アダム・ラローシュ

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アダム・ラローシュ
Adam LaRoche
フリーエージェント(FA)
Adam LaRoche on July 9, 2014.jpg
ナショナルズ時代(2014年7月9日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州オレンジ郡
生年月日 1979年11月6日(35歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手
プロ入り 2000年 MLBドラフト29巡目
初出場 2004年4月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

デビッド・アダム・ラローシュ(David Adam LaRoche, 1979年11月6日 - )カリフォルニア州オレンジ郡出身、MLB内野手一塁手)。父親は1970年代アナハイム・エンゼルスクローザーを務めていたデーブ・ラローシュ。また、弟のアンディ・ラローシュと共にピッツバーグ・パイレーツに所属していたこともある。

経歴[編集]

1998年1999年の二度フロリダ・マーリンズからドラフト指名されるも入団しなかった。

プロ入りとブレーブス時代[編集]

2000年に29巡目指名でアトランタ・ブレーブスに入団。その後マイナーリーグでプレーした。

2003年には球団内の最優秀マイナーリーガーに選出された。

2004年4月7日のメッツ戦で6番・一塁でメジャーデビューを果たし、4回に1イニング2安打を記録。メジャー初安打と2安打目を同じ回に記録したのは、メジャー史上4人目、1988年チャド・クルーター以来。ナショナルリーグでは史上初の快挙となった[1]。5月15日にはメジャータイ記録となる1試合4二塁打を記録[2]。5月28日のフィリーズ戦で左肩の脱臼により故障者リスト入り[3]。7月2日にメジャー復帰を果たし、後半戦は引っ張るバッティングからコースに逆らわないバッティングへ変えた[4]。9月にはシーズン最高となる月間で打率.348・5本塁打・16打点を記録。

2005年には20本塁打を記録したが、2年連続で左投手からの本塁打は1本に終わった。フリオ・フランコニューヨーク・メッツ移籍に伴い、2006年はそれまでのフランコとのツープラトン起用から開放され、開幕から正一塁手として定着。前半戦こそ、打率.251・13本塁打と低調だったものの、後半戦に入ると打率.323・19本塁打と復調した。結局、シーズントータルで打率.285・32本塁打・90打点をマーク。この年の30本塁打はブレーブスの一塁手としては、フレッド・マグリフアンドレス・ガララーガに次ぐ球団史上3人目の快挙となった。

パイレーツ時代[編集]

2007年1月13日、マイク・ゴンザレスらとのトレードピッツバーグ・パイレーツへ移籍。

パイレーツ移籍1年目の2007年は打率.272・21本塁打・88打点と前年より悪化したが、苦手としていた左投手はミートに徹し[5]、対左投手打率.299と対右投手打率.262を上回った。

ロサンゼルス・ドジャースに所属していた弟のアンディ2008年7月31日にマニー・ラミレスジェイソン・ベイらとの三角トレードでパイレーツへ移籍。兄のアダムは故障者リスト入りしていたため、初兄弟出場は8月14日。アダムとアンディは今まで同一チームでプレイしたことがないため、ラローシュ兄弟が生まれて初めて同一チームでプレイすることになった[6]

レッドソックス時代[編集]

しかし、2009年7月23日、トレードにより、ボストン・レッドソックスへ移籍。弟と一緒にプレーしたのは、わずか11ヶ月ほどだった。

ブレーブス復帰[編集]

その1週間後、トレード期限最終日の7月31日にケイシー・コッチマンとの交換トレードで古巣のアトランタ・ブレーブスへ移籍した[7]。同年シーズン終了時の11月5日、フリーエージェントとなる。

ダイヤモンドバックス時代[編集]

2010年1月13日アリゾナ・ダイヤモンドバックスと契約を結んだ。シーズンでは、自己最多の172三振を記録してしまったが、3年連続で25本ちょうどの本塁打を記録。また、自身初のシーズン100打点も記録した。

ナショナルズ時代[編集]

オフにFAとなり、2011年1月14日にワシントン・ナショナルズと2年1500万ドル(3年目は1000万ドルのオプション)で契約を結んだ[8]

2011年は右肩の痛みにより43試合で打率.173と大不振に陥る。6月に手術を受け、シーズンを終えた[9]

2012年は自己最多の33本塁打に2年ぶり2度目の100打点を記録して完全復活。初のゴールドグラブ賞も受賞した。シーズン終了後、自身が選択権を持つオプションを破棄してFAになった。その後、ワシントン・ナショナルズと再契約した。

2013年、2年連続150試合以上となる152試合に出場したが、打率.237・20本塁打・62打点と成績を大幅に落とした。これは、ADDの治療薬が体に合わず、体重が大幅に減ったのが原因とされる[10]。打撃面では不振だったが、スピード面で進歩を見せ3三塁打 (自己ベストタイ) ・4盗塁 (自己ベスト) の成績を残した。

