桜花賞

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桜花賞
Gentildonna20120408(1).jpg
第72回桜花賞
主催者 日本中央競馬会
開催地 日本の旗阪神競馬場
施行時期 4月上旬 - 中旬
(原則2回阪神6日目)
格付け GI
1着賞金 8900万円
賞金総額 1億6890万円
距離 芝・外1600m
出走条件 サラブレッド系3歳牝馬(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量 定量(55kg)
第1回施行日 1939年4月9日
特記 上位4着までに優駿牝馬(オークス)への優先出走権
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桜花賞(おうかしょう)とは日本中央競馬会(JRA)が阪神競馬場1600mで施行する中央競馬重賞GI競走である。

正賞は内閣総理大臣賞日本馬主協会連合会会長賞(2013年現在)。

概要[編集]

1939年に当時の日本競馬会がイギリスクラシック競走である1000ギニーを範として4歳(現3歳)牝馬限定の定量の重賞競走中山四歳牝馬特別として創設、第1回は現在とは違い中山競馬場の芝1800mで施行され東京優駿競走阪神優駿牝馬横浜農林省賞典四歳呼馬京都農林省賞典四歳呼馬と並ぶ「五大特殊競走」(五大クラシック競走)の1競走とされた。

1944年太平洋戦争(戦時中)の影響により東京競馬場の芝1800mで能力検定競走として施行された。

1945年1946年は太平洋戦争及び終戦におけるアメリカ進駐軍の競馬場の占領により開催は中止された。

1947年からは施行場を京都競馬場の芝1600mに移し、名称を現在の桜花賞に変更した。

1950年からは現在の阪神競馬場に施行場を移し、現在に至るまで名称が桜花賞という事やが咲く季節に行われる事から(3歳(旧4歳)牝馬の)「桜の女王決定戦」と競馬ファンや関係者が呼ばれるように定着する事になる。

1967年厩務員労働組合によるストライキのため3週間遅れで京都競馬場の芝1600mで施行、1970年は阪神競馬場で施行されたが日本万国博覧会の混雑緩和の一環として第9競走で施行、通常より1時間早い14時40分(実際は14時43分)発走、1972年は前年暮れに関東を襲った流行性の馬インフルエンザの影響でクラシック競走の日程が繰り下げられ5月21日に施行、1984年からはグレード制施行に伴い最も格の高いGIに格付けされた。

1991年は阪神競馬場の改修工事により、1995年阪神・淡路大震災の影響により、共に京都競馬場の芝1600mで施行。1995年からは指定競走に指定、トライアル競走で優先出走権を得た地方所属の競走馬が出走可能になった。2004年からは外国産馬の活躍による出走資格の見直しの一環により外国産馬が2頭が出走可能になり、2006年からは対象が5頭に拡大。2010年からは国際競走に指定されている。

2006年12月に阪神競馬場の外回りコースが新設されたため、2007年からは向正面を出発地点とする外回りコースを舞台に繰り広げられる。騎手及び競走馬が安全に競走を行えるよう配慮される。従来の発走地点で競馬ファンにも有名となった第1コーナーのポケットは廃止され、ポケットの後方にあった桜は移設されている。

中央競馬が誇るクラシック競走の1競走で優駿牝馬(オークス)とクラシックではない秋華賞とで中央競馬の牝馬三冠競走を構成し、さらにはエリザベス女王杯を含め牝馬四冠競走と呼ぶこともある。

かつての阪神競馬場の外回りコースが無かった時代には、第1コーナーポケットからスタートして第2コーナーに入るまで熾烈な位置取り争いが繰り広げられていたため、騎手にとっては難コースと言う者も少なくなかった。また勝馬投票券の単勝1番人気に支持された競走馬があまり勝てないため、「魔の桜花賞ペース」(後述)に掛かったと競馬関係者が解説や敗戦の弁を吐露する場合がある。

上位4着までに入賞した競走馬には優駿牝馬(オークス)の優先出走権が与えられる。また上位2着までに入賞した地方所属馬はNHKマイルカップの出走権が与えられる。

現在の優勝レイは桃色地に銀色文字で、地の部分にはレース名にちなんだの花びら模様があしらわれている。

原則として生演奏のファンファーレで、通常の関西GIファンファーレの最終小節がアレンジされている[1]。ちなみに演奏は関西学院大学総部応援団吹奏楽部が行っている。

2010年度における、当競走当日の阪神競馬場の開門時刻は午前8時30分であった。

出走資格[編集]

  • サラ系3歳(旧4歳)のJRA所属の牝馬の競走馬(外国産馬含む)及び地方所属の牝馬の競走馬(本競走への優先出走権を獲得した牝馬及びJRAのGI競走1着馬)及び外国調教馬の牝馬(外国産馬と合わせて9頭まで)、出走枠は18頭まで。未出走馬・未勝利馬は出走できない。
  • 以下のトライアル競走に必要な着順に入った場合優先出走できる(最大8頭)。
トライアル競走
競走名 格付 施行競馬場 施行距離 競走条件 優先出走権
チューリップ賞 GIII 日本の旗阪神競馬場 芝・外1600m 国際競走 3着以内
アネモネステークス OP 日本の旗中山競馬場 芝・外1600m 指定競走 2着以内
フィリーズレビュー GII 日本の旗阪神競馬場 芝1400m 国際競走 3着以内

未勝利馬(収得賞金が0の馬)には出走権はないものの、上記トライアル競走については未出走馬および未勝利馬も出走できるため、これらの競走において収得賞金獲得圏内(チューリップ賞・フィリーズレビューは2着以内、アネモネステークスは1着)に入った場合は桜花賞にも出走可能になる。

  • 残りの枠(最低10頭)は通常の収得賞金の総計が多い順に出走できる(残る1枠が複数の同収得金額馬だった場合は抽選で出走馬が決まる)。
  • 地方馬は、上記のトライアル競走3競走で優先出走権を得た牝馬、もしくは阪神ジュベナイルフィリーズ朝日杯フューチュリティステークスの1着馬およびJRAの芝の3歳重賞で優勝した牝馬に出馬投票の権利が与えられ、JRA所属馬も含めた収得賞金順で出走することができる。[2][3]

その他のステップレース[編集]

競走名 格付 施行競馬場 施行距離 競走条件
フェアリーステークス GIII 日本の旗中山競馬場 芝・外1600m 国際競走
クイーンカップ GIII 日本の旗東京競馬場 芝1600m 国際競走
フラワーカップ GIII 日本の旗中山競馬場 芝1800m 国際競走

負担重量[編集]

  • 定量で55kgである。
    • 第2~6回は57kgだった。

コース[編集]

2006年までは阪神競馬場の名物地点と言われた第1コーナー・ポケット地点からの発走だったが、2007年からは向正面にスタート地点が設定・変更された。

これは阪神競馬場の芝コースが中山競馬場・京都競馬場・新潟競馬場に次ぐ史上4場目として芝コースが内と外に分けられたためである。第3~第4コーナーは新設された外回りコースを使用している。又、最初のコーナーまでの距離が旧コースでは200m足らずだったが新コースでは約600mと伸びた為に内・外の有利不利が無くなっている。

賞金[編集]

グレード制が施行された第44回(1984年)以降
回(施行年) 総額賞金 1着 2着 3着 4着 5着
第44回(1984年) 9550万円 5000万円 2000万円 1300万円 750万円 500万円
第45回(1985年) 9900万円 5200万円 2100万円 1300万円 780万円 520万円
第46回(1986年) 1億350万円 5400万円 2200万円 1400万円 810万円 540万円
第47回(1987年) 1億1050万円 5800万円 2300万円 1500万円 870万円 580万円
第48回(1988年) 1億1980万円 6300万円 2500万円 1600万円 950万円 630万円
第49回(1989年) 1億2880万円 6800万円 2700万円 1700万円 1000万円 680万円
第50回(1990年) 1億4250万円 7500万円 3000万円 1900万円 1100万円 750万円
第51回(1991年) 1億5620万円 8200万円 3300万円 2100万円 1200万円 820万円
第52回(1992年) 1億6680万円 8800万円 3500万円 2200万円 1300万円 880万円
第53回(1993年)
第54回(1994年)
第55回(1995年) 1億6890万円 8900万円 3600万円 2200万円 1300万円 890万円
第56回(1996年)
第57回(1997年)
第58回(1998年)
第59回(1999年)
第60回(2000年)
第61回(2001年)
第62回(2002年)
第63回(2003年)
第64回(2004年)
第65回(2005年)
第66回(2006年)
第67回(2007年)
第68回(2008年)
第69回(2009年)
第70回(2010年)
第71回(2011年)
第72回(2012年)
第73回(2013年)

歴史[編集]

日本中央競馬会設立以前(1939年 - 1953年)[編集]

