ランス・バークマン
| テキサス・レンジャーズ #27 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1976年2月10日(37歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 220 lb =約99.8 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投両打 |
| ポジション | 一塁手、外野手 |
| プロ入り | 1997年 MLBドラフト1巡目(全体16位)でヒューストン・アストロズから指名 |
| 初出場 | 1999年7月16日 タイガース戦 |
| 年俸 | $12,000,000(2012年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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ウィリアム・ランス・バークマン(William Lance Berkman , 1976年2月10日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州ウェイコ出身のプロ野球選手。一塁手兼外野手、左投両打。
かつてニックネームは体格と風貌から「ファット・エルヴィス(太ったエルヴィス・プレスリー)」と呼ばれていたが、2006年にバークマンがラジオ番組で「自分を何かに例えるならプーマだ」と自らニックネームを提案し、「ビッグ・プーマ (Big Puma)」が浸透していった[2]。
現役ではマーク・テシェイラ(ヤンキース)やカルロス・ベルトラン(メッツ)らと並んでMLBを代表するスイッチヒッター。シーズン40本塁打以上を2度記録しているが、他にこの記録を達成しているスイッチヒッターはMLB史上でもミッキー・マントルだけである[3]。
目次 |
経歴 [編集]
4、5歳のころから父親に野球を教わる。投げるときは左、打つ時は右だったため、父親がファンだったミッキー・マントルのようなスイッチヒッターにすることを思いついた。家の裏に古タイヤを吊るし、毎日左右で50回ずつ打たせて練習させた。
ライス大学在籍時の1997年に打率.431・41本塁打・134打点の成績でウェスタン・アスレチック・カンファレンスの三冠を達成[4]。ライス大学史上初のカレッジ・ワールドシリーズでバークマンは最優秀選手に選出された[4]。同年6月のドラフト1巡目(全体16位)でアストロズから指名を受け、プロ入り。直後からマイナーリーグA級キシミーで試合に出場。53試合の出場で打率.293・12本塁打・35打点という成績を残した。翌1998年にはAA級ジャクソンに昇格。ここでも122試合で打率.306・24本塁打・89打点と打ちまくり、シーズン途中でAAA級ニューオーリンズに昇格。打率こそ.271と平凡な数字に終わったが、17試合の出場で6本塁打・13打点を記録。
1999年も前年に引き続きニューオーリンズでプレイ。64試合の出場で打率.323・8本塁打・49打点という成績を記録し、シドニー五輪の米国代表メンバーに選ばれた。しかし7月16日にメジャーデビューを果たしたため、代表入りは辞退している。メジャーでは打率.237と振るわなかった。翌2000年にメジャーに定着。114試合で打率.297・21本塁打・67打点を記録。また2000年は一時マイナーに落とされていた時期があったが、そこでは31試合で打率.330・6本塁打・27打点を記録している。
この活躍に伴い、シーズン終了後にロジャー・セデーニョをトレードでデトロイト・タイガースへ放出[5]。2001年は完全に左翼のレギュラーポジションを奪取。55二塁打を放ち、スイッチヒッターとしてはMLB初となる50二塁打と30本塁打の同時達成を成し遂げた。また、オールスターゲームまでに21試合連続安打を記録し、自身初のオールスター出場を果たした。球団はバークマンと3年総額1050万ドルで契約延長[4]。
2002年は開幕から好調。スイッチヒッターとしてオールスター前までに29本塁打を記録したが、これは1961年にミッキー・マントルが記録した29本塁打に並ぶ記録である。2年連続となるオールスター出場を果たし、最終的にはナ・リーグの打点王に輝いた。その活躍を評価され、MVPの投票では3位につけた。
2003年は数字が軒並み低下。2004年には復調し打率.300・30本塁打・100打点を超える成績を残し、地元開催となったオールスターに2年ぶりに選出され、試合前日に行われたホームランダービーではミゲル・テハダに次ぐ2位となった[6]。しかし、シーズン終了後にタッチ・フットボールに興じていた際に右膝の前十字靭帯を断裂してしまい、手術を受けることになった[4]。
球団は2005年シーズン終了後にFAとなるバークマンと開幕前の3月に6年総額8500万ドルで契約延長した[7]。前年のけがのため初出場は5月6日と出遅れ、5月こそ1本塁打止まりだったものの、徐々に調子を上げ始め、9月だけで11本塁打を記録。チームをポストシーズン出場へと導き、そこでも14打点を挙げた。翌2006年に記録した45本塁打・136打点は自己最多で、本塁打・打点の球団記録保持者ジェフ・バグウェルの記録に本塁打は2本足りなかったが、打点を9年ぶりに1つ更新した[8]。MVP投票でも3位に入った。
2007年はFAで移籍してきたカルロス・リーと並ぶ打線の軸として出場。左打席での打撃不振のため、打率.278・34本塁打・102打点と前年より成績を落とした。
2008年は、前半戦こそ三冠王を争うレベルの成績を残していたが、7月以降はわずか7本塁打しか放てず、29本塁打にとどまった。一方で、2年ぶりに打率.310以上を記録したほか、自己最多の18盗塁も記録した。
