スコット・エリクソン

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スコット・エリクソン
Scott Erickson
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 カリフォルニア州ロングビーチ
生年月日 1968年2月2日(46歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
230 lb =約104.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1989年 ドラフト4巡目
初出場 1990年6月25日
最終出場 2006年6月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

スコット・ギャヴィン・エリクソンScott Gavin Erickson, 1968年2月2日 - )は、メジャーリーグベースボールの元選手。ポジションは投手アメリカ合衆国カリフォルニア州ロングビーチ出身。

経歴[編集]

ミネソタ・ツインズ[編集]

1986年のMLBドラフトニューヨーク・メッツから36巡目に、1987年のMLBドラフトヒューストン・アストロズから34巡目に、1988年のMLBドラフトトロント・ブルージェイズから44巡目に指名を受けるがいずれも契約せず。1989年のMLBドラフトミネソタ・ツインズから4巡目に指名を受け入団。翌1990年には早くもメジャーに昇格し、6月25日テキサス・レンジャーズ戦でメジャーデビュー。6回1失点で初勝利を挙げた。同年は19試合に登板し8勝4敗・防御率2.87を記録。1991年は開幕からローテーション入りすると、4月21日から6月24日にかけて12連勝を記録するなど前半戦は12勝3敗・防御率1.83の好成績で、オールスターゲームに初めて選出される。後半戦は防御率5.20と調子を落としたが、シーズン通算で20勝8敗・防御率3.18を記録し、ビル・ガリクソンと並んで最多勝のタイトルを獲得、前年地区最下位だったチームの地区優勝に大きく貢献した。トロント・ブルージェイズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第3戦に先発し勝敗は付かなかったが、チームは4勝1敗で4年ぶりのリーグ優勝を果たす。アトランタ・ブレーブスとのワールドシリーズでも第3戦・第6戦に先発し、いずれも勝敗は付かなかったが、チームは4勝3敗でワールドチャンピオンに輝いた。1992年は13勝12敗・防御率3.40とまずまずの成績だったが、1993年は開幕から不調が続き、8勝19敗・防御率5.19と不振。19敗と266被安打はリーグワーストだった。1994年4月27日ミルウォーキー・ブルワーズ戦でノーヒットノーランを達成するが、5月3日の同カードでは7失点を喫するなど不調が続き、8勝11敗・防御率5.44に終わる。1995年も4勝6敗・防御率5.95と調子が上向くことはなく、7月7日にトレードでボルティモア・オリオールズに移籍。

ボルティモア・オリオールズ[編集]

移籍後は9勝4敗・防御率3.89・7完投と復調。シーズン通算で13勝10敗・防御率4.81を記録し、3年ぶりに2桁勝利を挙げた。1996年は7月まで5勝9敗だったが、その後持ち直して13勝12敗を記録し、チームはワイルドカードを獲得する。クリーヴランド・インディアンズとのディヴィジョンシリーズでは第2戦に先発するが勝敗付かず。ニューヨーク・ヤンキースとのリーグチャンピオンシップシリーズでは2試合に先発したが、第5戦で失策絡みの6失点を喫して敗戦投手となり、チームは1勝4敗で敗退した。1997年は前半戦で11勝を挙げるなど好調で、最終的に16勝7敗・防御率3.69を記録し、チームの14年ぶりの地区優勝に貢献する。ポストシーズンでは計3試合に先発して2勝を挙げるが、チームはリーグチャンピオンシップシリーズでインディアンズに2勝4敗で敗退し、またもリーグ優勝を逃した。1998年は16勝13敗・防御率4.01、キャリアハイの186奪三振の成績で、36先発・11完投・251.1イニング・284被安打はリーグ最多だった。オフに球団と5年総額3,200万ドルの契約を結ぶ。1999年は15勝12敗、リーグトップの3完封を記録したが、リーグワーストの99四球を与えた。2000年は故障で出遅れ、5月に復帰するが不調で7月25日を最後に離脱。5勝8敗・防御率7.87に終わった。2001年は故障で一年間登板なし。2002年は4月に3年ぶりの完封勝利を挙げたがその後7連敗を喫し、5勝12敗・防御率5.55に留まる。2003年に再び故障で一年を棒に振り、オフにフリーエージェントとなった。