  • 1939年
    • 4歳(現3歳)牝馬限定の定量の芝1800mの重賞競走中山四歳牝馬特別として創設。
    • 優勝馬ソールレデイ。生涯通算48戦6勝。父トウルヌソル。田村仁三郎調教師。石毛彦次郎騎手。4月2日デビュー戦2着。1週間後の4月9日に第1回中山四歳牝馬特別優勝。
    • 未勝利でクラシック初制覇。これは翌年も同じ。この後皐月賞5着。日本ダービー14着。その後繁殖入りして1頭出産するが若死、あとは流産、不受胎で産駒を残さず戦後すぐに死去。
    • 出走馬6頭の内、1勝馬が1頭のみで残り5頭は未勝利馬。2着は唯一の1勝馬ハレルヤで、単勝支持率は79.2%と史上最高支持率だった。
  • 1940年
    • 優勝馬タイレイ。生涯通算6戦1勝。父ダイオライト。尾形景造調教師。保田隆芳騎手。4月3日デビュー戦2着。4月7日優勝。デビューして4日後の勝利であった。後に日本ダービー21着。その後秋のオークス4着、翌年帝室御賞典(秋)5着。
    • 前年のソールレデイと同じ未勝利でクラシック初制覇。これは日本のクラシック競走でこの2頭のみが記録している。
    • 2着はルーネラ。その後日本ダービー9着を経て秋のオークスを制す。
  • 1941年
    • 優勝馬ブランドソール。生涯通算24戦10勝。父プリメロ。田中和一郎調教師。阿部正太郎騎手。4月5日デビュー戦1着。4月20日優勝。わずか2週間であった。後に日本ダービー7着。秋のオークス4着。翌年帝室御賞典5着。
    • 繁殖入りしてヤシマアポロ、タカハル、牝馬マルタツを産み、そのマルタツから1960年桜花賞馬トキノキロクが出ている。
  • 1942年
    • 優勝馬バンナーゴール。生涯通算30戦4勝。父ダイオライト。母ワカイワヰ。秋山辰治調教師。宮沢今朝太郎騎手。4月12日デビューして翌週4月19日に新馬勝ち、2週間後の5月3日の勝利。わずか3週間であった。1番人気で5馬身差の圧勝。後に日本ダービー12着。秋のオークス8着。
  • 1943年
    • 優勝馬ミスセフト。生涯通算21戦6勝。父セフト。伊藤勝吉調教師。佐藤勇騎手。関西馬の勝利は初。3月14日小倉でデビュー勝ち、5月9日4戦目の勝利。後に日本ダービー21着。秋のオークス2着。
    • 同期のクリフジは、5月16日デビュー勝ちで6月6日3戦目で日本ダービーを制す。ミスセフトが勝ってから1週間後のデビューはミスセフトにとってまさに幸運であった。同馬はその後不敗クリフジに全く歯が立たなかった。
    • 1番人気ヨシサカヱは5着、秋のオークスは7着。最下位13着カンシャは秋のオークスで4着、菊花賞5着。
  • 1944年
    • 優勝馬ヤマイワイ。生涯通算5戦1勝。父シアンモア。尾形景造調教師は2勝目。前田長吉騎手。
    • 正確な記録が少なく、出走馬21頭で上位5頭しか記録されていない。
    • 2着キミカゲ。産駒で1954年桜花賞4着サツマムスメが出ている。また1980年菊花賞馬ノースガストはこのキミカゲの玄孫である。
    • 太平洋戦争の影響により能力検定競走として、東京競馬場の芝1800mで施行。
  • 1945年 - 太平洋戦争の影響で中止。
  • 1946年 - アメリカ進駐軍の競馬場占領により中止。秋から競馬再開。
  • 1947年
    • 優勝馬ブラウニー。生涯通算16戦6勝。父トキノチカラ。武輔彦調教師。武田文吾騎手。桜花賞優勝後、日本ダービー3着、菊花賞1着。桜花賞・菊花賞の二冠馬は同馬のみ。この年は牝馬トキツカゼが皐月賞とオークスを制して、牡馬が勝ったのは日本ダービーのマツミドリのみ。
    • 1番人気オーマツカゼは2着。産駒で1954年桜花賞6着マーヴェラス、1962年桜花賞4着オーハヤブサ、1965年桜花賞6着ビューティーロックが出ている。そのマーヴェラスの3代後に日本ダービー馬タケホープが出て、オーマツカゼの玄孫に当たる。
    • 名称を桜花賞に変更。施行場を京都競馬場の芝外回り1600mに変更。
  • 1948年
    • 優勝馬ハマカゼ。生涯通算47戦13勝。父ダイオライト。母クレオパトラトマス。増本勇調教師。松本実騎手。桜花賞優勝後、日本ダービー17着、菊花賞2着。
    • 母クレオパトラトマスは1935年日本ダービー1番人気でガヴァナーの9着。クモハタの半姉。産駒に牝馬ハマカゼと牡馬トシシロなどを出す。1954年桜花賞馬ヤマイチは孫、1958年桜花賞馬ホウシュウクインも孫。また1957年日本ダービー馬ハクチカラも孫で1971年菊花賞馬ニホンピロムーテーは玄孫。
    • 1番人気トップライトは2着。
  • 1949年
    • 優勝馬ヤシマドオター。生涯通算28戦12勝。父セフト。尾形藤吉調教師は3勝目。八木沢勝美騎手。桜花賞優勝後、日本ダービーは故障で競走中止、翌年天皇賞(秋)を制す。
    • 1番人気ミネノマツは3着。
  • 1950年
    • 優勝馬トサミツル。生涯通算38戦14勝。父セフト。星川泉士調教師。境勝太郎騎手。桜花賞優勝後、日本ダービー22着、秋のオークス6着。
    • 13着ジョリーの産駒から1960年桜花賞6着ヒカルクインが出て、さらにその産駒から1966年桜花賞16着アカツキノボルが出ている。
    • 14着グリンライトは1947年日本ダービー馬マツミドリの妹。その産駒は1960年桜花賞5着ウェーライト、1964年桜花賞8着ブランドライトを送り出したが、一番優秀だったのは桜花賞未出走のライトフレーム。このライトフレーム産駒から1974年二冠馬キタノカチドキ、1978年エリザベス女王杯馬リードスワローが出て、他に牝馬ニホンピロエバートからその産駒にニホンピロウイナーを出している。
  • 1951年
    • 優勝馬ツキカワ。生涯通算48戦13勝。父月友。伊藤勝吉調教師は2勝目。清田十一騎手。
    • ツキカワの産駒から1957年桜花賞13着シュンゲツ、1961年桜花賞26着ファイナルクインが出ている。また1997年二冠馬サニーブライアンは玄孫である。
    • 2着クモワカ。翌年伝貧で殺処分の命令を受けたが厩舎関係者によって密かに運び出されて北海道へ戻り、やがて繁殖牝馬として産駒を産むが登録を拒否されて裁判となり、馬主・牧場側が勝訴して産駒が中央競馬を走ることになった。伝貧騒ぎから10年後のことで、勝訴したその年に生まれたクモワカの仔がやがて桜花賞に出走する。
  • 1952年
    • 優勝馬スウヰイスー。生涯通算51戦27勝。父セフト。松山吉三郎調教師。保田隆芳騎手は2勝目。桜花賞優勝後、日本ダービー8着、秋のオークス1着、菊花賞2着。安田記念の前身である安田賞を2連覇している。
    • スウヰイスーから産駒で1963年桜花賞22着ジョニイ、1964年桜花賞14着スイフトクインが出ている。
    • 松山吉三郎調教師は初めての桜花賞出走馬で制す。しかし以降15頭出走したが勝ったのは最初に出走したこのスウヰイスーのみ。
    • 2着レダ。日本ダービー25着、菊花賞4着、翌年天皇賞(春)を制す。同馬は翌年秋に競走中の骨折で死去。
    • 3着クインナルビー。日本ダービー3着、オークス4着、菊花賞3着、翌年天皇賞(秋)を制す。同馬は有馬記念馬オグリキャップ、1994年桜花賞馬オグリローマンの5代母でもある。
    • 施行場を阪神競馬場の芝1600mに変更。
  • 1953年
    • 優勝馬カンセイ。生涯通算34戦15勝。父ステーツマン。尾形藤吉調教師は4勝目。森安弘明騎手。桜花賞優勝後、オークスは出走取消。
    • 2着ジツホマレ。次のオークスを制す。

日本中央競馬会設立後から1960年代(1954年 - 1969年)[編集]

