ウィル・クラーク

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ウィル・クラーク
Will Clark
Willclark97.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ルイジアナ州ニューオーリンズ
生年月日 1964年3月13日(50歳)
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手
プロ入り 1985年 ドラフト1巡目
初出場 1986年4月8日
最終出場 2000年10月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ウィル・クラークWilliam Nuschler Clark , 1964年3月13日 - )はアメリカメジャーリーグで活躍した元野球選手。内野手一塁手)。左投左打。アメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオーリンズ出身。ニックネームは「Will the Thrill」(高校時代のクラスメイトがつけたニックネーム)及び「The Natural」。

人物・来歴[編集]

ミシシッピ州立大時代の1985年に全米大学選抜チーム入り。その年のドラフトでサンフランシスコ・ジャイアンツから1巡目(全体2番目)の指名を受け入団した。マイナーリーグでのデビュー戦の初打席では、調整登板していたロサンゼルス・ドジャースの名投手フェルナンド・バレンズエラから本塁打を打つ。翌1986年4月8日に早くもメジャーデビューを果たすと、デビュー戦で通算最多奪三振のノーラン・ライアン(当時ヒューストン・アストロズ)からメジャー初打席初本塁打を打つ。ルーキーイヤーの1986年は111試合で打率.287、11本塁打、41打点。新人王は当時の新人記録となる36セーブをマークしたトッド・ウォーレルに譲ったが、投票でも上位に入る活躍。

1987年は打率.308、35本塁打、91打点の活躍でチーム16年ぶりの地区優勝に貢献。1988年には初のオールスター出場を果たし、全162試合に出場して109打点をあげ、打点王のタイトルを獲得。1989年には打率.333、23本塁打、111打点をあげてチームの地区優勝に貢献。シカゴ・カブスとのチャンピオンシップシリーズ第1戦(リグレー・フィールド)では、カブス先発のグレッグ・マダックスから、3回表にソロ本塁打を、4回表に満塁本塁打を打った(後述)。ジャイアンツが3勝1敗と王手をかけて迎えた第5戦(キャンドルスティック・パーク)では1-1と同点の8回裏に、クローザーのミッチ・ウィリアムズから、2点タイムリーヒットを打つ。この活躍でクラークはこのシリーズのMVPに選ばれ、チームは27年ぶりのワールドシリーズ出場を果たした。オークランド・アスレチックスとのワールドシリーズでは良いところなく4連敗で敗れたが、これが唯一のワールドシリーズ出場となった。東西地区制最後の年となった1993年に、チームは103勝をあげるが、わずか1ゲーム差でアトランタ・ブレーブスの後塵を拝し、その年限りでフリーエージェント(FA)でチームを離れる。

移籍先にはルイジアナの自宅に近いテキサス・レンジャーズを選ぶ。チームは1996年1998年に地区優勝し、プレイオフ進出を果たすが、いずれもディビジョンシリーズニューヨーク・ヤンキースに敗れる。1999年にはボルチモア・オリオールズに移籍し、6月15日カンザスシティ・ロイヤルズ戦で通算2,000本安打を達成。ただしこの年は故障のため77試合の出場に終わる。2000年途中に、マーク・マグワイアの故障で一塁手を探していたセントルイス・カージナルスに移籍。移籍後、51試合に出場して打率.345、12本塁打、42打点の活躍でチームをナ・リーグ中地区優勝に導く。特に、移籍最初の試合からは4試合連続本塁打の活躍で、復調を印象付けた。ディビジョンシリーズではブレーブスを寄せ付けず、ニューヨーク・メッツとのリーグチャンピオンシップシリーズに進出。クラークはそのシーズン限りの引退を発表するが、チームはメッツに1勝4敗で敗れ、10月16日に行われた第5戦で、3打数1安打を最後に現役を引退した。

2006年には大学野球殿堂入りを果たす。

詳細情報[編集]

受賞歴・記録[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1986 SF 111 458 408 66 117 27 2 11 181 41 4 7 9 4 34 10 3 76 3 .287 .343 .444 .787
1987 150 588 529 89 163 29 5 35 307 91 5 17 3 2 49 11 5 98 2 .308 .371 .580 .951
1988 162 689 575 102 162 31 6 29 292 109 9 1 0 10 100 27 4 129 9 .282 .386 .508 .894
1989 159 675 588 104 196 38 9 23 321 111 8 3 0 8 74 14 5 103 6 .333 .407 .546 .953
1990 154 678 600 91 177 25 5 19 269 95 8 2 0 13 62 9 3 97 7 .295 .357 .448 .805
1991 148 622 565 84 170 32 7 29 303 116 4 2 0 4 51 12 2 91 5 .301 .359 .536 .895
1992 144 601 513 69 154 40 1 16 244 73 12 7 0 11 73 23 4 82 5 .300 .384 .476 .860
1993 132 567 491 82 139 27 2 14 212 73 2 2 1 6 63 6 6 68 10 .283 .367 .432 .799
1994 TEX 110 469 389 73 128 24 2 13 195 80 5 1 0 6 71 11 3 59 5 .329 .431 .501 .932
1995 123 537 454 85 137 27 3 16 218 92 0 1 0 11 68 6 4 50 7 .302 .389 .480 .869
1996 117 512 436 69 124 25 1 13 190 72 2 1 0 7 64 5 5 67 10 .284 .377 .436 .813
1997 110 450 393 56 128 29 1 12 195 51 0 0 0 5 49 11 3 62 4 .326 .400 .496 .896
1998 149 636 554 98 169 41 1 23 281 102 1 0 0 7 72 5 3 97 15 .305 .384 .507 .891
1999 BAL 77 294 251 40 76 15 0 10 121 29 2 2 0 3 38 2 2 42 5 .303 .395 .482 .877
2000 79 310 256 49 77 15 1 9 121 28 4 2 0 3 47 3 4 45 4 .301 .413 .473 .886
STL 51 197 171 29 59 15 1 12 112 42 1 0 0 1 22 0 3 24 3 .345 .426 .655 1.081
'00計 130 507 427 78 136 30 2 21 233 70 5 2 0 4 69 3 7 69 7 .319 .418 .546 .964
通算:15年 1976 8283 7173 1186 2176 440 47 284 3562 1205 67 48 13 101 937 155 59 1190 100 .303 .384 .497 .881
  • 各年度の太字はリーグ最高

NLCSでのグランドスラム[編集]

  • 1989年のチャンピオンシップシリーズ第1戦でマダックスから満塁本塁打を打った際には、マウンドで捕手のジョー・ジラルディと話すマダックスの唇を観察し、マダックスが「内角高目のファストボール」と言っているのを読み取った。そして、初球の内角高目の速球をホームランにした。
  • マダックスはその時点でメジャー昇格後満塁本塁打を打たれたことがなく、公式戦については1996年ベニート・サンティアゴに打たれるまで継続した。

外部リンク[編集]