菊花賞
| 菊花賞 | |
|---|---|
第72回菊花賞
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| 主催者 | 日本中央競馬会 |
| 開催地 | |
| 施行時期 | 10月中旬 - 下旬 (原則4回京都6日目) |
| 格付け | GI |
| 1着賞金 | 1億1200万円 |
| 賞金総額 | 2億1320万円 |
| 距離 | 芝・外3000m |
| 出走条件 | サラブレッド系3歳牡・牝(国際)(指定) 出走資格も参照 |
| 負担重量 | 馬齢(牡馬57kg、牝馬55kg) |
| 第1回施行日 | 1938年12月11日 |
菊花賞(きくかしょう、きっかしょう)とは日本中央競馬会(JRA)が京都競馬場の芝3000メートルで施行する中央競馬の重賞(GI)競走である。正賞は内閣総理大臣賞、朝日新聞社賞、日本馬主協会連合会会長賞。
目次 |
[編集] 概要
1938年にイギリス最古のクラシック競走のセントレジャーステークスを範として、京都農林省賞典4歳呼馬の名称で創設された4歳(現3歳)の競走馬による重賞競走。1939年に創設された横濱農林省賞典4歳呼馬(皐月賞)と1932年から施行されている東京優駿競走(日本ダービー)と共に日本のクラシック三冠競走を確立した。
1948年より現在の名称である菊花賞に変更。京都競馬場のスタンド改築工事による振替開催により、1979年に阪神競馬場で施行された以外は一貫して京都競馬場の芝3000mで行われている。
1995年に指定交流競走となり地方馬の出走が、2001年からは外国産馬の出走が可能となった。2010年からは国際競走に指定され、外国調教馬の出走も可能になっている。
牡馬クラシック三冠競走の最終戦として行われている重賞(GI)競走で「最も速い馬が勝つ」皐月賞、「最も運のある馬が勝つ」東京優駿に対し本競走は3000mの長丁場を走りぬくことから「最も強い馬が勝つ」と称され、その謳い文句の通り牡馬3歳(旧4歳)の最強馬を決める競走として位置付けられている。しかし1987年以降、天皇賞(秋)に3歳馬の出走が可能になったため長距離適性のない一部の有力馬が芝3000mの菊花賞を回避して芝2000mの天皇賞(秋)に出走する傾向も増えてきており、2007年から2010年までの4年はダービー馬不在の菊花賞となっている[1]。
春のクラシックに出走できなかった競走馬が多く活躍しておりグリーングラス、スーパークリーク、メジロマックイーン、マヤノトップガン、マンハッタンカフェ、ヒシミラクル、デルタブルースなど後の八大競走・GIや海外G1も制した名馬の初重賞勝ちの競走ともなっている。11月に行われていた頃はこれらの「上がり馬」は京都新聞杯や第4回京都競馬のオープン特別、1600万下条件特別などで頭角を現したため未実績馬でも馬券的に人気になる傾向があり、あまり荒れる競走ではなかったが2000年に施行時期を10月に移行してからは上がり馬の台頭が1000万下条件からの勝ち上がりからであることが増えてきている。また2000年以降で1番人気で勝った馬は2005年のディープインパクト、2008年のオウケンブルースリ、2011年のオルフェーヴルのみで荒れるレースに変わりつつある。
現在の優勝レイは緑色の地に金色の文字で、レース名に関連して白菊の模様が3箇所にあしらわれている。
出走資格はサラ系3歳(旧4歳)牡馬・牝馬のJRA所属馬、春のクラシック競走またはNHKマイルカップで2着以内、菊花賞トライアル競走で3着以内に入った地方競馬所属馬、及び外国調教馬(9頭まで、JRA所属の外国産馬も含める)。未出走馬・未勝利馬は出走できない。
負担重量は馬齢重量で牡馬57kg、牝馬55kg。
総額賞金は2億1320万円。1着賞金1億1200万円で以下2着賞金4500万円、3着賞金2800万円、4着賞金1700万円、5着賞金1120万円。
[編集] コース
スタートは第3コーナー前。外回り第3コーナー付近の通称「淀の坂」を2度越えるためスタミナが要求される。加えて1周目正面スタンド前では観客の大歓声が上がることが多く、それに動揺しない精神力も求められる。2009年現在、菊花賞以前に3歳以下の競走馬に芝3000m以上のオープン競走は用意されておらず[2][3]菊花賞の芝3000mは全出走馬にとってまさしく未知の領域となっている。
[編集] トライアル競走
| 競走名 | 格付 | 団体 | 施行競馬場 | 施行距離 |
|---|---|---|---|---|
| セントライト記念 | GII | 中央 | 芝・外2200m | |
