カレーライス

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カレーライス

カレーライスは、器に盛った米飯(ライス)にカレーを掛けた料理[注 1]明治時代イギリスから伝来した「洋食」のひとつで、たんにカレーと呼ばれることも多い。

目次

[編集] 概要

現在日本では、カレーライスはラーメンと並んで国民食と呼ばれるほど人気がある料理である[1]。 小中学校の給食メニューの人気アンケートでも、つねに上位に挙げられている[2][3]。単に「カレー」と呼ばれることも多い。洋食の一つであり、スプーンを用いて食べるのが一般的なスタイルである。

インドを植民地支配していたイギリスがインドの「カレー」を持ち帰って英国風にしたものを、さらに日本人が自国向けに変化させた料理である。「植民地インド」は1947年インドパキスタンに分かれて独立したが、同地域ではいまでも宗教的な理由から野菜を使ったカレーがおもに食べられている。肉を使う場合は鶏肉羊肉山羊肉が使用され、挽肉として調理されることが多い。

レトルトカレー
日本初のレトルト食品であるボンカレーの発売当時のホーロー看板

レトルトカレーは、完成されたカレーをパッケージした製品で[4]、日本で広く消費されている[5][6]2009年平成21年)現在、レトルト食品の売上で最大の約3割を占めるほどの人気商品である。レトルトパウチ以外に、缶詰の製品もある。宇宙食としても採用された[6]

[編集] カレールウ

日本の家庭では、カレー粉・小麦粉・油脂・旨味成分などを調理し固形化した「カレールウ」を使って調理する事が多い。1926年大正15年)にハウス食品が「ホームカレー粉」の商品名で初めて発売し、固形製品は、1954年昭和29年)にエスビー食品が初めて発売した。2004年平成16年)度の「カレールウ」の国内出荷額は約676億円で、各社のシェアはハウス食品約61%、エスビー食品約28%、江崎グリコ約10%と推計されており(日本経済新聞社)、ほぼ大手3社による寡占市場となっている。フレーク状のものも販売されている。

[編集] カレーソース

古典的[要出典]なカレーソースの作り方は、バター小麦粉カレー粉フライパンで炒めて「カレールウ」を作り、別に用意したスープ(鶏の骨や肉、それに野菜などを煮た湯)に溶かすというものである。カレーソースはターメリック(ウコン)の「黄」が本来の色であるが、時代を経て色が濃くなる傾向が指摘されている[7]。その理由として、インド料理店デリー[注 2]や、グレイビーフォン・ド・ボーを使う欧風カレー店の影響が考えられる。着色料としてカラメルイカスミ黒ゴマココアなどが利用されている。白色、緑色、青色を売りにするカレーも登場している。

[編集] カレーに使用される肉

「ドゥ・ハウス」の調査では、カレーに入れる肉は、豚肉42%、牛肉35%、鶏肉25%と、豚肉が比較的多かった[8]。地域差や年齢差また性別差が見られ、東日本では上記の通り豚肉を使用する事が多いが、大阪を中心とする西日本の人々、50歳以上の人々、男性は牛肉を好む傾向が見られる[9]

[編集] カレーライスの具

カレーライスの具の「三種の神器」は、ジャガイモニンジンタマネギであるといわれる[注 3]。大正時代ごろには、これに豚肉・牛肉を加えた日本的なカレーライスのスタイルが完成したと考えられている。タマネギが普及する以前は長葱が使われていた。国民生活の向上に伴い、肉を主としたカレーライスも20世紀後半には一般的なものとなった。

これ以外にも様々な具が加えられる(下記のバリエーションおよびご当地カレーも参照)。

[編集] 付け合せ

福神漬、又はラッキョウ漬けが一般的である。店によっては紅しょうがピクルスレーズンナッツなどを添えることもある。最初に福神漬けを添えることを考案したのは、日本郵船のヨーロッパ航路船でコックを務めていた「タキサダ・サダイチ」とされている。また、それらの付け合せ以外に、サラダをカレーの副食として食べることも多い。

[編集] 食べ方

カレーと米飯は少しずつ混ぜて食べる人が多数派であるが、あらかじめ全部混ぜて食べるという人もいる[10][11]

