カレーライス

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カレーライス

カレーライスは、カレー米飯と共に食べる料理。一つの器もしくはカレーと米飯を別の器で提供するものがある。

カレーライスは、インド料理を元にイギリスで生み出され[1]、それに日本でアレンジが加えられたものである[2][注 1]。インドのカレーよりとろみが強くなっているのは、イギリス海軍のメニューに採用されたとき、船の揺れに対応するためという説がある[3]ほか、ソースを重視するフランス料理の手法を取り入れたとの説も伝わっている[4]

イギリスでは「curry and rice」(カリーアンドライス)の他「Curried rice」(カリードライス)とも呼ばれる。日本では略して「カレー」とも称され[5]ラーメンと並んで国民食と呼ばれるほど人気がある料理である[6]。 小中学校の給食メニューの人気アンケートでもつねに上位に挙げられている[7][8]

日本における歴史[編集]

調理・内食[編集]

日本に初めてカレーライスの調理法を紹介したのは、1872年(明治5年)出版の『西洋料理指南』(敬学堂主人[9])である。食材として「ネギショウガニンニクバターエビタイカキアカガエル小麦粉カレー粉」を挙げている[10]。同書はインドのチャツネも掲載しているが、カレーとは結び付けられていない[2]。また、同じ年に出た『西洋料理通』(仮名垣魯文)は、「牛肉鶏肉・ネギ・リンゴ・小麦粉・ユズ・カレー粉」を挙げている。しかしカエル肉を使ったレシピはあまり普及せず、ネギ(長ネギ)も大正時代にはほぼタマネギに置き替わった[11][12]後述)。現在、カレーの具の「三種の神器」と呼ばれている[13]ジャガイモニンジン・タマネギは、明治のはじめにはまだ珍しい「西洋野菜」であったが、開拓地の北海道を中心に徐々に生産が広がった[2]。国産の安価なカレー粉が登場したこともあいまって[2][14]、大正時代の頃に現在の日本のカレーライスの原型が完成したと考えられる[2]

1926年(大正15年)にハウス食品が、カレー粉・小麦粉・油脂・旨味成分などを固形化した「インスタント・カレールウ」を「ホームカレー粉」の商品名で初めて発売した。1945年(昭和20年)11月、オリエンタル (食品メーカー)が、カレーが家庭料理に普及しつつある事に着目し、当時、カレーと言えば、炒めた小麦粉にカレー粉を混ぜるなど大変手間が掛かる事から、「その手間を省き、調理を簡単に出来れば売れる」と考え、事前に炒めた小麦粉とカレー粉を混ぜた粉末状のインスタントカレーであるオリエンタル即席カレーを完成させた。

固形製品は、1954年(昭和29年)にエスビー食品が初めて発売した。昭和30年代からテレビによるCMを主とした各製造販売会社の販売合戦が起こり、「即席カレー」の生産と消費が急増した[15]1960年(昭和35年)江崎グリコが板チョコの生産技術を生かし、ブロックごとに割って量を加減できるワンタッチカレーを発売。現在の日本の家庭では、「インスタント・カレールウ」を使って調理する事が多い。

外食[編集]

明治時代初期においてカレーライスは、限られたレストランで食することが可能な高額のハイカラ料理だった[14]

1903年(明治36年)、道修町の薬種問屋「今村弥」(現・ハチ食品)から即席カレー粉が発売され、近隣の店に使用された[16]

明治時代後期頃までは西洋料理店がカレーライスの主な媒介的存在となっていたが、明治時代末期より食堂のメニューにライスカレー・カレーうどんカレーそばが出るようになってから次第に大衆化されていった[12]

1910年(明治43年)、大阪・難波新地に、西洋料理店・「自由軒」が開業した。1940年(昭和15年)、織田作之助が小説『夫婦善哉』でこの店の「混ぜカレー」(または「名物カレー」)[17]を紹介して有名になった。当時の店主が「ご飯は冷めても[注 2]、熱いカレーと混ぜることで、熱々のカレーになる」「どっちみちご飯とカレーを混ぜるのやったら、はじめから混ぜといて、熱々をたべていただくのがよろし‥」との考えから、カレーソースとライスをあらかじめ混ぜる提供方法にし、中心に生卵を載せて出される[18][16]。ウスターソースをたっぷり掛けて食べることが勧められている。

