田澤純一

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田澤 純一
Junichi Tazawa
ボストン・レッドソックス #36
20110928-0441 Junichi Tazawa.jpg
レッドソックスの田澤純一(2011年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市神奈川区
生年月日 1986年6月6日(28歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 アマチュア・フリーエージェントとしてボストン・レッドソックスと契約
初出場 2009年8月7日
年俸 $1,750,000(2014年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

田澤 純一(たざわ じゅんいち、1986年6月6日 - )は、ボストン・レッドソックスに所属するプロ野球選手投手)。愛称は「タズ」。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学3年から少年野球チーム「三ツ沢ライオンズ」で野球を始め、横浜市立松本中学校の軟式野球部では2年時の横浜市大会ベスト16が最高成績。

横浜商大高校では1年夏からベンチ入り。2年次には背番号10で夏の甲子園に出場するも登板はなかった。3年夏はエースで神奈川県予選でベスト4入りするが、準決勝で涌井秀章を擁する横浜高等学校に3-16で敗れた[2]

高校卒業後は新日本石油に入社。主にリリーフを務め、入社2年目の2006年には第33回社会人野球日本選手権大会でベスト4進出の原動力となる。ドラフト指名解禁年の2007年には複数の球団が大学・社会人ドラフトの1巡目(希望枠)候補として検討していたが、リリーフ失敗など前年に比べると精彩を欠いたこと、また秋から挑戦した先発転向も結果が残せなかったことなどから残留を表明[3]

2008年JABA東京スポニチ大会準々決勝(対JFE東日本戦)で5連続・6連続を含む大会新記録の18奪三振[4]。同年夏の第79回都市対抗野球大会では全5試合に登板して1完封を含む4勝を挙げ、投球回数28回1/3で4失点、奪三振36・防御率1.27という成績で大会MVPに当たる橋戸賞を受賞した[2]

田澤問題[編集]

2008年9月11日、記者会見でメジャーリーグ挑戦の意思を表明[5]。同時に日本プロ野球の12球団宛にドラフト指名を見送るよう求める文書を送付した。日本球団からのドラフト上位指名が確実視される選手が日本球界入りを拒否しメジャーリーグ挑戦を表明したことは「田澤問題」として日本プロ野球のドラフト制度に問題を提起した[6]。従来、日米間には互いの国のドラフト候補選手とは交渉しないという紳士協定があったが、田澤のようにアマチュア選手本人がメジャー挑戦を希望しているにも関わらずこれを阻害することは職業選択の自由に反するため、この例外となった[7]。一方で、日本球界側からは田澤に続いて有力アマチュア選手が直接メジャーに行くようになることでドラフト制度の崩壊を懸念する声も挙がった[8]。この結果、日本のプロ野球のドラフト指名を拒否して海外のプロ球団と契約した選手は、当該球団を退団した後も一定期間(大卒・社会人は2年間、高卒選手は3年間)はNPB所属球団と契約できないとするルール(いわゆる田澤ルール)が設けられた[9]

田澤の獲得にはメジャーの複数球団が興味を示し、ボストン・レッドソックスシアトル・マリナーズテキサス・レンジャーズアトランタ・ブレーブスが実際に交渉[10]。その結果、12月4日にレッドソックスと3年総額400万ドル(約3億8000万円)でメジャー契約を結んだ[11]。日本のプロ野球を経由せずにアマチュアからメジャーリーグ球団と契約して一軍に上がった日本人選手としてはマック鈴木多田野数人に続いて3人目、中でもマイナー契約を経ずにメジャー契約を結んだ初の日本人選手となった[12][13]

プロ入り後[編集]

オリオールズ戦にリリーフ登板した田澤(2012年)

日付は全て現地時間

2009年は、招待選手としてメジャーのスプリングトレーニングに合流。5試合で9回1失点と好投を続けていたが、当初の育成方針通りに進まず、3月22日にはマイナー行きが告げられた[14]。AA級ポートランドでは開幕投手を務め、18試合に登板して9勝5敗、防御率2.57、WHIP1.08の好成績を残した[2]。7月、AA級東地区のオールスター戦にファン投票で選出[15]。また、メジャーリーグのオールスター戦の前座として開催されるフューチャーズゲームの世界選抜チームにも選ばれた[16]。フューチャーズゲームでは先発予定だったが、雨天で試合開始が大幅に遅れたため球団の指示で登板回避となった[17]。7月27日にAAA級ポータケットに昇格し、2試合の登板で0勝2敗、防御率2.38、WHIP0.71の成績を残した。

