ラッセル・マーティン

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ラッセル・マーティン
Russell Martin
ピッツバーグ・パイレーツ #55
Russell Martin on May 3, 2013.jpg
2013年5月8日
基本情報
国籍 カナダの旗 カナダ
出身地 オンタリオ州イーストヨーク
生年月日 1983年2月15日(31歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2002年 ドラフト17巡目(全体511位)でロサンゼルス・ドジャースから指名
初出場 2006年5月5日 ミルウォーキー・ブルワーズ
年俸 $7,500,000(2013年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム カナダの旗 カナダ
WBC 2009年

ラッセル・ネイサン・コルトレーン・ジャンソン・マーティン・ジュニア(Russell Nathan Coltrane Jeanson Martin Jr., 1983年2月15日 - )は、カナダオンタリオ州イーストヨーク出身の野球選手捕手、右投右打。現在は、MLBピッツバーグ・パイレーツに所属している。

経歴[編集]

アマチュア、マイナー時代[編集]

オンタリオ州イーストヨークで1983年、アフリカ系カナダ人の父とフランス系カナダ人の母の間に誕生。父はサクソフォーン奏者で、ミドルネームの "コルトレーン" はジョン・コルトレーンに由来する[2]。マーティンがまだ幼少のころに両親が別居状態となり、マーティンは父と暮らすことになる[3]。マーティンは何度も移住を経験、8歳から10歳まではフランスパリにも住んでいた[4]

両親の離婚が成立した後はケベック州モントリオールに落ち着く。15歳まではアイスホッケーもプレイしていたが、ポリヴァラント・エドゥアール=モンプティ高校入学後は野球で頭角を現し始め、アメリカ合衆国フロリダ州チポラ大学へ奨学生として進学[3]。野球部では三塁手としてプレイしていた。2002年ドラフト17巡目(全体511位)でロサンゼルス・ドジャースから指名され入団。プロ入り後に三塁手から「大学時代に18試合から20試合は経験した」という捕手へ転向する[5]

2005年にはマイナーリーグAA級ジャクソンビルで129試合に出場し、打率.311・出塁率.430を記録する。夏場にはチームが所属するサザンリーグのオールスターに選出され[6]、さらにチームの同リーグ優勝にも貢献。翌2006年には、『ベースボール・アメリカ』選出の若手有望株ランキングで、マーティンはドジャースの4位にランクインする[7]。しかしドジャースはディオナー・ナバーロのほうに期待をかけており、マーティンより1歳年下のナバーロはサンディー・アロマー・ジュニアから指導を受けるなど英才教育を施されていた[8]

ロサンゼルス・ドジャース[編集]

2006年のシーズン開幕をAAA級ラスベガスで迎えたマーティンだったが、正捕手だったナバーロが故障するとその穴埋めとしてメジャーに昇格し、5月5日にメジャーデビュー。ナバーロの穴を埋め、監督やチームメイトにプレイスタイルを印象付けることに成功し、そのままレギュラー定着を果たす[5]。その後ナバーロは6月27日にトレードでタンパベイ・デビルレイズに移籍したが、このトレードで新たに加入した同じ捕手のトビー・ホールに対してもマーティンがポジションを譲ることはなかった[9]。マーティンが先発した試合でドジャースは勝率.623を記録し、またマーティンは新人捕手史上3人目の10本塁打・10盗塁を記録[9]。シーズン終了後、マーティンは新人王投票で9位に入った。

2007年も前年に引き続き活躍を見せる。オールスターゲームのファン投票ではメジャー2年目ながら捕手部門最多得票となり、カナダ人捕手としては初のオールスター選出[10]。シーズン通算では19本塁打・21盗塁を記録し、1999年イバン・ロドリゲスしか達成していない "捕手の20本塁打・20盗塁" にあと一歩まで迫った。盗塁数は、ジョニー・ローズバロが保持していた捕手の盗塁数球団記録を45年ぶりに更新している[10]。 攻守に渡る活躍が評価されて、シーズン終了後にはシルバースラッガー賞ゴールドグラブ賞を同時受賞した。翌2008年は、2年連続のオールスターにこそ選出されたものの、打撃成績は打率.280・13本塁打・69打点OPS.781と、軒並み前年を下回った。

2009年春、マーティンは第2回WBCカナダ代表の一員として出場。2006年春の第1回WBC当時はまだマイナーリーガーで、メジャーデビューを目指してドジャースの首脳陣に自らをアピールしなければならなかったため大会出場を辞退していたが[11]、第2回WBCには靭帯を痛めているにも関わらず出場を決めた[12]。しかしチームは地元カナダのロジャース・センターで開催された第1ラウンドで初戦から2連敗して敗退。2試合ともマーティンは2番・捕手として先発出場したが、チームを勝利に導くことができなかった。さらにMLBレギュラーシーズンでは打撃不振に陥り、監督のジョー・トーリに「実力通りの打撃ができないことで、マーティンは精神的に参っている」と2試合連続で先発から外されることもあるなど[13]、自己最低の成績に終わった。

