猪本健太郎

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猪本 健太郎
福岡ソフトバンクホークス #68
Inomoto Kentaro.JPG
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 熊本県熊本市
生年月日 1990年12月23日(23歳)
身長
体重
183 cm
92 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手捕手
プロ入り 2008年 育成選手ドラフト4位
初出場 2014年7月29日
年俸 550万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

猪本 健太郎(いのもと けんたろう、1990年12月23日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手捕手)。

経歴[編集]

鎮西高校野球部では、高校通算31本塁打を記録。ドラフト2位で指名された立岡宗一郎とは高校の同級生である。

2008年10月30日ドラフト会議(育成選手ドラフト)で福岡ソフトバンクホークスから4位指名された。

2009年のシーズンは二軍のウエスタン・リーグに14試合出場。打率.278の成績であった。同年11月、左手尺側根伸筋腱脱臼による手術をする。

2010年7月22日フレッシュオールスターゲームに9番捕手でスタメン出場。東北楽天ゴールデンイーグルス戸村健次からソロ本塁打を放つ。このホームランは史上初となる育成選手のフレッシュオールスターゲームでのホームランで、優秀選手賞に選ばれるという快挙を成し遂げた[1]。その際に中日ドラゴンズ岩崎恭平と共に受けたインタビューにて、その「豪快」な性格を見せつけた。ひょうきんな性格であり、チームメートから愛される存在である。

2012年10月31日、規約に基づき自由契約公示され[1]11月10日に育成選手として再契約した[2]

2013年は二軍で86試合に出場し、14本塁打(リーグ2位)を放ちウエスタン・リーグ優勝に貢献した。11月21日に支配下登録され[3]、背番号は125から68に変更となった。11月23日に台湾で行われるウィンターリーグに向け出国。日本チームで一塁手として21試合に出場し打率.344、2本塁打19打点だった[2]

2014年7月29日、一軍登録され、同日郡山総合運動場開成山野球場で行われた対東北楽天ゴールデンイーグルス戦の9回の表一死二塁明石健志の代打としてプロ初出場。長谷部康平からレフトへヒットを放ち、打点は付かなかったが牧田明久のファンブルにより本多雄一が生還しチームは1点を挙げた。これがプロ初打席初安打となったが[3]、出塁後は代走の金子圭輔と交代したため守備機会はなかった。一軍出場はこの1試合のみで8月1日に登録抹消された。二軍では102試合に出場し、打率.300(リーグ5位)、17本、64打点(リーグ2位)とウエスタン・リーグの優勝に貢献し、11月26日のNPB_AWARDSで最多本塁打者として表彰された[4]

人物・エピソード[編集]

プレースタイル[編集]

二軍では2010年まで捕手として出場していたが、2011年から一塁手としても出場し、2012年以降は一塁手が主となり、2014年に捕手としての出場が無くなった。外野にも挑戦し、左翼手で2012年と2013年に二軍通算8試合出場している。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2014 ソフトバンク 1 1 1 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1.000 1.000 1.000 2.000
通算:1年 1 1 1 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1.000 1.000 1.000 2.000
  • 2014年度シーズン終了時


背番号[編集]

  • 125 (2009年 - 2013年)
  • 68 (2014年 - )

記録[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2012年度 自由契約選手(育成選手)”. 日本野球機構オフィシャルサイト (2012年10月31日). 2012年11月1日閲覧。
  2. ^ 育成選手契約締結のお知らせ”. 福岡ソフトバンクホークス (2012年11月10日). 2012年11月13日閲覧。
  3. ^ 支配下選手契約についてソフトバンク球団公式サイト 2013年11月21日配信

関連項目[編集]

外部リンク[編集]