大正時代後期(関東大震災後)には、東京庶民が気軽に利用してきた外食店の蕎麦屋が、カレー南蛮カレー丼のような和洋折衷料理を出すようになり、また和・洋・中となんでも扱う大衆レストランでも、比較的安価な洋食として、人気メニューとなった[14]

1927年(昭和2年)、東京の「新宿中村屋」が喫茶部を開業し、「純インド式カリ・ライス」を80銭(当時の大衆食堂のカレーライスの10倍の値段)で出した。日本で初めての本格的な「インドカレー」で[注 3]、高値にもかかわらず1日300食を売り上げたという[19]

1929年(昭和4年)、大阪・梅田駅に開業した阪急百貨店 の大食堂のライスカレー(20銭)は、比較的低価格で本格的なカレーが味わえるということで人気を集めた。同百貨店が2004年に改築工事のため大食堂を閉鎖するまで、名物メニューとして続いた。

日本におけるインド人による初の本格的なインド料理店は、1949年(昭和24年)にA.M.ナイルが東京銀座で開店した「ナイルレストラン」である。続いて1954年(昭和29年)にジャヤ・ムールティが東京阿佐ヶ谷に「アジャンタ」を開店している。A.M.ナイルの息子G. M. ナイルはナイルレストランを引き継ぎ、そのキャラクターが買われて芸能人としてもメディアで活躍した。

年表[編集]