[編集] バリエーション

カツカレー
スープカレー
  • カツカレー - トンカツをトッピングとしたカレーライスに。最初のトッピングカレーライス。
  • シーフードカレー - 主に海老帆立イカ(リング状にしたもの)などの魚介類を入れたカレー、カレーメーカーがTVCMで取り上げたこともあって1980年代半ばより北海道を中心として広まった。
  • ハンバーグカレー - カレーライスにハンバーグを乗せたもの。
  • ドライカレー - カレー風味の炒飯。または挽肉を使った汁気の少ないカレーソースを米飯に乗せたもの。
  • カレーシチュー - 学校給食において多く出されるカレー。#学校給食節を参照。
  • 炊き込みカレー - カレー粉と具(具によっては通常のカレー同様、あらかじめ炒める)を混ぜ込んだ炊き込みご飯
  • 混ぜカレー - あらかじめカレーソースとご飯を混ぜたもの。上に載せた生卵を絡めて食べる。大阪市の自由軒が発祥とされている。
  • カレー丼 - おもに蕎麦屋で出されるメニューで、カレー南蛮(カレー蕎麦)あるいはカレーうどんから派生した食べ物。カツオなどによる和風出汁に、カレー粉と片栗粉を混ぜてカレー味の餡を作り、米飯に掛けた料理。具は長ネギ・鶏肉のみというシンプルなものから、通常のカレーライスと同様に肉と野菜を入れたものなど、多種多様。
  • あいがけ - 米飯にカレーとハヤシソース、あるいはカレーと牛丼の具という風に、カレーとそれ以外のソース(具や汁)を掛けたもの。あいがけ神代カレーなど。
  • 石焼きカレー - 石焼きピビンパのように、石鍋で焼いた米飯にカレーをかけたもの。
  • スープカレー - 辛味が強く、大ぶりの野菜と骨付きもも肉を使用する。(詳細はスープカレー
  • ホワイトカレー - 白いカレーで、クリームソースをベースとし、外見は、クリームシチューに似ている。全国的に固形ルーレトルト食品も販売される。北海道発祥。
  • マーボーカレー - 麻婆豆腐とカレーを混ぜたソースを米飯に乗せたもの。レトルト食品が販売されている。

[編集] ご当地カレー

町おこしを目的として、1990年代後半ごろから日本の各地方の特産物を具にしたレトルトカレー(ソース)が続々と発売され、ご当地カレーというべきジャンルが生まれた。現在はありとあらゆる名産物がカレーソースの具に採用され、活況を呈している。地方における有名なカレー店(ホテルなどを含む)のレトルトカレーもこのジャンルに包含される。インターネットの発達により、パッケージの写真が広く告知が出来るようになったことが、盛り上がりの理由のひとつとして考えられる。町おこしの材料としてご当地カレーの開発を行う事は日本各地で見られる。

ご当地レトルトカレー
ご当地カレー

[編集] 行事

日比谷公園にある松本楼が毎年9月25日にチャリティーとして10円で供している。1971年昭和46年)に過激派グループの投げた火炎瓶により松本楼が全焼したが、これを1973年昭和48年)9月25日に再建した事に対する記念行事である。(詳細は松本楼を参照)

