ドミノ・ピザ

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ドミノ・ピザ Inc.
Domino’s Pizza, Inc.
Dominos pizza logo.svg
種類 public
市場情報 NYSE: DPZ
本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ミシガン州アナーバー
設立 1960年
業種 サービス業
事業内容 宅配ピザ
代表者 Tom Monaghan 創業者
J. Patrick Doyle CEO
従業員数 14万5000人
外部リンク http://www.dominos.com/
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ドミノ・ピザが出店している国(赤)

ドミノ・ピザ (Domino’s Pizza)は、アメリカの宅配ピザチェーン店。現在世界の55ヶ国で8500店舗以上を展開している

目次

[編集] 概要

1960年アメリカミシガン州イプシランティの学生街にあった「ドミニックス・ピッツァ」という小さなピザショップを、創業者のトーマス・S・モナハンが買収した。これが、ドミノ・ピザの始まりである。

「手作りならではの味を食卓へ届ける」、「30分を超えた場合は50セント引き」というシステムが、アメリカでたくさんの支持を集めた。このシステムは、アメリカだけでなく、アジアヨーロッパオーストラリアなど、世界中で親しまれている。

現在55ヶ国に8500店以上に拡大、今もなお成長を続けている。

現在の本社は、ミシガン州アナーバーにある。

[編集] 日本での展開

株式会社ドミノ・ピザ ジャパン
Domino's Pizza Japan,Inc.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 〒101-0032
東京都千代田区岩本町1-10-3 紀繁ビル4・5階
設立 1964年3月
業種 小売業
事業内容 宅配ピザ「ドミノ・ピザ」運営
代表者 代表取締役社長 スコット・オルカー
資本金 4億1600万円
売上高 172億円(2009年3月現在)
従業員数 正社員350名・アルバイト約4500名
主要株主 株式会社ベインキャピタル 100%
外部リンク http://www.dominos.jp/corporate/
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日本では株式会社ドミノ・ピザ ジャパンが展開。

同社は、本家の米国ドミノ・ピザ社とフランチャイズ契約を締結して、1985年昭和60年)9月に東京・恵比寿で1号店をオープンした。その後は様々な宅配チェーンが参入しているが、宅配バイクや厨房機器など店舗運営システムの多くは同社が日本で最初に導入している。

本家アメリカのドミノ・ピザは、主に自動車にて配達を行っているが、開業当時、日本の道路事情にあった配達手段として、通称「ドミノジャイロ」と呼ばれる三輪バイク(ホンダジャイロに屋根を付けて改造)を開発した。

日本では☆や♡の形の生地が注文可能である(テレビ朝日シルシルミシル』で放送)。

ちなみに、1985年(昭和60年)に日本国内で営業開始したばかりのドミノ・ピザに浅野秀則(後にピザーラを展開する株式会社フォーシーズ社長に就任)がフランチャイズ加盟申請するも直営店主義を理由に断られ、浅野は自ら宅配ピザチェーンを設立することを決意し、1987年(昭和62年)4月に東京・目白で1号店をオープンしたのがピザーラが誕生したきっかけである。

[編集] 未出店の地域

店舗展開においては、三大都市圏の人口密集地域へ直営店をベースとして重点的に出店しており、地方においては2002年平成14年)よりフランチャイズ展開を開始して出店を進めているが、まだ1〜3店舗程しかない県も多く、宅配と言う制約から一店舗あたりのカバーエリアが狭いこともあって、マスメディアを用いた宣伝が皆無の地域もある(インターネットによる受注開始以前はもとより、現在も主たる宣伝方法は各戸へのポスティングによるチラシの投函である)。

2010年(平成22年)3月14日をもって、北海道の3店舗(いずれも札幌市内)を閉鎖すると発表。これにより、北海道からは撤退となる[5]

