野上亮磨

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野上 亮磨
埼玉西武ライオンズ #20
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県太宰府市
生年月日 1987年6月15日(25歳)
身長
体重
177 cm
71 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 ドラフト2位
初出場 2009年4月30日
年俸 2,800万円(2013年)
経歴(括弧内は在籍年)

野上 亮磨(のがみ りょうま、1987年6月15日 - )は、埼玉西武ライオンズ所属のプロ野球選手投手)。

目次

来歴・人物 [編集]

福岡県太宰府市出身。中学校時代はフレッシュリーグの筑紫エンデバーズに所属し、高校は神村学園高等部へ進学。同校3年次の2005年春の甲子園に出場して準優勝投手となる。ちなみにその時の決勝の相手愛工大名電高校には同級生に十亀剣、1つ年下に堂上直倫がいた。一躍プロのスカウトも注目する存在となり、プロ志望届を提出したが指名は無く、日産自動車に入社。

社会人時代は入社2年目の2007年から試合で起用され始め、当時エースだった石畝(いしぐろ)卓也とチームの2枚看板となり、同年は新日本石油ENEOSの補強選手として都市対抗野球へ初出場を果たした。翌2008年はエースピッチャーとして活躍、チームを2年ぶりに第79回都市対抗野球へと導いた。同年のドラフト会議埼玉西武ライオンズに2位で指名され、入団。

2009年、即戦力として、先発、中継ぎに起用され、25試合に登板。

2010年、引き続き、先発、中継ぎと起用され、登板試合数は増えたが、ノックアウトが目立ち、目立った戦果は残せなかった。

2011年、一軍での登板は4試合にまで減ったが、二軍では先発としてイースタンリーグの最多勝投手を受賞する。

2012年はキャンプから好調を維持し、開幕一軍スタート。ローテーションの谷間での先発やロングリリーフなどで登板していた。夏場以降はローテーションの一角として登板を続け、6連勝を含む、キャリアハイかつ昨年までの自己通算を上回る8勝を挙げた。

プレースタイル [編集]

平均球速約138km/h[1]、最速145km/hのストレートに縦のスライダーチェンジアップカーブを混ぜる[2]

詳細情報 [編集]

年度別投手成績 [編集]





















































W
H
I
P
2009 西武 25 7 0 0 0 3 5 1 3 .375 247 56.2 60 9 23 1 2 33 4 0 29 28 4.45 1.46
2010 27 8 0 0 0 2 2 0 1 .500 319 68.1 92 9 23 1 4 40 4 0 40 39 5.14 1.68
2011 4 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 20 4.1 8 2 0 0 0 3 0 0 5 5 10.38 1.86
2012 23 15 0 0 0 8 5 0 0 .615 496 115.1 128 8 36 0 5 49 0 0 42 38 2.97 1.42
通算:4年 79 30 0 0 0 13 13 1 4 .385 1582 244.2 288 28 82 2 11 79 8 0 116 110 4.05 1.51
  • 2012年度シーズン終了時

記録 [編集]

背番号 [編集]

  • 20 (2009年 - )

登場曲 [編集]

脚注 [編集]

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  1. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2013年、125頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  2. ^ 小関順二 『プロ野球スカウティングレポート2009』 アスペクトムック、2010年、370頁。ISBN 978-4-7572-1744-7

関連項目 [編集]