8月7日、ウェーバー公示となったジョン・スモルツに代わってメジャー初昇格。同日のニューヨーク・ヤンキース戦、延長14回0-0の場面でプルペンに残っていた最後の投手(8番手)としてメジャー初登板。最初に対戦した松井秀喜は中直に打ち取ったが、15回にアレックス・ロドリゲスにサヨナラ本塁打を打たれ敗戦投手となった[18]松坂大輔ら先発投手に故障者が相次いでいたこともあり、同月11日のデトロイト・タイガース戦でメジャー初先発[19]。5回4安打3失点(自責1)に抑えてメジャー初勝利を挙げ[20]、23歳66日での先発勝利は日本人メジャーリーガー最年少記録となった。同月22日にはヤンキース戦に先発し、6回無失点で2勝目をあげた。しかし、メジャー4度目の先発となった27日のシカゴ・ホワイトソックス戦で9失点と打ち込まれ、30日にロースター枠の都合でマイナー降格。9月1日にセプテンバーコールアップで再昇格したが、4日のホワイトソックス戦でリリーフ登板した際に股関節を痛め、60日故障者リストに掲載されてシーズンを終えた[21]。シーズン通算で登板6試合(うち先発が4)、2勝3敗で防御率7.46、WHIP2.05という成績であった[2]

2010年は、開幕メジャー入りを目指すも、スプリングトレーニングでは1イニング3本塁打を浴びるなど結果を残せず[22]。前年から抱えていた右ひじの違和感を訴え、精密検査を受けた結果、右ひじの靭帯損傷が見つかりトミー・ジョン手術を受けることになった[23]。4月6日に手術を受け、8月に軽いキャッチボールを再開。その後もリハビリのためシーズン全休となった。

2011年は、2月に術後はじめてブルペンで全力投球を行う[24]。3月には東日本大震災を受けてチームメイトの松坂大輔岡島秀樹正田樹と義援金を募った[25]。5月20日にアドバンスドA級セーラムで実戦復帰[26]。セーラムでは6試合に登板し0勝1敗、防御率6.05、WHIP1.34ながら、球速は92mph(約148km/h)を計測するまでの回復を見せ、6月にAA級ポートランドに昇格[27]。ポートランドでは6試合のリリーフ登板を含む8試合の登板で3勝2敗、防御率4.70、WHIP1.17の成績を残し、8月8日にAAA級ポータケットに昇格。ポータケットではリリーフとして8試合に登板し1勝1敗、防御率2.51、WHIP1.19の成績を残し、ポストシーズンでは岡島秀樹との継投もあった[28]。セプテンバーコールアップにともない、9月13日に2年ぶりにメジャー昇格[29]。同月14日のブルージェイズ戦でリリーフ登板し1回1失点だったが、球速は93mph(約150km/h)と復活を印象づけた[30]

ボストンでの優勝パレードでダックボートに乗って手を振る上原、田澤、ブレスロー。(2013年11月2日)

2012年は、3月9日に年俸92万ドルの1年契約でレッドソックスと契約更新した[31]。メジャー4年目で初の開幕ロースター入りを目指したが[32]、スプリングトレーニングでは5試合の登板で7回を投げ防御率3.86、WHIP1.29と結果を残せず、3月23日にポータケットへ降格しマイナーで開幕を迎える[33]。開幕後は4試合の登板で1セーブ、防御率0.00、WHIP1.00の成績を残し、4月18日にメジャー昇格[34]。26日のシカゴ・ホワイトソックス戦では7回から2番手として登板し、3回無失点でメジャー初セーブを記録。4月は5試合に登板して無失点だったが、5月1日にポータケットへ降格。ボビー・バレンタイン監督は「ケビン・ユーキリスが腰痛を再発させ、野手が必要になった。田澤の投球が悪かったのではなく(契約上)マイナーに送れる数少ない選手だった」と降格の理由を語った[35]。7月15日に再昇格し、15試合の登板で防御率1.80、WHIP1.40の好投を続けていたが、デビッド・オルティーズが故障から復帰したことに伴い8月24日に再降格したが、エイドリアン・ゴンザレスらのトレードに伴い翌日再昇格。再昇格後も17試合の登板で防御率1.53、WHIP0.45と好投を続け、1四球当たりの三振数は40イニング以上投げた投手でメジャー最高の9.00を記録。監督のバレンタインは「考えられないほど良くなった」と語り、チームメイトの松坂大輔からも「今の純一ならWBCでクローザーができる」と絶賛された[36]。9月23日のオリオールズ戦では3年ぶりの白星を挙げ、10月4日のシーズン最終登板後には本人が「思った以上にいいシーズンだった」と振り返った[37]

