリカ代表チームに選出[5]8月23日に行われた日本代表チームとの三位決定戦では、二番二塁手としてスタメン起用され(4打数1安打1四球2出塁1得点)[6]、アメリカの銅メダル獲得に貢献した。

2008年コロラド・ロッキーズでメジャーデビュー。

2009年シカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結び、メジャーに定着。

2010年6月18日にDFAとなり、6月24日、ウェーバーでクリーブランド・インディアンスへ移籍。

2011年3月29日トロント・ブルージェイズに移籍。ブルージェイズでは低打率に苦しみ、シーズン途中でAAA級ラスベガスに降格した。7月2日にDFAになり[7]そのままシーズン終了。

ブルージェイズ時代(2011年)

11月23日ニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結ぶ。[8]

2012年5月3日にメジャーに昇格。同年は内外野守れるユーティリティプレーヤーやバント要員として重宝され、ヤンキースの地区優勝に貢献した。

選手としての特徴 [編集]

ベースボール・アメリカ誌の有望株リストでは、2004年版94位にランクされたこともある新鋭[9]。本来、打撃力に期待を寄せられていた選手ではあるが伸び悩み、マイナー暮らしが長く続いた。スピードが在り、小技も利くので、二番打者に要求されるツールを持ち合わせてはいる。守備力に優れ、特に読みの鋭さが高い評価を得ている。AAA級時代に打撃コーチを務めていたカーニー・ランスフォードは、「わたしが見て来た中では最高の二塁守備だ」と太鼓判を押す[2][10][11]。2001年は全試合遊撃手として出場したが、2002年から二塁手にコンバート

マイナー7年間の通算成績は、打率.256 ・ 出塁率.326 ・ OPS.725 ・ 102盗塁(成功率73パーセント)。

年度別打撃成績 [編集]

















































O
P
S
2008 COL 22 65 56 2 7 2 0 0 9 2 1 0 1 0 7 2 1 17 1 .125 .234 .161 .395
2009 CWS 94 290 255 36 57 11 0 12 104 32 10 2 1 2 28 1 4 64 5 .224 .308 .408 .716
2010 24 57 49 3 8 1 0 1 12 5 0 0 1 0 7 2 0 12 1 .163 .268 .245 .513
CLE 78 306 282 29 66 14 0 13 119 29 1 2 2 2 13 0 7 75 5 .234 .283 .422 .705
'10計 102 363 331 32 74 15 0 14 131 34 1 2 3 2 20 2 7 87 6 .224 .281 .396 .676
2011 TOR 46 151 136 15 23 5 1 4 42 16 4 1 0 1 12 1 2 42 2 .169 .245 .309 .554
2012 NYY 74 202 177 24 43 13 0 4 68 18 6 3 9 0 14 0 2 53 4 .243 .306 .384 .690
通算:5年 338 1071 955 109 204 46 1 34 354 102 22 8 14 5 81 6 16 263 18 .214 .285 .371 .655
  • 2012年度シーズン終了時

参考資料 [編集]

  1. ^ Cleveland Indians 2010 Player Salaries and Team Payroll” (英語). ESPN.com. 2010年10月12日閲覧。
  2. ^ a b c 大富真一郎 「ナショナル・リーグの新人王候補」 『月刊メジャー・リーグ 2008年5月号』 ベースボール・マガジン社、76-77頁。
  3. ^ Highlights:2003” (英語). MiLB.com. 2008年4月6日閲覧。
  4. ^ 2007 Career Highlights:” (英語). MLB.com. 2008年4月6日閲覧。
  5. ^ 五輪米国代表24人目の男は…ジェイソン”. スポニチ Sponichi Annex ニュース (2008年7月25日). 2008年8月25日閲覧。
  6. ^ 2008 Summer Olympics - Bronze-Medal Game - August 23, 2008” (英語). nbcolympics.com. 2008年8月29日閲覧。
  7. ^ http://www.mlbtraderumors.com/2011/07/blue-jays-designate-jayson-nix-for-assignment.html
  8. ^ http://www.nypost.com/p/blogs/yankeesblog/yankees_sign_nix_to_minor_league_bwvYyxalc6e5Kt9BaS9jaJ
  9. ^ All-Time Top 100 Prospects” (英語). BaseballAmerica.com (2007年2月28日). 2008年4月6日閲覧。
  10. ^ Jayson Nix ― PECOTA” (英語). BaseballProspectus.com. 2008年4月6日閲覧。
  11. ^ 『ウェルカム・メジャーリーグ 2008』 白夜書房〈白夜ムック 315〉、207頁。ISBN 978-4861913983

外部リンク [編集]