  • 1863年(文久3年)、江戸幕府横浜鎖港談判使節団随行員の三宅秀が、船中でインド人が食事する様子を見て「飯の上へ唐辛子細味に致し、芋のドロドロのような物をかけ、これを手にて掻き回して手づかみで食す。至って汚き人物の物なり」と日誌に記している。
  • 1872年明治5年)、北海道開拓使東京事務所でホーレス・ケプロン用の食事にライスカレー(当時の表記はタイスカリイ)が提供された。また、同年にカレーライスのレシピを記した本『西洋料理指南』(敬学堂主人)、『西洋料理通』(仮名垣魯文)が出版された。
  • 1873年(明治6年)、陸軍(幼年生徒隊)食堂の昼食メニューに、ライスカレーが加えられる[11]
  • 1876年(明治9年)、当時、札幌農学校の教頭として来日していたウィリアム・スミス・クラークが、「生徒は米飯を食すべからず、但しらいすかれいはこの限りにあらず」という寮規則を定める。
  • 1877年(明治10年)、東京の「米津凮月堂」が、初めて日本でライスカレーをメニューに載せる。
  • 1889年(明治22年)、神戸居留地にあるオリエンタルホテルのカレーライスをラドヤード・キップリングが新聞「The Pioneer.」誌上で絶賛する[20]
  • 1903年(明治36年)、大阪の「今村弥」(現ハチ食品)が、初めて日本でカレー粉を製造販売。
  • 1906年(明治39年)、東京・神田の「一貫堂」が、初の即席カレールウ「カレーライスのタネ」を発売。
  • 1908年(明治41年)、帝国海軍が配布した「海軍割烹術参考書」にカレイライスのレシピが載る。
  • 1910年(明治43年)、帝国陸軍が配布した「軍隊調理法」にカレー汁(およびライスカレー)のレシピが載る[21]
  • 1924年大正13年)、東京・神田の簡易食堂「須田町食堂」(現在の聚楽)が、初めて廉価(8銭)でカレーライスをメニューに載せる。当時の大卒初任給70円、日雇労働者日当1円63銭。
  • 1926年(大正15年)、「浦上商店」(現:ハウス食品)が、カレールウ「即席ホームカレー」を発売。翌年、商品名を「即席ハウスカレー」に変更。
  • 1927年昭和2年)、東京の「新宿中村屋」「資生堂パーラー」が、高級カレーライス(80銭、50銭)をメニューに載せる。
  • 1929年(昭和4年)、大阪・梅田の「阪急百貨店」の大食堂が、廉価(25銭)でライスカレーを販売。
  • 1930年(昭和5年)、山崎峯次郎(エスビー食品の創業者)が、「ヒドリ印カレー粉」を発売。
  • 1931年(昭和6年)、「C&Bカレー事件」発生。イギリスのクロス・アンド・ブラックウェル (C&B) 社のカレー粉は、品質がよいとされていたが値段が高く、増量材を混ぜたり中身を国産品に詰め替えた安価な偽物が出回った。これは日英間の国際問題にまで発展し、偽造グループが逮捕された。
  • 1932年(昭和7年)、東京・田端の山田商会が、即席カレールーを発売し製法特許を申請。
  • 1935年(昭和10年)、雲仙観光ホテルが創業と同時にカレーライスをメニューに載せる[22]
  • 1935年(昭和10年)、東京・大塚足立など多数の店が「(南蛮)カレー粉」を発売。当時は、きそば屋の南蛮カレーが主流であったため。
  • 1936年(昭和11年)、「東京都ソース・カレー製造業協会」を結成。
  • 1941年(昭和16年)から1945年(昭和20年)、第二次世界大戦による食料統制のため、軍用以外のカレー粉製造・販売が禁止された。また、陸軍では英語を使わず、ライスカレーのことを「辛味入汁掛飯」と言い換えるようになった。
  • 1945年(昭和20年)11月、オリエンタル (食品メーカー)が、事前に炒めた小麦粉とカレー粉を混ぜた粉末状のインスタントカレーであるオリエンタル即席カレーを完成させた。
  • 1946年(昭和21年)、終戦によりカレー粉の製造・販売が再開された。
  • 1949年(昭和24年)、浦上商店がカレールウ「即席ハウスカレー」の製造を再開。
  • 昭和26年、熾烈なカレー販売競争に敗れて、「関西カレー工業協同組合」と「中部カレー工業協同組合」が解散。
  • 1954年(昭和29年)、エスビー食品が即席カレールウ分野に進出。
  • 1955年(昭和30年)、カレーメーカーは宣伝カーを使用して主婦へカレーのレシピを教えたり、肉屋店頭における試食販売を行う事によって、一般家庭への普及に努める。
  • 昭和35年、ラジオの民間放送に次いでテレビCM合戦が激化し、学校給食のメニューであったカレーが一般家庭で作られるようになる。その結果カレーの生産と消費が急激に増加する[15]
  • 1960年(昭和35年)、ハウス食品工業株式会社(旧浦上商店)がカレールウ「ハウス印度カレー」を発売。以後、インスタントカレールウの主流は固形タイプになる。江崎グリコが板チョコの生産技術を生かし、ブロックごとに割って量を加減できるワンタッチカレーを発売。
  • 1969年(昭和44年)、大塚食品、初のレトルトカレー「ボンカレー」を発売。
  • 1978年(昭和52年)、「カレーハウスCoCo壱番屋」1号店オープン[23]
  • 1982年(昭和57年)、全国学校栄養士協議会が1月22日を「カレーの日」と決め、全国の小中学校で一斉に「カレー給食」を出す。以後この日が、「カレーの日」とされている。
  • 2013年(平成25年)、「カレーハウスCoCo壱番屋」が「世界で最も大きいカレーレストランのチェーン店」としてギネス世界記録に認定される[24]

作り方と食べ方[編集]

作り方と材料[編集]

カレーライスが家庭料理として普及しはじめた大正時代は、小麦粉とカレー粉をバター等で炒めてカレールウを作り、これをスープで伸ばしてカレーソースを作っていた[25]。現在は湯で溶かすだけでカレーソースが作れるインスタント・カレールウ製品が普及している。カレーソースはターメリック(ウコン)に由来する「黄」が本来の色であるが、時代を下るとともに色が濃くなる傾向が指摘されている[26]。その理由として、黒くて辛い「カシミールカレー」で有名な東京上野のカレー店デリー[注 4]や、フォン・ド・ヴォーグレイビーソースを使う「欧風」カレー店の影響が考えられる。現在は着色料としてカラメルイカ墨黒ゴマココアなどが積極的に利用されている。白色、緑色、青色を売りにするカレーも登場している。

NHKの番組が、プロが用いる隠し味BEST3として、1位オイスターソース、2位ココア、3位生クリームと伝えたことがある[27]

