餃子の王将

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餃子の王将 和泉中央
大阪府和泉市いぶき野3-6-17
餃子の王将 和泉府中JR前店
大阪府和泉市府中町7-2-30 衣川ビル1F
餃子の王将 泉大津北店
大阪府泉大津市北豊中町3-979-13
餃子の王将 岸和田南店
大阪府岸和田市下松町1-5-1

餃子の王将(ぎょうざのおうしょう)は、京都府京都市山科区に本社を置く王将フードサービスが京阪地区を中心に全国展開する、大阪風の餃子を売りにした中華料理チェーンの名称。通称は「王将」、「京都王将」である。

関西圏を中心に、「大阪王将」との名のつく中華料理店が存在するが、これはイートアンドが展開する店で別系列である。王将フードサービスの創業者の一族が独立して始めたものだが、その後のチェーン展開で競合しかけたため問題となった。詳細は、後述の「のれん問題」を参照。

目次

[編集] 店舗

1967年に京都市の四条大宮にて開業し、その後全国に展開中。1970年代後半からは東京地区に積極的に出店している。出店概要は、繁華街・駅前型から郊外型など幅広いエリアに出店している。店も小さなタイプから幹線国道沿いのロードサイドの大型店舗など幅広い。また、かつては和食部門にも進出していたが、現在は縮小して、中華料理一本への体制になっている。ただし現在も「いけすの王将」として僅かながら和食部門が残っている。また、八幡市にある八幡店のように回転寿司を中華料理と併設している店舗がある。(尚、1号店の四条大宮店は、元来賃借物件であったが、阪急大宮駅の非常通路設置に伴うビル解体に際し、当該土地を購入して自社ビルを新築、2009年9月25日にリニューアルオープンしている。営業再開当日は関西のマスコミの取材が多く見られた)

展開状況は2009年3月31日現在、中国における直営店6店舗を含む直営店344店、フランチャイズ店183店。関東、東海、北陸エリアへの新規出店を積極的に行っている。2006年3月には栃木県に宇都宮IPV店を、2009年2月には島根県に松江学園店を出店、両県に初出店した。

西日本地区と東日本地区の分水嶺静岡県にあり大井川を想定と推測される。浜松店までが西日本メニュー、焼津店からは東日本メニューとなっている。メニュー設定、キャンペーンや価格が多少異なり、2008年5月現在、餃子単品で東日本価格が西日本価格より21円高く設定されている。

2005年8月には初海外進出として中華人民共和国・大連へ出店を果たした。「餃子の王将」が餃子母国へ凱旋帰国!をキャッチフレーズに、本場中国に和風中華料理を逆輸出する形で話題にもなった。CMからのキャッチフレーズである「食は万里を超える」を実践する意気込みである。なお、日本の料理店であることを強調するために、看板などは「ぎょうざの王将」と「餃子」をひらがな表記している。2008年8月現在、大連商場店(1号店)、開発区店、人民路店、英華街店、金州店と5店舗にまで成長した。2009年現在、全店舗黒字という偉業を達成し、外食不況の外食産業からより一層注目されている。

[編集] 都道府県別の店舗情報

2009年4月10日現在、店舗が存在しない都道府県は、北海道東北地方全県、茨城県甲信越地方全県、愛媛県高知県福岡県熊本県以外の九州地方4県、沖縄県。なお、鹿児島県には暖簾分けといわれる鹿児島王将が存在する。

以前は四国全県に店舗網を展開したため愛媛県と高知県にも店舗があったが、現在は両県から撤退している。

2009年4月10日現在もっとも店舗数の多いのは、大阪府の139店舗である。

2009年4月10日現在、栃木県・島根県・徳島県には各1店舗、富山県・鳥取県・香川県には各2店舗しかない。

2009年10月4日現在、富山県には4店舗存在する。

[編集] 特徴

一般的な中華料理が低価格で手軽に味わえる。直営店はファミリーレストランタイプの中華料理店であることが多い。郊外店は広い駐車場を備えている。フランチャイズ店の中にはカウンターのみの店もある。

[編集] メニュー

業態はセントラルキッチンシステムで、餃子の餡や皮、ラーメンの麺などが各店舗に供給される。皮に包むのは各店で行っている。

餃子等の全店共通基本メニュー以外のメニューは各店舗の店長に裁量が認められているため、店舗によってメニューがかなり異なり、中京圏での台湾ラーメン等、「ご当地メニュー」もしばしば存在する。そのため全店での統一したレシピが無く、同じメニューでも店によって味が全く違うことがよくある。なお2000年初めごろからセントラルキッチンの食材を大幅に増やしたが、王将らしさがなくなり不評となり、従来の厨房での調理がメインになった経緯がある。