[編集] ドミノ・ピザ・ジャパン

2010年(平成22年)3月までの沿革はヒガ・インダストリーズ#旧会社も参照。

創業当時の社名は株式会社ワイ・ヒガコーポレーション。創業者はハワイ生まれ日系3世のアーネスト・エム・比嘉。

  • 1985年(昭和60年)、米国ドミノ・ピザとライセンス契約を結ぶ。第1号店を東京・恵比寿にオープン。
  • 1994年(平成6年)、株式会社ワイ・ヒガコーポレーションから、株式会社ヒガ・インダストリーズに社名変更。
  • 2004年(平成16年)、地方においてフランチャイズ契約による店舗を展開する。
  • 2006年(平成18年)8月、株式会社ダスキンと資本業務提携したことから、大株主は大和証券系の投資ファンド「大和SMBCキャピタル」が約44%出資し、株式会社ダスキンが同じく約44%となった[6]
    この年からアメリカのファストカジュアル形式のサンドイッチチェーンであるクイズノス・サブQuiznos Sub)とのフランチャイズ契約を締結し、2006年(平成18年)から日本において同ブランドのチェーン展開を行ったが、2009年(平成21年)に撤退している。
  • 2010年(平成22年)1月、ダスキンは、相乗効果が見込めないことから、保有する全株式44%を、アメリカのドミノ・ピザ社の筆頭株主であるベインキャピタルに約26億4000万円で売却[7]。ベインキャピタルは、すべての株式を取得して完全子会社化を予定。
  • 2010年(平成22年)2月、ベインキャピタルの完全子会社となる。また、代表取締役社長には、スコット・オルカーが就任。
  • 2010年(平成22年)3月10日、株式会社ドミノ・ピザ ジャパン(英文社名Domino's Pizza Japan,Inc.)に社名変更。

なお、アーネスト・エム・比嘉は現在、別会社「ヒガ・インダストリーズ」(旧称「ヒガ・インターナショナル」)の会長だが、ドミノ・ピザ ジャパンとの資本関係はない。

[編集] CMキャラクター

[編集] プロモーション活動

[編集] 時給250万円のアルバイト募集

ドミノピザの日本進出25周年記念として、2010年11月に「時給250万円」のアルバイト社員1名を募集するキャンペーンを発表した。応募資格は18歳以上であれば経験不問とされ、採用選考はテレビブロスが担当し、清水ミチコ光浦靖子岩井志麻子辛酸なめ子の計四名が面接官となって最終面接を行った。

応募総数10895名の中から選ばれたのは宮城県在住の主婦で、仕事内容は調布飛行場から飛行機に乗り伊豆大島までピザの配達を行うというものだった。[8]

[編集] The 25th Anniversary イケメンドミノ25コンテスト

2011年1月14日から2月6日にかけてホームページ上にて投票によってドミノ・ピザスタッフ26名の中から1名イケメンを決めようというイベントが開催されていたが、暫定一位だったNo.15(社員)を抜いて、No.11が数時間で100万票以上獲得して1位に浮上するなど、かつてネット上で問題となった川崎祭と類似した大量投票が目立つようになった。そのため、投票システムの不備を理由に、イベントは中止となった。

[編集] 脚注

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  1. ^ 宮城県内からは2010年平成22年)2月28日撤退
  2. ^ かつては金沢市に出店したものの、後に撤退した。
  3. ^ かつては広島市に出店したものの、後に撤退した。
  4. ^ かつては鹿児島市に出店したものの、後に撤退した。
  5. ^ 「ドミノ・ピザ」道内から撤退 札幌の3店‎ 北海道新聞 2010年3月3日
  6. ^ 資本・業務提携契約に関するお知らせ ダスキン・ニュースリリース 2006年8月29日
  7. ^ ドミノ・ピザを売却 ダスキンが26億円で米投資会社へ asahi.com 2010年1月25日
  8. ^ テレビブロス(2011年1月8日号)

[編集] 外部リンク

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