日本のカレーの具にはジャガイモ[注 5]ニンジンタマネギが使われており[13]、カレーライスの三種の神器と呼ばれている。これらが定着したのは明治時代終盤頃である[11]。タマネギが使われ始めたのは明治20年以降であり[12]、それ以前はタマネギの代わりに長葱が使われていた[11]。ジャガイモは具ではなく蒸かしたジャガイモを「添え物」としてカレーに添える場合もある。グリーンピースを飾りとして散らす事は、昭和時代によく行なわれていたスタイルである。

日本でカレーの具に使われる肉は、豚肉牛肉鶏肉である[29][30][31]。NTTドコモ「みんなの声」にて投票を実施した2012年調査では『1位:豚肉、2位:牛肉、3位:鶏肉、4位:野菜のみ、5位:シーフード』[29]であり、ドゥハウスの2010年アンケートでも『豚肉42%、牛肉35%、鶏肉25%の割合順で好まれる』[30]という結果が発表されている。豚肉が圧倒的得票であり[31][32]、西日本地域の日本海側の一部では鶏肉が優勢[31]など地域差があり、年齢差や性別差では、50歳以上の人々・男性は牛肉を好む傾向が見られる[32]1960年代の高度経済成長以降、肉の塊をたっぷり入れたカレーライスも珍しくなくなっている。

これ以外にも様々な具を使用したカレーがある(バリエーションおよびご当地カレーを参照)。

ライス

ライス()は、粘り気のない堅めの日本米が適しているとされる。しかしインド東南アジア、またイギリスのカレー料理に使用されるのは、パラパラとした食感に勝るインディカ米である。日本では1993年の米凶作の際、タイからインディカ米が緊急輸入され、日本米との特性の違いから一時は忌避する国民も多かったが、やがてこの米がとろみのない南国風のカレーと相性が良いことが知られるようになった。ここからインディカ米を使うアジア料理店は増え、今では日本での支持層も広がってきている。

付け合せ

日本のカレーにおける付け合せは、福神漬ラッキョウ漬けを使用する事が一般的である。店によっては紅しょうがピクルスレーズンナッツ、あるいはチャツネオニオンスライスなどを添えることもある。具としてではなく、茹でジャガイモを添える例もある。最初に福神漬を添えることを考案したのは、日本郵船のヨーロッパ航路船でコックを務めていた「タキサダ・サダイチ」とされている。また、それらの付け合せ以外に、サラダをカレーの副食として食べることも多い。飲み物は辛さを和らげる牛乳ラッシーなど、あるいはが添えられる。

種類
  • カツカレー - カツレツをトッピングしたカレーライス。ポーク、チキン、ビーフなどのバリエーションがある。
  • カレー丼 - 和風出汁にカレー粉と片栗粉を混ぜてカレー味の餡を作り、米飯に掛けた料理。似た料理にカレー南蛮(カレー蕎麦)がある。
  • ドライカレー - カレー風味の炒飯。または挽肉を使った汁気の少ないカレーソースを米飯に乗せたもの。
  • スープカレー - スープ状のサラサラしたカレーで、札幌のスープカレーが有名。
  • カレーシチュー - 学校給食において出されるカレー。#学校給食節を参照。
  • あいがけカレー - 米飯にカレーとハヤシソース、あるいはカレーと牛丼の具という風に、カレーとそれ以外のソース(具や汁)を掛けたもの。あいがけ神代カレーなど。
  • 石焼きカレー - 石焼きピビンパのように、石鍋で焼いた米飯にカレーをかけたもの。
  • マーボーカレー - 麻婆豆腐とカレーを混ぜたソースを米飯に乗せたもの。レトルト食品が販売されている。
  • 炊き込みカレー' - カレー粉と具(具によっては通常のカレー同様、あらかじめ炒める)を混ぜ込んだ炊き込みご飯

食べ方[編集]

カレーライスを食する際、スプーンに米飯とカレーを乗せるのみで混ぜない食べ方と、あらかじめカレーと米飯を混ぜる食べ方がある。前者が多数派であるとされ[18]、混ぜた上での食べ方を「汚い」と断ずることで、しばしば後者との対立が引き起こされる。

カレーにウスターソース醤油などの調味料をかけて食べる向きも多く、食べ方は多岐に渡る[33][34][注 6]