[編集] 歴史

[編集] 沿革

  • 1863年(文久3年)、江戸幕府横浜鎖港談判使節団随行員の三宅秀が、船中でインド人が食事する様子を見て「飯の上へ唐辛子細味に致し、芋のドロドロのような物をかけ、これを手にて掻き回して手づかみで食す。至って汚き人物の物なり」と日誌に記している。
  • 1872年(明治5年)、北海道開拓使東京事務所でホーレス・ケプロン用の食事にライスカレー(当時の表記はタイスカリイ)が提供された。
  • 1872年(明治5年)、カレーライスのレシピを記した本「西洋料理指南」(敬学堂主人)、「西洋料理通」(仮名垣魯文)が出版される。
  • 1873年明治6年)、陸軍(幼年生徒隊)食堂の昼食メニューに、ライスカレーが加えられる[12]
  • 1876年明治9年)、当時、札幌農学校の教頭として来日していたウィリアム・スミス・クラークが、「生徒は米飯を食すべからず、但しらいすかれいはこの限りにあらず」という寮規則を定める。
  • 1877年明治10年)、東京の洋食食堂「風月堂」が、初めて日本でライスカレーをメニューに載せる。
  • 1903年明治36年)、大阪の「今村弥」(現ハチ食品)が、初めて日本でカレー粉を製造販売。
  • 1906年明治39年)、東京・神田の「一貫堂」が、初の即席カレールウ「カレーライスのタネ」を発売。
  • 1908年明治41年)、帝国海軍が配布した「海軍割烹術参考書」にカレイライスのレシピが載る。
  • 1910年明治43年)、帝国陸軍が配布した「軍隊調理法」にカレー汁(およびライスカレー)のレシピが載る[13]
  • 1924年大正13年)、東京・神田の簡易食堂「須田町食堂」が、初めて廉価(8銭)でカレーライスをメニューに載せる。
    • 当時の大卒初任給70円、日雇労働者日当1円63銭
  • 1926年大正15年)、「浦上商店」(現:ハウス食品)が、カレールウ「即席ホームカレー」を発売。翌年、商品名を「即席ハウスカレー」に変更。
  • 1927年昭和2年)、東京の「新宿中村屋」「資生堂パーラー」が、高級カレーライス(80銭、50銭)をメニューに載せる。
  • 1929年昭和4年)、大阪・梅田の「阪急百貨店」の大食堂が、廉価(25銭)でライスカレーを販売。
  • 1930年昭和5年)、山崎峯次郎(エスビー食品の創業者)が、「ヒドリ印カレー粉」を発売。
  • 1931年昭和6年)、「C&Bカレー事件」発生。イギリスのクロス・アンド・ブラックウェル (C&B) 社のカレー粉は、品質がよいとされていたが値段が高く、増量材を混ぜたり中身を国産品に詰め替えた安価な偽物が出回った。これは日英間の国際問題にまで発展し、偽造グループが逮捕された。
  • 1941年昭和16年) - 1945年昭和20年)、戦争による食料統制のため、軍用以外のカレー粉製造・販売が禁止された。また、陸軍ではライスカレーのことを「辛味入汁掛飯」と言い換えるようになった。
  • 1946年昭和21年)、終戦によりカレー粉の製造・販売が再開された。
  • 1949年昭和24年)、浦上商店がカレールウ「即席ハウスカレー」の製造を再開。
  • 1954年昭和29年)、エスビー食品が即席カレールウ分野に進出。
  • 1960年昭和35年)、ハウス食品工業株式会社(旧浦上商店)がカレールウ「ハウス印度カレー」を発売。以後、インスタントカレールウの主流は固形タイプになる。
  • 1969年昭和44年)、大塚食品、初のレトルトカレーソース「ボンカレー」を発売。
  • 1982年昭和57年)、全国学校栄養士協議会が1月22日を「カレーの日」と決め、全国の小中学校で一斉に「カレー給食」を出す。以後この日が、「カレーの日」とされている。

[編集] 北海道大学

1876年明治9年)、札幌農学校(のちの北海道大学)に教頭として着任したクラーク博士は、ライスカレーという言葉を考案した人物として伝えられているが、開拓史の公文書『明治五年 開拓使公文録 八』(1872年)で「タイスカレイ(ライスカレー)」という言葉がすでに使われている。またクラークは寮での米食を禁止し、ライスカレーのみを例外としたといわれているが[14]吉田よし子(『カレーなる物語』)の調べによると、その記録は北海道大学に現存していない。発見されたカレーライスに関するもっとも古い資料は、1877年明治10年)9月のカレー粉の納入記録と1881年明治14年)の寮食メニューであった。 当時の日本では、ニンジン、ジャガイモ、タマネギといった西洋野菜がほとんど普及していない状況であった。北海道の気候は、ケプロンやクラーク博士出身の米国マサチューセッツ州とよく似ており、彼の地の西洋野菜の栽培技術を学ぶに最もふさわしい土地であった。札幌農学校には次々と多様な米国産野菜の栽培品種が持ち込まれ、数々の成果を収めた。北海道はこれを機に大規模な西洋野菜の作付を行い、欧米野菜の大衆化に貢献した。日本のカレーライス普及には、ホーレス・ケプロンのほうがより貢献しているという説もある[15]

