1984年のワールドシリーズ
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| シリーズ情報 | |||||||
| 試合日程 | 10月9日 - 10月15日 | ||||||
| MVP | アラン・トランメル(DET) | ||||||
| ALCS | DET 3-0 KC | ||||||
| NLCS | SD 3-2 CHC | ||||||
| のちの殿堂表彰者 | スパーキー・アンダーソン (DET/監督) ディック・ウィリアムズ(SD/監督) リッチ・ゴセージ(SD) トニー・グウィン(SD) |
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| チーム情報 | |||||||
| デトロイト・タイガース(DET) | |||||||
| 監督 | スパーキー・アンダーソン | ||||||
| シーズン成績 | 104勝58敗 | ||||||
| サンディエゴ・パドレス(SD) | |||||||
| 監督 | ディック・ウィリアムズ | ||||||
| シーズン成績 | 92勝70敗 | ||||||
ワールドシリーズ
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1984年のワールドシリーズは、1984年10月9日から10月15日まで行われたメジャーリーグのワールドシリーズである。
目次 |
概要 [編集]
第81回ワールドシリーズ。アメリカンリーグは西地区の覇者カンザスシティ・ロイヤルズを破り1968年以来16年ぶり出場のデトロイト・タイガース。ナショナルリーグは西地区の覇者シカゴ・カブスを破り初出場を果たしたサンディエゴ・パドレスとの対戦となった。結果は4勝1敗でデトロイト・タイガースが16年ぶり4回目の優勝。
MVPは打率.450、2本塁打、6打点の成績をあげたアラン・トランメルが初選出。
試合結果 [編集]
第1戦 10月9日 [編集]
第2戦 10月10日 [編集]
| チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | H | E |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| タイガース | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 7 | 3 |
| パドレス | 1 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | X | 5 | 11 | 0 |
- 勝: アンディ・ホーキンス (1-0) 敗: ダン・ペトリー (0-1) S: クレイグ・レファーツ (1)
- 本: SD – カート・ベバックア (1)
- 観客動員数: 57,911人 試合時間: 2時間44分
第3戦 10月13日 [編集]
| チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | H | E |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| パドレス | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 10 | 0 |
| タイガース | 0 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | X | 5 | 7 | 0 |
- 勝: ミルト・ウィルコックス (1-0) 敗: ティム・ローラー (0-1) S: ウィリー・ヘルナンデス (1)
- 本: DET – マーティ・カスティーヨ (1)
- 観客動員数: 51,970人 試合時間: 3時間11分
第4戦 10月14日 [編集]
第5戦 10月15日 [編集]
| チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | H | E |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| パドレス | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 4 | 10 | 1 |
| タイガース | 3 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 3 | X | 8 | 11 | 1 |
- 勝: アウレリオ・ロペス (1-0) 敗: アンディ・ホーキンス (1-1) S: ウィリー・ヘルナンデス (2)
- 本: SD – カート・ベバックア (2) DET – カーク・ギブソン 2 (2) ランス・パリッシュ (1)
- 観客動員数: 51,901人 試合時間: 2時間55分
エピソード [編集]
- 勝ったタイガースの監督スパーキー・アンダーソンは、シンシナティ・レッズ監督時代1975年・1976年とワールドシリーズを制しており、史上初の監督としての両リーグでのワールドシリーズ制覇となった。一方、敗れたパドレスの監督ディック・ウィリアムズも、アスレチックス監督時代1972年・1973年にワールドシリーズ制覇を成し遂げており、どちらが勝っても史上初の両リーグでの優勝監督となるところであった。しかも、アンダーソンはレッズ時代1972年にはウィリアムズ率いるアスレチックスにワールドシリーズで敗れており、その時の雪辱を果たした形になった。
- のちに、2006年に当時カージナルスの監督トニー・ラルーサが、アスレチックス時代の1989年と合わせて史上2人目の両リーグ優勝監督となったが、この時も敗れたタイガースの監督ジム・リーランドもマーリンズ時代の1997年にワールドシリーズ制覇を果たしており、どちらが勝っても史上2人目の両リーグでの優勝監督となるところであった。
参考文献 [編集]
- “1984 World Series DET vs. SDP”. Baseball-Reference. 2008年7月23日閲覧。
- “The 1984 Post-Season Games”. Retrosheet. 2008年7月23日閲覧。
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