2013年は、右腕・上原浩治、左腕・クレイグ・ブレスロウと共にブルペンの軸としてチームに貢献した。当初クローザーに予定していたジョエル・ハンラハンがケガで離脱し、代役のアンドリュー・ベイリーも乱調で結果を残せず、ベイリーが負傷した5月7日から田澤が一時的に暫定クローザーに指名された[38]。しかし5月はチームに負けが多く、5月末にクローザーに復帰したベイリーも不調であり、6月7日のレンジャース戦では、上原までもが走者一掃の2塁打を打たれると、”レッドソックスに救援陣は居ない”と批評された[39]。6月20日からは上原がクローザーに選ばれたが、この時には得点圏被打率0.088と勝負強い結果を残していた田澤を再度クローザーに指名するべきだという記事やアンケート結果が出された[40]。しかし上原がクローザーとしての能力を証明し始めると、田澤は勝負どころのセットアッパーとして起用され、試合の終盤において「8回・田澤/ブレスロウ、9回・上原」の継投パターンが確立、後半戦とポストシーズンにおいて、”圧倒的”と賞されたレッドソックスの救援陣の一角を占めた。このシーズンは、自己最多の71試合に登板し、開幕から閉幕まで一度もメジャーから離脱しなかった。ポストシーズンでも、13試合の登板で1勝、防御率1.23と好投し、自身初のワールドシリーズ制覇を経験した。

2014年1月17日にレッドソックスと1年契約に合意した[41]。この年は前年に引き続き70試合以上に登板。防御率、WHIPはともに前年より改善した。

選手としての特徴[編集]

高めのスリークォーターで投げ、腕の振りが非常に速い[42]クイックが非常に速く、0.99~0.97秒をマークする[43]

平均球速93-94mph(約150-151km/h)、最速97mph(約156.1km/h)の速球(フォーシーム、ツーシーム)とカーブスライダーフォークボールチェンジアップが持ち味[44]で、特に球速75mph(約121km/h)前後のカーブは評価が高い[42]

2012年よりあごひげを伸ばしている。登板するときには一連のルーティンがあり、まずペットボトルの水を最後に含んでからブルペンから出てくる。ブルペンを出るとすぐに立ち止まり、帽子のつばに手をかけて俯いて「低めに投げること」「腕を振ること」など注意すべきことをいくつか再確認する意味でつぶやいて、精神集中してからマウンドに走り出す。投球の合間にも、帽子やバックルを忙しく触ったり、腕を大きく回す仕草をする。またイニングまたぎには、塁線を踏まないようにしている。これらの動作に関して、インタビューで本人はツキを気にすると言い、やると安心すると答えていた。

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2009 BOS 6 4 0 0 0 2 3 0 0 .400 130 25.1 43 4 9 0 3 13 0 0 23 21 7.46 2.05
2011 3 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 13 3.0 3 1 1 0 0 4 0 0 2 2 6.00 1.33
2012 37 0 0 0 0 1 1 1 5 .500 172 44.0 37 1 5 0 2 45 0 0 7 7 1.43 0.95
2013 71 0 0 0 0 5 4 0 25 .556 284 68.1 70 9 12 1 1 72 3 1 25 24 3.16 1.20
2014 71 0 0 0 0 4 3 0 16 .571 261 63.0 58 5 17 1 0 64 5 0 23 20 2.86 1.19
MLB:5年 188 4 0 0 0 12 11 1 46 .522 860 203.2 211 20 44 2 6 198 5 1 80 74 3.27 1.25
  • 2014年度シーズン終了時

日本代表キャリア[編集]

主な表彰・タイトル[編集]

JABA

背番号[編集]

  • 63 (2008年 - 2012年)
  • 36 (2013年 - )

脚注[編集]

