赤坂和幸

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赤坂 和幸
CD-Kazuyuki-Akasaka20110609.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市神奈川区
生年月日 1989年9月4日(24歳)
身長
体重
185 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2007年 高校生ドラフト1巡目
初出場 2008年6月1日
年俸 400万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

赤坂 和幸(あかさか かずゆき、1989年9月4日 - )は、神奈川県横浜市神奈川区出身のプロ野球選手外野手)。

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

小学校時代は、三ツ沢リトルに所属。横浜市立神奈川中学校時代は、東京青山シニアに所属し、元中日投手の宮下昌己、元巨人外野手の前田隆の指導を受けていた。

浦和学院高時代は、投手ながらも高校通算58本のホームランを放ったスラッガーで打者としての評価の方が高い。ただ、本人は投手の方が好きらしい。

高校2年の5月、練習中に負傷した右ひざに雑菌が入り化膿、高熱が続き1か月間練習出来ない状態に陥る。医師からは大会には間に合わないと通告され、一時は右足切断のおそれもあったが、驚異的な回復力で埼玉大会までに復帰し、チームを優勝に導いた。第88回全国高等学校野球選手権大会では調整不足ながらも141km/hをマーク。5番打者で出場し、1回戦の金沢戦において、試合には敗れたものの2ランホームランを放った。

高校3年の夏にも、浦和学院高において20年ぶりの2年連続夏の甲子園出場の立役者となり、第89回全国高等学校野球選手権大会ではフォームを変えて登板した。その際にも142km/hを記録しており、コンスタントに140km/hを出したが、試合は初戦となる2回戦の前橋商(群馬)戦において1-2で敗れた。

その後、高校生ドラフト中日ドラゴンズから1位指名を受ける。(ちなみに中日にとっては由規東京ヤクルトスワローズ)、岩嵜翔福岡ソフトバンクホークス)の2名を外した上での1位である。)野手としての評価が高いが中日は投手として育てる意向を示した。

プロ入り後[編集]

投手時代

'ルーキーイヤーの2008年は二軍スタートとなったが、ルーキーの中では最も早い5月31日に一軍初昇格。6月1日に地元である埼玉で行われた対埼玉西武ライオンズ戦(西武ドーム)で一軍初登板を果たした。8回裏に登板し1回を打者4人に対し無安打1四球という結果を残した。尚、高卒ルーキーの一軍登板は同じ埼玉出身の中里篤史以来7年ぶりのことである。その後チーム事情で6月6日に二軍降格。以後一軍に呼ばれることはなかった。ウエスタンリーグでは5勝7敗1セーブという実績であった。

2010年12月2日、自由契約選手として公示され、2011年からは育成選手として引き続き中日と契約した[1]。また、投手から外野手に転向することも決まった。その後、育成選手の規約に基づき、毎年オフに自由契約公示されつつも、中日との育成選手契約を更新している。2013年10月31日、自身4度目の自由契約公示がなされた[2]が、再度再契約した。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2008 中日 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 4 1.0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0.00 1.00
通算:1年 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 4 1.0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0.00 1.00
  • 2010年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 54 (2008年 - 2010年)
  • 204 (2011年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 中日ドラゴンズ公式サイト 来季の選手契約について
  2. ^ 2013年度 自由契約選手(育成選手) 日本野球機構オフシャルサイト 2013年11月3日閲覧。

関連項目[編集]