社会人野球日本選手権大会
| 社会人野球日本選手権大会 | |
|---|---|
| 開始年 | 1974 |
| 主催 | 毎日新聞社 日本野球連盟 |
| 参加チーム数 | 32 |
| 加盟国 | |
| 前回優勝 | トヨタ自動車 |
| 最多優勝 | 住友金属(7回) |
| 備考 | 球場 第1-6回 阪神甲子園球場 第7-16回 大阪球場 第17-23回 グリーンスタジアム神戸 第24回-現在 大阪ドーム(京セラドーム大阪) ※第37回のみ第1ステージを日立市民、岡崎市民、わかさ京都、倉敷マスカットの4球場に分割。2回戦以後の決勝ステージを京セラドームにて開催 ※2011年は東日本大震災による都市対抗野球大会延期・開催場所変更のため中止 |
社会人野球日本選手権大会(しゃかいじんやきゅうにっぽんせんしゅけんたいかい)は毎年11月前半に行われる社会人野球のトーナメント。元々産業別大会(後楽園スタヂアムで1973年まで実施)だったのを一新して設立された。
目次 |
[編集] 会場と日程に関する事項
会場は関西圏の球場を転々としており、阪神甲子園球場、大阪球場、グリーンスタジアム神戸(現・スカイマークスタジアム)を経て1997年から大阪ドーム(京セラドーム大阪)に落ち着く。
2002年までは10月中旬[1]に行われていたが、2003年から実施時期がおよそ1ヶ月遅くなり、社会人野球のシーズンを締めくくる大会となった。一方でプロ野球のドラフト会議の実施後であったり、大会中にドラフト会議等[2][3]が実施されるなど、開催時期について疑問を呈する声もある。
2011年の大会は、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で、8月に開催する予定だった第82回都市対抗野球大会が秋に延期となったことを受けて、同年度の単独大会での開催は中止とすることが、3月25日の日本野球連盟の理事会で決定された[4]。これに伴い、2011年の大会は都市対抗を兼務して開催することになり、都市対抗優勝チームが本年度日本選手権者とみなすことも併せて発表された。(ただし、日本選手権としての回数にはカウントされなかったため、第38回大会は2012年に改めて開催するという形になった)
2003年から大会日程が11月後半に繰り下げられたことは、シーズンの長期化という形で社会人野球チームに負担をかけることとなり、また、日本選手権開幕前または開催中にドラフト会議が実施されて本大会がプロを目指す選手のアピールの場として十全に機能しているとはいえないとの意見が出たことを受け、日本野球連盟は2012年シーズンから、11月前半に日本選手権を開催する方針を示した。
[編集] 大会の概要
[編集] 主催等
毎日新聞社が主催(大阪本社所管事業)。また、日本野球連盟も主催者に名を連ねる。現在は、大阪市が共催し、スポーツニッポン新聞社と大阪シティドームが後援している。
[編集] 大会システム
トーナメント方式で優勝チームを決定する。敗者復活戦は行われない。現在は32チームが出場するので、条件はひとしく、5勝すると優勝となる。
[編集] 試合形式・ルール
- 原則として公認野球規則にのっとり行われるほか、アマチュア野球内規及び日本野球連盟内規も適用される。
- バットは第6回大会(1979年)から第28回大会(2001年)まで金属バットを使用していたが、それ以外は木製バットを使用。
- 指名打者制度を採用(第16回大会(1989年)以降)。
- 7回以降に10点差以上がついた場合は、コールドゲームが適用される。(決勝は適用せず9回までは必ず行う)
[編集] タイブレーク
- 以前は都市対抗野球大会とともにサスペンデッドゲーム(試合開始から4時間以上経過した場合、その日の最終戦終了後に続行試合を行う)を取り入れていたが、応援団や選手の再招集が困難であることなどから2003年以後、延長13回以後でなおかつ4時間以上経過した場合に限ってタイブレーク(前イニングの最後の打者から数えて3人がランナーとなって、1アウト満塁の段階から再開)を取り入れることとなった。どちらか一方の場合(延長13回を超えても4時間を満たなかったり、その逆で4時間を越えても延長12回まで消化していない場合)は通常ルールであった。
- 日本野球連盟は試合のスピードアップを図るため、2009年からタイブレークの導入要件を緩和し、試合時間に関係なく延長11回からタイブレークに突入することとなった。第36回大会から当該ルールが適用される(ただし、決勝戦には適用されない)。
- 日本選手権本大会でタイブレークが適用された試合については、タイブレークの項を参照のこと。
[編集] 「日本選手権改革」
日本選手権はその名のとおり、その年の社会人ナンバーワンチームを決める至高の大会である。しかし、社会人野球界においては歴史と伝統のある都市対抗野球大会の人気が相対的に高く、日本選手権が軽んじられる風潮にある。日本において「日本選手権」があるにもかかわらず他の大会の方が人気が高いというスポーツジャンルは珍しい。
かねてから都市対抗野球に比べて人気、観客動員に伸び悩んでいたことから、日本野球連盟は日本選手権のてこ入れを協議し、段階的に改革案を実行に移してきた。