| 神戸新聞杯 | GII | 中央 | 芝・外2400m |
いずれの競走も3着までの牡馬・牝馬(内国産馬・外国産馬問わず)の入着馬に優先出走権が与えられる。2001年から制限付きで外国産馬にも出走が認められている。2007年は6頭まで(各年度の変遷は外国産馬#中央競馬のクラシック・天皇賞における出走制限を参照)。
[編集] 歴史
- 1938年 - 4歳(現3歳)の牡馬・牝馬の競走馬による定量(牡馬55kg・牝馬53kg)の重賞競走として「第1回京都農林省賞典4歳呼馬」が創設され、京都競馬場・芝3000mで施行された。
- 1940年 - 負担斤量を牡馬57kg・牝馬55.5kgにそれぞれ変更。
- 1941年 - セントライトが史上初のクラシック三冠を達成。
- 1943年
- 1944年 「長距離特殊競走」名称で能力判定競走として施行されるが、競走中に全出走馬がコースを間違えたため競走不成立(当該項を参照)。
- 1945年 - 第二次世界大戦により中止。
- 1946年
- 名称を「農林省賞典4歳馬」に変更。
- 牝馬の負担斤量を55.5kgから55kgに変更。
- 1947年 - ブラウニーが牝馬で2頭目の制覇。
- 1948年 - 名称を菊花賞に変更。
- 1950年 - 二冠馬クモノハナが2着に敗れる。
- 1953年 - 二冠馬ボストニアンが5着に敗れる。
- 1959年 - この年の9月1日から日本競馬の時計表示が変更になったのに伴い、時計が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
- 1953年 - 二冠馬コダマが2着に敗れる。
- 1961年 - アズマテンランが持込馬として史上初の制覇。
- 1962年
- 1963年 - 二冠馬メイズイが6着に敗れる。
- 1964年 - シンザンが2頭目のクラシック三冠を達成。
- 1965年 - 栗田勝が騎手として史上初の連覇。
- 1968年 - ファインローズが牝馬として前年のヤマピットに続き6年連続で出走(結果は10着)。翌年以降牝馬の出走が途切れる。
- 1970年 - 二冠馬タニノムーティエが11着に敗れる。
- 1973年 - 元地方大井所属のハイセイコーがタケホープに2度目の敗走。
- 1974年 - 武邦彦が騎手として2人目の連覇。
- 1975年 - ヤマゼントップが第1コーナーでコースから外れて外ラチに激突、鞍上久保敏文が落馬。
- 1976年 - 12番人気のグリーングラスがトウショウボーイ・テンポイントを破り優勝。
- 1977年
- プレストウコウが芦毛馬として史上初の3歳クラシック制覇。
- ケイツナミが牝馬としてファインローズ以来9年ぶりに出走(結果は10着)。
- 1979年 - 京都競馬場のスタンド改築工事による振替開催により、阪神競馬場の芝3000mで施行。
- 1982年 - 菅原泰夫が騎手として3人目の連覇。
- 1983年 - ミスターシービーが3頭目のクラシック三冠を達成。
- 1984年
- グレード制施行によりGIに格付け。
- シンボリルドルフがデビューから無敗で4頭目のクラシック三冠を達成。
- 1987年 - 施行時期をエリザベス女王杯と交換。
- 1992年 - 二冠馬ミホノブルボンが2着に敗れる。
- 1993年 - ビワハヤヒデが持込馬として史上2頭目の制覇。
- 1994年 - ナリタブライアンが5頭目のクラシック三冠を達成。
- 1995年
- 指定交流競走となり、地方所属馬にも門戸が開放される。
- ダンスパートナーが牝馬としてケイツナミ以来18年ぶりの出走、1番人気に支持される(結果は5着)。
- 1998年 - セイウンスカイが当時の芝3000mの世界レコード3:03.2で優勝。
- 2000年 - 施行時期を10月に変更。
- 2001年
- 2002年 - 外国産馬の出走枠を最大3頭までに拡大。
- 2003年
- 2004年
- 当年のみ「日本中央競馬会創立50周年記念 菊花賞」として施行。
- 岩田康誠がJRA史上初の地方競馬所属騎手によるクラシック競走制覇。
- 2005年
- 外国産馬の出走枠を最大4頭に拡大。
- ディープインパクトがデビューから無敗で6頭目のクラシック三冠を達成。
- 2006年
- 2007年
- 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIに変更。
- 外国産馬の出走枠を最大6頭に拡大。
- 2008年 - 外国産馬の出走枠を最大7頭に拡大。