以後[編集]

2004年2月3日にメッツと契約するが、7月31日にトレードでテキサス・レンジャーズへ移籍。2005年ロサンゼルス・ドジャースと契約するが7月29日に解雇。2006年ニューヨーク・ヤンキースと契約するが、6月11日に解雇され、翌年現役引退を発表した。

黒を好み、スパイクはメーカーのロゴやラインまでも黒く塗りつぶして着用した。

獲得タイトル・記録[編集]

  • 最多勝 1回:1991年
  • オールスターゲーム出場 1回:1991年

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1990 MIN 19 17 1 0 0 8 4 0 -- .667 485 113.0 108 9 51 4 5 53 3 0 49 36 2.87 1.41
1991 32 32 5 3 0 20 8 0 -- .714 851 204.0 189 13 71 3 6 108 4 0 80 72 3.18 1.27
1992 32 32 5 3 0 13 12 0 -- .520 888 212.0 197 18 83 3 8 101 6 1 86 80 3.40 1.32
1993 34 34 1 0 0 8 19 0 -- .296 976 218.2 266 17 71 1 10 116 5 0 138 126 5.19 1.54
1994 23 23 2 1 0 8 11 0 -- .421 654 144.0 173 15 59 0 9 104 10 0 95 87 5.44 1.61
1995 15 15 0 0 0 4 6 0 -- .400 390 87.2 102 11 32 0 4 45 1 0 61 58 5.95 1.53
BAL 17 16 7 2 3 9 4 0 -- .692 446 108.2 111 7 35 0 1 61 2 2 47 47 3.89 1.34
'95計 32 31 7 2 3 13 10 0 -- .565 836 196.1 213 18 67 0 5 106 3 2 108 105 4.81 1.43
1996 34 34 6 0 4 13 12 0 -- .520 968 222.1 262 21 66 4 11 100 1 0 137 124 5.02 1.48
1997 34 33 3 2 1 16 7 0 -- .696 922 221.2 218 16 61 5 5 131 11 0 100 91 3.69 1.26
1998 36 36 11 2 1 16 13 0 -- .552 1102 251.1 284 23 69 4 13 186 4 0 125 112 4.01 1.40
1999 34 34 6 3 0 15 12 0 0 .556 995 230.1 244 27 99 4 11 106 10 0 127 123 4.81 1.49
2000 16 16 1 0 0 5 8 0 0 .385 446 92.2 127 14 48 0 5 41 3 0 81 81 7.87 1.89
2002 29 28 3 1 0 5 12 0 0 .294 719 160.2 192 20 68 2 8 74 5 0 109 99 5.55 1.62
2004 NYM 2 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 42 8.0 15 1 4 0 0 3 1 0 9 7 7.88 2.38
TEX 4 4 0 0 0 1 3 0 0 .250 94 19.0 23 2 16 0 0 6 1 0 13 13 6.16 2.05
'04計 6 6 0 0 0 1 4 0 0 .200 136 27.0 38 3 20 0 0 9 2 0 22 20 6.67 2.15
2005 LAD 19 8 0 0 0 1 4 0 0 .200 249 55.1 62 12 25 0 4 15 1 0 37 37 6.02 1.57
2006 NYY 9 0 0 0 0 0 0 0 2 ---- 57 11.1 13 2 7 2 3 2 0 0 12 10 7.94 1.76
通算:15年 389 364 51 17 9 142 136 0 2 .511 10284 2360.2 2586 228 865 32 103 1252 68 3 1306 1203 4.59 1.46
  • 各年度の太字はリーグ最高

外部リンク[編集]