ダンキンドーナツ

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ダンキンドーナツ明洞店(韓国)

ダンキンドーナツDunkin' Donuts)とは、ファストフード店のブランド名。現在の本社はマサチューセッツ州キャントンにある。

目次

[編集] 概説

主力商品のドーナツの他、コーヒーマフィンベーグルサンドイッチなども扱っている。

1948年アメリカ合衆国のマサチューセッツ州クインシーで創業。1950年からフランチャイズ展開を開始し、現在、グアムプエルトリコを含むアメリカ合衆国と世界29ヶ国(アラブ首長国連邦アルバインドネシアエクアドルケイマン諸島カタールカナダギリシャコロンビアサウジアラビアスペインタイ王国大韓民国台湾チリドイツトルコニュージーランドパキスタンパナマバハマフィリピンブラジルブルガリアペルーホンジュラスマレーシアメキシコレバノン)に約6,000店舗を展開している世界最大のドーナツチェーンである。米国国内の店舗は北東部大西洋岸中部の州に集中している。

店名は、ドーナツをミルクやコーヒーに浸して(Dunkin')食べる欧米の習慣にちなむ。この食べ方は1934年の映画『或る夜の出来事』でクラーク・ゲーブルがドーナツの正式な食べ方として紹介していたことから来ている。

[編集] 沿革

ダンキンドーナツの創業者は、アメリカ在住の東欧系ユダヤ人であったウイリアム(ビル)・ローゼンバーグ(William Rosenberg)。1946年にクィンシーの工場労働者のためにトラックサンドイッチなどの販売をはじめたが、ドーナツとコーヒーの売り上げが大きいことに気づき、1948年にドーナツの専門店「Open Kettle(オープンケトル)」という店をはじめる。1950年に、現在の「Dunkin' Donuts(ダンキンドーナツ)」に名称を変更。

ローゼンバーグは義妹の夫ハリー・ウィノカーとともに会社を運営していたが、経営方針の違いからハリー・ウィノカーは独立し、1956年ボストンミスタードーナツを創業した。1990年にダンキンドーナツがミスタードーナツを吸収合併したため、現在アメリカには会社としてのミスタードーナツは存在せず、そのブランド名で営業している店舗が十数店残るのみとなっている。

近年、イギリスの酒類大手アライド・ドメックAllied Domecq)の傘下企業となり、外部から招いた経営陣の下で急成長した。しかし、2005年8月にフランスの酒類大手ペルノ・リカールがアライド・ドメックを買収したのに伴い、バスキン・ロビンスなど他の2つのファストフードチェーンとともに売却された。2005年12月に、ベインキャピタルカーライル・グループトーマス・H・リー・パートナーズThomas H. Lee Partners)のアメリカの未公開株投資会社3社で構成されるコンソーシアムが株式を取得している。

[編集] 日本での営業

日本では、1970年に初の海外店舗としてオープン。

日本での展開にあたっては当初はセゾングループが関与し、レストラン西武(のちの西洋フードシステムズ)の一部門として、その後はディー・アンド・シー(後に吉野家[1]と合併して吉野家ディー・アンド・シー。法人としては現在の吉野家ホールディングス)が店舗展開していた。

だが、業績不振で吉野家ディー・アンド・シーは1998年にドーナツ事業から撤退。米軍基地内を除いて日本からは姿を消している。

[編集] 警察官はドーナツが好き

ハリウッド映画で見られる「警察官はドーナツが好き」という俗説は、実はダンキンドーナツの戦略による。ダンキンドーナツでは「警察官が制服とパトカーで来店すれば、ドーナツとコーヒーを無料にする」と宣言しているためである。アメリカではコンビニなどの深夜営業の店は(銃による)現金強盗が多いことから、警官が立ち寄ることは強盗除けの効果がある。これには他の客が安心して深夜でも店に寄ることが出来るという広告効果もあり、ダンキンドーナツでは警察官の姿を見ることが多いという。[要出典]

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

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  1. ^ 吉野家は1983年に経営破綻しセゾングループ傘下で経営再建をしており当時同系列にあった。なお、吉野家は合併前年の1987年に更生計画を終結している。
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