[編集] 軍隊・自衛隊

カレーライスの日本国内への普及に関して、旧陸海軍の果たした役割は非常に大きい。今日では特に海軍カレーの知名度が高いが、実際には陸軍の糧食であった「ライスカレー(太平洋戦争中は辛味入汁掛飯と呼ばれた)」の影響のほうが大きかったとされる。これは陸軍は海軍よりも圧倒的に定員数が多かったことと、海軍では専任の調理人(主計兵)が調理を担当していたのに対し、陸軍では全ての兵員が交代で調理に携わったことがその理由である。兵役を終えて除隊した兵士達は、軍隊生活で慣れ親しんだカレーを郷里の家庭などで作り振舞った。明治時代に始まった徴兵制によって、昭和の初めには日本人男子のほとんどがカレーライスの味とレシピを知ることとなり、家庭や飲食店においても定番メニューとして定着していったのである。

カレーは調理が簡便で合理的な料理であり、肉と野菜がバランスよく摂れて栄養に優れるため、海軍では土曜の昼食はカレーライスと決まっていた。この慣習は海上自衛隊にも引き継がれた。長期航海中に曜日の感覚を取り戻すためだとも、休日前に食料庫の整理をするためだとも言われている。週休2日制となってからは、土曜日が金曜日に変更されつつ、今なおすべての部署でカレーライスを食べ、艦艇・部隊相互で味を競い合っており、行事の際に来賓に振舞われるほか、公式サイトなどを通じて一般へのレシピ公開も行われている。近年は、かつて軍港のあった町の名前を冠した「海軍カレー」がレトルト食品缶詰製品としても発売されている。

また陸上自衛隊でも各部隊ごとに独自のレシピ[注 4]によるカレーがあり[注 5]、催事などでは一般の見学者に振舞われ、人気となっている。

[編集] 学校給食

戦後には、学校給食のメニューにもカレーライスが全国的に採用されるようになった。カレーライスが学校給食のメニューに登場したきっかけは、食糧事情の悪かった第二次世界大戦直後の1948年昭和23年)、連合国中では日本の友好国だったインドから大量にスパイスの提供を受けたこと[16]エスビー食品創業者の山崎峯次郎などカレー業界関係者が需要拡大のため尽力した[17]ことなどが関係している。ただし米飯給食が開始された1976年以前にはカレーライスとしてではなく、カレーシチューとしてソフト麺コッペパンとの組み合わせで出されることが多かった。カレーシチューはカレーと比較すると特に初期においては粘度が低い点[18]クリームシチュー同様牛乳脱脂粉乳など乳成分が大量に使用され白みがかっている点が特徴となっている。粘度が低かった理由としてはコッペパンやソフト麺との親和性が高かったこと、原材料の不足により濃度を薄くせざるを得なかったことなどが理由であるとされている[17]

[編集] 外食店

現在、カレーライスは外食店の定番メニューとして定着している。東京の京王電鉄沿線では 、JRにおける立ち食い蕎麦店の位置を、カレーライス専門店のカレーショップC&Cが占めているほどである。チェーン店は、壱番屋エスビーカレーの王様など多数あり、ゴーゴーシステムは野球選手の関係もあり海外でニュースになる事もある。東京カリ〜番長のように、出張を行う店舗も存在する。

歴史

1910年(明治43年)、大阪・難波新地に、西洋料理店・自由軒が開業した。1940年(昭和15年)、織田作之助が小説『夫婦善哉』でこの店の「混ぜカレー(または名物カレー)」(傍系の「せんば自由軒」は現在「インデアンカレー」と呼んでいる)を紹介して有名になった。カレーソースとライスをあらかじめ混ぜ、中心に生卵を載せて出される。ウスターソースをたっぷり掛けて食べることが勧められている。

1927年(昭和2年)、東京の「新宿中村屋」が喫茶部を開業し、「純インド式カリ・ライス」を80銭(当時の大衆食堂のカレーライスの10倍の値段)で出した。日本で初めての本格的な「インドカレー」で[注 6]、高値にもかかわらず1日300食を売り上げたという[19]