餃子と名のつくだけに、焼餃子が看板メニューである。ニラよりにんにくを利かせた餃子で、たっぷりの肉とキャベツなどを細かく刻み混ぜこんだ餡は、食べた時に肉汁が口の中に広がる。その美味しさは、関西で「餃子といえば?」と聞くと「王将」と言われるぐらいに支持されている。安くてボリュームがあるため、若者からの支持が高く、特に関西地区で学生時代を過ごした男性にとってはソウルフード的な存在である。また、生餃子を店舗で購入して自宅で焼いて味わう者も少なくない。

関東では、東京ラーメンが一般メニューに加わっている。また、餃子200円(210円)が220円(231円)、炒飯350円(367円)が400円(420円)等、餃子や一品などの料理の値段が割高である(括弧内は、消費税等込価格)。

各店の特徴は様々である。本拠地の京都では「京都=学生」という形で、いわゆる貧乏学生に対しては様々な商品を提供している。ボリュームの多い定食はもちろんの上、制限時間内完食で無料(いわゆるチャレンジメニュー)や、皿洗いを30分することを条件とした無料の食事、大学限定メニュー(学生証の提示が必要)などが存在する。

飲料会社のアサヒビールアサヒ飲料と資本提携している。アサヒビールが筆頭株主で、アルコール類やソフトドリンクなどのブランドはアサヒで、またグラスなどに刻印されている王将のロゴマークはアサヒビールのそれに似ている。

[編集] 会員カード

「ぎょうざ倶楽部」というカードがある。これは毎年8月(関西地区は9月)~11月に配布される「会員登録用スタンプカード」で、レジ合計額500円毎に1個押されるスタンプを20個(10,000円相当)を集める「試練」を越えると、翌年度の「会員」になれるシステムで、プラスチック製のカードが発行される。かつてはプラチナカード、ゴールドカードという、何回行っても餃子が1~2人前タダとなるカードも存在した。これに関しては20個以上ためる必要がある。この試練を物語ったファンサイトも存在する。

現在は会員になると、5%OFFと誕生月は1,000円分の食事が無料というサービスが定着している。有効期限は会員カード発行日より翌年12月30日までで、かつては更新の場合に限り原則的には試練はなかったが、2004年以降は更新制度がなくなり、登録のやり直し(試練)が必要になった。

[編集] 無料券、割引券

創業間もない頃、餃子1人前無料券を繁華街で配布して、集客と知名度向上を図っていた。現在は、餃子無料券を含む5枚綴りの割引券があり、店舗の周辺で配布又は住宅に投函される。また、新聞の折り込みチラシに無料券や割引券がついてくることがある。 現在でも新聞や折込広告等で様々な商品の広告が展開される事もあり、その広告に付いているサービス券を切り取ってお店に持参すれば50~100円の割引(食後に値引き用の金券と使える場合や特定のメニューが指定されていてそれを注文してた場合のみ値引きする場合など様々)や、キャンペーン対象商品を券利用によって1人1回1人前分をサービス(特に餃子に多く見られる)などが受けられる。