  • 1954年
    • 優勝馬ヤマイチ。生涯通算30戦5勝。父トシシロ。母クリフジ。尾形藤吉調教師は5勝目。八木沢勝美騎手は2勝目。桜花賞優勝後、オークス1着、菊花賞3着。桜花賞・オークスを制し史上初の牝馬二冠馬。
    • 母は11戦11勝の変則三冠馬。父トシシロの母はクレオパトラトマス。戦前を代表する名牝2頭の血がヤマイチに流れていた。
    • 尾形藤吉調教師として史上初の連覇。
    • 2着はトサノスルスミ。4着はサツマムスメ、母は1944年桜花賞2着キミカゲ。
    • 6着はマーヴェラス。母は1947年桜花賞2着オーマツカゼ。マーヴェラスの曾孫に1973年日本ダービー馬タケホープがいる。
    • 12着はマナスル。産駒に1966年ダービー馬テイトオーを出している。
  • 1955年
    • 優勝馬ヤシマベル。生涯通算12戦5勝。父プリメロ。伊藤勝吉調教師は3勝目。清田十一騎手は2勝目。桜花賞優勝後、オークスは10着。
    • 2着ヒロイチ。次のオークスを制す。1番人気ハクレイは14着。
  • 1956年
    • 優勝馬ミスリラ。生涯通算33戦8勝。父ホウシュウ。諏訪佐市調教師と柴田不二男騎手は初勝利。桜花賞優勝後、オークス2着、菊花賞7着。
    • 2着トサモアー。オークス3着、日本ダービー25着、菊花賞2着。
    • 3着フェアマンナ。オークス1着、日本ダービー6着、第1回中山グランプリ6着。
    • 7着キャッスルから産駒で1962年桜花賞15着ニューキャッスルが出ている。
  • 1957年
    • 優勝馬ミスオンワード。生涯通算28戦14勝。父ハードソース。武田文吾調教師、栗田勝騎手とも初勝利。桜花賞優勝後、オークス1着、日本ダービー17着、菊花賞10着。
    • オークスまでデビュー後8連勝。日本ダービーを連闘で挑戦したが17着に終わる。
    • 史上2頭目の桜花賞・オークスを制した二冠牝馬。
    • 武田文吾は調教師と騎手の両方で制覇。これは史上初。
  • 1958年
    • 優勝馬ホウシュウクイン。生涯通算27戦14勝。父トシシロ。上田武司調教師と上田三千夫騎手は初勝利。桜花賞優勝後、オークス3着、日本ダービー9着。
    • 6着ガーネット。オークス5着、翌年天皇賞(秋)・有馬記念を制す。2006年二冠馬メイショウサムソンは玄孫である。
    • 7着ミスマルサ。次のオークスを制す。
    • 3月23日に行われ、これは史上最も早い開催。なお史上最も遅い開催は戦中の能力検定競走(6月4日)を除いて1972年の5月21日で馬の流感インフルエンザによる順延であった。
  • 1959年
    • 優勝馬キヨタケ。生涯通算16戦5勝。父ビッグヴイ。藤本冨良調教師と蛯名武五郎騎手は初勝利。桜花賞優勝後はオークス4着。
    • 2着は1番人気オーカン。その後オークス1着、菊花賞7着、翌年第1回宝塚記念3着。また産駒で1967年皐月賞馬リュウズキを出している。
    • キヨタケとオーカンの着差はハナ差で桜花賞史上初であった。
    • 24着チカラリュウから産駒で1972年桜花賞2着ハジメローズが出ている。
  • 1960年
    • 優勝馬トキノキロク。生涯通算48戦19勝。父ライジングフレーム。松田由太郎調教師と杉村一馬騎手は初勝利。桜花賞優勝後はオークス9着。
    • トキノキロクは産駒で1968年桜花賞11着トキノレコードを出している。1977年オークス馬リニアクインは孫。
    • 1番人気チドリは2着。
    • 3着スターロッチは、その後オークスを制し有馬記念を4歳馬として初めて制す。そして産駒で1978年桜花賞11着ロッチテスコを出している。1977年皐月賞馬ハードバージは孫、1993年日本ダービー馬ウイニングチケットは曾孫、1987年二冠馬サクラスターオーは玄孫。
    • 5着ウェーライト。1989年エリザベス女王杯馬サンドピアリスは曾孫。
    • 6着ヒカルクインは産駒で1966年桜花賞16着アカツキノボルが出ている。
    • 15着キューピット。産駒に1967年オークス馬ヤマピットと1968年桜花賞12着ミスマルミチ。そのミスマルミチからイットーが生まれ、そのイットーから1980年桜花賞・エリザベス女王杯馬ハギノトップレディと1983年宝塚記念馬ハギノカムイオーが生まれる。
    • 時計表示が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
  • 1961年
    • 優勝馬スギヒメ。生涯通算18戦8勝。諏訪佐市調教師は2勝目。諏訪真騎手は初勝利。桜花賞優勝後オークス16着。きさらぎ賞、神戸杯、大阪杯を勝つ。
    • 2着チトセホープ。次のオークスを制し、連闘で翌週の日本ダービー3着。そして産駒で1978年桜花賞13着マンジュデンミキコを出している。
    • 1番人気ミスケイコは5着。京都杯・阪急杯を勝ち、通算15勝で引退。後に産駒で1969年桜花賞馬ヒデコトブキを送り出す。
    • 26着ファイナルクイン。1997年二冠馬サニーブライアンはファイナルクインの曾孫。
    • 当競走で史上最多の28頭が出走。
  • 1962年
    • 優勝馬ケンホウ。生涯通算14戦4勝。父ヒンドスタン。藤本冨良調教師は2勝目。野平好男騎手は初勝利。桜花賞優勝後オークス14着。翌年有馬記念7着。
    • 1番人気トーストは2着。後にオークス18着。翌年金杯、中山記念、毎日王冠などを勝ち通算17勝をあげて有馬記念2着。また産駒に1977年日本ダービー馬ラッキールーラを送り出している。
    • 4着オーハヤブサはオークスを制す。
  • 1963年
    • 優勝馬ミスマサコ。生涯通算31戦8勝。父ライジングフレーム。上田武司調教師は2勝目。瀬戸口勉騎手は初勝利。桜花賞優勝後、オークス11着。その後障害入り。
    • ミスマサコは23番枠からの勝利で、この当時は最外枠勝利であったが5年後に破られる。
    • 2着パスポート。その後オークス2着、菊花賞3着、翌年宝塚記念2着、翌々年宝塚記念3着。
    • 6着アイテイオーは次のオークスを制す。12着ミオソチス、次のオークスは3着、弟にアローエクスプレス。
  • 1964年
    • 優勝馬カネケヤキ。生涯通算16戦6勝。父カネリュー。野平祐二騎手は初勝利。桜花賞優勝後、オークス1着、菊花賞5着。史上3頭目の桜花賞・オークスを制した二冠牝馬。
    • 菊花賞では大逃げしてスタンドが騒然となった。その菊花賞でシンザンが三冠達成。
    • 野平祐二は当時年間最多勝利数121勝の記録を1958年に達成し、1975年の引退時には通算1339勝の最多勝記録を作ったが、クラシックには縁がなく牡馬では引退まで無かった。しかし牝馬ではこの年カネケヤキで初のクラシック制覇となった。
    • 1番人気プリマドンナは7着。2番人気フラワーウッドは12着。
  • 1965年
    • 優勝馬ハツユキ。生涯通算8戦5勝。父ソロナウェー。加賀武見騎手。桜花賞優勝後に引退。
    • 4着エイトクラウン。翌年宝塚記念を制す。後に1975年宝塚記念馬ナオキやクラウンピラードを産む。
    • 12着ベロナ。後にオークスを制す。この時も鞍上は加賀武見騎手でハツユキの故障での乗り替わりであった。
    • 22着キヌコから1977年桜花賞5着・オークス2着のアイノクレスピンが出ている。
  • 1966年
    • 優勝馬ワカクモ。生涯通算53戦11勝。父カヴァーラップ二世。母丘高(クモワカ)。杉村政春調教師は初勝利。杉村一馬騎手は2勝目。その後オークス7着。母クモワカが数奇な運命を辿って北海道で繁殖牝馬として正式に登録されて最初に生まれた仔ワカクモが雪辱を果たす。母の桜花賞2着から15年後の栄冠であった。その後ワカクモは繁殖入りして生まれた仔がテンポイントである。
    • そのテンポイントが勝った1977年天皇賞(春)で、2着のクラウンピラードの母はエイトクラウンである。
    • 1番人気メジロボサツは3着。生まれてすぐ母を失くした馬であった。
    • 2着はヒロヨシ。後にオークスを制す。7着ハードイットは菊花賞3着。
  • 1967年
    • 優勝馬シーエース。生涯通算40戦5勝。父ハクリョウ。高橋成忠騎手は初勝利。その後オークス15着。
    • 2着スイートフラッグ。オークス3着。
    • 1番人気ヤマピットは12着。しかし次のオークスを制す。
    • 厩務員ストライキの影響により4月30日京都競馬場の芝外回り1600mで順延開催。皐月賞NHK杯と同日開催となる。オークスは翌々週土曜の開催となった。翌年までの東京競馬場のスタンド改修工事のためであった。
  • 1968年
    • 優勝馬コウユウ。生涯通算22戦7勝。父ガーサント。星川泉士調教師は2勝目。清水出美騎手は初勝利。
    • コウユウは24番枠からの勝利で、これは史上最外枠での勝利であった。
    • 5着ルピナス。次のオークスを制す。1番人気ブラックバトーは10着。
    • 前年12着でその後オークスを勝ったヤマピットの半妹ミスマルミチは12着。同馬は繁殖入り後、イットーを送り出す。
  • 1969年
    • 優勝馬ヒデコトブキ。生涯通算12戦5勝。父コダマ。母ミスケイコ。伊藤修二調教師と久保敏文騎手は初勝利。桜花賞優勝後に引退。
    • 伊藤修二は父の伊藤勝吉とで調教師として初の親子制覇。
    • ヒデコトブキの産駒で1984年桜花賞16着ヒロノホーマーが出ている。
    • 2着はトウメイ。その後オークス3着。しかし翌々年天皇賞(秋)・有馬記念を制す。産駒に1978年天皇賞(秋)馬テンメイを送り出した。