黒部ダム八ツ場ダムなどの近くにある観光施設では、トンネル工事の従事者が飯に汁をかけることを嫌った(茶漬け#茶漬けにまつわる雑学を参照)ことから、カレーを米飯にかけず、米飯のみをスプーンに乗せてカレーに浸すことをテーブルマナーとして要請する場合がある。

日本における展開[編集]

北海道大学[編集]

1876年(明治9年)、札幌農学校(のちの北海道大学)に教頭として着任したクラーク博士は、ライスカレーという言葉を考案した人物として伝えられているが、開拓史の公文書『明治五年 開拓使公文録 八』(1872年)で「タイスカレイ(ライスカレー)」という言葉がすでに使われている。またクラークは寮での米食を禁止し、ライスカレーのみを例外としたといわれているが[35]、吉田よし子(『カレーなる物語』)の調べによると、その記録は北海道大学に現存していない。発見されたカレーライスに関するもっとも古い資料は、1877年(明治10年)9月のカレー粉の納入記録と1881年(明治14年)の寮食メニュー[36]であった。当時の日本では、ニンジン、ジャガイモ、タマネギといった西洋野菜がほとんど普及していない状況であった。北海道の気候は、ケプロンやクラーク博士出身の米国マサチューセッツ州とよく似ており、彼の地の西洋野菜の栽培技術を学ぶに最もふさわしい土地であった。札幌農学校には次々と多様な米国産野菜の栽培品種が持ち込まれ、数々の成果を収めた。北海道はこれを機に大規模な西洋野菜の作付を行い、欧米野菜の大衆化に貢献した。日本のカレーライス普及には、ホーレス・ケプロンのほうがより貢献しているという説もある[37]

軍隊・自衛隊[編集]

海自掃海母艦うらがの給食

明治時代、日本海軍はイギリス海軍を模範としており、食事についても同様にイギリスのカレーが艦艇メニューに採用された[1][38]。また同時期に陸軍においても糧食として「ライスカレー」が採用され、徴兵制度の存在によって、除隊した兵士達が軍隊生活で慣れ親しんだカレーを郷里の家庭などで作ったことも、カレーライスが広まる大きな要素のひとつであった[1][38][39]。レシピにおいて、『大日本帝国海軍「海軍割烹術参考書」』[注 7]によると海軍の「カレイライス」ではスープストックを用い、小麦粉を狐色になるまで炒めると書かれているのに対し、『大日本帝国陸軍「軍隊調理法」』によると陸軍の「ライスカレー」では特にだしに関する記載が無い上に小麦粉とカレー粉をラードで攪拌すると書いてあるのみであった[40]。日本海軍では土曜の昼食はカレーライスと決められていた[1][39]。これは海上自衛隊にも引き継がれ[1][39]交代勤務となる長期航海中に曜日の感覚を取り戻すためだと言われている[41]。週休2日制となってからは金曜日に変更されているがすべての部署でカレーライスを食べ[1][39]、行事の際に来賓に振舞ったり、公式サイトなどを通じて一般へのレシピ公開を行ったり、かつて軍港のあった町の名前を冠した「海軍カレー」がレトルト食品缶詰製品を発売している。

陸上自衛隊でも各部隊ごとに独自のレシピ[注 8]によるカレーがあり[注 9]、催事などでは一般の見学者に振舞われている。

学校給食[編集]

第二次世界大戦後には、学校給食のメニューにもカレーライスが全国的に採用されるようになった。カレーライスが学校給食のメニューに登場したきっかけは、食糧事情の悪かった終戦直後の1948年(昭和23年)、連合国中では日本の友好国だったインドから大量にスパイスの提供を受けたこと[42]エスビー食品創業者の山崎峯次郎などカレー業界関係者が需要拡大のため尽力した[43]ことなどが関係している。ただし米飯給食が開始された1976年以前にはカレーライスとしてではなく、カレーシチュー[注 10]としてソフト麺コッペパンとの組み合わせで出されることが多かった。カレーシチューはカレーと比較すると特に初期においては粘度が低い点[44]クリームシチュー同様牛乳脱脂粉乳など乳成分が大量に使用され白みがかっている点が特徴となっている。粘度が低かった理由としてはコッペパンやソフト麺との親和性が高かったこと、原材料の不足により濃度を薄くせざるを得なかったことなどが理由であるとされている[43]昭和35年頃、ラジオの民間放送に次いでテレビCM合戦が激化し、学校給食のメニューであったカレーが一般家庭で多く作られるようになった[15]