王将フードサービスの株主には株主優待券が年1回、6月下旬頃に郵送される。株主優待券は500円額面の金券扱いで、有効期限は翌年の6月30日までである。

[編集] エピソード等

  • ホールで客の注文を受けた接客係が、厨房にオーダーを流す際に、あまりに広い店舗(厨房)であるが故にマイクを使って喋るといった光景が見られるのも同店ならではのしくみである。
  • 最近の王将の接客では接客係と調理担当が別々になっている店も増えてきているが、今でも小スペースの店内では専属のホール係は居ない事が多く、中の調理場に居る人が調理場から出てきて直接客の元へ料理を運ぶ事もあり、客が居るスペースまで長靴姿で入ってくる事がある。
  • 雨上がり決死隊の2人は餃子の王将好きであり自身のラジオ番組「雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!!」では餃子の王将の店舗を借りて生放送をしたほど。また蛍原徹は餃子を食べただけでその店がわかると豪語していてテレビ番組『リンカーン』の「どんだけ~の泉」で店名当てに挑戦していたが、結局わかるのは下北沢店のみだった。また、2008年7月24日の『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』では「餃子の王将芸人」が特集された。2009年3月より、前述の「餃子の王将芸人」が収録されたアメトーーク!DVDの発売を記念して、DVDの宣伝を印刷したペーパーナプキンが2009年6月まで各店で使用されていた。
  • 出町店(京都市上京区)では「皿洗いを30分することを条件でタダで食事ができる」伝統が続いている。『取締役島耕作』3巻では同店をモデルにした「錦丸食堂」が登場、京都での会議の途中に中国家電大手出発集団の孫鋭が貧しかった留学生時代に世話になったその店を島と共に再訪し、ふたりは食後に皿洗いをした。「週刊新潮」2006年11月9日号には作者の弘兼憲史が出町店を訪ね、皿を洗う写真記事「とっておき私の京都-餃子の王将出町店-弘兼憲史」が掲載された。上述のアメトーーク!では福島善成ガリットチュウ)が同店で皿を洗っている。
  • 武蔵小杉店(川崎市中原区)は、2007年12月に未成年者と知りながら、客の女子高校生に酒類を提供していた問題で、神奈川県公安委員会は、同店を3ヶ月間の営業停止とする処分を決定した。決定は2008年5月14日付。
  • 2009年1月26日テレビ東京系カンブリア宮殿』で特集されている。2008年度の日本売り上げ一位は川崎の武蔵溝の口店。
  • 2009年3月、世界金融危機の真っ只中にも関わらず、前年同月比、売り上げ14.5%増と創業以来最高の伸び率を記録した。王将は全ての店舗ごとに、それぞれの地域に合った特徴を出すこと(地域および店舗限定メニュー等の導入)で消費者に愛されると言う経営方針を持っているが、この手法については、店舗ごとの特徴を無くしサービスを統一化するマクドナルドなどとは対照的な手法と言われる[1]
  • 各店舗ではそれぞれ独自のサービスを展開(例として大学生の多い京都市内のある店舗では「カレーラーメン3人前」を15分以内に食べれば無料だが、食べ切れなかった場合でも840円で食べられる。また別の店舗では家族連れがいることを考慮しお子様ランチメニューを提供する。など)している。また優秀なサービスをした店舗に対しては毎月報奨金(ボーナス)を本部から贈呈する場合もある[2]

[編集] 王将ブーム

2008年の後期より、餃子の王将が各メディアで取り扱われるようになり、店舗の売り上げも続伸を続けた王将ブームが到来している。発端は『アメトーーク』(2008年7月24日放送分)にて「餃子の王将芸人」が特集され、放送日の翌日は餃子の王将へのHPへはアクセスが殺到し閲覧不能に陥り、店舗では行列のできるほどの影響があった。その後、『「ぷっ」すま』(2009年6月30日放送分)の「ココ1当てまSHOW!」や『シルシルミシル』(2009年7月22日)の同特集で取り扱われた。後者は有田哲平の好物を元に作られた鉄鍋ステーキ丼とクリーミー麻婆の2品が関東エリア直営店限定で7月23日〜7月31日に発売されている。

さらにサブプライムローン問題や、世界金融危機リーマンショックなどの景気悪化に対して、消費者への思想を合致し、また売上高が創業以来、最高の伸び率を記録するなどの一種のブームが発生している。

[編集] 運営会社

運営会社は王将フードサービス。本社は京都市山科区にある地元有力企業。平成21年3月期決算短信によると直営店が344店とFC店は183店である。従業員数は1200名以上で、平均年齢は28.7歳。平均年収は492万円とされている。1993年3月16日に店頭登録にて株式公開を行った。その後、大証2部・京証に上場し、現在は大証1部上場企業である。

詳細は「王将フードサービス」を参照

[編集] のれん問題

[編集] 大阪王将(イートアンド)

王将フードサービスとは別に、大阪王将(現:イートアンド)が展開する「大阪王将」と名のつく中華料理店が存在する。大阪王将は王将フードサービスの創業者の一族が独立して始めたもので[要出典]、大阪王将がチェーン展開を始め、京都に出店した際、事態を重く見た王将フードサービスは「王将」の使用をさせない旨の提訴に踏み切った。しかし、裁判所の勧めにより、結局和解

和解の内容については、王将フードサービスは「餃子の王将」として、大阪王将は、「大阪王将」または「中華王将」としてそれぞれ「王将」を使用できる折衷案的なものとなった。逆に掲げる文字通り看板と言っても良い「ぎょうざの」という下りは本道である王将フードサービスのみ使用する事となる。また、赤・黄・緑を使った表示も同様。こういった店名や商品名などの商標に関する裁判のケースは少なくない。[3]

[編集] 鹿児島の“餃子の王将”

鹿児島市などに“餃子の王将”を掲げる店舗が複数存在するが、これは王将フードサービスの直接支配ではない鹿児島王将が経営するものである。日本国内における王将フードサービス以外で“餃子の王将”を名乗る事が出来るのは鹿児島王将のみである。その際、『鹿児島に京都王将を出店させないで、鹿児島王将に一任する協定(正式な名称は不明)』を結んでいる。なお現在は出店はないが、鹿児島県の影響が大きい宮崎県も鹿児島王将が出店する計画を持つことができる。但し、これは協定はあくまで鹿児島県のみである為、宮崎県は京都王将が出店することも出来る。