1970年代[編集]

  • 1970年
    • 優勝馬タマミ。生涯通算24戦8勝。父カリム。高橋成忠騎手は2勝目。クイーンカップ・4歳牝馬特別を勝って桜花賞を制す。その後オークスは14着。同年のスプリンターズステークスを勝つ。
    • 5着ジュピック。6着ケイサンタ。この両馬はその後不良馬場のオークスで内を回って1~2着。
    • 日本万国博覧会の混雑緩和対策として第9競走で施行。
  • 1971年
    • 優勝馬ナスノカオリ。生涯通算27戦8勝。父パーソロン。母ナスノホシ。稲葉幸夫調教師と嶋田功騎手は初勝利。4歳牝馬特別2着から桜花賞を制す。その後オークスは10着。
    • 2着は17番人気のホマレマツ。この1~2着馬は何れも1枠(1番ナスノカオリ、3番ホマレマツ)で内枠が苦しい桜花賞では非常に珍しい1-1のゾロ目であった。ホマレマツに騎乗していたのは福永洋一騎手。
    • 4着サニーワールドは後にオークス2着、ビクトリアカップ2着。産駒に1980年桜花賞9着サニードンテスコ。9着タイヨウコトブキは秋のビクトリアカップを勝つ。15着カネヒムロ。後にオークスを制す。
  • 1972年
    • 優勝馬アチーブスター。生涯通算32戦4勝。父シプリアニ。武邦彦騎手は初勝利。8番人気で4歳牝馬特別2着から桜花賞を制す。その後オークスは出走せず、秋のビクトリアカップを制す。
    • 2着ハジメローズ。4着トクザクラ。1番人気シンモエダケは7着。
    • 5着キョウエイグリーンは翌年のスプリンターズステークス、翌々年の安田記念を勝つ。
    • ビクトリアカップは1970年創設。距離芝2400mの秋の4歳牝馬最大のレース。当初は春の活躍馬が出走しなかったがこの年のアチーブスターや翌年のニットウチドリ、翌々年のオークス馬トウコウエルザが勝利してようやくレースの価値が上がり、1976年からエリザベス女王杯に改称されて牝馬三冠競走に位置づけられた。1996年にエリザベス女王杯を古馬に開放して、新しく秋華賞が創設されて現在の牝馬三冠体系が完成した。
    • 馬インフルエンザの影響で5月21日に順延開催。戦中の能力検定競走を除いて史上最も遅い開催。
  • 1973年
    • 優勝馬ニットウチドリ。生涯通算21戦6勝。父ダラノーア。八木沢勝美調教師と横山富雄騎手は初勝利。4歳牝馬特別を勝って桜花賞を制す。後にオークス2着。ビクトリアカップ1着。
    • 同馬はその後ハイセイコーが出走した有馬記念に出走して、逃げて2着に入り大波乱を巻き起こした。
    • 八木沢勝美は調教師と騎手の両方で桜花賞制覇。これは史上2人目。
    • 2着キシュウローレル。西の快速馬として前評判が高く、関東からやって来たニットウチドリは刺客と言われた。しかし初対決の4歳牝馬特別であっさり交わされ、桜花賞でも逃げたが敗れた。オークスは回避してこの後休養。翌年秋の京都牝馬特別に出走して骨折し予後不良となった。
    • その時にキシュウローレルの故障の影響で直接不利を受けたのがイットー。結局ケガでビクトリアカップの出走を断念した。この両馬とも悲運の馬であった。
  • 1974年
    • 優勝馬タカエノカオリ。生涯通算7戦4勝。父ヴェンチア。武邦彦騎手は2勝目。中京のカトレア賞を勝って桜花賞を制す。桜花賞後に引退。福島と新潟と中京で走って桜花賞まで行き着いた馬。関東馬なのに一度も関東で走ることが無かった馬。
    • 2着はサクライワイ。後にスプリンターズステークスを2連覇し安田記念も勝って、短距離路線で活躍。
    • 20着ラッキーオイチは翌年2月のオープンで前年の二冠馬キタノカチドキを破った。
    • 紅梅賞を勝ったイットーが最有力視されたが故障で春の桜花賞・オークスを断念した。そして秋にビクトリアカップを目指したが再度不運に泣き断念。この翌年高松宮杯を快勝。その後繁殖入りして桜花賞・エリザベス女王杯馬ハギノトップレディと宝塚記念馬ハギノカムイオーを送り出す。
  • 1975年
    • 優勝馬テスコガビー。生涯通算10戦7勝。父テスコボーイ。菅原泰夫騎手は初勝利。4歳牝馬特別を勝って桜花賞を制す。その後オークスも勝ち、史上4頭目の桜花賞・オークスを制した二冠牝馬となる。しかしその後故障で1年後のオープンに出走したが惨敗。さらに復帰を目指していたが1977年2月調教中に心臓マヒで死去。史上最強の桜花賞馬の血を後世に残すことはなかった。
    • 「差が開く、差が開く。後ろから何にも来ない、後ろからは何にも来ない。赤の帽子ただ一つ、ぐんぐんゴールへ向かう、ゴールへ向かう。」は杉本清の名実況であった。
    • 2着ジョーケンプトン。3着は2番人気トウフクサカエ。5着サウンドカグラは産駒で1992年桜花賞10着ウィーンコンサートを出す。
  • 1976年
    • 優勝馬テイタニヤ。生涯通算25戦7勝。父アローエクスプレス。稲葉幸夫調教師と嶋田功騎手は2勝目。クイーンカップを勝って桜花賞を制す。後にオークスも制して史上5頭目の桜花賞・オークスを制した二冠牝馬となる。しかし秋の第1回エリザベス女王杯は同じ厩舎のディアマンテに敗れて三冠牝馬にはなれなかった。
    • 2着クインリマンド。1番人気スカッシュソロンは7着。
  • 1977年
    • 優勝馬インターグロリア。生涯通算21戦9勝。父ネヴァービート。福永洋一騎手は初勝利。若葉賞を勝って桜花賞を制す。その後オークスは14着だったが、秋のエリザベス女王杯を制す。翌年有馬記念2着。
    • 2着ファインニッセイ。3着リニアクインは次のオークスを制す。5着アイノクレスピンは次のオークス2着。
    • 4歳牝馬特別を勝ったダイワテスコは脚部不安で出走取消。
    • 記憶に残るレベルの高い世代であった。
  • 1978年
    • 優勝馬オヤマテスコ。生涯通算17戦4勝。父テスコボーイ。福永洋一騎手は2勝目。4歳牝馬特別3着から桜花賞を制す。その後オークス6着。エリザベス女王杯7着。
    • 福永洋一騎手として史上初の連覇。しかし翌年から騎乗することは無かった。
    • 2着サンエムジョオーはオークスも2着。このオヤマテスコとサンエムジョオーの着差はハナ差で史上2番目のハナ差勝負であった。
    • 4着リードスワローは後にエリザベス女王杯を制す。母はライトフレーム。その母は1950年桜花賞14着のグリンライト。
    • 1番人気ダークロードは5着。
  • 1979年
    • 優勝馬ホースメンテスコ。生涯通算19戦3勝。父テスコボーイ。佐々木晶三騎手は初勝利。4歳牝馬特別7着から桜花賞を制す。雨が降る不良馬場での逃げ切りであった。後にオークス21着。エリザベス女王杯10着。
    • 1番人気シーバードパークは2着。
    • 2番人気アグネスレディーは6着、後にオークスを制す。そして産駒に1990年桜花賞馬アグネスフローラが出る。この馬から後に日本ダービー馬アグネスフライト、皐月賞馬アグネスタキオンが出る。
    • 3番人気シルクスキーは15着。翌年秋に京都大賞典を勝つ。
    • 14着はマリージョーイ。この5週間前の毎日杯で落馬。それが福永洋一騎手の最後の騎乗であった。

1980年代[編集]