カレーライスとライスカレー[編集]

カレーライスは、「ライスカレー」と呼ばれる事もある。2つはどう違うのか、また「カレーライス」との名称が主流となっていった理由については諸説があり定かではない。

  • 両者は元来異なるものを指すとみる説
    • 米飯とカレーソースが別々に、あるいは横長の深皿で左右に寄せて出されるハイカライメージのものがカレーライス、ご飯の上にカレーをかけた大衆的なものがライスカレー[45]
    • 和風のだしを用いたものがライスカレー、洋風のスープを用いたものがカレーライス。
    • 黄色みの強いものがライスカレー、茶色っぽいものがカレーライス。
    • とろみの強いものがライスカレー、さらっとしたものがカレーライス(逆の意見もある)。
    • 「ライスが多けりゃライスカレー、カレーが多けりゃカレーライス」(「ククレカレー」発売当時テレビで流されていたCMのコピー)。
  • 両者はもとより同じものを指すとみる説
    • コメを主食とする日本人の感覚から「ライス」を強調する意味で前に出したものである[46]

歴史的に見ると、イギリス人から「カリードライス(英語: Curried rice)」として紹介され、明治後期から大正時代にかけ新聞や雑誌では「ライスカレー」と呼ばれる事が多かった[45][46]。1872年、北海道開拓使の公文書で「タイスカリイ」(ライスカレー)という語が、樺太の医師・三田村多仲の日誌『三田村多仲日誌』1875年1月3日付けの記録で「カレーライス」という語が使われており、日本では当初から2つの言葉が使われていたことが分かっている。戦前の軍隊においては、ほぼ同じ料理が陸軍ではライスカレー、海軍ではカレイライスと呼ばれていた。一般市民の間では出身者の多い陸軍式のライスカレーという名称が優勢であった。同じデパートの中で、別の食堂がライスカレーとカレーライスをメニューに載せていた例も存在した。『阪急百貨店二十五年史』によれば、1959年(昭和34年)のメニューにおいて、大食堂のライスカレーが70円、グリルではカレーライスが100円で供されている。

敗戦後の高度経済成長期を迎えると共にカレーライスという呼び名が台頭してきた。高度成長期の昭和30年代以降に品質が格段に向上したカレールウが市販されるようになると一般的に「カレーライス」と呼ばれるようになったと推定され、時期的には1964年東京オリンピック開催の前辺りから「カレーライス」呼称が優勢になったとされる[45][46]

インスタントカレー[編集]

日本初のレトルト食品であるボンカレーの発売当時のホーロー看板

国民食とも言えるカレーライスは、さまざまな方式でインスタント食品化され人気を得ている。

  • インスタント・カレールウ

総務省の家計調査(平成20 - 22年平均)によると、カレールウの年間消費金額は新潟市で1800円程、年間消費量は佐賀市の2100g程となっている。2004年(平成16年)度の「カレールウ」の国内出荷額は約676億円で、各社のシェアはハウス食品約61%、エスビー食品約28%、江崎グリコ約10%と推計されており(日本経済新聞社)、ほぼ大手3社による寡占市場となっている。固形タイプ以外にも、フレーク状のものや顆粒状の製品もある。

調理されたカレーをパッケージした製品で[47]、日本で広く消費される商品である[48][49]2009年(平成21年)現在、レトルト食品の売上は最大で約3割を占め、宇宙食としても採用された[49]

他にも缶詰の製品やフリーズドライ(凍結乾燥)による携帯用カレーなどが支持されている。

外食[編集]

カレーライスは外食店の定番メニューともなっている。京王電鉄沿線では 、JRにおける立ち食い蕎麦店の位置をカレーライス専門店のカレーショップC&Cが占めているほどである。チェーン店は、カレーハウスCoCo壱番屋カレーの王様など多数あり、ゴーゴーカレーなどは松井秀喜選手との関係で海外でニュースになることもある。 2013年(平成25年)には、「カレーハウスCoCo壱番屋」が「世界で最も大きいカレーレストランのチェーン店」としてギネス世界記録に認定されている[50]

