職業選択の自由
職業選択の自由(しょくぎょうせんたくのじゆう)とは、基本的人権の一種であり、日本国憲法第22条第1項で定められている。自由権(経済的自由権)の一つ。
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[編集] 内容
自ら行う職業を選択・決定する自由である。
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
— 日本国憲法第22条第1項
[編集] 歴史
近代社会よりも前は、人々は身分や職能団体の縛りを受け、自由に職業を選択することができなかった。それゆえ、近代社会の成立後は封建制を解体するための重要な人権としてこれを理解した。現在は社会権と対立する部分も多く、むしろ公共の福祉による規制に重きが置かれている。
[編集] 営業の自由
営業の自由(職業遂行の自由)が職業選択の自由と密接にかかわり、それが人権に含まれることに間違いはないが、根拠を第22条に求めるか、第22条と日本国憲法第29条(財産権)の双方に求めるかで学説の争いがある。
[編集] 職業選択の自由の限界
職業選択の自由は、下記の判例に見られるとおり、公共の福祉による制限がある。司法審査に当たっては目的二分論がとられる(違憲審査基準も参照)。
また、職業選択の自由の制約は退職後の競業避止義務にも見られる。 ただし憲法は国家を規制するものであるため、憲法上の問題となるのは競業避止義務違反に対して会社が原告側として元従業員に訴訟を起こし、(国家機関である)裁判所が元従業員に対して賠償命令判決を下したときである。退職金不支給等の社内制裁は純粋に私人間の問題にすぎないが、「裁判所」という国家機関が元従業員に賠償命令判決をすれば公権力による職業選択の自由の制約に違いはないからである(司法的執行の理論)。なお、民法の「公序良俗に反する契約は無効」と「公共の福祉」とは全く異なる概念であり、公共の福祉による制約は法令によってのみ許される以上は、私企業の就業規則や契約書・学則等で公共の福祉のための人権制約はできないとみられる。
[編集] 職業選択の自由を巡る議論
職業選択の自由には、ある一定の制限がかけられる場合もあるが、その制限の妥当性について様々な議論がなされる場合もある。 プロ野球のドラフト制度では、指名を受ける選手側が球団を選択する余地がないことから、職業選択の自由に反するのではないかという指摘がしばしばなされる。
但しこれには、入団する球団を選択する自由は無いがプロ野球選手という「職業」を選ぶ自由を奪ってはいないので憲法上問題は無いという反論もある。もっとも、この反論に対する異論として「では、A社に就職を希望する者に対して当人の意思に反してA社B社間で勝手に協定してB社への入社を取り決めることも「会社員」という職業を選ぶ自由を奪ってはいないので問題は無いのか」というものが有る。
また、裁判員制度も、有権者から無作為に選出され、拒否できないと言う点で、職業選択の自由に反するのではないかと言う指摘もある。
[編集] 皇室と職業選択の自由
皇族は特別な権力関係にあり、一般国民とは異なる人権保障・人権制約を受ける。特に天皇および皇太子は職業選択の自由を享有しているとはとても言いがたい。そのため、天皇制廃止論が主張されることもある。 寛仁親王は皇族だからもしものことがあったらいけないとして企業から敬遠され、採用してもらえなかった。もっとも皇族の採用を拒否した民間企業は私人であり、公権力の介入によって入社できなかったわけではないため企業の行為自体は違憲であるとはいえない(私人間の憲法効力 三菱樹脂事件)。一方、高円宮憲仁親王は団体職員の皇族として有名。
[編集] 判例
- 銭湯の配置規制(最高裁判所昭和30年1月26日大法廷判決)
- 小売市場事件(最高裁判所昭和47年11月22日大法廷判決)
- 薬事法距離制限違憲判決(最高裁判所昭和50年4月30日大法廷判決)最高裁判所判例集
- 西陣ネクタイ事件(最高裁判所平成2年2月6日判決)
- 東京都管理職選考国籍条項訴訟(最高裁判所平成17年1月26日大法廷判決)