立岡宗一郎
| 福岡ソフトバンクホークス #68 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 熊本県葦北郡田浦町(現:芦北町) |
| 生年月日 | 1990年5月18日(21歳) |
| 身長 体重 |
180cm 80kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 内野手 |
| プロ入り | 2008年 ドラフト2位 |
| 初出場 | 2010年8月15日 |
| 年俸 | 710万円(2011年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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立岡 宗一郎(たておか そういちろう、1990年5月18日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(内野手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
芦北町立田浦中学校では軟式野球部に所属し、投手として出場した熊本県大会で優勝、九州大会では準優勝。中学生にして速球が130km/h中盤を記録していた。野球以外にも陸上短距離選手として多く入賞している。鎮西高等学校では1年生の春から先発出場。守備位置は主に中堅手だが、中学校時代に経験していた投手や遊撃手もこなした。3年生では主将も務めたが、最高成績は県大会優勝で、全国大会出場は果たせなかった。
走(50m走:5秒9)、攻(高校通算28本塁打)、守(遠投110m・速球の最速147km/h)三拍子揃った逸材として、「秋山幸二2世」と注目を浴びる。2008年10月30日のドラフト会議において、福岡ソフトバンクホークスから2巡目で指名され、入団[1]。入団後、立岡は球団から遊撃手を中心に大型内野手として育成する方針を明かされた。
[編集] プロ入り後
2009年は一軍公式戦出場なし。ウエスタン・リーグでは61試合に出場して、打率.222・2本塁打だった。
2010年8月15日の対北海道日本ハムファイターズ戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)で、9回裏に小久保裕紀の代走として初出場するも、翌日に降格。この起用について秋山は「立岡に(1軍の)雰囲気を味わわせるため」と発言していた。8月17日の対オリックス・バファローズ戦(ウエスタン・リーグ)に1番・二塁手で起用されるも、熱中症のため1回裏の先頭打者でありながら交代した。
[編集] 人物
「宗一郎」の名は本田宗一郎に因む。
趣味は釣りで、同じく釣りを趣味としている馬原孝浩へ「弟子入り」を志願。また、同じ守備位置を争うと予想されていた川﨑宗則にも弟子入りを志願し、川﨑からは「来る者は拒まない。共に名前に『宗』の字があるから『ムネリンズ』やね」と歓迎された。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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| 2010 | ソフトバンク | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ---- | ---- | ---- |
| 通算:1年 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ---- | ---- | ---- | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2010年8月15日、対北海道日本ハムファイターズ17回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、9回裏に小久保裕紀の代走で出場
[編集] 背番号
- 7 (2009年 - 2011年)
- 68 (2012年 - )
[編集] 脚注
- ^ 同年オフから、ソフトバンク監督に就任した秋山が初めて指名した高校生選手となった。
[編集] 関連項目
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