  • 1980年
    • 優勝馬ハギノトップレディ。生涯通算11戦7勝。父サンシー。母イットー。伊藤修司調教師は2勝目。伊藤清章騎手は初勝利。前年8月12日に新馬勝ち、3月22日の指定オープン3着、そして4月6日の桜花賞を制す。後にオークス17着。秋のエリザベス女王杯を制す。
    • 母イットーの初産駒で桜花賞に出れなかった母の無念を晴らした。20年前のキューピットに遡る「華麗なる一族」と言われた。繁殖入りして、後に安田記念・マイルチャンピオンシップを制したダイイチルビーを送り出した。
    • 1番人気ラフオンテースは4着。阪神3歳ステークスまで5連勝した馬であった。翌年第1回ジャパンカップに出走して12着。ビッグタイトルには縁がなかった。
    • 2着タマモコトブキ、後にオークス6着、エリザベス女王杯3着。
    • 7着ケイキロクは後にオークスを制す。また繁殖入り後に産駒として1999年桜花賞10着ゴールデンベルを送り出す。
  • 1981年
    • 優勝馬ブロケード。生涯通算24戦6勝。父イエローゴッド。高松邦男調教師と柴田政人騎手は初勝利。4歳牝馬特別を勝って桜花賞を制す。桜花賞まで4連勝。その後オークス13着。エリザベス女王杯13着。
    • 2着テンモン、後にオークスを制す。4着タケノダイヤ。
    • 9着アグネステスコは秋のエリザベス女王杯を制す。
  • 1982年
    • 優勝馬リーゼングロス。生涯通算18戦4勝。父アローエクスプレス。母タケノダンサー。清水英次騎手は初勝利。4歳牝馬特別2着から桜花賞を制す。この後オークス2着。
    • 1992年エリザベス女王杯馬タケノベルベットはリーゼングロスの半妹。
    • 2着メジロカーラ。3着ユーセコクイン。
  • 1983年
    • 優勝馬シャダイソフィア。生涯通算24戦6勝。父ノーザンテースト。猿橋重利騎手は初勝利。4歳牝馬特別3着から桜花賞を制す。この後にオークスには向かわず日本ダービーに出走し17着。秋のエリザベス女王杯2着。
    • 2着ミホクイーン。1番人気のダイナカールは3着。2番人気のダスゲニーは10着。
    • ノーザンテースト産駒で初の桜花賞制覇。
  • 1984年
    • 優勝馬ダイアナソロン。生涯通算13戦5勝。父パーソロン。母ベゴニヤ。田原成貴騎手は初勝利。4歳牝馬特別6着から桜花賞を制す。この後オークス2着、エリザベス女王杯3着。
    • 母べゴニヤを遡るとその母がオカクモで、その母はクモワカである。
    • 2着ロングレザー。4着トウカイローマン、後にオークスを制す。1番人気スイートソフィアは8着。
    • この年からグレード制施行によりGIに格付け。
  • 1985年
    • 優勝馬エルプス。生涯通算11戦6勝。父マグニテュード。木藤隆行騎手は初勝利。4歳牝馬特別を勝って桜花賞を制す。この後オークス15着、エリザベス女王杯11着。
    • 2着ロイヤルコスマーはオークス5着。3着ミスタテガミはオークス3着。
    • 1番人気タカラスチールは15着。翌年マイルチャンピオンシップを制す。
  • 1986年
    • 優勝馬メジロラモーヌ。生涯通算12戦9勝。父モガミ。母メジロヒリュウ。河内洋騎手は初勝利。4歳牝馬特別を勝って桜花賞を制す。この後、4歳牝馬特別1着、オークス1着、ローズステークス1着、エリザベス女王杯1着。史上初の三冠牝馬。トライアルと本番を勝ち完璧な成績であった。しかし有馬記念9着。後に顕彰馬に選出される。
    • メジロ牧場の初のクラシック制覇であった。
    • 2着はマヤノジョオー。
  • 1987年
    • 優勝馬マックスビューティ。生涯通算19戦10勝。父ブレイヴェストローマン。伊藤雄二調教師は初勝利。田原成貴騎手は2勝目。チューリップ賞1着から桜花賞を制す。その後4歳牝馬特別1着、オークス1着、神戸新聞杯1着、ローズステークス1着でエリザベス女王杯2着。惜しくも三冠を逃がし史上6頭目の桜花賞・オークスを制した二冠牝馬となる。
    • マックスビューティはその後産駒として1993年桜花賞3着マックスジョリーを送り出す。
    • 桜花賞前のステップとしてチューリップ賞を勝ったが当時はオープン特別であった。しかしこの後、次第にこの競走をステップにする馬が桜花賞を勝つケースが増えてくる。
    • 2着は2番人気のコーセイ。3着ワンダーレジスト。後に産駒として1997年桜花賞4着ワンダーステラを送り出す。
  • 1988年
    • 優勝馬アラホウトク。生涯通算10戦4勝。父トウショウボーイ。河内洋騎手は2勝目。4歳牝馬特別2着から桜花賞を制す。後にオークス7着、エリザベス女王杯4着。
    • 2着シヨノロマン、武豊の初の桜花賞であった。4着は2番人気スイートローザンヌ。
  • 1989年
    • 優勝馬シャダイカグラ。生涯通算11戦7勝。父リアルシャダイ。伊藤雄二調教師は2勝目。武豊騎手は初勝利。ペガサスステークス1着から桜花賞を制す。この後オークス2着、エリザベス女王杯20着。
    • 武豊は父武邦彦と親子で制覇。これは史上初。
    • 2着ホクトビーナス。後に産駒として1996年桜花賞5着ホクトペンダントを出す。
    • 3着タニノターゲット。後に産駒として1995年桜花賞8着タニノルション、1997年桜花賞14着タニノマウナケアを出す。
    • 6着アイドルマリー。8着ライトカラーは後にオークスを制す。

1990年代[編集]

  • 1990年
    • 優勝馬アグネスフローラ。生涯通算6戦5勝。父ロイヤルスキー。母アグネスレディー。河内洋騎手は3勝目。チューリップ賞1着から桜花賞を制す。後にオークスは2着。後に産駒として2001年皐月賞優勝馬アグネスタキオンを出す。
    • 同馬は坂路調教馬で初のクラシック制覇。しかし最終追い切りはコースで行っている。
    • 2着ケリーバッグ。4着エイシンサニー、後にオークスを制す。ユキノサンライズは14着。
  • 1991年
    • 優勝馬シスタートウショウ。生涯通算12戦4勝。父トウショウボーイ。角田晃一騎手は初勝利。桜花賞まで4連勝であった。その後オークスでは2着に終わる。
    • 2着はヤマノカサブランカ。3着はノーザンドライバー。
    • 4着スカーレットブーケ。後に産駒として2001年桜花賞3着ダイワルージュ、2007年桜花賞馬ダイワスカーレットを出す。
    • 1番人気イソノルーブルは発走前に落鉄して、そのまま走り5着に終わる。しかし後のオークスで雪辱を果たす。
    • ダイイチルビーは抽選で除外され出走できず。後に安田記念とスプリンターズステークスを制す。
    • 阪神競馬場の改修工事により京都競馬場の芝外回り1600mで施行。
  • 1992年
    • 優勝馬ニシノフラワー。生涯通算16戦7勝。父マジェスティックライト。河内洋騎手は4勝目。チューリップ賞2着から桜花賞を制す。その後オークス7着。秋はエリザベス女王杯3着を経てスプリンターズステークス1着。
    • 2着アドラーブル。後にオークスを制す。5着エルカーサリバー。
  • 1993年
    • 優勝馬ベガ。生涯通算9戦4勝。父トニービン。武豊騎手が2勝目。チューリップ賞1着から桜花賞を制す。後にオークス1着、エリザベス女王杯3着。その孫が2014年桜花賞馬のハープスター。
    • ベガは後に産駒で1999年日本ダービー馬アドマイヤベガやアドマイヤドンを出す。
    • 2着ユキノビジン。3着マックスジョリー。
    • 5着ホクトベガ、後にエリザベス女王杯を制す。その後ダート路線で大活躍してダート7連勝を達成するが、1997年ドバイワールドカップで悲劇的な最期を遂げる。
    • 16着オースミシャインはその後産駒として2004年桜花賞2着アズマサンダースを出す。
    • ノースフライトは当時デビュー前で、5月1日にデビューすることとなる。
  • 1994年
    • 優勝馬オグリローマン。生涯通算15戦7勝。父ブレイヴェストローマン。母ホワイトナルビー。瀬戸口勉調教師は初勝利。武豊騎手が3勝目。チューリップ賞2着から桜花賞を制す。後にオークス12着。秋のエリザベス女王杯15着。オグリキャップの半妹。
    • 公営出身馬として史上初の優勝。また武豊が騎手として2人目の連覇。
    • 瀬戸口勉は騎手と調教師との両方で制覇。これは武田文吾、八木沢勝美以来史上3人目。
    • 2着ツィンクルブライド。後に産駒としてペールギュントを送り出す。
    • 着差はハナ差でこれは1959年・1978年に続いて史上3度目。
    • 3着ローブモンタント。8着アグネスパレード。
    • 13着ゴールデンジャック。後に産駒として2013年桜花賞3着プリンセスジャックを出す。
    • ヒシアマゾンは外国産馬で出走できず。秋にエリザベス女王杯を制し、有馬記念2着。
  • 1995年
    • 優勝馬ワンダーパヒューム。生涯通算9戦2勝。父フォティテン。田原成貴騎手が3勝目。アネモネステークス2着から桜花賞を制す。後にオークス3着。エリザベス女王杯16着。しかし、翌年の京都牝馬特別で左前脚複雑骨折を発症し死去。
    • 2着ダンスパートナー、後にオークスを制す。3着プライムステージ。4歳牝馬特別を勝った1番人気ライデンリーダーは4着。
    • 15着エイシンサンサンは後に産駒として2010年桜花賞3着エーシンリターンズを出す。
    • 指定交流競走に指定され、地方所属馬にも門戸が開かれる。笠松所属のライデンリーダーが地方所属馬として初めての出走第1号となる。
    • 阪神・淡路大震災による被害により京都競馬場の芝外回り1600mで施行。
  • 1996年
    • 優勝馬ファイトガリバー。生涯通算12戦3勝。父ダイナガリバー。田原成貴騎手が4勝目、騎手として3人目の連覇。アネモネステークス3着から桜花賞を制す。後にオークス2着。
    • 2着イブキパーシヴ。1番人気リトルオードリーは9着。
    • 12着タニノシスターは後に産駒として2007年日本ダービー馬ウオッカを送り出す。
    • 15着ビワハイジは後に産駒で2009年桜花賞馬ブエナビスタ、2012年桜花賞6着ジョワドヴィーヴルを送り出す。
    • チューリップ賞勝ちのエアグルーヴは不出走で、その後オークスを制す。
    • この年から秋のエリザベス女王杯が古馬に開放されて、新しく4歳(現3歳)馬のためのGI競走の秋華賞が創設された。
  • 1997年
    • 優勝馬キョウエイマーチ。生涯通算28戦8勝。父ダンシングブレーヴ。松永幹夫騎手は初勝利。4歳牝馬特別を勝って桜花賞を制す。後にオークス11着。秋華賞2着。
    • 2着はメジロドーベル。後にオークスを制し、秋華賞を制す。翌年と翌々年にエリザベス女王杯を2連覇。
  • 1998年
    • 優勝馬ファレノプシス。生涯通算16戦7勝。父ブライアンズタイム。母キャットクイル。武豊騎手が4勝目。チューリップ賞4着から桜花賞を制す。後にオークス3着。秋華賞1着。桜花賞・秋華賞を制した史上初の二冠牝馬。翌々年のエリザベス女王杯も制す。
    • ファレノプシスはその後産駒として2012年桜花賞17着ラナンキュラスを送り出す。また2013年日本ダービー馬キズナは同馬の半弟。
    • 2着ロンドンブリッジ。その後産駒として2004年オークス馬ダイワエルシエーロを送り出す。
    • 10着アインブライド。1番人気ダンツシリウスは11着。
  • 1999年
    • 優勝馬プリモディーネ。生涯通算10戦3勝。父アフリート。福永祐一騎手が初勝利。チューリップ賞4着から桜花賞を制す。後にオークス3着。
    • 福永祐一は父福永洋一とで親子制覇。これは史上2組目。
    • 2着フサイチエアデール。後に産駒としてライラプスやフサイチリシャールを送り出す。
    • 3着トゥザヴィクトリー、翌々年のエリザベス女王杯を制す。後に産駒としてトゥザグローリー、トゥザワールドを送り出す。
    • 6着ウメノファイバー、後にオークスを制す。
    • 1番人気スティンガーは12着。