1929年(昭和4年)、大阪・梅田駅に開業した阪急百貨店 の大食堂のライスカレー(20銭)は、比較的低価格で本格的なカレーが味わえるということで人気を集めた。同百貨店が2004年に改築工事のため大食堂を閉鎖するまで、名物メニューとして続いた。

インド人による本格的な料理店は、1949年(昭和24年)にA.M.ナイルが東京銀座で開店した「ナイルレストラン」である。続いて1954年(昭和29年)にジャヤ・ムールティが東京阿佐ヶ谷に「アジャンタ」を開店している。A.M.ナイルの息子G. M. ナイルはナイルレストランを引き継ぎ、各種メディアで活躍したことが広く知られている。その息子の善己ナイルも、インドで調理人の修行をしたのち、現在ナイルレストランで働いている。

[編集] カレーライスとライスカレー

多説ある。

歴史的に見ると、当初は「ライスカレー」と呼ばれる事が多かったが、高度成長期以降は一般的に「カレーライス」と呼ばれるようになっている[20]

カレーライス、ライスカレーという2つの名称については、その移行に伴い諸説が発生しており、以下のように様々な説が存在する。

  • 米飯とカレーソースが別々に、あるいは横長の深皿で左右に寄せて出されるハイカライメージのものがカレーライス、ご飯の上にカレーをかけた大衆的なものがライスカレー[20]
  • 和風のだしを用いたものがライスカレー、洋風のスープを用いたものがカレーライス。
  • 黄色みの強いものがライスカレー、茶色っぽいものがカレーライス。
  • とろみの強いものがライスカレー、さらっとしたものがカレーライス。(逆の意見もある)
  • 「ライスが多けりゃライスカレー、カレーが多けりゃカレーライス」(「ククレカレー」発売当時テレビで流されていたCMのコピー)。

戦前の軍隊においては、ほぼ同じ料理が陸軍ではライスカレー、海軍ではカレイライスと呼ばれていた。(前述)しかしながら海軍のレシピではスープストックを用い、小麦粉を狐色になるまで炒めると書かれているのに対し、陸軍では特にだしに関する記載はなく、ルーも小麦粉とカレー粉をラードで攪拌するとあるのみなので、「カレイライス」に比べて「ライスカレー」のほうが黄色くあっさりとした風味であっただろうことは想像可能である。[21]

一般市民の間では出身者の多い陸軍式のライスカレーという名称が優勢であったが、敗戦によって陸軍が解体され、高度経済成長期を迎えると共にカレーライスという呼び名が台頭してきた。特に東京オリンピック開催(1964年)頃を境にカレーライスが優勢になったとされる(S&Bカレー.com「カレーQ&A」外部リンク参照)。

また、同一店舗において、ライスカレーとカレーライスを別メニューとして掲げる例も存在した。『阪急百貨店二十五年史』によれば、昭和34年のメニューにおいて、大食堂のライスカレーが70円、グリルではカレーライスが100円で供されている。

1872年、北海道開拓使の公文書で「タイスカリイ」(ライスカレー)という語が、樺太の医師・三田村多仲の日誌『三田村多仲日誌』1875年1月3日付けの記録で「カレーライス」という語が使われており、日本では当初から2つの言葉が使われていたことが分かっている。

[編集] 世界における日本的カレーライス

日本的なカレーライスは、世界的にある程度普及している。その理由として、帝国主義時代のイギリスや、戦前・戦後の日本の影響が考えられる。

[編集] イギリス

日本にカレーライスを伝えたイギリスには、日本のカレーライスの原型といえる「curry and rice」(カリーアンドライス)がいまでも存在する。パブ(大衆酒場)、クラブハウス(ゴルフ場)、学生食堂などで気軽に食べられる庶民性は日本のカレーライスと共通し、冷凍食品もスーパーマーケットで売られている[22]。もともとポピュラーな家庭料理であったが、現在は家で作られることは少ない。その理由として、元植民地だったインドパキスタンバングラデシュから来た移民たちによって、本格的なインド料理を出す店が数多く生まれたことが挙げられる。

[編集] 中国

中国では、ホテルのレストランなどでカレーライスを出しているほか、日本料理レストランや日式拉面店(日本式ラーメンの店)で「カレー」を出している店は多い。中華料理でポピュラーな食材や調味料を使うことが多い。「珈竰」(カーリー)もしくは「咖哩」(発音同じ)と表記される。一般の中国人にはあまりなじみのない料理だったが、近年上海に日本のカレーチェーンが開店するなど、徐々に広まりつつある。

