チャド・コルデロ

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チャド・コルデロ
Chad Cordero
Chad Cordero.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州アップランド
生年月日 1982年3月18日(32歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2003年 MLBドラフト1巡目(全体20位)でモントリオール・エクスポズから指名
初出場 2003年8月30日
最終出場 2010年7月9日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国 アメリカ合衆国
WBC 2006年

チャド・コルデロ(Chad Patrick Cordero, 1982年3月18日 - )は、MLBの元投手カリフォルニア州アップランド出身。右投右打。

経歴[編集]

カリフォルニア州チノのドン・アントニオ・ルーゴ高校を卒業する際にサンディエゴ・パドレスからドラフト26巡目(全体769位)指名を受けるが、入団せずカリフォルニア州立大学フラトン校に入学する。カレッジ・ワールドシリーズを4度制した強豪の同校野球部でコルデロは抑え投手となり、3年間で12勝8敗34セーブを挙げてチームを2度のカレッジ・ワールドシリーズ出場へ導いた。人望が厚く、チームメートから「チーフ」とニックネームが付けられた[1]

2003年のドラフトではモントリオール・エクスポズ(現ワシントン・ナショナルズ)から1巡目(全体20位)で指名され、入団。マイナーリーグ High-A級で19試合に登板すると、8月30日にはAA級・AAA級をとばしてメジャーデビューした。ドラフト指名されたのは6月3日で、メジャーデビューまでは2か月と27日しか経っていない。9月18日のメッツ戦でメジャー初セーブを記録している。

2004年は開幕からミドルリリーフとして起用され、6月6日までに27試合に登板し、1勝1敗・8ホールド防御率2.18の成績を残した[2]。この活躍を受け6月8日、フランク・ロビンソン監督はコルデロを、不調のロッキー・ビドルに替わる抑えに指名した[2]。抑え投手としての初セーブは6月19日のホワイトソックス戦。このシーズンは球団新人記録を4セーブ上回る14セーブを挙げた[2]

チームがワシントンD.C.へ移転した2005年には、47セーブを記録。これは1993年ジョン・ウェッテランドが記録した43セーブを上回る球団新記録であり[3]、この年のリーグ最多でもあった。また、6月の1か月間で15セーブを挙げ同月のメジャー最多記録に並ぶなど[4]、記録ずくめの1年となった。オールスターゲームにも初選出されている。

2006年のシーズン前に開催されたワールド・ベースボール・クラシックでもアメリカ合衆国代表に選出。しかし大会終了後に開幕したMLBレギュラーシーズンでは前年からセーブ数を18減らし、防御率も1.37悪化した。オフにはトレードで他球団に移籍すると報道されたが[要出典]、結局残留。

2007年は、シーズン序盤こそ病を患った祖母が心配で野球に集中できず[5]、15登板でセーブ失敗4・防御率4.70と不振に陥ったものの、見舞い休暇から復帰後は61登板で33セーブ・防御率3.02と立ち直った。6月12日のオリオールズ戦でセーブを挙げ、フランシスコ・ロドリゲスに次いで史上2番目の若さとなる25歳86日での通算100セーブを達成した[6]。しかし、2008年は肩の故障で6試合の登板に終わりFAとなった。

2009年3月12日、シアトル・マリナーズとマイナー契約。2010年6月、引退したケン・グリフィー・ジュニアに代わってメジャーに昇格し、2008年4月以来のメジャー登板を果たした。

2011年トロント・ブルージェイズのマイナー契約を結ぶが、メジャー昇格を果たせないまま6月20日に現役引退を表明した[7]

投球スタイル[編集]

持ち球は速球、スライダーチェンジアップ。速球の球速は平均90mph(約144.8km/h)超、最速でも95mph(約152.9km/h)と、抑え投手の中では決して速くはない[8]。スライダーは曲がりが小さく鋭い。これらを制球よく投げ分けて打者を打ち取る。メジャー5年間の通算GO/AO(フライアウトとゴロアウトの比率。数字が1より高ければゴロが多く、低ければフライが多い)は0.66と、飛球で打ち取る割合が高い。

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2003 MON
WSH
12 0 0 0 0 1 0 1 1 1.000 40 11.0 4 1 3 1 0 12 1 0 2 2 1.64 0.64
2004 69 0 0 0 0 7 3 14 8 .700 357 82.2 68 8 43 4 1 83 5 0 28 27 2.94 1.34
2005 74 0 0 0 0 2 4 47 0 .333 300 74.1 55 9 17 2 2 61 0 0 24 15 1.82 0.97
2006 68 0 0 0 0 7 4 29 0 .636 307 73.1 59 13 22 5 3 69 0 0 27 26 3.19 1.10
2007 76 0 0 0 0 3 3 37 1 .500 321 75.0 75 8 29 3 0 62 5 1 31 28 3.36 1.39
2008 6 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 22 4.1 6 0 3 1 0 5 1 0 1 1 2.08 2.08
2010 SEA 9 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 41 9.2 10 1 5 0 1 6 1 0 7 7 6.52 1.55
通算:7年 314 0 0 0 0 20 15 128 11 .571 1388 330.1 277 40 122 16 7 298 13 1 120 106 2.89 1.21
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • MON(モントリオール・エクスポズ)は、2005年にWSH(ワシントン・ナショナルズ)に球団名を変更

獲得タイトル・表彰[編集]

参考資料[編集]

  1. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、300項。ISBN 978-4-331-51213-5
  2. ^ a b c Chad Cordero 2004 Career Highlights” (英語). 2008年6月1日閲覧。
  3. ^ Washington Nationals Pitching Leaders - Baseball-Reference.com” (英語). 2008年6月1日閲覧。
  4. ^ Chad Cordero 2005 Career Highlights” (英語). 2008年6月1日閲覧。
  5. ^ Associated Press, "Nats' Cordero placed on bereavement list," ESPN.com, May 8, 2007. 2007年12月8日閲覧。
  6. ^ Chad Cordero 2007 Career Highlights” (英語). 2008年6月1日閲覧。
  7. ^ Hail to the Chief, Cordero Retires” (英語). Saints Baseball. 2012年3月26日閲覧。
  8. ^ 出村義和23歳C・コルデロがスピード出世できた訳。」 『NumberWeb』、2005年。2007年12月8日閲覧。

外部リンク[編集]