2000年代[編集]

  • 2000年
    • 優勝馬チアズグレイス。生涯通算11戦3勝。父サンデーサイレンス。松永幹夫騎手は2勝目。チューリップ賞10着から桜花賞を制す。後にオークス2着。秋華賞4着。
    • 2着マヤノメイビー。3着シルクプリマドンナ、後にオークスを制す。1番人気サイコーキララは4着。
    • 11着エアトゥーレ。後に産駒で2008年皐月賞馬キャプテントゥーレを送り出す。
  • 2001年
    • 優勝馬テイエムオーシャン。生涯通算18戦7勝。父ダンシングブレーヴ。母リヴァーガール。本田優騎手は初勝利。チューリップ賞1着から桜花賞を制す。後にオークス3着。秋華賞1着。桜花賞・秋華賞の二冠牝馬は史上2頭目。
    • 母リヴァーガールの母は1985年桜花賞馬エルプス。
    • 2着ムーンライトタンゴ。3着ダイワルージュ。
    • 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳牝馬」から「3歳牝馬」に変更。
  • 2002年
    • 優勝馬アローキャリー。生涯通算16戦3勝。父ラストタイクーン。池添謙一騎手は初勝利。アネモネステークス8着から桜花賞を制す。
    • ホッカイドウ所属のアローキャリーが公営出身馬として史上2頭目の優勝。
    • 2着ブルーリッジリバー。1番人気シャイニンルビーは3着。6着スマイルトゥモローは後にオークスを制す。
    • この年の最優秀3歳牝馬であるファインモーションは外国産馬のため出走できず。
  • 2003年
    • 優勝馬スティルインラブ。生涯通算16戦5勝。父サンデーサイレンス。松元省一調教師と幸英明騎手は初勝利。チューリップ賞2着から桜花賞を制す。後にオークス、秋華賞を制し三冠牝馬となる。メジロラモーヌ以来史上2頭目。
    • 2着シーイズトウショウ。3着アドマイヤグルーヴは後にエリザベス女王杯を連覇する。
  • 2004年
    • 優勝馬ダンスインザムード。生涯通算25戦6勝。父サンデーサイレンス。藤沢和雄調教師は初勝利。武豊騎手は5勝目。フラワーカップを勝って桜花賞を制す。後にオークス4着。翌々年第1回ヴィクトリアマイルを制す。
    • 同馬は海外への遠征も多く、アメリカンオークス2着。香港カップ13着。キャッシュコール招待ステークス1着。香港マイル12着。
    • ダンスインザムードは、その後産駒として2011年桜花賞7着ダンスファンタジアを送り出す。
    • 2着アズマサンダース。7着ダイワエルシエーロはオークスを制す。
    • 5着スイープトウショウは後に秋華賞、宝塚記念、エリザベス女王杯を制す。
    • 関東馬がメジロラモーヌ以来18年ぶりの勝利。
    • 外国産馬の出走枠が制限付きで2頭まで出走可能となる。
  • 2005年
    • 優勝馬ラインクラフト。生涯通算13戦6勝。父エンドスウィープ。瀬戸口調教師と福永祐一騎手とも2勝目。フィリーズレビューを勝って桜花賞を制す。後にNHKマイルカップを制して秋華賞2着になるも、翌年放牧中に亡くなる。
    • 2着シーザリオ。後にオークスを制して、海外遠征でアメリカンオークス1着。
    • 4着エアメサイア。後に秋華賞を制す。
    • 外国産馬の出走枠が4頭に拡大。
  • 2006年
    • 優勝馬キストゥヘヴン。生涯通算27戦5勝。父アドマイヤベガ。安藤勝己が初勝利。フラワーカップを勝って桜花賞を制す。後にオークス6着。秋華賞6着。
    • 1番人気アドマイヤキッスは2着。3着コイウタは翌年のヴィクトリアマイルを制す。
    • 14着フサイチパンドラはその後、オークス2着、秋華賞3着、エリザベス女王杯1着。
    • 同年のオークス・秋華賞馬のカワカミプリンセスは賞金不足のため回避。
    • 安藤勝己は地方競馬出身の騎手として史上初。
    • 外国産馬の出走枠が5頭に拡大。
  • 2007年
    • 優勝馬ダイワスカーレット。生涯通算12戦8勝。父アグネスタキオン。母スカーレットブーケ。松田国英調教師は初勝利。安藤勝己騎手は2勝目。チューリップ賞2着から桜花賞を制す。その後秋華賞1着、エリザベス女王杯1着、有馬記念2着。翌年天皇賞(秋)2着、有馬記念1着。ウオッカと牝馬二強の時代を築いた。安藤勝己が騎手として4人目の連覇。
    • 2着がウオッカ。その後オークスへ向かわず日本ダービーに挑戦してクリフジ以来64年ぶりに制覇。その後安田記念、天皇賞(秋)、ヴィクトリアマイル、ジャパンカップを制す。
    • 4着ローブデコルテ。後にオークスを制す。
    • 7着アストンマーチャンは秋のスプリンターズステークスを制す。
    • 14着ピンクカメオはNHKマイルカップを制す。
    • 船橋競馬場所属のエミーズスマイルがライデンリーダー以来となる地方所属馬として出走。結果は15着。
    • 多士済々の豪華なメンバーで史上最高レベルの桜花賞であった。
    • この年から新設の外回りコースで施行。また外国産馬の出走枠が6頭に拡大。
    • 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIに変更。
  • 2008年
    • 優勝馬レジネッタ。生涯通算28戦4勝。父フレンチデピュティ。小牧太騎手が初勝利。フィリーズレビュー3着から桜花賞を制す。後にオークス3着。秋華賞8着。エリザベス女王杯12着。 小牧太は地方競馬出身の騎手としては4人目。
    • 2着エフティマイア。3着ソーマジック。5着リトルアマポーラは後にエリザベス女王杯を制す。
    • 1番人気トールポピーは8着、後にオークスを制す。ブラックエンブレムは10着、後に秋華賞を制す。
    • 外国産馬の出走枠が7頭に拡大。
    • 12番人気と15番人気と5番人気の馬の組合せで、馬券の配当が桜花賞史上の記録的な数字となった。三連単で7,002,920円、三連複で778,350円。また馬単で334,440円、馬連で196,630円。これらは過去最高記録。
  • 2009年
    • 優勝馬ブエナビスタ。生涯通算23戦9勝。父スペシャルウィーク。母ビワハイジ。松田博資調教師は初勝利。安藤勝己騎手は3勝目。チューリップ賞1着から桜花賞を制す。後にオークスも制して桜花賞、オークスの二冠牝馬となる。秋華賞3着。エリザベス女王杯3着。有馬記念2着。その後ヴィクトリアマイル、天皇賞(秋)、ジャパンカップを制す。
    • 安藤勝己が49歳と16日で優勝し、クラシックレースの最年長優勝記録を69年ぶりに更新。
    • 2番人気レッドディザイアは2着。後に秋華賞を制す。
    • 関西主場においての最終競走の発走時刻を16時40分(桜花賞当日は16時50分)に設定したことに伴い、当競走の競走番号が第11競走から第10競走に変更。