[編集] 2006年の改革
日本野球連盟は、2006年8月24日に開かれた臨時理事会において、日本選手権の地位向上を目指すため、日本選手権を「年間王座決定戦」と位置づけ、2007年の第34回大会から実施に移すための改革を実行に移すことを決定した。その具体的内容は次のとおり。
- 現行26チームの出場チームを32チームに増やす。これで大会期間を9日間から11日間に拡大
- 都市対抗野球と全日本クラブ野球選手権大会の優勝チームに日本選手権の出場権を付与する(この点については2006年から実行に移す)。
- 地区連盟主催大会のうち、以下に示す9大会を制した各チームに日本選手権の出場権を付与する。
- 残りの21枠をめぐり、各地区で予選を行い、予選を勝ち上がったチームに出場権を付与する(出場枠については後述)。
- 2及び3で同一チームが複数大会で優勝した場合、そのチームが所属する地区の出場枠をその分増やす。
- 日本選手権対象大会
[編集] 2010年の改革
2008年秋に始まった世界同時不況の影響等から、社会人野球チームの負担軽減と、新たなファン層の掘り起こしを目的として、2009年11月11日に行われた日本野球連盟定時理事会において、以下の制度改革案が承認された。2010年の第37回大会から実施される。
- 1回戦(第1ステージ)16試合を4球場に分割して実施する。第37回大会においては、日立市民球場、岡崎市民球場、わかさスタジアム京都、倉敷マスカットの4球場で1回戦を行う。勝利チームは翌々週京セラドーム大阪で行われる決勝ステージ(2回戦)に進出し、2回戦以降は同球場で行う。
- 1回戦の分割開催は日本選手権改革の目玉の一つと位置付けられていたが、1回戦と2回戦以降の日程が分離されたことでチーム遠征の負担が増えたこと、第37回大会では一部開催地で1回戦が雨天順延された結果日程が月曜日にずれ込んで観客動員が落ち込んだことなどの悪影響が指摘された。2011年は上述のとおり大会が開催されず[5]、2012年の第38回大会は第36回までと同様、単一球場での開催が発表された。このため1回戦の分割開催は事実上1回だけで廃止となった。
- 日本選手権が「年間王座決定戦」であるとの位置づけを明確にするために、日本選手権対象大会に出場するチームを、各地区連盟の推薦によるものとし、(1)企業チーム、(2)企業チーム以外である場合は、過去10年以内に2大大会(都市対抗、日本選手権)の本戦に出場経験を有するチーム、に限定する。なお、(2)に該当するチームは、クラブ選手権の出場はできない。
- 日本選手権対象大会を2つ増やす。当該大会は次の2大会。
- 日本選手権対象大会
- なお上述2大会は近年プロ野球2軍チームが出場しているが(前者は主としてイースタン・リーグ在籍球団、後者は中日ドラゴンズ)、当該チームが優勝した場合は準優勝したチームが所属している地区の最終予選通過チーム数を1つ増やすが、準優勝チームそのものが振り替え出場できるというわけではない。
- 日本選手権対象大会の試合形式を統一し、予選でリーグ戦を行い、上位チームによるトーナメントで優勝チームを決定する。これにより、遠征による費用対効果を高める。
[編集] 出場チーム
(第37回大会のもの。かっこ内はチーム数)
- 都市対抗野球大会優勝チーム (1)
- 全日本クラブ野球選手権大会優勝チーム (1)
- 主要地区連盟主催大会優勝チーム (11)
- 最終予選勝ち上がりチーム
- 北海道地区 (1)
- 東北地区 (1)
- 北信越地区(新潟・長野・富山・石川・福井) (1)
- 関東地区 (4)
- 東海地区 (静岡・愛知・岐阜・三重) (3)
- 近畿地区 (4)
- 中国地区 (2)
- 四国地区 (1)
- 九州地区 (2)
[編集] 予選
上記のとおり、都市対抗野球大会、全日本クラブ野球選手権大会、地区連盟主催大会が本大会の予選として位置づけられるほか、各地区で行われる最終予選を勝ち上がると本大会に出場する。2010年の第37回大会から施行される日本選手権改革の一環として、最終予選の出場権は原則として企業チームまたはこれに準じるチームに限られる。
[編集] 組み合わせ抽選
都市対抗野球と異なり、抽選会は大阪市内において非公開で行われる。
[編集] 開会式
- 都市対抗野球では開幕試合の前に会場である東京ドームのグラウンド上で優勝旗返還、選手宣誓等のセレモニーが行われるが、日本選手権では関係者のみが出席して大会初日前日に大阪市内のホテルで行われる。
- 開幕試合の始球式には、決勝戦をテレビ放映するNHK大阪放送局が、毎年年度下半期に製作する連続テレビ小説の出演者を来賓ゲストとして招待している。2008年は『だんだん』から木村文乃が、2009年は『ウェルかめ』から岩佐真悠子が、2010年は『てっぱん』から朝倉あきがそれぞれ始球式を行った(かつては竹内結子、宮地真緒など主演者が行ったこともある)。なお、2011年は日本選手権が行われなかったが、第82回都市対抗野球大会の初日に大会始球式として『カーネーション』から柳生みゆが始球式を行った。
[編集] 閉会式
