パブロ・サンドバル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
パブロ・サンドバル
Pablo Sandoval
ボストン・レッドソックス
Pablo Sandoval on July 15, 2010.jpg
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 カラボボ州プエルトカベジョ
生年月日 1986年8月11日(28歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
240 lb =約108.9 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 三塁手一塁手捕手
プロ入り 2003年 アマチュアFA
初出場 2008年8月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ベネズエラの旗 ベネズエラ
WBC 2013年

パブロ・サンドバルPablo E. Sandoval , 1986年8月11日 - )は、ベネズエラカラボボ州出身のプロ野球選手三塁手)。MLBのボストン・レッドソックス所属。

2008年にメジャーへ昇格し、2009年には強打のスイッチヒッターとしてナショナルリーグ2位の高打率を残した。その後、一時低迷したものの、三塁手に転向した2011年に復活し、メジャーリーグベースボールを代表する打者のうちの一人となった。

愛称は、チームメイトのバリー・ジトに名づけられた "カンフー・パンダ"(Kung Fu Panda)[1][2]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

家族全員が野球好きという家庭に生まれ、野球を始めたのは4歳のとき[3]。学校から帰宅しては、自宅のガレージで4つ年上の兄マイケルの投球を打ち返して遊ぶ日々を送る[4]。当時憧れていた選手はオマー・ビスケルアンドレス・ガララーガだった[3]。その後、兄マイケルはミネソタ・ツインズと契約しプロ入り。一方のサンドバルも14歳のころにはプロのスカウト達から注目を集める存在になっていた。ドミニカ共和国でのトーナメントに参加した際にはテキサス・レンジャーズのスカウトから入団契約を持ちかけられたが、その後レンジャーズ側からは何の連絡もなく、結局その2週間後にサンフランシスコ・ジャイアンツと契約を結ぶ[4]

プロ入りとマイナー時代とジャイアンツ時代[編集]

プロ1年目の2003年は試合に出場する事は無かった。

2004年に、マイナーリーグ最下層のルーキーリーグでプロデビューする。

2005年は、SS-A級セイレムカイザーでプレーした。

{{by|2006年}は、にA級オーガスタでプレーした。

2007年は、Adv-A級サンノゼでプレーした。毎年1クラスずつ着実に昇格していった。

2008年は、前年に続きAdv-A級サンノゼで開幕を迎えたが、68試合の出場で打率.359・12本塁打・59打点の好成績を残し、シーズン途中でAA級コネチカットに昇格。ここでも44試合の出場で打率.337・8本塁打・37打点の活躍を見せた。AA級の次はAAA級(フレズノ)に昇格するのが一般的だが、サンドバルはAdv-A級とAA級で大いに打ちまくったので、AAA級を飛ばしてメジャーへ昇格する事になった。

同年8月14日アストロズ戦でメジャーデビュー。デビュー戦は5番・捕手として先発出場し、3打数で安打こそ出なかったが1打点を挙げた[5]。メジャー初安打は2日後のブレーブス戦で、第1打席にマイク・ハンプトンから二塁内野安打を放つと、この日は3安打を記録している[6]。以降、9月28日のシーズン最終戦までメジャーに残って41試合に出場し、打率.345・3本塁打・24打点という成績を残した。これにAdv-A級・AA級での成績も合わせた2008年の年間成績は、153試合の出場で打率.349・23本塁打・120打点となる。

2009年は、主に三塁手として153試合に出場。フルシーズン1年目ながらジャイアンツ打線の中軸に座り、首位打者争いでハンリー・ラミレスに次ぐ2位となったほか、25本塁打・OPS.943を記録した。ジャイアンツはポストシーズン進出こそ逃したものの88勝74敗で5年ぶりの勝ち越しとなり、サンドバルはチームについて「若手とベテランが一体になってシーズン最後までそれを争えたのは良かった」、自身について「10点満点!」と振り返った[3]

2010年、開幕戦に3番・三塁として出場し、4月の1か月間で打率.368・OPS 1.008と前年以上の成績を挙げる。この頃からジャイアンツの地元カリフォルニア州サンフランシスコでは、サンドバルの愛称からパンダの広告やグッズが目立つようになった[7]。しかしその後は成績が徐々に下降していき、6月終了時点では打率.274・OPS.743まで落ち込んだ。同月28日のドジャース戦では2点ビハインドの9回裏一死一・三塁と、本塁打が出れば逆転サヨナラ勝利となる好機でサンドバルに打順が回ってきたが、チームは新人のバスター・ポージー代打で起用しサンドバルをベンチへ下げている[8][9]。後半戦も調子は上向かず、そのままレギュラーシーズンが終了。ジャイアンツはナショナルリーグ西地区を制し7年ぶりにポストシーズン進出を果たしたが、サンドバルはリーグ最多の26併殺打を喫するなど不振にあえいだ。ポストシーズンでチームは、ブレーブスとの地区シリーズを3勝1敗で、フィリーズとのリーグ優勝決定戦を4勝2敗で、そしてレンジャーズとのワールドシリーズを4勝1敗で制し、56年ぶり6度目の世界一に到達。だがサンドバルはこのポストシーズン15試合中、出場は6試合に留まった上に打率.176・OPS.498・3併殺とレギュラーシーズンの不振を引きずっていた。

この不振の原因が体調管理の拙さによる太りすぎにあるとみたチームは、サンドバルに「オフの間に減量ができなければマイナー落ち」と厳しく通告。これを受けサンドバルは、球団OBのバリー・ボンズ陸上十種競技の元世界記録保持者ダン・オブライエンらとトレーニングしたり、好物のポテトチップス炭酸飲料を断ったりして減量に励み[10]、38ポンド(約17.2キロ)落とした[11]

2011年は、サンドバルは開幕から打率3割台を維持。4月末に右手有鈎骨の骨折が発覚し[12]、6月中旬までの長期欠場を強いられたこともあったものの、前半戦終了時点で打率.303・OPS.844と前年から成績を向上させた。この年は故障したホセ・レイエスの代役という形ながらオールスターにも初めて選出され、試合ではブランドン・リーグから適時二塁打を放った[13]。後半戦はさらに調子を上げ、9月15日のロッキーズ戦ではサイクル安打を達成[14]。最終的にチームはポストシーズンへ進出できずワールドシリーズ連覇を逃したが、個人成績では2年ぶりとなる打率.300・20本塁打・OPS.900超えを果たした。

2012年1月17日にジャイアンツと3年1715万ドルで契約を延長[15]。108試合に出場し、打撃成績を大幅に低下させた。また、この年のワールドシリーズで10月24日の第1試合で3打席連続の本塁打を放った活躍でワールドシリーズのMVPになった[16]

2013年、141試合に出場して2年ぶりに規定打席に到達した。自己2位となる79打点をマークしたが、5年ぶりに盗塁なしで、自己ワーストの18失策を記録するなど、走と守では精彩を欠いた。

2014年、自己最多となる157試合に出場して攻守に復活を果たす。まず攻撃面では、打率.279・16本塁打 (3年ぶりとなる15本以上) ・73打点 (2年連続の70点以上) という打撃成績をマーク、得点圏では.291とよく打った。守備面では、エラーを11まで減らして (守備率.971) 守備防御点 (+4) で、それまでの自己最高記録を更新した。オフに、FAとなった。

レッドソックス時代[編集]

ハンリー・ラミレスと共に、ボストン・レッドソックスと契約合意に達した事が明らかにされた[17]

選手としての特徴[編集]

2008年には捕手として11試合に出場した

メジャー2年目となる2009年シーズンを迎える前から、殿堂入りの元強打者ウィリー・マッコビーに「彼は第二のアルバート・プホルスになりつつある」と言われたほど[18]、打撃技術に関しての評価が高い。ただし、どんなボールでも振りにいく "フリースインガー" の一面もあり、2008年にはストライクゾーンを外れた球を振りにいった確率が53.8%もあった。当時の打撃コーチのカーネイ・ランスフォードは「ボールをよく見るように彼を指導してきたが、まるでライオンを檻に入れようとしているみたいだ。ダグアウトから打席に向かうときの彼はバットを振ることで頭がいっぱいのようだから、こちらとしては必ず『ストライクを振れよ』と言うようにしている」と話している[19]。この指導が効いたのか、IsoDは2008年の.012から2009年は.057まで上昇している。

守備面では、メジャー昇格後は基本的に三塁手としての出場が多いが、その他に一塁手と捕手もこなすユーティリティーを持ち合わせており、監督のブルース・ボウチーにも重宝されている[20]。幼少期は左投げの右翼手だったが、9歳か10歳のころに「(憧れのオマー・ビスケルと同じ)遊撃手や、三塁手や捕手もやってみたい」として右投げに転向しており[4][21]、さらにマイナーリーグでは主に一塁手として出場していた。現在も登録上は右投げであるが、左手で投げることも可能である[20]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2008 SF 41 154 145 24 50 10 1 3 71 24 0 0 0 4 4 1 1 14 6 .345 .357 .490 .847
2009 153 633 572 79 189 44 5 25 318 90 5 5 0 5 52 13 4 83 10 .330 .387 .556 .943
2010 152 616 563 61 151 34 3 13 230 63 3 2 0 5 47 12 1 81 26 .268 .323 .409 .732
2011 117 466 426 55 134 26 3 23 235 70 2 4 1 7 32 9 0 63 12 .315 .357 .552 .909
2012 108 442 396 59 112 25 2 12 177 63 1 1 0 7 38 4 1 59 13 .283 .342 .447 .789
2013 141 584 525 52 146 27 2 14 219 79 0 0 0 6 47 5 6 79 19 .278 .341 .417 .758
2014 157 638 588 68 164 26 3 16 244 73 0 0 0 7 39 6 4 85 16 .279 .324 .415 .739
通算:7年 869 3533 3215 398 946 192 19 106 1494 462 11 12 1 41 259 50 17 464 102 .294 .346 .465 .811
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰[編集]