2010年も打撃低迷は続き、前半戦終了時点での成績は81試合で打率.244・5本塁打・22打点・OPS.679[14]。チーム首脳はマーティン不振の原因を「遊びすぎ」にあるとみなしているようで、シーズン終了後の契約延長を拒否する可能性も取り沙汰されるようになった[15]。後半戦も調子が上向かないまま、8月3日のパドレス戦で走者として本塁へ滑り込んだ際に臀部を亜脱臼[16]故障者リスト入りを強いられることとなって、結局このままシーズンを終えた。

ニューヨーク・ヤンキース[編集]

シーズン終了後、マーティンとドジャースは2011年の契約について話し合う。だが、マーティン側が基本給500万ドル+出来高100万ドルを要求したのに対し、ドジャース側は基本給420万ドル+出来高150万ドル程度とみられる条件を提示[17]。交渉は合意に至らず、規定によりマーティンはノンテンダーFAとなった。 ボストン・レッドソックストロント・ブルージェイズコロラド・ロッキーズなど複数球団がマーティンに興味を示したなか[18]12月16日にマーティンは1年400万ドル+出来高137万5000ドルでニューヨーク・ヤンキースと契約した[19]

2011年8月25日オークランド・アスレチックス戦でメジャー史上初の1球団による1試合3満塁本塁打を記録。両チーム合わせて3満塁本塁打は1986年1987年に1度ずつ記録している。内訳は、5回裏にロビンソン・カノ、6回裏にマーティン、8回裏にカーティス・グランダーソン。試合は22-9でヤンキースの勝利[20][21]

2012年は年俸750万ドルの1年契約で残留。開幕前に3年2000万ドルでの契約延長を打診されたが、マーティンはこれを拒否した。前半戦は打率1割台に低迷したが、後半戦は復調。本塁打数は自己最多の21本をマークした。オフにFAとなった。

ピッツバーグ・パイレーツ[編集]

2012年11月30日に2年1700万ドルの契約でピッツバーグ・パイレーツに移籍した[22]

2013年6月4日には、自身初めて右翼手を務めた。18日には、通算100号本塁打を記録した。

選手としての特徴[編集]

守備に就くマーティン

マーティンは特に守備面で内外から高い評価を受けている。投手の長所を存分に発揮させるタイプの配球で[23]デレク・ロウによれば「ベテランの投手が首を振っても、頑固に同じサインを出し続けたりする」こともあるという[24]。また、目が悪くコンタクトレンズを使用している斎藤隆のために、色の付いたテープを指に巻いてサインを見やすくするなど[25]、細やかな気配りも忘れない。こうしたことからドジャースのチームメイトはマーティンの巧みなリード、そして責任感の強さに高い信頼を置いている[8]

捕球もミットがブレず、黒田博樹は「すごくうまいですよ」と語っている[23]盗塁阻止率もデビューからの5年間で31.5%と悪くはない。これらの総合力の高さから相手球団もマーティンを高く評価しており、2007年に『ベースボール・アメリカ』が行ったナショナルリーグ各球団監督へのアンケートでは、マーティンは2年目にして「最も守備のいい捕手」部門で1位となった[26]。ただ、送球が不安定という欠点もある。2010年までの5年間で捕手として記録した48失策のうち44失策が送球エラーで、特に2007年に記録した14失策は全てがそれだった[27]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2006 LAD 121 468 415 65 117 26 4 10 181 65 10 5 1 3 45 8 4 57 17 .282 .355 .436 .792
2007 151 620 540 87 158 32 3 19 253 87 21 9 0 6 67 1 7 89 16 .293 .374 .469 .843
2008 155 650 553 87 155 25 0 13 219 69 18 6 0 2 90 8 5 83 16 .280 .385 .396 .781
2009 143 588 505 63 126 19 0 7 166 53 11 6 2 1 69 9 11 80 18 .250 .352 .329 .680
2010 97 387 331 45 82 13 0 5 110 26 6 2 1 3 48 7 4 61 7 .248 .347 .332 .679
2011 NYY 125 476 417 57 99 17 0 18 170 65 8 2 1 3 50 1 5 81 19 .237 .324 .408 .732
2012 133 485 422 50 89 18 0 21 170 53 6 1 2 0 53 0 8 95 13 .211 .311 .403 .713
2013 PIT 127 506 438 51 99 21 0 15 165 55 9 5 1 1 58 2 8 58 13 .226 .327 .377 .703
通算:8年 1052 4180 3621 505 925 171 7 108 1434 473 89 36 8 19 480 36 52 654 119 .255 .349 .396 .745
  • 2013年度シーズン終了時