- 決勝戦終了後、優勝旗の贈呈、最優秀選手や大会優秀選手の表彰等が試合に引き続いて行われる。
- 優勝旗は巨大なダイヤモンドがモチーフのデザインが施されていることから、「ダイヤモンド旗」と呼ばれる(都市対抗野球の黒獅子旗参照)。優勝チームは翌シーズン1年間、ユニフォームの袖に優勝旗と同じ意匠のエンブレムをつけることができる(2007年のトヨタ自動車が第1号)。
[編集] 歴代優勝チーム等
(最優秀選手はすべて優勝チームの所属)
| 回 | 年 | 開催球場 | 出場チーム数 | 優勝チーム | 最優秀選手賞 | ||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 計 | 北海道 | 東北 | 北信越 | 関東 | 東海 | 近畿 | 中国 | 四国 | 九州 | 都市対抗 | クラブ | 地区大会 | |||||
| 1 | 1974年 | 阪神甲子園球場 | 22 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 5 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 三協精機 | 大塚貴代美投手 |
| 2 | 1975年 | 阪神甲子園球場 | 22 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 5 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 鐘淵化学 | 宮田典計投手 |
| 3 | 1976年 | 阪神甲子園球場 | 22 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 5 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 新日鐵名古屋 | 水谷啓昭投手 |
| 4 | 1977年 | 阪神甲子園球場 | 22 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 5 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 住友金属 | 森繁和投手 |
| 5 | 1978年 | 阪神甲子園球場 | 22 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 5 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 北海道拓殖銀行 | 高岡茂夫内野手 |
| 6 | 1979年 | 阪神甲子園球場 | 22 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 5 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 住友金属 | 高橋修二投手 |
| 7 | 1980年 | 大阪球場 | 22 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 5 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 日本鋼管福山 | 田村忠義投手 |
| 8 | 1981年 | 大阪球場 | 24 | 2 | 2 | 2 | 4 | 2 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 富士重工業 | 向田佳元投手 |
| 9 | 1982年 | 大阪球場 | 24 | 2 | 2 | 2 | 4 | 2 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | ヤマハ発動機 | 鈴木政明投手 |
| 10 | 1983年 | 大阪球場 | 24 | 2 | 2 | 2 | 4 | 2 | 7 | 2 | 1 | 2 | - | - | - | 住友金属 | 高橋修二投手 |
| 11 | 1984年 | 大阪球場 | 24 | 2 | 2 | 2 | 4 | 2 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 住友金属 | 高橋修二投手 |
| 12 | 1985年 | 大阪球場 | 24 | 2 | 2 | 2 | 4 | 2 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 本田技研 | 伊東昭光投手 |
| 13 | 1986年 | 大阪球場 | 24 | 2 | 2 | 2 | 4 | 2 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | NTT東海 | 笠井孝志登投手 |
| 14 | 1987年 | 大阪球場 | 24 | 2 | 2 | 2 | 4 | 2 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 中山製鋼 | 藤野悦勝投手 |