日本各地のカレーライス[編集]

ご当地カレー[編集]

みなかみダムカレー(アーチ式ダム[51]

1990年代後半頃から町おこしを目的として、日本の各地方の特産物を使用したカレーが続々と発売されており、それらは「ご当地カレー」と呼ぶ。地方のカレー店(ホテルなど)のカレーもこれに含む。

カレーは地元をアピールする為の食材を利用しやすく、地名を入れて名づけた製品が多い。インターネットの発達によりパッケージや調理例の写真が簡単に広く宣伝をする事が出来るので、このような町おこしの材料として開発されるご当地カレーは日本各地に見られる[52]昭和時代初期頃には、地元で豊富に存在した食材(北海道 - タコ福島県 - ホッキ貝熊本県 - 馬肉など)を利用したカレーが、地方によって食べられていた[2]が、新たに作り上げた名物が多い。

行事[編集]

日比谷公園にある松本楼が毎年9月25日にチャリティーとして10円で供している。1971年(昭和46年)11月19日、いわゆる「日比谷暴動闘争」で中核派の投げた火炎瓶を受け全焼したが、これを1973年(昭和48年)9月25日に再建した事に対する記念行事である。

各国のカレーライス[編集]

イギリス[編集]

日本にカレーライスを伝えたイギリスには、日本のカレーライスの原型といえる「curry and rice」(カリーアンドライス)がいまでも存在する。パブ(大衆酒場)、クラブハウス(ゴルフ場)、学生食堂などで気軽に食べられる庶民性は日本のカレーライスと共通し、冷凍食品もスーパーマーケットで売られている[53]。もともとポピュラーな家庭料理であったが、現在は家で作られることは少ない。その理由として、元植民地だったインドパキスタンバングラデシュから来た移民たちによって、本格的なインド料理を出す店が数多く生まれたことが挙げられる。

中国[編集]

中国では、ホテルのレストランなどでカレーライスを出しているほか、日本料理レストランや日式拉面店(日本式ラーメンの店)で「カレー」を出している店は多い。中華料理でポピュラーな食材や調味料を使うことが多い。「咖哩」(カーリー)もしくは「珈竰」(発音同じ)と表記される。日本風のカレーライスは一般の中国人にはあまりなじみのない料理だったが、イギリス風の鳥肉のカレーライスは普通の家庭料理で、近年上海に日本のカレーチェーンが開店するなど、日本風のカレーライスも徐々に広まりつつある。

香港[編集]

イギリスの統治を長く受けていた香港では、茶餐廳と呼ばれる喫茶レストランにカレーライスを出す店が少なくない。その場合、日本のものよりもとろみが少なく、ココナッツの風味を加えている店が多く、カレーと白飯が別容器で出ることが多い。また、香港ではたびたび日本食ブームが発生しており、日本式のカレーライスも広がっている。

台湾[編集]

台湾には日本統治時代にカレーライスが持ち込まれ、「日式咖哩飯」(リーシーカーリーファン)という名前でいまでも屋台や食堂などで気軽に食べることができる。片栗粉でトロミを付けて肉や野菜の具が少ない、日本統治時代のカレーライスに近いものである。近年は日本の大手チェーンのカレー店が進出しており、日本のカレールーも浸透してきた。

韓国[編集]

韓国では日本統治時代に普及した。韓国のカレーは、汁気が多く、甘口である。その後、日本の大手チェーン店が出店し人気となっている[54]。米飯とカレーを良くかき混ぜて食べる。付け合せはキムチやタンムジ(沢庵漬け)であり、外食店では日本スタイルの味噌汁やかつおだしのスープが付くことも。

ハワイ[編集]

明治初期から日本人移民の多いハワイでは、日本料理店だけでなく、大衆レストランや伝統的なハワイ料理店のメニューにもカレーライスが載っていることが多い。日本の明治・大正期的な黄色いカレーが主流であるが、近年はカレーハウスCoCo壱番屋の進出や、タイベトナムなどからの移民の増加により、さまざまなバリエーションのカレーが食べられるようになっている。

作品[編集]

楽曲[編集]

漫画[編集]

絵本[編集]

小説[編集]