2009年、7月に左脹脛の肉離れでDL入りを経験するなど、136試合の出場に終わった。最終成績は、2年ぶりに.270台の打率となる。本塁打は25本放ち、10年連続で20本塁打以上、四球97も、9年連続での90四球以上となった。
2010年、アストロズで85試合に出場していたが、打率.245、13本塁打と成績が低迷した。その後、7月末のトレード期限直前にマーク・メランソンとマイナーリーガー1名と交換でニューヨーク・ヤンキースへとトレードされる。ヤンキースでも37試合で打率.255に留まり、終盤戦ではツープラトン要員に格下げとなって起用された。結局2球団の通算打率、本塁打、出塁率、長打率、OPSが新人のシーズン以来最低の数字となった。オフにFAとなり、セントルイス・カージナルスと1年契約を結んだ。
2011年は4年ぶりの30本塁打となる31本を放つなど打撃が復活し、カムバック賞を受賞した。また自身初のワールドシリーズ制覇にも、第6戦で逆転の2ランホームラン、10回裏に同点タイムリーを放つなどして貢献した。
2012年は膝を痛めてしまい2度の手術、32試合の出場に留まった。
2013年1月5日、引退もささやかれたが、テキサス・レンジャーズと1年1000万ドルで契約した。2011年に「TEXは昨年ワールドシリーズに出場したが、今年の戦力は平均レベル。エイドリアン・ベルトレと長期契約を結んだのは間違いだ」と発言していたため、入団が決まってから謝罪した。
選手としての特徴 [編集]
アストロズ時代には打者に有利なミニッツ・メイド・パークでプレイしていた事もプラスに働き、フル出場したシーズンには大抵30~40本塁打を放っている。また、ミートも上手く通算打率も.300を超えている。三振はやや多いが、選球眼も優れており、毎年100個前後の四球を選んでいる。
スイッチヒッターだが、右打席ではあまり数字を残していない。MLB全体では右投手の方が多いので、左打席の方が多くなるのは当然だが、打率・出塁率・長打率の3つを見てみると、その差は歴然である。これほど成績に開きがあり、2006年は左打席で9.5打席に1本の本塁打を放っている。これは、58本塁打を放った2006年のナ・リーグMVPライアン・ハワード(10.0打席)や、49本塁打のアルバート・プホルス(10.9打席)を凌ぐペースである。バークマン自身は右打席へのこだわりがあり、2004年のオールスターゲーム前日に開催されたホームランダービーでは、右打席で本塁打を連発していた[3]。
もともと一塁手だったが、絶大な人気と実績を誇る主砲ジェフ・バグウェルがいたため、メジャーでのプレー機会を考え、外野手へコンバートされた。バグウェルの引退後は一塁手に定着したものの、現在でもマイク・ラムらが好調な際は外野を守ることがある。長く外野を守っていたので、一塁守備は平均レベルだが、年々上達してきている。外野守備も守備範囲は広くないものの堅実で、3ポジションとも守ることができる。
性格は良く、2009年にセシル・クーパー監督が解任された時は自身の不振がチームの不振の一因となったこともあり「責任を痛感している」と語った。敬虔なクリスチャンで、若手と気さくに接するまとめ役となっている。
打席別打撃成績 [編集]
| 打席別 | 試合 | 打数 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 打点 | 四球 | 三振 | 打率 | 出塁率 | 長打率 | OPS |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 左打席 | 1685 | 4751 | 1457 | 333 | 24 | 313 | 977 | 937 | 979 | .307 | .423 | .585 | 1.007 |
| 右打席 | 833 | 1484 | 386 | 79 | 5 | 47 | 223 | 226 | 269 | .260 | .362 | .415 | .777 |
- 2012年度シーズン終了時[9]
年度別打撃成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1999 | HOU | 34 | 106 | 93 | 10 | 22 | 2 | 0 | 4 | 36 | 15 | 5 | 1 | 0 | 1 | 12 | 0 | 0 | 21 | 2 | .237 | .321 | .387 | .708 |
| 2000 | 114 | 417 | 353 | 76 | 105 | 28 | 1 | 21 | 198 | 67 | 6 | 2 | 0 | 7 | 56 | 1 | 1 | 73 | 6 | .297 | .388 | .561 | .949 | |
| 2001 | 156 | 688 | 577 | 110 | 191 | 55 | 5 | 34 | 358 | 126 | 7 | 9 | 0 | 6 | 92 | 5 | 13 | 121 | 8 | .331 | .430 | .620 | 1.050 | |
| 2002 | 158 | 692 | 578 | 106 | 169 | 35 | 2 | 42 | 334 | 128 | 8 | 4 | 0 | 3 | 107 | 20 | 4 | 118 | 10 | .292 | .405 | .578 | .983 | |
| 2003 | 153 | 658 | 538 | 110 | 155 | 35 | 6 | 25 | 277 | 93 | 5 | 3 | 1 | 3 | 107 | 13 | 9 | 108 | 10 | .288 | .412 | .515 | .927 | |
| 2004 | 160 | 687 | 544 | 104 | 172 | 40 | 3 | 30 | 308 | 106 | 9 | 7 | 0 | 6 | 127 | 14 | 10 | 101 | 10 | .316 | .450 | .566 | 1.016 | |