[編集] 香港

イギリスの統治を長く受けていた香港では、茶餐廳と呼ばれる喫茶レストランにカレーライスを出す店が少なくない。また、香港ではたびたび日本食ブームが発生しており、日本のカレーライスも広がっている。

[編集] ハワイ

明治初期から日本人移民の多いハワイでは、日本料理店だけでなく、大衆レストランや伝統的なハワイ料理店のメニューにもカレーライスが載っていることが多い。日本の明治・大正期的な黄色いカレーが主流であるが、近年はCoCo壱番屋の進出や、タイベトナムなどからの移民の増加により、さまざまなバリエーションのカレーが食べられるようになっている。

[編集] 台湾

台湾には日本統治時代にカレーライスが持ち込まれ、「日式咖哩飯」(リーシーカーリーファン)という名前でいまでも屋台や食堂などで気軽に食べることができる。片栗粉でトロミを付けて肉や野菜の具が少ない、日本統治時代のカレーライスに近いものである。近年は日本の大手チェーンのカレー店が進出しており、日本のカレールーも浸透してきた。

[編集] 韓国

韓国では日本統治時代に普及した。韓国のカレーは、汁気が多く、甘口である。その後、日本の大手チェーン店が出店し人気となっている[23]。米飯とカレーを良くかき混ぜて食べる。付け合せはキムチやタンムジ(沢庵漬け)であり、外食店ではテンジャンクッ(韓国風の味噌汁)が付く。

[編集] 沖縄県

沖縄県は 戦後20年以上も本土から分離されていたという事情から、日本の戦前式のカレーライスが今も健在である。古くから営業している食堂やレストランで提供されるカレーライスは、平皿に盛られたライスに黄色いカレーがまんべんなくかかっている。ただし、店によって独自のアレンジが加えられていることも多く、じゃがいもが冷凍のフレンチフライであったり、ピーマンナスなどが入っていたり、牛肉や豚肉の代わりにSPAMが使われていたりする場合もある。特にピーマンはたまねぎ、にんじん、じゃがいもと並ぶ第4の野菜として、大衆的なカレーにおいては非常に高い頻度で使用される。

[編集] 作品

作品名にカレーとあるものはカレーライスの意。

[編集] 楽曲

[編集] 漫画

[編集] 絵本

[編集] 小説

[編集] ドラマ

[編集] 映画

[編集] 脚注

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[編集]

  1. ^ 「カレー」を別の器に入れて供する場合もある。
  2. ^ 小野員裕は「神秘的に見せるためのパフォーマンスかな」と述べている(『最後の贅沢 週末はカレー日和』講談社α文庫、p147-158)。
  3. ^ 『カレーライスの誕生』小菅桂子、p78。
  4. ^ カレーのスープに豚骨や鶏ガラ・各種野菜等をベースにした出汁を使用し、駐屯地栄養士による材料や調理法の指定以外に実際に調理を行う糧食班の責任者によるアレンジがあり、その調理法や味の決め手はそれぞれ担当者により異なる。同じ材料であるはずが調理責任者が替わることで味が大きく変化する場合も存在している。
  5. ^ 主に地域の特性を生かした材料等を活用しており、その代表としては旭川第2師団の「北鎮(大雪)カレー」等が存在する。
  6. ^ インド独立運動家として知られていたラース・ビハーリー・ボースがレシピを考案したもので、当時「恋と革命の味」と宣伝された。