1978年(昭和53年)7月に稲盛実の義姉の弟が京都王将に勤めており、独立を希望していた。それを聞いた兄の稲盛和夫京セラ社長)が京都王将の社長に掛け合い、快諾を得たため、義姉の弟とともに「餃子の王将」の名で鹿児島王将株式会社を設立。同年9月に中町店をオープンさせた。現在は、中町店・騎射場店・西駅店・国分店・伊敷店・笹貫店の6店に工場を構えている。メニューも一部を除き酷似しており、一時期は熊本市などにも進出していたが、現在は撤退している。現在熊本市は、京都王将の直営または京都王将のFCである。

[編集] タイの“餃子の王将”

2006年9月17日、「餃子の王将タイランド」という店がバンコクスクムウィット通りにてオープン予定だった。この店は王将フードサービスとは無関係で、同社の元従業員が独立して設立したコスモフーズが展開する店であるが、店のロゴや店名が「餃子の王将」と酷似していたため、王将フードサービスは当惑し日本でもニュースになった。

王将フードサービスはこれを「偽物」と断じているが、本家本元の「餃子の王将」は日本国外で商標登録を行なっていないので、どうすることもできないという。

この店のサイトの会社情報には、京都からライセンス契約がある(原文は英語)とのことだが、詳細は不明である(現在は削除済み)。

結局「タイ王将」として開店したが、その数ヵ月後再び「餃子の王将」としての宣伝活動が目立ってきている。

なお2007年にバンコク店は閉店している。

[編集] シンガポールの“餃子の王将”

シンガポールのカッページプラザに「餃子の王将」という店舗がある。こちらは、「Sential Jobs Pte. Ltd」というシンガポールで日本食レストランなどを展開している日系企業によるものである。

[編集] 王将用語

中国語をベースにした独特の厨房用語があり、一般に「王将用語」と呼ばれる。客から受けた注文を厨房に伝える時などに使われており、大規模な店ではマイクを使って話されるために客席まで良く聞こえ、常連ならばだんだんと意味がわかってくる。一例として次のような用語がある。

  • 餃子=コーテル(語源:鍋貼儿:グオティエ。コーテーと呼ぶ店もある。)
  • 生餃子=チャウス(語源:餃子:ジャオズ)/ナマ(生のこと)
  • パリパリによく焼いた餃子=ヨクヤキ(「ヨクヤキでお願いします」のように使う)
  • 炒飯(焼き飯)=ソーハン
  • 焼きそば=ソーメン
  • 揚げそば(皿うどん)=バリ(麺のことを「バリ麺」と呼ぶところから。正式には「炸麺」。「炸麺」では声に出してオーダーできない為「バリ」となる)
  • 天津飯=テンハン
  • 中華飯=チュウドン(語源:中華丼から。ナカドンと呼ぶ店もある。)
  • 肉と卵のいりつけ=ムーシーロー(語源:木須肉:ムーシューロウ)
  • 小エビの天ぷら=シャーレン(語源:蝦仁:シャーレン)
  • ジンギスカン=パーロー(語源:爆肉:パオロウ)
  • 鶏の唐揚げ=エンザーキー(語源:軟炸鶏:ルゥアンジャージー)
  • 酢豚=クールーロー (語源:咕嚕肉:グーラオロウ)
  • ラーメン=ヤナギ(柳麺=リュウメンから。大盛りはジャンボヤナギ)

数詞

  • 1(一:イー)、2(両:リャン)、3(三:サン)、4(四:スー)、5(五:ウー)、6(六:リュー)、7(七:チー)、8(八:パー)、9(九:チュー)、10(十:シー)
  • 〜個=〜(个:ガー)(語源:〜個/〜箇:〜ガ。ただし、量詞ガーは省略することも多い。)
  • 餃子1人前=「コーテルイーガー」または「コーテルイー」。「イーガーコーテル」と数を先に言う場合もあるが、この場合は量詞ガーは省略しない。なお、餃子以外のメニューでは、数を先に言うことはない。
    • なお、2は量詞や単位を伴わない場合は「èr(二:アル)」であるが、王将では単独でも「liǎng(両:リャン)」を使用する。
  • 餃子2人前=「コーテルリャンガー」または「コーテルリャン」、「リャンガーコーテル」

持ち帰り(テイクアウト)の注文の場合は量詞「ガー」を省略し、語尾に「ナーホ」(語源:拿走:ナーゾウ?)をつける。

  • 餃子1人前持ち帰り=「コーテルイーナーホ」

急ぎの場合は「カイカイ」を商品名の後につける。対義語は「マンマン」

  • 餃子1人前急ぎで=「イーガーコーテル カイカイ」

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク