振り逃げ
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振り逃げ(ふりにげ)とは、野球において、捕手が第3ストライクの投球を正規に捕球できなかったときに、打者が直ちにアウトとならずに一塁への進塁を試みるプレイを指す俗称である。
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[編集] 概要
打者はストライクを3回宣告されると三振になる。通例は、三振を喫すると打者はアウトになる。しかし、第3ストライクにあたる投球を捕手が正規に捕球しなかった場合には、打者は三振であっても直ちにアウトにはならず、打者走者となって一塁への進塁を試みることができる(公認野球規則6.09(b))。
このとき守備側が打者をアウトにするためには、打者に触球するか、打者が一塁に到達する前に一塁に送球するかしなければならない。打者がアウトにならずに一塁に到達すると、走者として一塁を占有することができる。このプレイを、日本では振り逃げという俗称で呼んでいる。振り逃げは正式に定義されている用語ではないが、日本ではしばしば用いられる野球用語である。英語ではUncaught Third Strike(捕球されなかった第3ストライク)という、現象そのままの名で呼ばれている。
すなわち、ストライクが3回宣告され三振になったからといって、打者は必ずアウトになるとは限らない。そのため球審が第3ストライクを宣告する際には、その投球を捕手が正規に捕球したかどうかに関わらず「ストライク・スリー」と宣告する。「ストライク・バッターアウト」のような宣告は用いない(メジャーでは「You're out!」と宣言している場合もある)。
打者が三振を喫したにも関わらず塁に出ることが出来るというのは、野球を初めて学ぶ者にとって一見不可解に思えるかもしれないが、その意図として、1つのアウトが成立するためには攻撃側の失敗(つまり三振)のみならず守備側もきっちり抑えなくてはならないという考え方がある。
振り逃げが成功した場合でも、打者には三振が、投手には奪三振が記録される。また同時に暴投または捕逸も記録される(捕手が正確に送球すればアウトにできたにもかかわらず、悪送球したため「振り逃げ成功」となった場合は、暴投も捕逸も記録されず、捕手に失策が記録される)。ただし、三振が記録されても振り逃げが成功すれば打者はアウトにはならないので、1イニングで4つ以上の三振が成立することもあり得る。メジャーリーグでは1901年以降47回記録されている。
[編集] 振り逃げができる条件
公認野球規則では、打者がアウトになる条件として「第三ストライクと宣告された投球を捕手が正規に捕球した場合」と示されている。つまり、そもそも第3ストライクの宣告をもって打者が直ちにアウトとなるのは「捕手が正規に捕球した場合」という条件付きなのである。
第3ストライクが宣告されたとき次の条件を全て満たしている場合、打者は振り逃げを試みることができる。
- 第3ストライクの投球を、捕手が正規に捕球しなかった。
- 一塁に走者がいない。または、一塁に走者がいてもアウトカウントが二死である。
- (この条件の理由については後に詳述する)
- 打者が走塁を放棄していない。
ただし例外として、第3ストライクの宣告とともに直ちにボールデッドとなるときには振り逃げは成立しないことになっている。例えば以下のような場合が例として考えられる。
- 第3ストライクの投球が打者に当たった
- 空振りをした打者に投球が当たった
- ストライクゾーンを通過した投球に打者が当たった
- 2ストライク後のバントがファウルボールとなったために第3ストライクが宣告された
- ストライクゾーンを通過した投球に、得点しようとした三塁走者が当たった(打者はアウトになるが、無死または一死の場合はこの得点は認められる)
[編集] 振り逃げとアウトカウント・一塁走者との関係
無死または一死の時に一塁に走者がいる場合は振り逃げは成立せず、第3ストライクが宣告されれば、捕手が正規の捕球をせずとも打者はアウトとなる。これは、一塁走者がいる状態で振り逃げを認めると、第3ストライクの時に捕手が故意に正規の捕球をしないことで一塁走者に進塁義務を発生させ、フォースプレイでの併殺を試みることができるため、これを防ぐためである。