| 15 | 1988年 | 大阪球場 | 24 | 2 | 2 | 2 | 4 | 2 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 東芝 | 南渕時高内野手 |
| 16 | 1989年 | 大阪球場 | 24 | 2 | 2 | 2 | 4 | 2 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 住友金属 | 尾山敦投手 |
| 17 | 1990年 | グリーンスタジアム神戸 | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 日本生命 | 新谷博投手 |
| 18 | 1991年 | グリーンスタジアム神戸 | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 日本石油 | 鈴木健投手 |
| 19 | 1992年 | グリーンスタジアム神戸 | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 東芝 | 三原昇投手 |
| 20 | 1993年 | グリーンスタジアム神戸 | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 住友金属 | 尾山敦投手 |
| 21 | 1994年 | グリーンスタジアム神戸 | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 日本通運 | 松田訓内野手 |
| 22 | 1995年 | グリーンスタジアム神戸 | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 三菱自動車川崎 | 玉木重雄投手 |
| 23 | 1996年 | グリーンスタジアム神戸 | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 6 | 2 | 2 | 2 | - | - | - | 住友金属 | 宮内洋内野手 |
| 24 | 1997年 | 大阪ドーム | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 7 | 2 | 1 | 2 | - | - | - | 三菱重工神戸 | 新井正広投手 |
| 25 | 1998年 | 大阪ドーム | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 7 | 2 | 1 | 2 | - | - | - | NTT関東 | 阿久根鋼吉内野手 |
| 26 | 1999年 | 大阪ドーム | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 7 | 2 | 1 | 2 | - | - | - | シダックス | 田中善則内野手 |
| 27 | 2000年 | 大阪ドーム | 26 | 2 | 2 | 2 | 5 | 3 | 7 | 2 | 1 | 2 | - | - | - | 松下電器 | 愛敬尚史投手 |
| 28 | 2001年 | 大阪ドーム | 26 | 1 | 2 | 1 | 6 | 4 | 7 | 2 | 1 | 2 | - | - | - | 三菱重工長崎 | 後藤隆之投手 |
| 29 | 2002年 | 大阪ドーム | 26 | 1 | 2 | 1 | 6 | 4 | 7 | 2 | 1 | 2 | - | - | - | 日本生命 | 佐藤充投手 |
| 30 | 2003年 | 大阪ドーム | 26 | 1 | 2 | 1 | 6 | 4 | 7 | 2 | 1 | 2 | - | - | - | 日産自動車 | 伊藤祐樹内野手 |
| 31 | 2004年 | 大阪ドーム | 26 | 1 | 2 | 1 | 6 | 4 | 7 | 2 | 1 | 2 | - | - | - | JFE西日本 | 田中敬人投手 |
| 32 | 2005年 | 大阪ドーム | 26 | 1 | 2 | 1 | 6 | 4 | 7 | 2 | 1 | 2 | - | - | - | 松下電器 | 山本隆之投手 |
| 33 | 2006年 | 京セラドーム大阪 | 28 | 1 | 2 | 1 | 6 | 4 | 7 | 2 | 1 | 2 | 1 | 1 | - | 富士重工業 | 阿部次男コーチ兼投手 |
| 34 | 2007年 | 京セラドーム大阪 | 32 | 1 | 1 | 1 | 4 | 3 | 6 | 2 | 1 | 2[6] | 1 | 1 | 9 | トヨタ自動車 | 服部泰卓投手 |
| 35 | 2008年 | 京セラドーム大阪 | 32 | 1 | 1 | 1 | 4[7] | 3 | 6 | 2 | 1 | 2 | 1 | 1 | 9 | トヨタ自動車 | 大谷智久投手 |
