J.J.プッツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
J.J.プッツ
J.J. Putz
フリーエージェント (FA)
J. J. Putz 2011.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシガン州トレントン
生年月日 1977年2月22日(37歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
250 lb =約113.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1999年 ドラフト6巡目でシアトル・マリナーズから指名
初出場 2003年8月11日 トロント・ブルージェイズ
年俸 $6,500,000(2013年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
WBC 2009年

ジョセフ・ジェイソン・プッツJoseph Jason "J.J." Putz , 1977年2月22日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州トレントン出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

経歴[編集]

ミシガン大学最終学年の1999年ドラフト6巡目でシアトル・マリナーズから指名を受け入団。2000年まではA級に、2001年はAA級サンアントニオ・ミッションズに在籍し、当時は90マイルの速球、カーブとチェンジアップが武器であった[2]

右肩を痛め、2002年は開幕から故障者リスト入りで迎え、リハビリの過程で首脳陣と話し合い、右肩の負担を減らすためワインドアップをやめることを決断した[2]。これにより球速が5マイル速くなり、ツーシームの方がフォーシームより速いという特徴が顕著になった[2]

2003年のキャンプに中継ぎ転向を命じられ[2]8月11日トロント・ブルージェイズ戦でメジャーデビューを果たす。翌2004年開幕直前にロースターから漏れ、4月にメジャー昇格・降格を繰り返したが[3]、メジャー定着した。最初の登板から10試合連続無失点を記録し、8月7日には初セーブを記録し、故障したエディ・グアダードに代わって9セーブを挙げる。

その後2005年までは正クローザーはグアダードで固定されたためにセットアッパーとして投げる。当時は直球主体で押し切るスタイルだった[4]2006年のキャンプでグアダードから「これを試してみたらどうだ。ノーシームだよ」と投げると落差が大きくなり、ボールの動きが安定し、スプリッターが改善された[2]

2006年5月、師と仰ぎ、メンタル面での心構えなど、クローザーとして不可欠なものを正クローザーのグアダードから多く学んだ[5]が彼が不振に陥ったため、7月6日にトレードでシンシナティ・レッズへ移籍し[6]、代わりにクローザーへ転向[2]リリーフとしてはア・リーグ1位の104奪三振を記録するなど自身最高のシーズンを送り、1年でクローザーの地位を確立した。

2007年1月、マリナーズと3年総額1,310万ドル、4年目の2010年は球団のオプションで860万ドルで契約を結んだ[7]。そして迎えた2007年シーズンは68試合に登板し、球団史上佐々木主浩の45セーブに次ぐ球団歴代2位となる40セーブを記録した[2]オールスターに初めて選出され、ローレイズ・リリーフマン賞を球団史上初めて受賞した。

2008年は4月1日のテキサス・レンジャーズ戦で右わき腹を痛め15日の故障者リストに入る。その後復帰するものの球威が戻らずセーブ失敗を繰り返し、11日のトロント・ブルージェイズ戦では右ひじを痛め13日に再び故障者リストに入った。結局、08年シーズンのセーブ失敗8個は、クローザー転向以来最悪の数字となった。

2008年12月10日にマリナーズ、ニューヨーク・メッツクリーブランド・インディアンスの間で計12選手が移籍する三角トレードが成立し、ショーン・グリーンジェレミー・リードと共にメッツへ移籍した[8]

2009年は抑えのフランシスコ・ロドリゲスに繋ぐセットアッパーとしてメッツでのキャリアをスタートさせた。

2009年12月11日に1年300万ドルでシカゴ・ホワイトソックスと契約した[9]2010年5月14日から7月20日まで25試合連続無失点とし、球団記録を更新した。記録は27試合連続無失点まで伸ばした。 12月7日、2年総額1,000万ドルでアリゾナ・ダイヤモンドバックスと契約した。2013年の650万ドルはオプションとなった。

プレースタイル・人物[編集]

平均95 - 99mph(約152.9 - 159.3km/h)・最高102mph(約164.2km/h)を計時した事もあるストレートスプリットが主体であるが、カーブスライダーも投げることができる[4]

入場時に用いる曲は、AC/DCのThunderstruckを選んでいる。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2003 SEA 3 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 18 3.2 4 0 3 0 0 3 0 0 2 2 4.91 1.91
2004 54 0 0 0 0 0 3 9 3 .000 275 63.0 66 10 24 4 5 47 1 0 35 33 4.71 1.43
2005 64 0 0 0 0 6 5 1 21 .545 259 60.0 58 8 23 2 2 45 2 0 27 24 3.60 1.35
2006 72 0 0 0 0 4 1 36 5 .800 303 78.1 59 4 13 1 2 104 1 0 20 20 2.30 0.92
2007 68 0 0 0 0 6 1 40 0 .857 260 71.2 37 6 13 0 2 82 3 0 11 11 1.38 0.70
2008 47 0 0 0 0 6 5 15 0 .545 211 46.1 46 4 28 2 2 56 2 0 20 20 3.88 1.60
2009 NYM 29 0 0 0 0 1 4 2 10 .200 135 29.1 29 1 19 4 0 19 1 0 18 17 5.22 1.64
2010 CWS 60 0 0 0 0 7 5 3 14 .583 219 54.0 41 4 15 2 1 65 4 0 18 17 2.83 1.04
2011 ARI 60 0 0 0 0 2 2 45 0 .500 229 58.0 41 4 12 0 2 61 2 0 15 14 2.17 0.91
2012 57 0 0 0 0 1 5 32 0 .167 218 54.1 45 4 11 1 2 65 3 0 18 17 2.82 1.03
2013 40 0 0 0 0 3 1 6 6 .750 140 34.1 26 4 17 1 0 38 3 0 9 9 2.36 1.25
通算:11年 554 0 0 0 0 36 32 189 59 .529 2267 553.0 452 49 178 17 18 585 22 0 193 184 2.99 1.14
  • 2013年度シーズン終了時

獲得タイトル・表彰[編集]

背番号[編集]

  • 20 (2003年 - 2008年)
  • 22 (2009年)
  • 40 (2010年 - )

参考資料[編集]

  1. ^ J.J. Putz Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2013年12月21日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 小林信行「終わりの合図 JJ・プッツ[マリナーズ#20]」『スラッガー』2008年6月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-6、50 - 53項
  3. ^ Transactions April, 2004” (英語). MLB.com. 2008年8月12日閲覧。
  4. ^ a b "Notes: Putz excels as closer," June 10 2006, MLB.com
  5. ^ "Notes: Putz has a mentor in Guardado," May 7 2006, MLB.com
  6. ^ Eddie Guardado Transactions” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年8月12日閲覧。
  7. ^ Mariners closer agrees to $13.1M, three-year contract ESPN,com 2008年3月15日閲覧
  8. ^ Three-team blockbuster nets Mets Putz Mariners and Indians involved in 12-player Meetings deal”. mlb.com. 2008年12月11日閲覧。
  9. ^ Levine, Bruce (2009年12月11日). “White Sox sign former closer Putz”. ESPN. 2009年12月11日閲覧。

外部リンク[編集]