日本プロ野球名球会
| 略称 | 名球会、GPC |
|---|---|
| 前身 | 株式会社日本プロ野球名球会 |
| 設立年 | 2010年10月15日 |
| 種類 | 一般社団法人 |
| 目的 | 社会の恵まれない人達への還元と日本プロ野球界の底辺拡大 |
| 本部 | 東京都中央区京橋 |
| 貢献地域・分野 | |
| 会長 | 王貞治(理事長) |
| 重要人物 | 柴田勲(副理事長) |
| ウェブサイト | http://www.meikyukai.co.jp/ |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 略称 | 名球会、GPC |
| 本社所在地 | 〒104-0031 東京都中央区京橋二丁目12番3号(※1.) |
| 設立 | 1981年9月8日 |
| 業種 | サービス業 |
| 代表者 | 代表精算人:柴田勲(※2.) |
| 関係する人物 | 金田正一(創立者) |
| 外部リンク | http://www.meikyukai.co.jp/ |
| 特記事項:2011年2月12日解散 ※1.2009年11月に東京都渋谷区神南一丁目5番地7号より移転。 ※2.設立から2009年12月3日までは、金田正一が務めた。 |
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| 日本プロ野球名球会 The Golden Players Club |
|
|---|---|
| 創立者 | 金田正一 |
| 団体種類 | 任意団体 |
| 設立 | 1978年7月24日 |
| 所在地 | 東京都中央区京橋(※1.) |
| 主要人物 | 王貞治(※2.) |
| 活動地域 | |
| 主眼 | 社会の恵まれない人達への還元と日本プロ野球界の底辺拡大 |
| 活動手段 | 野球指導・イベント開催 |
| ウェブサイト | http://www.meikyukai.co.jp/ |
| ※1.2009年11月に東京都渋谷区神南一丁目5番地7号より移転。 ※2.設立から2009年12月3日までは、金田正一が務めた |
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日本プロ野球名球会(にっぽんプロやきゅうめいきゅうかい、英名:The Golden Players Club)は、日本のプロ野球でプレーした一部の選手および元選手による法人および私的機関である。通称:名球会(めいきゅうかい)。
1978年7月24日に金田正一が中心になって設立された。昭和生まれの選手および元選手によって構成されるため「昭和名球会(しょうわめいきゅうかい)」とも呼ばれる。
目次 |
[編集] 概要
当初は任意団体であった。1981年9月8日、税法上の理由から株式会社として法人化。「株式会社日本プロ野球名球会」を設立した(代表取締役に金田が、取締役に王貞治・長嶋茂雄がそれぞれ就任)。
「社会の恵まれない人達への還元と日本プロ野球界の底辺拡大に寄与する」ことを目的として、少年野球教室やOBオールスターゲームをはじめとする野球の普及・促進活動や、ボランティア活動などを行っている。また、会員の講演会への派遣事業などを行っており、実質会員のマネジメント会社という一面も持っている。
創立から長らく、任意団体の会長・株式会社の代表ともに金田が務めてきたが、2009年10月27日に辞表を提出、12月3日の株主総会をもって会長・代表取締役を辞任した。この際新しい取締役として柴田勲が就任した。12月13日には埼玉県熊谷市のヘリテイジ・リゾートにて総会が開かれ、王が会長、柴田が代表取締役となり、副会長は王・長嶋に代わって山本浩二、山田久志、東尾修の3人が就くことが決まった。
2009年時点は任意団体と株式会社がそれぞれ独立して、並立した状態にある。任意団体側の会員のうち、最近入会した会員はまだ株式会社側の株主になっていないことも、両者が別組織であることを示している。[要出典]
2010年10月15日に一般社団法人として現組織を設立し[1]、株式会社としての法人は、2011年2月12日の株主総会で解散した[2]。
[編集] 会員
名球会は、以下の参加資格を満たした昭和時代(1926年12月25日 - 1989年1月7日)生まれの日本プロ野球の選手または元選手によって構成されている。国籍は問わないので、参加資格を満たせば外国人選手・元選手も入会でき、2011年シーズン終了時点での外国人会員は張本勲や王貞治がいる。
- 投手として通算200勝利以上、または通算250セーブ以上
- 打者として通算2000安打以上