| 36 | 2009年 | 京セラドーム大阪 | 32 | 1 | 1 | 1 | 4[8] | 3 | 6[9] | 2 | 1 | 2 | 1 | 1 | 9 | JR九州 | 濱野雅慎投手 |
| 37 | 2010年 | (第1ステージ) 日立・岡崎・京都・倉敷 (決勝ステージ) 京セラドーム大阪 |
32 | 1 | 1 | 1 | 4 | 3[10] | 4 | 2 | 1 | 2 | 1 | 1 | 11 | トヨタ自動車 | 岩崎司投手 |
| - | 2011年 | 東北地方太平洋沖地震の影響により中止[11] [5] [12] | |||||||||||||||
| 38 | 2012年 | 京セラドーム大阪 | 32 | 1 | 1 | 1 | 4 | 3 | 4 | 2 | 1 | 2 | 1 | 1 | 11 | ||
(表中「東海」は第16回大会までは中部地区、「北信越」は第16回大会までは東海北陸地区)
- (第1ステージ)1回戦。(決勝ステージ)2回戦~決勝戦まで。
[編集] 放送での中継
- NHK教育テレビジョンで決勝戦の模様を生中継(編成の都合上録画放送または試合途中からの放送となる場合あり)で放送している。現在では社会人野球の公式戦が全国ネットの地上波放送でオンエアされる唯一の試合である。
- 但し2008年は決勝戦当日(11月23日)、地上波では関東大学ラグビーリーグ戦グループ(教育)、大相撲中継(九州場所 総合)が行われており、時間枠の都合が付かないためBS1で放送された。よってこの年は都市対抗との2大大会ともNHK BS1の独占放送であった。
[編集] 都市対抗野球との異同
- 都市対抗野球では補強選手制度があるが、日本選手権ではこの制度がない。よって、日本選手権の異名として単独チーム日本一決定戦がある。
- 都市対抗野球同様、1・3塁側の客席最前列に応援団用の特設ステージが設けられる。ただし、都市対抗野球で行われる応援団コンクールは日本選手権では行われず[13]、都市対抗野球ほどの応援団を結成しないチームも多い。
- 都市対抗野球では全席が入場可能であるが、日本選手権では基本的に外野席には客を入れず、内野席が埋まったときのみ開放する。内野上段席も同様。
- 都市対抗野球では選手名鑑を兼ねた大会ガイドブックが書店で販売されるが、日本選手権の選手名鑑は会場での頒布に限られる。
- 日本選手権の最終予選出場枠は全国9つの地区連盟ごとに割り当てられているが、都市対抗野球では関東が4つ(北関東・南関東・東京・神奈川)、近畿が3つ(京滋奈・阪和・兵庫)に細分化されている。
[編集] その他
- 1991年から1997年には全日本大学野球選手権大会の優勝チームとともに全日本アマチュア野球王座決定戦(アマチュア野球の日本シリーズ)で、真のアマチュア日本一を争っていたが、諸般の事情により廃止された。
[編集] 脚註
- ^ 1980年だけ日本で行われた第26回世界アマチュア野球選手権大会(現ワールドカップ選手権大会)が8月に開催された都合で、5月開催に繰り上げられた。代わりとして第51回都市対抗野球大会が11月に施行
- ^ 2007年(第34回大会)は、大会会期の直前に第37回IBAFワールドカップが行われ、同年の都市対抗で活躍した選手を中心に日本代表が編成された。 その結果、ワールドカップ期間中に日本選手権1回戦が行われ、日本選手権に代表選手を輩出したチームは代表選手抜きで1回戦を戦うことを余儀なくされた。
- ^ 2010年(第37回大会)は、大会期間中にアジア大会が開催され、社会人を中心に日本代表が編成された。日程が重複し、代表選手は1回戦のみ出場する。
- ^ 2011年度JABA公式大会開催について 日本野球連盟理事会決定事項 JABAプレスリリース 2011年3月25日告示
- ^ a b 仮に予定通り行われれば関東・東海・近畿・四国・九州(球場は日立・岡崎・わかさ京都と香川・レクザムスタジアム・北九州市民球場)の5箇所に分割しての開催を予定していた
- ^ JR九州が東京・四国の2大会で優勝したため、出場枠が3となった。
- ^ 新日本石油ENEOSが都市対抗・東京の2大会で優勝したため、出場枠が5となった。
- ^ Hondaが都市対抗・九州の2大会で優勝し、新日本石油ENEOSが東京・岡山の2大会で優勝したため、出場枠が6となった。
- ^ パナソニックが四国・京都・長野の3大会で優勝したため、出場枠が8となった。
- ^ ベーブルース杯で中日ドラゴンズファームが優勝したため、準優勝の西濃運輸が所属する東海地区の出場枠が4となった。
- ^ 8月開幕予定であった第82回都市対抗野球大会が秋に延期され、秋に開催予定であった本大会が中止された。このため第38回大会は第82回都市対抗を兼務する形で10月に京セラドームで行い、同大会優勝チームを本年度日本選手権者の扱いとすることも発表されている。
- ^ また、都市対抗が関東地方以外で開催されるのは史上初。
- ^ 2007年から、同様の趣旨で1~2チームに「元気賞」を主催者が贈っているが、都市対抗野球のように様々な賞は設けられていない。
[編集] 関連項目
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