二死の時は併殺は起こりえないので、一塁に走者がいても振り逃げを試みることができる。この場合は、一塁走者も進塁義務が発生するのでフォースプレイの対象になる。同様に走者一・二塁の場合には二塁走者にも、満塁の場合は三塁走者にも進塁義務が発生するのでフォースプレイの対象となる。したがってこのような場合は、二塁走者の三塁到達よりも先に三塁に送球したり、三塁走者の本塁到達以前にボールを拾った捕手が本塁を踏んだりなどすることで、走者をフォースアウトにしてイニングを終了することができる[2]。
[編集] なぜ「振り逃げ」というのか
公認野球規則の中で「振り逃げ」という言葉は定義されておらず、また用いられてもいない。「第3ストライクの投球を捕手が正規に捕球しなかった場合は打者が走者になる」と示されているだけである。
すなわち、稀ではあるが、打者が空振りをしなかったが投球がストライクゾーンを通過したために第3ストライクが宣告されたとき、捕手がこの投球を完全捕球できなかった場合も「振り逃げ」できる状態となる。当然、この場合打者はバットを振らずとも一塁に向かって進塁してよい。つまり、一般に「振り逃げ」と言うが、打者がバットを振ったかどうかは関係ない(この状態を庵原英夫は、食い逃げと表現している [3] [4])。
ただし、高校野球の全国大会やプロ野球など、十分な練習を積んだ選手が参加する試合なら、捕手はストライクゾーンを通った投球を正規に捕球できて当然である。逆に、捕手が正規に捕球できないような投球はストライクゾーンから外れていることが多く、そのような投球は見逃せばボールなので、打者が空振りをしないとストライクにならない。
仮に、ストライクゾーンを通った投球を打者が見逃し、捕手が正規に捕球できなかったとしても、ボールを後逸して転々とすることは少ない。せいぜい、キャッチャーミットで弾いて目の前に落としてしまう程度である。このようなケースでは、キャッチャーがすぐさまボールを拾い上げて打者に触球してアウトにすることができるので、「振り逃げできる状態」とは言え、打者が「振り逃げ」を試みてもまず成功しない。
よって、打者が振り逃げを試みるほど、捕手が正規に捕球できないような第3ストライクの投球は打者が空振りをしている場合が多いので、日本では一般に「振り逃げ」という用語が用いられている。
このとおり正式に定義されている用語ではないので、野球中継の実況解説などでは「いわゆる『振り逃げ』」と表現することもある。
[編集] ルールの変遷と振り逃げ
- ※ 野球ルールの変遷に関しては野球の起源も参照のこと。
もともとベースボールというゲームはタウンボールから変遷したものと言われ、ベースボール誕生当初は、投手が投げた球を打者が打って走ることから始まるゲームであった。打者は投手に「高め」「真ん中」「低め」という投球の高さの指定ができ、投手は打者に打ちやすい球を投げることが役目であった。
しかし「試合時間の短縮化」と「試合のスリリング化」を求めてルールは改定され、1858年、打者が打たなかった投球に対して「ストライク」が宣告されるようになる。そして、それまでは打者が打つまで投げられていたものが、3回ストライクが宣告されたら打者は一塁に走るように変化していった。しかし、あくまでも打者は必ず走者となって一塁に走るのがルールだった。また、飛球はワンバウンド捕球でもアウトであったものが、1864年、直接捕球した場合のみアウトとするように改定された。
1880年、「第3ストライクの投球を捕手が直接捕球すれば、打者はアウトになる」とルールが改定された。すなわち、「3回ストライクが宣告されたら打者は一塁に走る」というルールの中に、新たに「即アウト」の規定が盛り込まれたのである。即アウトの条件は「捕手が直接捕球すること」であるから、直接捕球できなかったらこれまでどおり打者は一塁に走ることとなる。
こうして、三振・振り逃げのルールは確立されていった。今日では「三振した打者はアウトになる」という解釈のほうが一般的であるが、三振をもって打者をアウトとするルールの中には、「守備側がしっかりと球を捕ること」という精神がある。