- 通算成績には、メジャーリーグでの成績も合算される(2003年12月に改定)。なお韓国プロ野球や台湾プロ野球など、NPB・MLB以外での記録は含まない。
- プロ野球マスターズリーグにおいて、現役時代の成績と合算して資格を満たした選手を、会員に準ずる「名誉会員」として顕彰を行う。
会員の構成と通算成績は次の通り。データはいずれも2011年シーズン終了時。
※は現役選手。◎は発足時からの会員。△は日米通じての達成者。☆は最年少達成者。✚は故人。
[編集] 投手
- 勝利(資格200勝以上)
| 選手名 | 最終勝数 | 達成日 | 達成時年齢 | 最終所属球団 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 米田哲也 | 350 | 1966年8月14日 | 28歳5ヶ月 | 近鉄 | ◎ |
| 小山正明 | 320 | 1964年8月13日 | 30歳0ヶ月 | 大洋 | ◎ |
| 鈴木啓示 | 317 | 1977年4月26日 | 29歳6ヶ月 | 近鉄 | ◎ |
| 山田久志 | 284 | 1982年4月29日 | 34歳0ヶ月 | 阪急 | |
| 稲尾和久 | 276 | 1962年8月25日 | 25歳2ヶ月 | 西鉄 | ◎✚ |
| 梶本隆夫 | 254 | 1967年6月6日 | 32歳1ヶ月 | 阪急 | ◎✚ |
| 東尾修 | 251 | 1984年9月15日 | 34歳3ヶ月 | 西武 | |
| 工藤公康 | 224 | 2004年8月17日 | 41歳3ヶ月 | 西武 | |
| 村山実 | 222 | 1970年7月7日 | 34歳6ヶ月 | 阪神 | ◎✚ |
| 皆川睦雄 | 221 | 1968年10月6日 | 33歳3ヶ月 | 南海 | ◎✚ |
| 村田兆治 | 215 | 1989年5月13日 | 39歳5ヶ月 | ロッテ | |
| 北別府学 | 213 | 1992年7月16日 | 35歳0ヶ月 | 広島 | |
| 山本昌広 (山本昌) |
210※ | 2008年8月4日 | 42歳11ヶ月 | 中日※ | ※ |
| 江夏豊 | 206 | 1982年7月2日 | 34歳1ヶ月 | 西武 | |
| 堀内恒夫 | 203 | 1980年6月2日 | 32歳4ヶ月 | 巨人 | |
| 平松政次 | 201 | 1983年10月21日 | 36歳1ヶ月 | 大洋 | |
| 野茂英雄 | 201 (日78/米123) |
2005年6月15日 | 36歳9ヶ月 | ロイヤルズ | △ |
- 救援(資格250セーブ以上)
| 選手名 | 最終セーブ数 | 達成日 | 達成時年齢 | 最終所属球団 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 佐々木主浩 | 381 (日252/米129) |
2000年7月16日 | 32歳4ヶ月 | 横浜 | △ |
| 高津臣吾 | 313※ (日286/米27) |
2003年8月16日 | 34歳8ヶ月 | ヤクルト(08年に韓国、09年に米マイナー、 10年に台湾、11年にBCリーグ所属。いずれも名球会対象外)※ |
※△ |
| 岩瀬仁紀 | 313※ | 2010年6月16日 | 35歳7ヶ月 | 中日※ | ※ |
[編集] 野手
- 安打(資格2000本以上)
| 選手名 | 最終安打数 | 達成日 | 達成時年齢 | 最終所属球団 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 鈴木一朗 (イチロー) |
3706※ (日1278/米2428) |
2004年5月21日 | 30歳6ヶ月 | マリナーズ※ | ☆△※ |
| 張本勲 | 3085 | 1972年8月19日 | 32歳2ヶ月 | ロッテ | ◎ |
| 王貞治 | 2786 | 1974年8月4日 | 34歳2ヶ月 | 巨人 | ◎ |
| 松井秀喜 | 2629※ (日1390/米1239) |
2007年5月6日 | 32歳10ヶ月 | アスレチックス※ | ※△ |
| 門田博光 | 2566 | 1987年8月26日 | 39歳6ヶ月 | ダイエー | |
| 衣笠祥雄 | 2543 | 1983年8月9日 | 36歳6ヶ月 | 広島 | |
| 福本豊 | 2543 | 1983年9月1日 | 35歳9ヶ月 | 阪急 | |
| 立浪和義 | 2480 | 2003年7月5日 | 33歳10ヶ月 | 中日 | |
| 長嶋茂雄 | 2471 | 1971年5月25日 | 35歳3ヶ月 | 巨人 | ◎ |
| 土井正博 | 2452 | 1977年7月5日 | 33歳6ヶ月 | 西武 | ◎ |
| 金本知憲 | 2447※ | 2008年4月12日 | 40歳0ヶ月 | 阪神※ | ※ |
| 石井琢朗 | 2425※ | 2006年5月11日 | 35歳8ヶ月 | 広島※ | ※ |
| 山本浩二 | 2339 | 1984年5月5日 | 37歳6ヶ月 | 広島 | |
| 高木守道 | 2274 | 1978年4月5日 | 36歳8ヶ月 | 中日 | ◎ |
| 山内一弘 | 2271 | 1967年10月14日 | 35歳5ヶ月 | 広島 | ◎✚ |
| 大杉勝男 | 2228 | 1981年7月21日 | 36歳4ヶ月 | ヤクルト | ✚ |
| 大島康徳 | 2204 | 1990年8月21日 | 39歳10ヶ月 | 日本ハム | |
| 松井稼頭央 | 2188※ (日1573/米615) |
2009年8月15日 | 33歳9ヶ月 | 楽天※ | ※△ |
| 若松勉 | 2173 | 1985年10月9日 | 38歳5ヶ月 | ヤクルト | |
| 広瀬叔功 | 2157 | 1972年7月1日 | 35歳10ヶ月 | 南海 | ◎ |
| 秋山幸二 | 2157 | 2000年8月18日 | 38歳4ヶ月 | ダイエー | |
| 清原和博 | 2122 | 2004年6月4日 | 36歳9ヶ月 | オリックス | |
| 前田智徳 | 2099※ | 2007年9月1日 | 36歳2ヶ月 | 広島※ | ※ |
| 古田敦也 | 2097 | 2005年4月24日 | 39歳8ヶ月 | ヤクルト | |
| 松原誠 | 2095 | 1980年4月23日 | 36歳3ヶ月 | 巨人 | |
| 山崎裕之 | 2081 | 1983年9月18日 | 37歳8ヶ月 | 西武 | |
| 藤田平 | 2064 | 1983年5月3日 | 35歳6ヶ月 | 阪神 | |
| 有藤通世 | 2057 | 1985年7月11日 | 38歳6ヶ月 | ロッテ | |
| 江藤慎一 | 2057 | 1975年9月6日 | 37歳11ヶ月 | ロッテ | ◎✚ |
| 小笠原道大 | 2057※ | 2011年5月5日 | 37歳6ヶ月 | 巨人※ | ※ |
| 加藤英司 | 2055 | 1987年5月7日 | 38歳11ヶ月 | 南海 | |
| 新井宏昌 | 2038 | 1992年7月8日 | 40歳2ヶ月 | 近鉄 | |
| 野村謙二郎 | 2020 | 2005年6月23日 | 38歳9ヶ月 | 広島 | |
| 柴田勲 | 2018 | 1980年8月7日 | 36歳5ヶ月 | 巨人 | |
| 田中幸雄 | 2012 | 2007年5月17日 | 39歳5ヶ月 | 日本ハム | |
| 駒田徳広 | 2006 | 2000年9月6日 | 37歳11ヶ月 | 横浜 | |
| 松永浩美 | 2003 (1904+99) |
2006年11月25日 | 46歳1ヶ月 | ダイエー (福岡ドンタクズ) |
名誉会員 マスターズリーグの99本を合計 |
[編集] 退会者
- 投手(200勝以上)
| 選手名 | 最終勝数 | 達成日 | 達成時年齢 | 最終所属球団 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 金田正一 | 400 | 1958年6月6日 | 25歳1ヶ月 | 巨人 | ☆◎ |
- 野手(2000本安打以上)
| 選手名 | 最終安打数 | 達成日 | 達成時年齢 | 最終所属球団 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 野村克也 | 2901 | 1970年10月18日 | 35歳3ヶ月 | 西武 | ◎ |
| 榎本喜八 | 2314 | 1968年7月21日 | 31歳7ヶ月 | 西鉄 | |
| 谷沢健一 | 2062 | 1985年10月23日 | 38歳1ヶ月 | 中日 |
退会者の詳細については、後述も参照。
[編集] 問題点
名球会は、その入会条件や会の実態について疑問視されることも多い。
[編集] 入会資格について
入会資格については設立当初から不備が数多く指摘されてきた。特に、創設当時「往年の名選手」として一般的に認められていた選手が入会できないことには、疑問の声が多かった。他にも、以下のような問題点がある。
- 短期間に活躍した選手は入会できない。
- 投手の入会条件は200勝もしくは250セーブとなっているが、勝数とセーブ数が同一の基準で換算されることはない。
- 奪三振や、本塁打や盗塁の数は対象外である(福本豊の通算800盗塁に対しては特例による入会を認めた。もっとも本人が辞退し、後に2000安打達成で正式入会)。
以前は「アメリカメジャーリーグにおける成績の算入」および「通算250セーブ以上」による入会は認められていなかった。有力な選手がアメリカメジャーリーグに移籍することが多くなったことと、投手の分業化が進んで救援投手の評価が高まったことによって改定された。改定前に当該成績を残した選手に対しても遡及して適用される。
名球会の規定する入会資格を満たしたうえで、入会の意思を示した者だけが会員となる。有資格者でも会員となっていない選手または元選手がいる。
- 規約の改正(アメリカメジャーリーグにおける成績の算入)後は「助っ人外国人」(他国から来日してきた)選手にも有資格者が出てきた。その成績の大半がアメリカ(MLB)であげたものであり、日本プロ野球(NPB)の選手で構成される名球会の性格にそぐわないおそれがある。名球会側も外国人選手への勧誘には消極的で、公式ホームページの「入会予定者」を紹介するページにタフィ・ローズ(プロ一軍通算安打の大半をNPBで記録)が記載されていないなど、外国人選手は事実上排除されている状態である。しかし、MLBの記録を算入するよう規約を改正する以前、名球会ホームページのQ&Aのコーナーでは、「もちろん助っ人外国人でも条件を満たせば加入できます」との回答が記載されていた。
- 1995年に2000安打を達成した落合博満は、入団当初に自身のバッティングフォームを金田正一を含む一部の名球会会員に酷評されたことや、残した数字だけで判断するのはおかしいといった疑問から、入会を拒否した。現役時代から公然と入会拒否を表明していたのは今のところ落合のみ。
- 榎本喜八は引退後野球界との関わりを完全に絶っており、病気などを理由に発足以来一度も会合に参加していない。そのため入会辞退扱いとなっている。
[編集] 会の実態について
名球会の「昭和生まれ限定」という入会資格は、初代会長・金田が名球会を仕切るために、自分よりも年上で権威があった川上哲治や別所毅彦などを入会できないようするために作られた条件だとされる。 ※ このため、金田より年長者は山内一弘のみである。
新たに入会した選手に対しては、金田から名球会ブレザーを着せてもらうという「名球会ブレザー贈呈式」が行われていた(2000年代前半までは試合後の記者会見で主にチーム内やチームOBの会員にブレザーを着せてもらうという形式が主だったが、それ以後は達成後のホームゲームで連盟の表彰式と併せて金田出席の公開ブレザー贈呈式が開催されるように)。この儀式に象徴されるように、金田による団体の私物化は著しく、そのブレザーを「カネやん賞」と揶揄する声もある。
2009年11月まで金田の個人事務所「株式会社カネダ企画」内に名球会事務所が設けられていて、2009年3月ごろまでは、名球会グッズのオンラインショッピングの運営もカネダ企画が行っていた。そのため、会自体が「“金田の金稼ぎ”組織にすぎない」との批判も多く、週刊新潮2007年5月24日号では金田が名球会の多大な利益で私腹を肥やしているという記事が掲載された。
2009年11月に金田が名球会とトップから退いたことは、金田のワンマン運営と金銭関係の不透明さへ不満を持った一部会員がクーデターを起こしたためだと報じられている[3]。金田の退陣後、名球会事務所はカネダ企画社内から東京都中央区京橋のビルに移転し[4]、オンラインショッピングも現在では名球会の直営となっている。
一方、週刊ポスト2009年12月11日号では、カネダ企画自体に実質的な儲けはほとんどなく、利益をほとんど生まない名球会を最低限のコストで存続、安定運営するための方策であったと報じ、金田への批判は固定化された金田のイメージを利用した悪意に近い偏見としている。
名球会は単なる私的仲良しクラブであり、それ以上の存在ではないとの批判も多い。名球会に入会したばかりの選手がハワイで行われる総会へ初参加する際には、金田をはじめとする先輩OBへのビール注ぎなどいわゆる“パシリ”行為をやらされる。現役選手の会員でもこれを嫌って名球会行事に出席しないことがあるという。
名球会の活動は、毎年末に行われテレビでも放送される「名球会ゴルフ」で知られる。野村克也はゴルフ嫌いであることから、2000年代あたりには名球会のハワイ総会を参加辞退している。名球会ゴルフはチャリティと銘打たれており、ゲームで負けた会員からチップを徴収し、その全額を日本赤十字社に寄付するといった事もしている。日本プロ野球OBクラブとの合同でのイベント「ドリーム・ベースボール」を全国で開催するなど、その目的に沿った活動を行っている。
[編集] 名球会入会資格関連者
[編集] 入会有資格者
15名。
- 名球会入りしたが、退会
- 金田正一 - 400勝※創立メンバー
- 野村克也 - 2901安打※創立メンバー
