ジャック・モリス

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ジャック・モリス
Jack Morris
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミネソタ州セントポール
生年月日 1955年5月16日(59歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1976年 ドラフト5巡目
初出場 1977年7月26日
最終出場 1994年8月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)


ジョン・スコット・モリスJohn Scott Morris, 1955年5月16日 - )は、メジャーリーグベースボールの元選手。ポジションは投手アメリカ合衆国ミネソタ州セントポール出身。

経歴[編集]

デトロイト・タイガース[編集]

1976年MLBドラフトデトロイト・タイガースから5巡目に指名を受け入団。1977年7月26日シカゴ・ホワイトソックス戦でメジャーデビュー。1979年は5月から先発ローテーションに定着し、9月19日ボルティモア・オリオールズ戦でメジャー初完封を達成するなど17勝7敗・防御率3.28を記録。50日間に及ぶストライキでシーズンが短縮された1981年は7試合連続完投勝利を挙げるなど好調で、自身初のオールスターゲームに選出され、先発投手を務めた。14勝7敗・防御率3.05を記録し、デニス・マルティネスピート・ヴコヴィッチら3人と並んで最多勝利のタイトルを獲得。サイ・ヤング賞の投票では3位に入った。1983年は20勝13敗・防御率3.34・232奪三振を記録し、最多奪三振を獲得。293.2イニングと18暴投もリーグトップだった。サイ・ヤング賞の投票では3位。

1984年は開幕から絶好調で、4月7日のホワイトソックス戦でノーヒットノーランを達成するなど、5月終了時点で10勝1敗・防御率1.88をマーク。開幕40試合を35勝5敗、勝率.857という驚異的なスタートダッシュを切ったチームの原動力となり、2度目のオールスターゲームに選出される。後半戦でペースダウンしたが19勝11敗・防御率3.60を記録し、チームは2位に15ゲーム差を付ける圧倒的な強さで12年ぶりの地区優勝を果たす。カンザスシティ・ロイヤルズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第1戦に先発して7回1失点で勝利投手となり、チームは3連勝で16年ぶりのリーグ優勝。サンディエゴ・パドレスとのワールドシリーズでは第1戦と第4戦に先発し、いずれも2失点完投勝利。チームは4勝1敗でシリーズを制し、ワールドチャンピオンの栄冠を手にした。

1986年4月7日ボストン・レッドソックスとの開幕戦で、1回表に1番のドワイト・エバンスに初球を本塁打され、史上初となる「開幕戦初回表先頭打者初球本塁打」を喫した。尚この試合はメジャー最古の球団シンシナティ・レッズが他球団に先駆けて開幕戦を行う「トラディショナル・オープナー」の慣行を破り、レッズよりも(時間的に)先に開幕戦を行ったため、エバンスは文字通り同年のメジャーリーグで「最初の打者」だった。同年は後半戦で12勝と調子を上げ、21勝8敗・防御率3.27・223奪三振、リーグトップの6完封と好成績を残したが、キャリアワーストの40被本塁打を記録した。1987年は前半戦で9連勝を記録するなど12勝を挙げ、4度目のオールスターゲームに選出される。シーズン通算で18勝11敗・防御率3.38・208奪三振を記録。チームはトロント・ブルージェイズとの熾烈な優勝争いを演じ、残り8試合の時点で3.5ゲーム差を付けられたが逆転し、3年ぶりの地区優勝。ミネソタ・ツインズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第2戦に先発したが、8回を完投したものの6失点で敗戦投手となり、チームも1勝4敗で敗退した。オフにフリーエージェントとなるが再契約。1989年は開幕6連敗を喫した上故障で2ヶ月戦線離脱し、6勝14敗・防御率4.86と不本意な成績に終わった。1980年から1989年にかけての10年間で計162勝を挙げ、1980年代のメジャー最多勝投手となった。1990年はリーグ最多タイの36先発・11完投を記録したが、15勝18敗・防御率4.51、リーグワーストの144失点と振るわず、オフに再びフリーエージェントとなった。

ミネソタ・ツインズ[編集]

1991年2月5日に故郷のミネソタ・ツインズと1年契約。序盤は不調だったが次第に調子を上げ、前半戦で8連勝を含む11勝を記録し、4年ぶりにオールスターゲームに選出され先発投手を務めた。シーズン通算で18勝12敗・防御率3.43と復活を遂げ、チームの4年ぶりの地区優勝に貢献。ブルージェイズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは2勝を挙げる活躍を見せ、チームは4勝1敗でリーグ優勝を果たした。アトランタ・ブレーブスとのワールドシリーズでは第1戦・第4戦・第7戦に先発。最終第7戦では延長10回を完封してチームのサヨナラ勝利を呼び込み、ワールドチャンピオンに輝いた。2勝0敗・防御率1.17の活躍でシリーズのMVPも受賞。サイ・ヤング賞の投票は4位だった。そのままツインズに骨を埋めるかと思われたがフリーエージェントとなり、12月18日にブルージェイズと契約し、1年限りでツインズを去った。

トロント・ブルージェイズ[編集]