[編集] 珍記録
[編集] 東映 対 大毎
1960年7月19日に開かれた東映フライヤーズ対大毎オリオンズ(駒澤野球場)の試合で、3-1で東映のリードで迎えた8回表二死満塁の場面。東映の投手土橋正幸は大毎の山内和弘をカウント2-3から見逃しの三振にしとめた。しかし東映の捕手安藤順三はこのとき第3ストライクの投球を後逸した。東映の保井浩一コーチ(この日は代理監督として指揮した)は三振でチェンジと思い込みナインにベンチに戻るよう指示していたが、大毎の選手は山内に、グラウンドを走るよう指示した。山内はダイヤモンドを一周し、満塁走者を一掃して自分も生還した。
これに唖然とした東映のベンチは球審に猛抗議を行った。まず、「振っていない」「一塁に走者がいる」「振り逃げにならないのではないか」。しかし、一塁に走者がいても二死の時は振り逃げを試みることが出来る。また「山内のバットに触れた。チップではないか」と難癖もつけたが、もちろん認められない。最後には「山内は走塁放棄になるのではないか」と抗議をしたが、一旦アウトになったと勘違いした山内もまだベンチには入っていない(当時の規則では、打者走者が進塁を放棄したと見做されアウトになるのはベンチの階段に足がかかったときであった)ので、山内はまだ走塁を放棄しておらず、この進塁は認められる。
結局、58分の中断の後に試合は再開された。公式記録は三振と捕逸であるが、この一件は「振り逃げ満塁ホームラン」などと呼ばれている。振り逃げで4得点を挙げるという珍記録により、この試合は大毎の逆転勝ちとなった。
[編集] 東海大相模 対 横浜
2007年7月28日に横浜スタジアムで行われた高校野球神奈川大会準決勝、東海大相模対横浜高校で、東海大相模が3-0でリードをしている状況での4回表の東海大相模の攻撃中、二死一・三塁の場面で、ボールカウント2ストライク2ボールからの投球を、捕手はワンバウンドで捕球し、打者はハーフスイングした。ハーフスイングであったため、球審はスイングの判定を一塁塁審に委ねた。一塁塁審はこれをスイングと判定し右拳を挙げたため、球審も右拳を挙げて「ストライク・スリー」を宣告した。このジェスチャーを横浜高校側は、「三振でバッターアウト・スリーアウトチェンジ」と勘違いしてしまい、捕手はボールをマウンドに投げ返し、他の選手と共にベンチに戻ってしまった。
一方、打者はベンチに戻ろうと打者席を少しだけ離れたが、まだダートサークルは出ていなかった。するとベンチから走塁するよう指示が出た。捕手は第3ストライクの投球をワンバウンドで捕球しているにも関わらず、打者にも一塁にも触球していないから、打者はまだアウトになっていない。審判員もまだ打者のアウトは宣告していない。振り逃げできることに気づいた打者走者はその場所から一塁へ走り出し、二人の走者を生還させた上、自らもダイヤモンドを一周した。
ここで、審判団はプレイの確認のため試合を一度中断し、協議を行った上でこのプレイによる3点の得点を認めた。両チームの監督にプレイの説明をした際、横浜の監督が抗議したものの、東海大相模の得点を認める判定が覆ることは無かった。横浜の選手は守備に戻され、スコアは6-0、4回表二死無走者の状態から試合が再開された。公式記録は三振と暴投であるが、この一件は「振り逃げ3ラン」と呼ばれている。
試合は終盤に横浜の反撃があったもののこの得点が決め手となり、6-4で東海大相模が勝利を収めた。
[編集] 脚注
- ^ このルールは、2005年のメジャーリーグプレーオフで起こったトラブルが論議を醸し、メジャーリーグでは2006年、日本では2007年に改正された。それまでは、打者は三振でアウトになったと思い込んでベンチに戻ろうとしていた場合、ベンチに入るかベンチの階段に足がかかるまでは走塁放棄とは看做されず、途中で振り逃げできることに気づけば、その場所から一塁に向かって走塁して構わなかった。
- ^ リトルリーグでは二死からの場合でも振り逃げは認められない。
- ^ ISBN 4-638-01124-1 『野球スコアブックのつけ方・新訂版』
- ^ ISBN 4-426-40049-X 『ザ・プロ野球 記録と話題の52年』(p.139)

