トミー・ハーパー
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トミー・ハーパー(Tommy Harper , 1940年10月19日 - )はアメリカ・メジャーリーグで活躍した野球選手。外野手(主に左翼手)。右投右打。アメリカ合衆国ルイジアナ州オークグローブ出身。
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人物・来歴 [編集]
メジャー7球団でプレイした右打ちの外野手。
1962年4月9日にシンシナティ・レッズよりメジャーデビューし、1963年以後はおおむねレギュラーとして起用される。盗塁こそそこそこ多いが、打率が低く、1968年にはクリーブランド・インディアンスに移籍。
1969年に新設されたシアトル・パイロッツに移籍し、初試合となった4月8日のカリフォルニア・エンゼルス戦では、一番打者に起用されて球団史上最初の打者となる。いきなり二塁打を放ち、球団史上最初の安打を記録。マイク・ヘイガンの本塁打で生還し、球団史上初得点を記録。このシーズンは73盗塁を記録して、ア・リーグ最多盗塁のタイトルを獲得。
翌1970年、チームはミルウォーキーに移転して「ブルワーズ」となるが、4月7日の開幕戦(エンゼルス戦)でも一番打者として起用された。この年は主に三塁手として起用されたが、いずれも自己最多の打率.296、31本塁打、82打点をあげ、さらに37盗塁とあわせてメジャー史上5人目(6回目)の「30-30」(30本塁打30盗塁)を記録。オールスターゲームにも出場した。
1972年にはボストン・レッドソックスに移籍。1973年には54盗塁で自己2度目の盗塁王に輝く。1975年以後は3チームを転々として、1976年限りで現役を引退。
引退後はコーチ等を歴任。2001年・2002年の2シーズンはレッドソックスの一塁ベースコーチを務めた。
受賞歴・記録 [編集]
ハイライト [編集]
- 24試合連続安打(1966年、7月17日-8月8日)
- 1試合2本塁打を通算6回
- 1試合4安打を通算16回
- 1試合3安打を通算92回
- 1試合5打点(1963年7月19日、サンフランシスコ・ジャイアンツ戦)
- 1試合3得点を通算21回
- 1試合4盗塁(1969年6月18日、シカゴ・ホワイトソックス戦)
- 1試合3盗塁を通算3回
- オールスターゲーム出場(1970年)
- ナ・リーグ得点1位(1965年、126得点)
- ア・リーグ盗塁王2回(1969年、1973年)
- 史上5人目の30-30達成(31本塁打・38盗塁、1970年)
- ボストン・レッドソックスMVP(1973年)
- ア・リーグMVP投票10位(1970年)
- 通算408盗塁(2007年終了時点でメジャー史上第56位)
所属チーム [編集]
- シンシナティ・レッズ:1962年-1967年
- クリーブランド・インディアンズ:1968年
- シアトル・パイロッツ→ミルウォーキー・ブルワーズ:1969年-1971年
- ボストン・レッドソックス:1972年-1974年
- カリフォルニア・エンゼルス:1975年
- オークランド・アスレチックス:1975年
- ボルチモア・オリオールズ:1976年
通算打撃成績 [編集]
- 出場試合1,810 打数6,269 得点972 安打1,609 二塁打256 三塁打36 本塁打146 打点567 塁打2,375 四球753(うち敬遠30) 死球35 三振1,080 盗塁408 盗塁死116 出塁率.338 長打率.379 打率.257 犠飛31 犠打76 併殺打87
エピソード [編集]
- 高校時代のチームメイトにはアメリカ野球殿堂入りの強打者ウィリー・スタージェル(元ピッツバーグ・パイレーツ)がいた。
- レッドソックス時代には髪をアフロヘアにし、帽子が髪の上に乗っているようなかぶり方になった。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 選手の通算成績と情報 Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube