カルロス・クエンティン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
カルロス・クエンティン
Carlos Quentin
サンディエゴ・パドレス #18
Carlos Quentin 01.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ベルフラワー
生年月日 1982年8月28日(32歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
240 lb =約108.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2003年 ドラフト1巡目 アリゾナ・ダイヤモンドバックス
初出場 2006年7月20日 ドジャース
年俸 $9,500,000(2013年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

カルロス・ホセ・クエンティン(Carlos Josè Quentin, 1982年8月28日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ベルフラワー出身の野球選手外野手、右投右打。現在はMLBサンディエゴ・パドレスに所属している。

経歴[編集]

スタンフォード大学在籍時には3年連続でカレッジ・ワールドシリーズに出場した経験を持つ。

ダイヤモンドバックス時代[編集]

2003年ドラフト1巡目でアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ入団。この年にトミー・ジョン手術を受けたため全休。

2004年にはA級とAA級でマイナーリーグシーズン新記録となる43死球を記録[2]

2005年マイナーで期待通りの活躍を見せ[3]

2006年7月20日にメジャーデビューを果たした。ショーン・グリーンの後釜として期待され[3]

2007年シーズンを迎えたが、2度の故障者リスト入りのため出場試合数が81に留まり、打率・本塁打・打点の打撃3部門は昨年を下回る成績に終わり、レギュラーの座をジャスティン・アップトンに奪われた[4]。チームは地区優勝を果たしプレーオフへ駒を進めたが、クエンティンはロースターから外され、シーズン終了後に痛めていた左肩の手術を受けた[2]

ホワイトソックス時代[編集]

2007年12月3日にトレードでシカゴ・ホワイトソックスへ移籍した。

2008年開幕前は外野手の4、5番手を大学時代からの親友であるブライアン・アンダーソンと争っていたが、ジェリー・オーウェンスが開幕前に故障者リスト入りとなりレギュラーの枠が空いた[2]。シーズン初出場は開幕3戦目のインディアンス戦。それ以降本塁打を量産し、8月末の時点でリーグ最多の36本塁打を記録し、チームメイトは賛辞を惜しまず、A・J・ピアジンスキーは「彼以外にMVPは誰がいるんだ?もちろん彼が獲るべきだろう」と発言[2]。しかし、9月1日のインディアンス戦の第4打席でファウルした後にバットを右手で殴り手首骨折し[2]、シーズンを終えた。自己最高の打率.288、36本塁打、100打点を挙げた。

2009年も故障の影響で99試合にしか出場できなかった。しかしながら、2年連続で20本塁打以上を記録。

2010年は自己最多の131試合に出場したが、開幕直後の不振や途中の故障などがあり[5]、打率は.243にとどまった。本塁打(26本)と打点(87打点)は、いずれも2008年に次ぐ数字となったが、30本塁打と100打点には届かなかった。

2011年は終盤に肩を痛めて出場118試合にとどまりながら、24本塁打、77打点と活躍し、2度目のオールスターに出場。

パドレス時代[編集]

2011年12月31日にサイモン・カストロペドロ・ヘルナンデスとのトレードサンディエゴ・パドレスへ移籍した[6]。開幕前に、左膝を負傷し関節鏡手術を受けた。2012年5月28日に復帰した。最終的に、1年を通してクリーンナップとして活躍した。

2013年4月11日のロサンゼルス・ドジャース戦でザック・グレインキーと乱闘になった。その後の検査の結果、グレインキーに左鎖骨骨折で全治8週間の怪我をおわせ、8試合の出場停止の処分を下された[7]。6年連続2ケタ本塁打となる13発を放ったが、2ケタ本塁打を記録したシーズンとしては最低の数値である。

2014年、自己最少の50試合出場に終わり大不振を極めた。打率.177・4本塁打・18打点はいずれもメジャー自己最低であり、特に打率が.200に満たなかったのは初である。

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2006 ARI 57 191 166 23 42 13 3 9 88 32 1 0 1 1 15 2 8 34 6 .253 .342 .530 .872
2007 81 263 229 29 49 16 0 5 80 31 2 2 1 4 18 1 11 54 5 .214 .298 .349 .647
2008 CWS 130 569 480 96 138 26 1 36 274 100 7 3 0 3 66 0 20 80 16 .288 .394 .571 .965
2009 99 399 351 47 83 14 0 21 160 56 3 0 0 2 31 2 15 52 11 .236 .323 .456 .779
2010 131 527 453 73 110 25 2 26 217 87 2 2 0 4 50 3 20 83 16 .243 .342 .479 .821
2011 118 483 421 53 107 31 0 24 210 77 1 1 0 5 34 0 23 84 7 .254 .340 .499 .838
2012 SD 86 340 284 44 74 21 0 16 143 46 0 1 0 3 36 2 17 41 6 .261 .374 .504 .877
2013 82 320 276 42 76 21 0 13 136 44 0 0 0 4 31 0 9 55 7 .275 .363 .493 .855
通算:8年 784 3092 2660 407 679 167 6 150 1308 473 16 9 2 26 281 10 123 483 74 .255 .350 .492 .842
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Carlos Quentin Contract, Salaries, and Transactions” (英語). Spotrac.com. 2013年10月25日閲覧。
  2. ^ a b c d e 阿部太郎「新天地で目覚めた才能 カルロス・クエンティン [CWS #20]」『スラッガー』2008年11月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-11、54 - 57項
  3. ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、442項。ISBN 978-4-331-51213-5
  4. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、170項。ISBN 978-4-331-51300-2
  5. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2011』 廣済堂出版、2011年、138頁。ISBN 978-4-331-51518-1
  6. ^ Padres acquire Quentin for two prospects
  7. ^ Quentin suspended eight games for Greinke incident

外部リンク[編集]