- 榎本喜八 - 2314安打※結成当初は会員名簿に入っていたが、当初から参加しておらず、後に退会扱いされた。
- 谷沢健一 - 2062安打
- 本人の意志で名球会入りを辞退もしくは拒否
- 落合博満 - 2371安打
- 有資格者ながら未勧誘
- マティ・アルー - 2035安打(日258/米1777)
- ウォーレン・クロマティ - 2055安打(日951/米1104)
- リッチ・ゴセージ - 318セーブ(日8/米310)
- レジー・スミス - 2154安打(日134/米2020)
- ウィリー・デービス - 2798安打(日237/米2561)
- ラリー・パリッシュ - 2016安打(日227/米1789)
- トニー・フェルナンデス - 2397安打(日121/米2276)
- フリオ・フランコ - 2872安打(日286/米2586)
- ロイ・ホワイト - 2151安打(日348/米1803)
- ビル・マドロック - 2123安打(日115/米2008)
[編集] 昭和生まれでないため入会資格がない者
杉下、川上以外は全て故人である。
- 投手
- ヴィクトル・スタルヒン - 303勝(設立当時故人)
- 中尾碩志 - 209勝(設立当時故人)
- 若林忠志 - 237勝(設立当時故人)
- 打者
- 川上哲治 - 2351安打
[編集] 関連項目
- 日本プロ野球OBクラブ
- 500本塁打クラブ
- 300勝クラブ
- 野球殿堂 (日本)
- ぎょうせい - 出版社。名球会員の伝記漫画書籍発行や、名球会イベントの企画制作にも関わっている。
- 日本名輪会 - 競輪版名球会ともいえる組織。
- 日本サッカー名蹴会 - サッカー版名球会ともいえる組織。2010年9月発足。
- プロボクシング・世界チャンピオン会 - ボクシング版名球会ともいえる組織。2010年5月19日に発足。
- THE ALFEE - 単独有料コンサート通算2000回達成を記念して名球会ブレザーを贈呈された(2005年)。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
|
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|---|---|---|
| 日本野球機構 日本プロフェッショナル野球組織 |
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| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |
| 読売ジャイアンツ | 東京ヤクルトスワローズ | 横浜DeNAベイスターズ | 中日ドラゴンズ | 阪神タイガース | 広島東洋カープ | 北海道日本ハムファイターズ | 東北楽天ゴールデンイーグルス | 埼玉西武ライオンズ | 千葉ロッテマリーンズ | オリックス・バファローズ | 福岡ソフトバンクホークス | |
| イースタン・リーグ | ウエスタン・リーグ | |
| 北海道日本ハムファイターズ | 東北楽天ゴールデンイーグルス | 埼玉西武ライオンズ | 千葉ロッテマリーンズ | 読売ジャイアンツ | 東京ヤクルトスワローズ | 横浜DeNAベイスターズ | 中日ドラゴンズ | 阪神タイガース | オリックス・バファローズ | 広島東洋カープ | 福岡ソフトバンクホークス | |
| 日本選手権シリーズ | オールスターゲーム | クライマックスシリーズ|セ・パ交流戦 |
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| 独立リーグ / 女子プロリーグ / OBリーグ | ||
| 四国アイランドリーグplus | ベースボール・チャレンジ・リーグ | 関西独立リーグ | 日本女子プロ野球機構 | プロ野球マスターズリーグ | ||
| かつて存在したリーグ | ||
| 日本野球連盟(1936-1949) | 国民野球連盟(1947-1948) | 日本女子野球連盟(1950-1951) | グローバルリーグ(1969) | ジャパン・フューチャーベースボールリーグ(2010) | ||
| かつて存在した球団 | ||
| 大阪近鉄バファローズ | 大映ユニオンズ | 高橋ユニオンズ | 松竹ロビンス | 西日本パイレーツ | 大和軍 | 西鉄軍 | 翼軍 | 名古屋金鯱軍 | ||
| その他関連組織 | ||
| 日本プロ野球選手会 | 日本プロ野球名球会 | 日本プロ野球OBクラブ | 独立リーグ連絡協議会 | ||
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