2014年、140試合に出場して打率.259・26本塁打 (リーグ7位) ・92打点 (リーグ5位タイ) と復活を遂げ、主砲としてチームのプレイオフ進出に大きく貢献した。シーズン25本塁打以上を記録したのは自身6度目、90打点以上を記録したのは自身4度目の事である。また、自己最多の82四球を選び、出塁率.362は自己ベストの数値である。走塁面では失敗ゼロで3盗塁を決め、前年に成長の跡を見せた能力を維持した。守備は、2年ぶりに失策を1ケタに減らし (11失策→7失策) 、守備率.994の高率をマークした。

選手としての特徴[編集]

打撃面での特徴はパワー。2005年に初めて規定打席に到達して以来、2010年まで6年連続で20本以上のホームランを放っており、うち30本以上放ったシーズンが2度ある。打率はそれほど低くはないが、三振が多く、例年120以上の三振を喫している。足は速くなく、毎年盗塁を記録しても1個ないし2個程度である。守備面では、2010年こそ11失策を記録したものの、メジャーデビュー以来、毎年.990以上の守備率を残し続けている。

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2004 ATL 110 356 324 45 90 27 1 13 158 45 0 0 2 2 27 1 1 78 10 .278 .333 .488 .821
2005 141 502 451 53 117 28 0 20 205 78 0 2 2 6 39 7 4 87 15 .259 .320 .455 .775
2006 149 557 492 89 140 39 1 32 276 90 0 2 1 7 55 5 2 128 9 .285 .354 .561 .915
2007 PIT 152 632 563 71 153 42 0 21 258 88 1 1 0 4 62 5 3 131 18 .272 .345 .458 .803
2008 136 554 492 66 133 32 3 25 246 85 1 1 0 6 54 7 2 122 9 .270 .341 .500 .841
2009 87 368 324 46 80 25 1 12 143 40 2 2 0 3 41 6 0 81 9 .247 .329 .441 .770
BOS 6 19 19 2 5 2 0 1 10 3 0 0 0 0 0 0 0 2 1 .263 .263 .526 .789
ATL 57 242 212 30 69 11 1 12 118 40 0 0 0 2 28 6 0 59 1 .325 .401 .557 .957
'09計 150 629 555 78 154 38 2 25 271 83 2 2 0 5 69 12 0 142 11 .277 .355 .488 .843
2010 ARI 151 615 560 75 146 37 2 25 262 100 0 1 0 4 48 4 3 172 8 .261 .320 .468 .788
2011 WSH 43 177 151 15 26 4 0 3 39 15 1 0 0 1 25 0 0 37 2 .172 .288 .258 .546
2012 154 647 571 76 155 35 1 33 291 100 1 1 0 9 67 7 0 138 10 .271 .343 .510 .853
2013 152 590 511 70 121 19 3 20 206 62 4 1 0 4 72 10 3 131 13 .237 .332 .403 .735
2014 140 586 494 73 128 19 0 26 225 92 3 0 0 8 82 9 2 108 13 .259 .362 .455 .817
通算:11年 1478 5845 5164 711 1363 319 13 243 2437 838 10 11 5 56 600 67 20 1274 118 .264 .340 .472 .811
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Bowman, Mark (2004年4月8日). “Notes: LaRoche already a 'pro'” (英語). MLB.com. 2009年7月2日閲覧。
  2. ^ Doubles Records” (英語). Baseball Almanac. 2009年7月2日閲覧。
  3. ^ Bowman, Mark (2004年5月28日). “LaRoche goes on DL” (英語). MLB.com. 2009年7月2日閲覧。
  4. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』 廣済堂出版、2005年、233項。ISBN 978-4-331-51093-3
  5. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、388項。ISBN 978-4-331-51300-2
  6. ^ Langosch, Jenifer (2008年8月14日). “LaRoche brothers set to take field” (英語). MLB.com. 2009年7月2日閲覧。
  7. ^ Braves reacquire LaRoche from Sox Atlanta sends Kotchman to Boston in swap of first basemen”. braves.com (2009年7月31日). 2009年8月5日閲覧。
  8. ^ Kilgore, Adam(2011-01-05). Adam LaRoche finalizes contract with Washington Nationals. The Washington Post(英語). 2011年12月4日閲覧
  9. ^ Sullivan, Jeff(2011-06-15). Adam LaRoche Injury: Season-Ending Surgery Scheduled. Baseball Nation(英語). 2011年12月4日閲覧
  10. ^ 村上雅則・友成那智 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2014』 廣済堂出版、2014年、289頁。ISBN 978-4-331-51809-0

外部リンク[編集]