[編集] 情報源

  1. ^ 『カレーライス』に関するアンケート”. ネットリサーチ ディムスドライブ. 2008年10月16日閲覧。
  2. ^ 好きだったメニューは、「カレー」と「あげパン」 思い出の〝学校給食″アンケート” (日本語). 三菱電機エンジニアリング (2009年8月24日). 2011年6月5日閲覧。
  3. ^ 思い出の給食メニュー、あげぱんVSソフト麺” (日本語). oriconグルメ. オリコン (2007年3月9日). 2011年6月5日閲覧。
  4. ^ 日本缶詰協会
  5. ^ 『カレーライス』に関するアンケート レトルトパウチのカレーを35.4%の人が使用しており、1人暮らしでは52.8%
  6. ^ a b スペースカレー レトルトカレーの品名は「カレー」
  7. ^ 井上岳久『カレーの雑学』p124「カレーの流行は味よりも見た目にあった」
  8. ^ dohouse 2010/01/13~2010/01/15「カレーに関するアンケート結果」 豚肉42%、牛肉35%、鶏肉25%
  9. ^ ハウス食品 2006年12月メールマガジン【クラブハウス】読者「牛肉派?豚肉派?」アンケート 豚肉が多い。これが逆転するケースもあり、西日本、50歳以上、男性は牛肉を好む傾向がある
  10. ^ カレーライスのご飯とルーは全部混ぜる? タモリは「混ぜる」推奨。 ナリナリドットコム・2008/11/22日分
  11. ^ 大阪『自由軒』の影響と言う人がいる
  12. ^ カレーあんな話こんな話ハウス食品 2010年8月14日閲覧。
  13. ^ 『汁かけめし快食學』事項資料一覧(|ザ|大|衆|食|)
  14. ^恵迪寮史』(1933年)など
  15. ^ 『丁髷とらいすかれい』金田尚丸
  16. ^ 第379回「カレー」 みんな大好き!カレーは昭和の大ごちそう” (日本語). 食彩の王国. テレビ朝日 (2011年6月4日). 2011年6月8日閲覧。
  17. ^ a b 串間努 (2003年2月28日). “給食のカレーシチューの謎” (日本語). まぼろし第二小学校. まぼろしチャンネル. pp. 5. 2011年6月8日閲覧。
  18. ^ 阿部裕吉. “米飯給食は、十年後の食卓を変える” (日本語). 食と農の応援団. 農山漁村文化協会. 2011年6月8日閲覧。
  19. ^ 小野員裕・他『横浜カレーミュージアムの究極カレーを作る!』p.99 宝島社、2001年7月。
  20. ^ a b S&Bカレー Q&A
  21. ^ 大日本帝国陸軍「軍隊調理法」および大日本帝国海軍「海軍割烹術参考書」の記載による
  22. ^ カレー世界紀行・ハウス食品
  23. ^ [1]

[編集] 参考文献

(執筆者:吉行淳之介井上靖大佛次郎永井龍男、秋岡伸彦、阿川弘之池波正太郎、丸元淑生、内舘牧子久世光彦増田れい子清水幾太郎荻昌弘安西水丸五木寛之、野呂邦暢、手塚宗求、神吉拓郎、色川武大東海林さだお吉本隆明
  • 井上岳久『カレーの雑学』日東書院本社、2007年1月。ISBN 978-4528014299
  • 水野仁輔『カレーライスの謎‐なぜ日本中の食卓が虜になったのか』(角川SSC新書 40) 角川・エス・エス・コミュニケーションズ、2008年5月。ISBN 978-4827550405
  • 生活クラブ事業連合生活協同組合連合会編『カレーブック 本格的カレーライスからデザートまで』生活クラブ事業連合生活協同組合連合会、1993年10月。ISBN 441503652X
  • 全日本カレーライス学会編『カレーライス うまさと刺激にこだわる雑学』勁文社、1994年5月。ISBN 4766919645
  • 『彷書月刊』第16巻第11号/通巻第182号(特集=カレー三昧)弘隆社、2000年10月
  • とことんカレー研究会編『カレーの雑学王 このネタはちょっと激辛いぜ! どこから読んでも面白い!』青春出版社、2001年6月。ISBN 4413091981
  • 別冊宝島編集部(小野員裕、村山久美子、安田桃)『横浜カレーミュージアムの究極カレーを作る!』宝島社、2001年7月。ISBN 4796623175
  • 柴田書店(編さん) 『カレーのすべて‐プロの味、プロのテクニック 世界のレシピ109種』柴田書店、2007年8月。ISBN 4388060224
  • dancyu』(特集/「明るく元気にカレーライス」)プレジデント社、2004年8月
  • 『dancyu』(特集/「「カレー」命」)プレジデント社、2006年7月
  • 『dancyu』(特集/「カレーの歩き方」)プレジデント社、2007年7月

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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