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

打席でのマーティン

獲得タイトル・表彰[編集]

記録[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Russell Martin Contract, Salaries, and Transactions” (英語). Spotrac.com. 2013年11月2日閲覧。
  2. ^ SLUGGER 「彼らから目を離すな! ナ・リーグ注目株5人」 『月刊スラッガー』2007年10月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-10、52-56頁。
  3. ^ a b Cathal Kelly, "Catching the fast train to L.A. / Montreal resident Martin solid behind plate for Dodgers," TheStar.com, June 9, 2007. 2008年6月1日閲覧。
  4. ^ "Biography and Career Highlights," The Official Site of The Los Angeles Dodgers. 2008年6月1日閲覧。
  5. ^ a b Associated Press, "Russell Martin achieves stardom in second big-league season," SportingNews.com, June 14, 2007. 2008年8月22日閲覧。
  6. ^ Jeff Elliott, The Times-Union, "Suns have five All-Stars," Jacksonville.com, June 30, 2005. 2009年5月21日閲覧。
  7. ^ Jeff Elliott, The Times-Union, "An encore would be surprise for Suns," Jacksonville.com, June 24, 2006. 2009年5月21日閲覧。
  8. ^ a b 三尾圭 「ドジャースの若手が挑む補強組の壁 再チャレンジの時」 『月刊スラッガー』2007年3月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-3、34-37頁。
  9. ^ a b 友成那智村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、416頁。ISBN 978-4-331-51213-5
  10. ^ a b Ken Gurnick / MLB.com, "Martin leads Dodgers trio to San Fran / Catcher, in first full year in the Majors, will start for NL," dodgers.com, July 1, 2007. 2009年5月21日閲覧。
  11. ^ The Canadian Press, "Olympic baseball team faces problem," Sportsnet.ca, January 12, 2008. 2009年5月21日閲覧。
  12. ^ Ken Gurnick / MLB.com, "Martin, Broxton to suit up for Classic / Three Dodgers Minor Leaguers also involved in tourney," dodgers.com, February 24, 2009. 2009年5月1日閲覧。
  13. ^ 三尾圭 「MLB30球団最新レポート&全選手個人成績 ロサンゼルス・ドジャース/LAD 正捕手が2試合続けてスタメン落ち」 『月刊スラッガー』2009年9月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-9、78頁。
  14. ^ "Russell Martin 2010 Batting Splits," Baseball-Reference.com. 2010年8月28日閲覧。
  15. ^ 橋本裕美子【MLB西海岸情報】ドジャースのユニフォームは見納め?マーティン捕手」 『J SPORTS』、2010年8月18日。2010年8月28日閲覧。
  16. ^ Ken Gurnick / MLB.com, "Out for year, Martin awaits word on surgery / Dodgers consulting with three specialists on hip injury," MLB.com, August 5, 2010. 2010年8月28日閲覧。
  17. ^ Ken Gurnick / MLB.com, "Martin among three non-tendered by Dodgers," dodgers.com, December 3, 2010. 2010年12月18日閲覧。
  18. ^ Steve Henson, Yahoo! Sports, "The numbers behind Martin’s Dodger departure," Yahoo! Sports, December 7, 2010. 2010年12月18日閲覧。
  19. ^ ESPN.com news services, "Yankees, Russell Martin finalize contract," ESPN New York, December 16, 2010. 2010年12月18日閲覧。
  20. ^ ヤンキース、1試合3満塁弾の記録樹立:サンスポ
  21. ^ Yankees' three grand slams:MLB.com
  22. ^ Pirates officially sign Martin to two-year, $17M contract
  23. ^ a b カルロス山崎黒田博樹、メモリアル・シーズンの幕開け」 『スポーツナビ』、2008年4月4日。2008年6月1日閲覧。
  24. ^ 出野哲也 「4人の若き司令塔たち 頭文字M」 『月刊スラッガー』2008年6月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-6、12-16頁。
  25. ^ 「日本人チャレンジャーたちの最新近況報告」 『月刊メジャー・リーグ』2006年7月号、ベースボール・マガジン社、2006年、雑誌08625-7、72-74頁。
  26. ^ Baseball America staff, "National League Best Tools," BaseballAmerica.com, August 1, 2007. 2007年8月17日閲覧。
  27. ^ "Russell Martin Fielding Statistics and History," Baseball-Reference.com. 2010年10月9日閲覧。
  28. ^ AP, "Gagne gets first save in nearly a year in Dodgers' victory," ESPN.com. 2008年6月1日閲覧。
  29. ^ AP, "Dodgers hit four HRs in 9th, Nomar beats Padres in 10th," ESPN.com. 2008年8月22日閲覧。
  30. ^ ヤンキース 1試合3満塁弾のメジャー記録樹立 Sponichi Annex 野球 2011年8月26日閲覧。

外部リンク[編集]