  1. ^ [1]
  2. ^ a b c d 「プロ野球開幕スペシャル 俺たちはまだ負けられない」…TBS 2011年5月7日
  3. ^ ENEOS FAN わが青春に悔いなし 第24回
  4. ^ 田沢が大会新記録の18K/社会人野球 nikkansports.com 2008年3月24日
  5. ^ 新日本石油・田沢メジャー挑戦を表明 nikkansports.com 2008年9月11日
  6. ^ 田澤問題【たざわもんだい】 kotobank
  7. ^ アマから直接メジャーリーグへ。「田沢問題」が突いたドラフト制度の盲点 ――「職業選択の自由」は「紳士協定」を超えられるか? 1 ダイヤモンド・オンライン 2008年10月7日
  8. ^ 今秋ドラフト超目玉、新日石・田沢米流出 nikkansports.com 2008年9月5日
  9. ^ ドラフト拒否選手の復帰制限問題 日本プロ野球選手会 公式ホームページ
  10. ^ 田沢交渉打ち切り、レ軍入り表明へ nikkansports.com 2008年11月25日
  11. ^ 田沢渡米3年3・8億円でレ軍と大筋合意 nikkanspots.com 2008年12月2日
  12. ^ あまり知られてないが、日本のプロからお呼びがかからないためMLBへ行き、メジャー昇格がかなわなかった選手は数多くいる。
  13. ^ 日本のプロ経由せず米に挑んだ主な選手 nikkansports.com 2012年10月22日
  14. ^ 田沢、2Aの開幕投手に決定 nikkansports.com 2009年4月9日
  15. ^ 田沢ファン投票で2A球宴出場決まった nikkansports.com 2009年7月3日
  16. ^ 田沢がフューチャーズ・ゲームで先発 nikkansports.com 2009年7月13日
  17. ^ 田沢、雨で先発消滅「投げる気満々…」 nikkansports.com 2009年7月13日
  18. ^ 田沢突然のメジャー初登板でサヨナラ被弾 nikkansports.com 2009年8月9日
  19. ^ 田沢12日初先発 レ軍監督が救世主に指名 nikkansports.com 2009年8月11日
  20. ^ 田沢、乱闘乗り越え冷静にメジャー1勝 nikkansports.com 2009年8月13日
  21. ^ 田沢の今季終了 股関節に違和感DL入り nikkansports.com 2009年9月23日
  22. ^ 田沢生き残りへピンチ…1イニング3被弾 nikkansports.com 2010年3月24日
  23. ^ 田沢右ひじ手術決定「信じてやってみる」 nikkansports.com 2010年4月3日
  24. ^ 田沢全力ブルペン「やっとここまで」 nikkansports.com 2011年2月21日
  25. ^ 松坂が岡島が…ヤ軍戦前280万円集めた日刊スポーツ、2011年3月16日
  26. ^ 田沢、復帰戦は4失点=米大リーグ”. 時事通信 (2011年5月21日). 2011年6月5日閲覧。
  27. ^ 次のレベルへ…田沢、2Aに“ステップアップ””. スポーツニッポン (2011年6月25日). 2011年7月25日閲覧。
  28. ^ 岡島、田沢が3Aで無安打継投日刊スポーツ、2011年9月11日。
  29. ^ レッドソックス田沢2年ぶりメジャー昇格 nikkansports.com 2011年9月14日
  30. ^ 田沢739日ぶりメジャーで150キロ復活投 nikkansports.com 2011年9月15日
  31. ^ 田沢Rソックスと1年契約合意 nikkansports.com 2012年3月10日
  32. ^ “田沢 メジャー4年目で初の開幕ロースター入り目指す”. スポーツニッポン. (2012年1月21日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/01/12/kiji/K20120112002412350.html 2012年3月24日閲覧。 
  33. ^ “田沢3A降格 メジャー40人枠でシーズン途中昇格も”. スポーツニッポン. (2012年3月24日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/03/24/kiji/K20120324002893710.html 2012年3月24日閲覧。 
  34. ^ “田沢メジャー昇格 3Aで4試合無失点評価された”. スポーツニッポン. (2012年4月19日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/04/19/kiji/K20120419003076820.html?feature=related 2012年4月21日閲覧。 
  35. ^ 田沢マイナー降格 ボビー「野手必要に」日刊スポーツ、2012年5月2日。
  36. ^ 「良くなった」田沢絶賛の8戦無失点日刊スポーツ、2012年9月19日
  37. ^ 田沢「いい感じで終われ、いいシーズン」 nikkansports.com 2012年10月4日
  38. ^ 出村義和 (2013年5月15日). “#9 田澤純一 クローザーという大役を担う”. J SPORTS. http://www.jsports.co.jp/press/article/N2013051517510101.html 2013年10月20日閲覧。 
  39. ^ “No relief for Red Sox in loss to Rangers”. Boston herald.com. (2013年6月6日). http://bostonherald.com/sports/red_sox_mlb/boston_red_sox/2013/06/no_relief_for_red_sox_in_loss_to_rangers 2013年6月6日閲覧。 
  40. ^ “It should be Tazawa time”. ESPN Boston. (2013年6月13日). http://espn.go.com/boston/mlb/story/_/id/9410516/junichi-tazawa-become-new-red-sox-closer 2013年6月13日閲覧。 
  41. ^ Red Sox agree to terms with three players on contracts for 2014”. MLB.com Red Sox Press Release (2014年1月17日). 2014年1月18日閲覧。
  42. ^ a b 現役スカウト部長による「スカウティングレポート」『月刊スラッガー』2009年3月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-3、52-55項。
  43. ^ ドラフト候補をたっぷり語る 『アマチュア野球』第20号、日刊スポーツ出版社、2008年、雑誌66835-16、35項。
  44. ^ 島尻譲. “米大リーグ注目の156キロ右腕・田澤の魅力 第79回都市対抗リポート”. スポーツナビ. 2008年9月11日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]