ドラマ[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 植民地インド」は第二次世界大戦後の1947年インドパキスタン分かれて独立した。同地域では現在でも野菜を使ったカレーが主流で、肉を使う場合は牛ではなく、鶏肉羊肉山羊肉が主流であり、挽肉にしてキーマカレーとして調理することが多い。
  2. ^ 原因として「当時は、ご飯を保温できる炊飯器のような機械がなく、お客様に熱々のカレーをお出しすることができませんでした」との説明があった[18]
  3. ^ インド独立運動家として知られていたラース・ビハーリー・ボースがレシピを考案したもので、当時「恋と革命の味」と宣伝された。
  4. ^ 小野員裕はその黒さについて「神秘的に見せるためのパフォーマンスかな」と述べている(『最後の贅沢 週末はカレー日和』講談社α文庫、p147-158)。
  5. ^ 一部では、ジャガイモ入りのカレーライスに抵抗感を持つ者や否定派も存在する[28]
  6. ^ ここから、食べ方が話題になったり議論が発生したり[18][33]、性格判断の要素に用いられたりする[34]
  7. ^ 右のうらがの給食の写真中、ランチョンマットの左半分に印刷されているのが見て取れる。原文は海軍カレー参照。
  8. ^ カレーのスープに豚骨や鶏ガラ・各種野菜等をベースにした出汁を使用し、駐屯地栄養士による材料や調理法の指定以外に実際に調理を行う糧食班の責任者によるアレンジがあり、その調理法や味の決め手はそれぞれ担当者により異なる。同じ材料であるはずが調理責任者が替わることで味が大きく変化する場合も存在している。[要出典]
  9. ^ 主に地域の特性を生かした材料等を活用しており、その代表としては旭川第2師団の「北鎮(大雪)カレー」等が存在する。[要出典]
  10. ^ カレーシチューは、シチューを食したいイギリス人の船乗りが航海中に長持ちしない牛乳のかわりに日持ちのする香辛料(カレーパウダー)を使って、シチューと同様の食材で作った料理が由来とされる[1][38][39]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g カレーライス誕生秘話 - 横須賀市 2010年12月17日
  2. ^ a b c d e カレーはどこから来たの? - 農林水産省
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参考文献[編集]

(執筆者:吉行淳之介井上靖大佛次郎永井龍男、秋岡伸彦、阿川弘之池波正太郎、丸元淑生、内舘牧子久世光彦増田れい子清水幾太郎荻昌弘安西水丸五木寛之、野呂邦暢、手塚宗求、神吉拓郎、色川武大東海林さだお吉本隆明
  • 井上岳久『カレーの雑学』日東書院本社、2007年1月。ISBN 978-4528014299
  • 水野仁輔『カレーライスの謎‐なぜ日本中の食卓が虜になったのか』(角川SSC新書 40) 角川・エス・エス・コミュニケーションズ、2008年5月。ISBN 978-4827550405
  • 生活クラブ事業連合生活協同組合連合会編『カレーブック 本格的カレーライスからデザートまで』生活クラブ事業連合生活協同組合連合会、1993年10月。ISBN 441503652X
  • 全日本カレーライス学会編『カレーライス うまさと刺激にこだわる雑学』勁文社、1994年5月。ISBN 4766919645
  • 『彷書月刊』第16巻第11号/通巻第182号(特集=カレー三昧)弘隆社、2000年10月
  • とことんカレー研究会編『カレーの雑学王 このネタはちょっと激辛いぜ! どこから読んでも面白い!』青春出版社、2001年6月。ISBN 4413091981
  • 別冊宝島編集部(小野員裕、村山久美子、安田桃)『横浜カレーミュージアムの究極カレーを作る!』宝島社、2001年7月。ISBN 4796623175
  • 柴田書店(編さん) 『カレーのすべて‐プロの味、プロのテクニック 世界のレシピ109種』柴田書店、2007年8月。ISBN 4388060224
  • dancyu』(特集/「明るく元気にカレーライス」)プレジデント社、2004年8月
  • 『dancyu』(特集/「「カレー」命」)プレジデント社、2006年7月
  • 『dancyu』(特集/「カレーの歩き方」)プレジデント社、2007年7月

関連項目[編集]

外部リンク[編集]