2010年代[編集]

  • 2010年
    • 優勝馬アパパネ。生涯通算19戦7勝。父キングカメハメハ。国枝栄調教師と蛯名正義騎手とも初勝利。チューリップ賞2着から桜花賞を制す。その後オークス、秋華賞を制して史上3頭目の三冠牝馬。後にヴィクトリアマイルを制す。
    • 2着オウケンサクラ。5着アスコットフィズ。後にオークスで同着となったサンテミリオンは不出走。
    • 国際競走に指定され、外国調教馬は外国産馬と合わせて最大9頭まで出走可能となる。それに伴い重賞格付け表記をGIに戻す。
  • 2011年
    • 優勝馬マルセリーナ。生涯通算22戦4勝。父ディープインパクト。松田博資調教師は2勝目。安藤勝己騎手は4勝目。エルフィンステークスを勝って桜花賞を制す。この後オークスは4着。
    • 前走から本番までの間隔が9週間でこれは歴代桜花賞優勝馬の中で最長の間隔。なお最短の間隔はわずか4日で第2回タイレイが記録している。
    • 安藤勝己が51歳と14日で優勝し、自身が保持するクラシックレースの最年長優勝記録を更新。
    • 1番人気ホエールキャプチャは2着。翌年ヴィクトリアマイルを制す。
    • エリンコートとアヴェンチュラは不出走。その後エリンコートはオークスを、アヴェンチュラは秋華賞を制す。
    • 東日本大震災の影響により、この年より第11競走としての施行に戻す。
  • 2012年
    • 優勝馬ジェンティルドンナ。現役通算15戦9勝。父ディープインパクト。石坂正調教師と岩田康誠騎手とも初勝利。チューリップ賞4着から桜花賞を制す。その後オークス、秋華賞を制して史上4頭目の三冠牝馬。後にジャパンカップを連覇する。またドバイシーマクラシックも制す。
    • 2着ヴィルシーナ。同馬は三冠競走すべて2着に終わったが、翌年ヴィクトリアマイルを制す。
    • 1番人気ジョワドヴィーヴルは6着。翌年調教中に悲運の最期を遂げてしまう。
  • 2013年
    • 優勝馬アユサン。現役通算8戦2勝。父ディープインパクト。手塚貴久調教師とクリスチャン・デムーロ騎手とも初勝利。チューリップ賞3着から桜花賞を制す。後にオークス4着。
    • クリスチャン・デムーロ(弟)[4]騎乗のアユサンが1着となり、ミルコ・デムーロ(兄)騎乗のレッドオーヴァルが2着に入着したことにより、史上初となるGI競走での兄弟騎手によるワンツーフィニッシュとなった[5]
    • 直前の騎手変更でGI競走を制したのは、1984年のグレード制導入以降初めて[6]
    • ディープインパクト産駒が史上初めて3年連続で優勝[7]
    • 2着レッドオーヴァル。4着クロフネサプライズ。5着ローブティサージュ。
    • メイショウマンボは10着。その後オークス、秋華賞、エリザベス女王杯を制す。
  • 2014年
    • 優勝馬ハープスター。現役通算5戦4勝。父ディープインパクト。松田博資調教師は4勝目。川田将雅騎手は初勝利。チューリップ賞を勝って桜花賞を制す。
    • 2着レッドリヴェール。
    • ディープインパクト産駒が4年連続で優勝。

歴代優勝馬[編集]

国際競走となった2010年以降は優勝馬の国旗を表記する。

回数 施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主
第1回 1939年4月09日 ソールレデイ 牝3 2:02 4/5 石毛彦次郎 田村仁三郎 豊島美王麿
第2回 1940年4月07日 タイレイ 牝3 1:56 4/5 保田隆芳 尾形景造 和田孝一郎
第3回 1941年4月20日 ブランドソール 牝3 1:54 2/5 阿部正太郎 田中和一郎 加藤雄策
第4回 1942年5月03日 バンナーゴール 牝3 1:55 4/5 宮沢今朝太郎 秋山辰治 白岩浅次郎
第5回 1943年5月09日 ミスセフト 牝3 1:55 1/5 佐藤勇 伊藤勝吉 小西松太郎
第6回 1944年6月04日 ヤマイワイ 牝3 1:55 0/5 前田長吉 尾形景造 山口勝蔵
第7回 1947年5月04日 ブラウニー 牝3 1:42 2/5 武田文吾 武輔彦 仙石襄
第8回 1948年5月09日 ハマカゼ 牝3 1:41 1/5 松本実 増本勇 相部藤次郎
第9回 1949年5月01日 ヤシマドオター 牝3 1:40 3/5 八木沢勝美 尾形藤吉 小林庄平
第10回 1950年5月03日 トサミツル 牝3 1:40 2/5 境勝太郎 星川泉士 斉藤健二郎
第11回 1951年4月22日 ツキカワ 牝3 1:39 1/5 清田十一 伊藤勝吉 仁木清七
第12回 1952年4月13日 スウヰイスー 牝3 1:38 3/5 保田隆芳 松山吉三郎 高峰三枝子
第13回 1953年4月19日 カンセイ 牝3 1:39 4/5 森安弘明 尾形藤吉 川端佳夫
第14回 1954年4月30日 ヤマイチ 牝3 1:40 2/5 八木沢勝美 尾形藤吉 永田雅一
第15回 1955年4月10日 ヤシマベル 牝3 1:38 3/5 清田十一 伊藤勝吉 小林庄平
第16回 1956年3月25日 ミスリラ 牝3 1:40 4/5 柴田不二男 諏訪佐市 浅野国次郎
第17回 1957年3月31日 ミスオンワード 牝3 1:38 4/5 栗田勝 武田文吾 樫山純三
第18回 1958年3月23日 ホウシユウクイン 牝3 1:38 3/5 上田三千夫 上田武司 上田清次郎
第19回 1959年3月29日 キヨタケ 牝3 1:39 3/5 蛯名武五郎 藤本冨良 六郎田雅喜
第20回 1960年3月27日 トキノキロク 牝3 1:40.5 杉村一馬 松田由太郎 桶谷辰造
第21回 1961年4月02日 スギヒメ 牝3 1:38.3 諏訪眞 諏訪佐市 小杉咲枝
第22回 1962年4月01日 ケンホウ 牝3 1:38.9 野平好男 藤本冨良 長山善建
第23回 1963年3月31日 ミスマサコ 牝3 1:40.1 瀬戸口勉 上田武司 上田清次郎
第24回 1964年4月05日 カネケヤキ 牝3 1:41.1 野平祐二 杉浦照 金指吉昭
第25回 1965年4月04日 ハツユキ 牝3 1:38.5 加賀武見 中村広 玉島章子
第26回 1966年4月10日 ワカクモ 牝3 1:39.5 杉村一馬 杉村政春 吉田一太郎
第27回 1967年4月30日 シーエース 牝3 1:38.8 高橋成忠 高橋直 藤田宗平
第28回 1968年4月14日 コウユウ 牝3 1:37.6 清水出美 星川泉士 高木茂
第29回 1969年4月13日 ヒデコトブキ 牝3 1:36.6 久保敏文 伊藤修司 伊藤英夫
第30回 1970年4月05日 タマミ 牝3 1:37.9 高橋成忠 坂本栄三郎 坂本栄蔵
第31回 1971年4月18日 ナスノカオリ 牝3 1:39.9 嶋田功 稲葉幸夫 那須野牧場
第32回 1972年5月21日 アチーブスター 牝3 1:37.6 武邦彦 田之上勲 山本信行
第33回 1973年4月08日 ニットウチドリ 牝3 1:35.4 横山富雄 八木沢勝美 鎌田三郎
第34回 1974年4月07日 タカエノカオリ 牝3 1:37.0 武邦彦 佐々木猛 飛渡三代治
第35回 1975年4月06日 テスコガビー 牝3 1:34.9 菅原泰夫 仲住芳雄 長島忠雄
第36回 1976年4月11日 テイタニヤ 牝3 1:36.7 嶋田功 稲葉幸夫 原八衛
第37回 1977年4月10日 インターグロリア 牝3 1:37.5 福永洋一 柳田次男 松岡正雄
第38回 1978年4月09日 オヤマテスコ 牝3 1:36.9 福永洋一 山本正司 加藤泰章
第39回 1979年4月08日 ホースメンテスコ 牝3 1:41.0 佐々木晶三 中村武志 古橋貞臣、仲次衛
第40回 1980年4月06日 ハギノトップレディ 牝3 1:36.2 伊藤清章 伊藤修司 日隈広吉
第41回 1981年4月05日 ブロケード 牝3 1:41.3 柴田政人 高松邦男 伊達秀和
第42回 1982年4月11日 リーゼングロス 牝3 1:36.3 清水英次 新関力 三島武
第43回 1983年4月10日 シャダイソフィア 牝3 1:40.5 猿橋重利 渡辺栄 吉田善哉
第44回 1984年4月08日 ダイアナソロン 牝3 1:36.1 田原成貴 中村好夫 大島秀元
第45回 1985年4月07日 エルプス 牝3 1:36.9 木藤隆行 久恒久夫 小畑安雄
第46回 1986年4月06日 メジロラモーヌ 牝3 1:35.8 河内洋 奥平真治 (有)メジロ牧場
第47回 1987年4月12日 マックスビューティ 牝3 1:35.1 田原成貴 伊藤雄二 田所祐
第48回 1988年4月10日 アラホウトク 牝3 1:34.8 河内洋 庄野穂積 (有)アラキファーム
第49回 1989年4月09日 シャダイカグラ 牝3 1:37.5 武豊 伊藤雄二 米田茂
第50回 1990年4月08日 アグネスフローラ 牝3 1:37.1 河内洋 長浜博之 渡辺孝男
第51回 1991年4月07日 シスタートウショウ 牝3 1:33.8 角田晃一 鶴留明雄 トウショウ産業(株)
第52回 1992年4月12日 ニシノフラワー 牝3 1:37.5 河内洋 松田正弘 西山正行
第53回 1993年4月11日 ベガ 牝3 1:37.2 武豊 松田博資 吉田和子
第54回 1994年4月10日 オグリローマン 牝3 1:36.4 武豊 瀬戸口勉 小栗孝一
第55回 1995年4月09日 ワンダーパヒューム 牝3 1:34.4 田原成貴 領家政蔵 山本信行
第56回 1996年4月07日 ファイトガリバー 牝3 1:34.4 田原成貴 中尾謙太郎 品川昇
第57回 1997年4月06日 キョウエイマーチ 牝3 1:36.9 松永幹夫 野村彰彦 松岡留枝
第58回 1998年4月12日 ファレノプシス 牝3 1:34.0 武豊 浜田光正 (有)ノースヒルズマネジメント
第59回 1999年4月11日 プリモディーネ 牝3 1:35.5 福永祐一 西橋豊治 伊達秀和
第60回 2000年4月09日 チアズグレイス 牝3 1:34.9 松永幹夫 山内研二 北村キヨ子
第61回 2001年4月08日 テイエムオーシャン 牝3 1:34.4 本田優 西浦勝一 竹園正繼
第62回 2002年4月07日 アローキャリー 牝3 1:34.3 池添謙一 山内研二 矢野秀春
第63回 2003年4月13日 スティルインラブ 牝3 1:33.9 幸英明 松元省一 (有)ノースヒルズマネジメント
第64回 2004年4月11日 ダンスインザムード 牝3 1:33.6 武豊 藤沢和雄 (有)社台レースホース
第65回 2005年4月10日 ラインクラフト 牝3 1:33.5 福永祐一 瀬戸口勉 大澤繁昌
第66回 2006年4月09日 キストゥヘヴン 牝3 1:34.6 安藤勝己 戸田博文 吉田和子
第67回 2007年4月08日 ダイワスカーレット 牝3 1:33.7 安藤勝己 松田国英 大城敬三
第68回 2008年4月13日 レジネッタ 牝3 1:34.4 小牧太 浅見秀一 (有)社台レースホース
第69回 2009年4月12日 ブエナビスタ 牝3 1:34.0 安藤勝己 松田博資 (有)サンデーレーシング
第70回 2010年4月11日 日本の旗アパパネ 牝3 1:33.3 蛯名正義 国枝栄 金子真人ホールディングス(株)
第71回 2011年4月10日 日本の旗マルセリーナ 牝3 1:33.9 安藤勝己 松田博資 (有)社台レースホース
第72回 2012年4月08日 日本の旗ジェンティルドンナ 牝3 1:34.6 岩田康誠 石坂正 (有)サンデーレーシング
第73回 2013年4月07日 日本の旗アユサン 牝3 1:35.0 C.デムーロ 手塚貴久 星野壽市
第74回 2014年4月13日 日本の旗ハープスター 牝3 1:33.3 川田将雅 松田博資 (有)キャロットファーム