1992年は21勝6敗・防御率4.04の成績で、ケヴィン・ブラウンと並んで2度目の最多勝利のタイトルを獲得し、チームの2年連続地区優勝に貢献。オークランド・アスレティックスとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第1戦で完投するも敗戦投手。第4戦でも4回途中5失点で降板と不本意だったが、チームは4勝2敗で球団創設以来初、カナダの球団としても初のリーグ優勝を飾る。自身前年に続きブレーブスとの対戦となったワールドシリーズでは2試合に先発したが2敗・防御率8.44と打ち込まれた。しかしチームは4勝3敗でブレーブスを下し、カナダに初めてワールドチャンピオンシップが渡った。1993年4月6日シアトル・マリナーズとの開幕戦で先発し、メジャー記録の14年連続開幕投手となるが、序盤から絶不調で4月終了時点で1勝3敗・防御率11.51。その後も防御率が6点を切ることは一度もなく、7勝12敗・防御率6.19に終わる。チームは3年連続で地区優勝を果たし、ワールドシリーズ2連覇も達成したが、ポストシーズンのロースターに入ることすらできず、12月5日に解雇された。

以後[編集]

1994年2月10日クリーヴランド・インディアンズと契約。途中5連勝を記録するなど10勝を挙げたが、防御率は5.60に終わり、1994年から1995年のMLBストライキ直前の8月9日に解雇された。12月22日シンシナティ・レッズと契約して再起を図るもメジャー昇格はならず、引退。

1996年には独立リーグセントポール・セインツでプレイした。

引退後は主にフロリダ州レイクランドに在住し、タイガースの春季キャンプ限定の投手コーチを務めたり、ツインズの専属解説者を務めている。

タイガース時代の背番号47」は、現時点では永久欠番に指定されていないが、1994年以後着用する選手がなく実質的に準永久欠番となっており、将来的に正式な永久欠番となる可能性もある。1980年から93年にかけて14年連続で開幕投手を務めたが、これはメジャー記録である。1987年・1988年・1991年・1993年はアメリカンリーグの投手で最高年俸であった。

これほどの活躍をしながら、サイ・ヤング賞のタイトルには縁がなかった。アメリカ野球殿堂入りの選出を行う全米野球記者協会の投票では2000年に資格を取得したが、2013年時点で得票率は最高でも67.7%であり、75%が必要な殿堂入りの資格は満たせていない。2014年が最後のチャンスとなる。

選手としての特徴[編集]

速球、スライダー、スプリット・フィンガード・ファストボールが得意球。そのため暴投が多く、リーグワーストを6回記録した。通算206暴投は史上第8位(2012年終了時点)である。

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1977 DET 7 6 1 0 0 1 1 0 -- .500 189 45.2 38 4 23 0 0 28 2 0 20 19 3.74 1.34
1978 28 7 0 0 0 3 5 0 -- .375 469 106.0 107 8 49 5 3 48 4 0 57 51 4.33 1.47
1979 27 27 9 1 0 17 7 0 -- .708 806 197.2 179 19 59 4 4 113 9 1 76 72 3.28 1.20
1980 36 36 11 2 0 16 15 0 -- .516 1074 250.0 252 20 87 5 4 112 6 2 125 116 4.18 1.36
1981 25 25 15 1 0 14 7 0 -- .667 798 198.0 153 14 78 11 2 97 2 2 69 67 3.05 1.17
1982 37 37 17 3 3 17 16 0 -- .515 1107 266.1 247 37 96 7 0 135 10 0 131 120 4.06 1.29
1983 37 37 20 1 2 20 13 0 -- .606 1204 293.2 257 30 83 5 3 232 18 0 117 109 3.34 1.16
1984 35 35 9 1 1 19 11 0 -- .633 1015 240.1 221 20 87 7 2 148 14 0 108 96 3.60 1.28
1985 35 35 13 4 0 16 11 0 -- .593 1077 257.0 212 21 110 7 5 191 15 3 102 95 3.33 1.25
1986 35 35 15 6 2 21 8 0 -- .724 1092 267.0 229 40 82 7 0 223 12 0 105 97 3.27 1.16
1987 34 34 13 0 0 18 11 0 -- .621 1101 266.0 227 39 93 7 1 208 24 1 111 100 3.38 1.20
1988 34 34 10 2 1 15 13 0 -- .536 997 235.0 225 20 83 7 4 168 11 11 115 103 3.94 1.31
1989 24 24 10 0 0 6 14 0 -- .300 743 170.1 189 23 59 3 2 115 12 1 102 92 4.86 1.46
1990 36 36 11 3 2 15 18 0 -- .455 1073 249.2 231 26 97 13 6 162 16 2 144 125 4.51 1.31
1991 MIN 35 35 10 2 1 18 12 0 -- .600 1032 246.2 226 18 92 5 5 163 15 1 107 94 3.43 1.29
1992 TOR 34 34 6 1 1 21 6 0 -- .778 1005 240.2 222 18 80 2 10 132 9 2 114 108 4.04 1.25
1993 27 27 4 1 1 7 12 0 -- .368 702 152.2 189 18 65 2 3 103 14 1 116 105 6.19 1.66
1994 CLE 23 23 1 0 1 10 6 0 -- .625 636 141.1 163 14 67 2 4 100 13 0 96 88 5.60 1.63
通算:18年 549 527 175 28 15 254 186 0 -- .577 16120 3824.0 3567 389 1390 99 58 2478 206 27 1815 1657 3.90 1.30
  • 各年度の太字はリーグ最高

外部リンク[編集]