憲法義解
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『憲法義解』(けんぽうぎげ、けんぽうぎかい)とは、伊藤博文著の形をとる大日本帝国憲法及び(旧)皇室典範の逐条解説書。大日本帝国憲法のみならず、明治期の日本の思想を知る上で重要な資料である。
[編集] 沿革
伊藤博文は井上毅・伊東巳代治・金子堅太郎とともに憲法起草に取り組み、1888年(明治21年)憲法案と皇室典範案を完成させた。この頃、各条文に解説を加える説明書を井上毅が作成した。同年、両法案を枢密院で審議する際、この説明書を「憲法説明」「皇室典範説明」と題して各顧問官に配布し、法案審議の参考に宛てた。その後、井上毅がこの説明書を出版することを提案し、稿本を作成した。1889年(明治22年)2月11月に憲法と皇室典範が制定された後、起草者たちと法学者数名が稿本を共同で審査し若干修正した。こうして完成した説明書は『大日本帝国憲法義解』『皇室典範義解』と題された。このうち『大日本帝国憲法義解』は伊東巳代治によって英訳された。この英訳は欧米の学者たちに寄贈され、金子堅太郎が欧米に赴いて批評を聞いて回った。
『大日本帝国憲法義解』『皇室典範義解』は公刊の際に伊藤博文の私著という形にし、その版権を国家学会に寄贈した。国家学会は1889年(明治22年)4月24日『大日本帝国義解』と『皇室典範義解』を別々に印刷して関係者に配布し、6月1日、両義解を合わせて『帝国憲法皇室典範義解』として公刊した。英訳本(Commentaries on the constitution of the empire of Japan)は版権を与えられた英吉利法律学校(現中央大学)が6月23日に出版した。
その後『帝国憲法皇室典範義解』は版を重ね、昭和10年(1935年)の増補版からは本の背中に「憲法義解」の文字を入れた。昭和15年(1940年)宮沢俊義が校訂して岩波文庫から出版した際、タイトルを『憲法義解』とした。