背番号[編集]

  • 48 (2008年 - )

脚注[編集]

  1. ^ Anthony Castrovince / MLB.com, "For ballplayers, what's in a (nick)name? / When it comes to clever monikers, this generation is lacking," MLB.com, February 10, 2009. 2009年9月12日閲覧。
  2. ^ Tim Liotta, "Liotta: Giants’ offensive future rests with ‘Kung Fu Panda’," San Francisco Examiner, June 25, 2009. 2009年9月12日閲覧。
  3. ^ a b c 石井孝尚 「『カルトヒーローを探せ!』サンフランシスコ・ジャイアンツ編 パブロ・サンドバル」 『月刊スラッガー』2010年1月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-1、67-69頁。
  4. ^ a b c Henry Schulman, Chronicle Staff Writer, "GIANTS SPRING TRAINING / All the comforts of far-away home / Sandoval gets support from family at spring training," SFGate, March 8, 2009. 2009年9月12日閲覧。
  5. ^ "Aug 14, 2008, Giants at Astros Box Score and Play by Play," Baseball-Reference.com. 2011年4月13日閲覧。
  6. ^ "Aug 16, 2008, Giants at Braves Box Score and Play by Play," Baseball-Reference.com. 2011年4月13日閲覧。
  7. ^ 鉄矢多美子鉄矢多美子『Field of Dreams』第254幕 サンフランシスコに巻き起こったパンダブーム!」 『nikkansports.com』、2010年5月4日。2010年10月9日閲覧。
  8. ^ "Jun 28, 2010, Dodgers at Giants Box Score and Play by Play," Baseball-Reference.com. 2010年10月9日閲覧。
  9. ^ 石井孝尚 「勝率ランキング順『全30チーム前半戦完全総括』サンフランシスコ・ジャイアンツ サンドバル復調と投手陣奮起で巻き返しも充分可能」 『月刊スラッガー』2010年9月号、日本スポーツ企画出版社、2010年、雑誌15509-9、63頁。
  10. ^ Chris Haft / MLB.com, "Sandoval sticking with strict routine," SFGiants.com, February 4, 2011. 2011年7月16日閲覧。
  11. ^ John Shea, Chronicle Staff Writer, "Range much improved for Twinkle-Toes Sandoval," SFGate, March 15, 2011. 2011年10月4日閲覧。
  12. ^ Chris Haft / MLB.com, "Panda out with broken hamate bone in hand," SFGiants.com, April 30, 2011. 2011年7月16日閲覧。
  13. ^ "Jul 12, 2011, AL All-Stars at NL All-Stars Play by Play and Box Score," Baseball-Reference.com. 2011年7月16日閲覧。
  14. ^ "Sep 15, 2011, Giants at Rockies Play by Play and Box Score," Baseball-Reference.com. 2011年10月4日閲覧。
  15. ^ Nicholson-Smith, Ben(2012-01-17). Giants, Sandoval Agree To Extension. MLBTradeRumors.com(英語). 2012年1月23日閲覧
  16. ^ “ジ軍サンドバルがシリーズMVP”. 日刊スポーツ. (2012年10月29日). http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/f-bb-tp2-20121029-1039587.html 2012年11月7日閲覧。 
  17. ^ Ian Browne (2014年11月25日). “Red Sox land Panda and Hanley, pending physicals”. MLB.com. 2014年11月25日閲覧。
  18. ^ Jerry Crasnick, "Giants' present plans include Sandoval," ESPN.com, April 1, 2009. 2009年9月12日閲覧。
  19. ^ Chris Haft / MLB.com, "Free-swinging Giants eschew walks / Offense last in National League in earning free passes ," SFGiants.com, May 20, 2009. 2009年9月12日閲覧。
  20. ^ a b 鉄矢多美子 「鉄矢多美子『Field of Dreams』第234幕 首位打者争いサンドバル、ブレークの秘密」 『nikkansports.com』、2009年8月17日。2009年9月12日閲覧。
  21. ^ John Shea, Chronicle Staff Writer, "New-look Giants lose to Astros," SFGate, August 14, 2008. 2009年9月12日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]