桜花賞の記録[編集]

  • レースレコード - 1:33.3(第70回優勝馬アパパネ、第74回優勝馬ハープスター)
  • 2着との最大着差 - 大差(第35回優勝馬テスコガビー)
  • 最高勝馬投票券売上げ - 355億4394万1300円(第58回競走)
  • 当日の最高観客入場総数 - 98,756人(第55回競走・京都開催)
  • 最多勝騎手 - 武豊 5勝(第49、53、54、58、64回)
  • 最多勝調教師 - 尾形藤吉 5勝(第2、6、9、13、14回)

本競走優勝馬による優駿牝馬(オークス)の制覇[編集]

桜花賞に関する記録[編集]

  • 1986年メジロラモーヌが制して以降、2004年ダンスインザムードが制するまで関東馬が17連敗した。関西で行われるレースであるため地の利もあるが、中央競馬の現在における西高東低を象徴する戦績となっている。2006年キストゥヘヴン2010年アパパネ2013年にはアユサンが制し関東馬もやや盛り返しつつあるが依然として優勝候補に挙がるのは関西馬が多い。
  • 1985年に関東所属の木藤隆行が制して以降、2010年蛯名正義が制するまで長きにわたり関東所属の騎手が勝てなかった。この間に関東馬の優勝が3回あるが、競走馬は関東馬でも騎乗した騎手が関西所属だった。
  • 外枠は旧阪神コースのマイル戦では圧倒的不利と言われていたが改修前の直近10年(1997~2006年)の結果を見てみると7、8枠から11頭が連対しており、実際には外枠が不利であるということはなかった。ただし、出走可能頭数が24頭だった1985年以前は8枠の連対は皆無であった。
  • 逆に改修後の新コースでは内枠(1~3枠)からは1頭のみしか馬券に絡んでおらず(2007年 3着)、優勝馬はまだ出ていない。
  • このレースを実況中継するアナウンサーの中で濱野圭司1985年の第45回から毎年、このレースを実況する事からMr.桜花賞の異名を取っている。2014年の第74回で大台の30年連続実況を達成した。

魔の桜花賞ペース[編集]

一般に2006年までの1600mのスタート地点が1コーナーポケットにあって、スタート後約150m行って約50度の角度を回る急なコーナーとなっていたため、コーナーでの距離損をしたくない外枠の馬と包まれたくない内枠の馬とが殺到し、そのため前半が異常に早いペースとなるケースが多く、また若駒で精神的に幼いということもあって折り合いがつきにくい、騎手にとっても展開が読みにくい難しいレースであった。特にいわゆるごちゃつく展開になって馬群に包まれると脚を余すことになり、それを嫌って前に行くと乱ペースに巻き込まれて末脚を失くすことになり、そういった影響で人気馬が着外に沈むことが珍しくなかったことから魔の桜花賞ペースと呼ばれている。

この「魔のペース」という言葉と同時に桜花賞にはもう一つ「エアポケット」という言葉があり、激しく先行争いをする集団と後方に置かれた集団との間に必ず一定の空間が空くことが多く、この空間のことを「エアポケット」と言い、ここに位置することが桜花賞を勝つポイントであるとかつては言われていた。したがって桜花賞は騎手の腕の見せ所であって、勝利騎手にかつては武邦彦、福永洋一、河内洋、田原成貴、近年では武豊、安藤勝巳、福永祐一などが何れも2勝以上をしていて、特に1984年以後24年間で河内洋以降の5人の騎手で17勝を上げているのは、競馬場を知りつくし、桜を勝つポイントを知り抜いていることの証左と言える。

しかしこの1600mコースが馬場拡大により2007年から向正面のスタートになったため、近年の傾向を見てみると前半をスローペースで進み直線勝負になるいわゆる「上がりの競馬」が多く、実力馬が実力通りの結果を出すことが多くなって、今の桜花賞にはそぐわない表現になってしまった。その分、面白味が無くなったとも言える。

地方競馬の「桜花賞」[編集]

地方競馬でも桜花賞を称する競走がある。ただし中央競馬の桜花賞と同等の機能を持った競走とは限らない。

脚注[編集]

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  1. ^ かつては桜花賞以外の阪神競馬場のGIレースでもこのアレンジバージョンを使用していた(例:1994年天皇賞(春)、1994年宝塚記念1996年宝塚記念)。
  2. ^ JRA公式サイト「今週の注目レース」 - JRA公式サイト。2013年12月22日閲覧。
  3. ^ □地が出走できるGI競走とそのステップ競走について(平成26年度) - JRA公式サイト。
  4. ^ 本来は丸山元気が騎乗する予定であったが前日(4月6日)の福島競馬で落馬負傷したため、乗り代わりによる騎乗。
  5. ^ 尚、同年秋の秋華賞で弟の武幸四郎(メイショウマンボ騎乗)が1着、兄の武豊(スマートレイアー騎乗)が2着となり初の日本人兄弟騎手同士によるGI競走ワンツーフィニッシュが達成された。
  6. ^ 【桜花賞】アユサン桜冠!史上初デムーロ弟兄ワンツー スポーツ報知2013年4月8日閲覧
  7. ^ 従来の記録はヒンドスタン19611962年)、テスコボーイ19781979年)、サンデーサイレンス20032004年)の2年連続。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]