| 2005 | 132 | 565 | 468 | 76 | 137 | 34 | 1 | 24 | 245 | 82 | 4 | 1 | 0 | 2 | 91 | 12 | 4 | 72 | 18 | .293 | .411 | .524 | .935 | |
| 2006 | 152 | 646 | 536 | 95 | 169 | 29 | 0 | 45 | 333 | 136 | 3 | 2 | 0 | 8 | 98 | 22 | 4 | 106 | 11 | .315 | .420 | .621 | 1.041 | |
| 2007 | 153 | 668 | 561 | 95 | 156 | 24 | 2 | 34 | 286 | 102 | 7 | 3 | 0 | 5 | 94 | 11 | 8 | 125 | 11 | .278 | .386 | .510 | .896 | |
| 2008 | 159 | 665 | 554 | 114 | 173 | 46 | 4 | 29 | 314 | 106 | 18 | 4 | 0 | 5 | 99 | 18 | 7 | 108 | 13 | .312 | .420 | .567 | .987 | |
| 2009 | 136 | 562 | 460 | 73 | 126 | 31 | 1 | 25 | 234 | 80 | 7 | 4 | 0 | 4 | 97 | 14 | 1 | 98 | 13 | .274 | .399 | .509 | .907 | |
| 2010 | 85 | 358 | 298 | 39 | 73 | 16 | 1 | 13 | 130 | 49 | 3 | 2 | 0 | 0 | 60 | 4 | 0 | 70 | 12 | .245 | .372 | .436 | .808 | |
| NYY | 37 | 123 | 106 | 9 | 27 | 7 | 0 | 1 | 37 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 17 | 3 | 0 | 15 | 6 | .255 | .358 | .349 | .707 | |
| '10計 | 122 | 481 | 404 | 48 | 100 | 23 | 1 | 14 | 167 | 58 | 3 | 2 | 0 | 0 | 77 | 7 | 0 | 85 | 18 | .248 | .368 | .413 | .781 | |
| 2011 | STL | 145 | 587 | 488 | 90 | 147 | 23 | 2 | 31 | 267 | 94 | 2 | 6 | 0 | 4 | 92 | 17 | 3 | 93 | 7 | .301 | .412 | .547 | .959 |
| 2012 | 32 | 97 | 81 | 12 | 21 | 7 | 1 | 2 | 36 | 7 | 2 | 0 | 0 | 0 | 14 | 3 | 2 | 19 | 3 | .259 | .381 | .444 | .826 | |
| 通算:14年 | 1806 | 7520 | 6235 | 1119 | 1843 | 412 | 29 | 360 | 3393 | 1200 | 86 | 48 | 1 | 54 | 1163 | 157 | 66 | 1248 | 140 | .296 | .409 | .544 | .953 | |
- 2012年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
獲得タイトル・表彰 [編集]
脚注 [編集]
- ^ “Lance Berkman Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2012年12月6日閲覧。
- ^ 岡田弘太郎 「知られざる強打者 君はバークマンを見たか」『月刊スラッガー』2008年9月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌 15509-9、28 - 30項。
- ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、333項。ISBN 978-4-331-51213-5。
- ^ a b c d “Lance Berkman Biography” (英語). JockBio. 2008年9月22日閲覧。
- ^ “The Ballplayers - Lance Berkman” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年9月22日閲覧。
- ^ “Home Run Derby (2000-2008)” (英語). baseball-almanac.com. 2008年9月22日閲覧。
- ^ “Astros, Berkman reach six-year deal Outfielder's contract now runs through 2010 season” (英語). MLB.com. 2008年9月22日閲覧。
- ^ “Houston Astros Batting Leaders” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年9月22日閲覧。
- ^ “Lance Berkman Career Batting Splits” (英語). Baseball-Reference.com. 2012年12月6日閲覧。
外部リンク [編集]
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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