- 2009年 - ポルカマズルカが牝馬としてダンスパートナー以来14年ぶりに出走(結果は17着)。
- 2010年 - 国際競走に指定され、外国調教馬は外国産馬と合わせて最大9頭まで出走可能となる。それに伴い、重賞格付け表記をGIに戻す。
- 2011年 - オルフェーヴルが史上7頭目のクラシック三冠を達成。
[編集] 歴代優勝馬
| 回数 | 施行日 | 優勝馬 | 性齢 | 勝時計 | 優勝騎手 | 管理調教師 | 馬主 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1回 | 1938年12月11日 | テツモン | 牡3 | 3:16 0/5 | 伊藤正四郎 | 尾形藤吉 | 松山隆郎 |
| 第2回 | 1939年10月29日 | マルタケ | 牡3 | 3:22 0/5 | 清水茂次 | 清水茂次 | 榎壽逸 |
| 第3回 | 1940年11月3日 | テツザクラ | 牡3 | 3:17 3/5 | 伊藤勝吉 | 伊藤勝吉 | 三宅孝之介 |
| 第4回 | 1941年10月26日 | セントライト | 牡3 | 3:22 3/5 | 小西喜蔵 | 田中和一郎 | 加藤雄策 |
| 第5回 | 1942年11月8日 | ハヤタケ | 牡3 | 3:16 3/5 | 佐藤勇 | 岩井健吉 | 伊藤祐之 |
| 第6回 | 1943年11月14日 | クリフジ | 牝3 | 3:19 3/5 | 前田長吉 | 尾形藤吉 | 栗林友二 |
| 第7回 | 1946年12月1日 | アヅマライ | 牡3 | 3:26 4/5 | 武田文吾 | 高橋直三 | 熊谷新太郎 |
| 第8回 | 1947年10月19日 | ブラウニー | 牝3 | 3:16 0/5 | 土門健司 | 武輔彦 | 仙石襄 |
| 第9回 | 1948年11月23日 | ニユーフオード | 牡3 | 3:13 3/5 | 武田文吾 | 小川佐助 | 吉木三郎 |
| 第10回 | 1949年11月3日 | トサミドリ | 牡3 | 3:14 3/5 | 浅野武志 | 望月与一郎 | 斉藤健二郎 |
| 第11回 | 1950年10月29日 | ハイレコード | 牡3 | 3:09 1/5 | 浅見国一 | 武田文吾 | 山田常太郎 |
| 第12回 | 1951年11月3日 | トラツクオー | 牡3 | 3:11 1/5 | 小林稔 | 久保田金造 | 岩本政一 |
| 第13回 | 1952年11月23日 | セントオー | 牡3 | 3:10 1/5 | 梅内慶蔵 | 新堂捨蔵 | 三木福一 |
| 第14回 | 1953年11月23日 | ハクリヨウ | 牡3 | 3:09 1/5 | 保田隆芳 | 尾形藤吉 | 西博 |
| 第15回 | 1954年11月23日 | ダイナナホウシユウ | 牡3 | 3:09 1/5 | 上田三千夫 | 上田武司 | 上田清次郎 |
| 第16回 | 1955年11月23日 | メイヂヒカリ | 牡3 | 3:09 1/5 | 蛯名武五郎 | 藤本冨良 | 新田松江 |
| 第17回 | 1956年11月18日 | キタノオー | 牡3 | 3:09 3/5 | 勝尾竹男 | 久保田金造 | 田中留治 |
| 第18回 | 1957年11月17日 | ラプソデー | 牡3 | 3:16 0/5 | 矢倉義勇 | 小西喜蔵 | 椎野浅五郎 |
| 第19回 | 1958年11月16日 | コマヒカリ | 牡3 | 3:10 0/5 | 浅見国一 | 橋本輝雄 | 鈴木一平 |
| 第20回 | 1959年11月15日 | ハククラマ | 牡3 | 3:07.7 | 保田隆芳 | 尾形藤吉 | 西博 |
| 第21回 | 1960年11月13日 | キタノオーザ | 牡3 | 3:15.1 | 伊藤竹男 | 久保田金造 | 田中清司 |
| 第22回 | 1961年11月19日 | アズマテンラン | 牡3 | 3:15.4 | 野平好男 | 二本柳俊夫 | 堀平四郎 |
| 第23回 | 1962年11月25日 | ヒロキミ | 牡3 | 3:10.7 | 高松三太 | 二本柳俊夫 | 相馬恵胤 |
| 第24回 | 1963年11月17日 | グレートヨルカ | 牡3 | 3:09.5 | 保田隆芳 | 尾形藤吉 | 小野晃 |
| 第25回 | 1964年11月15日 | シンザン | 牡3 | 3:13.8 | 栗田勝 | 武田文吾 | 橋元幸吉 |
| 第26回 | 1965年11月14日 | ダイコーター | 牡3 | 3:13.4 | 栗田勝 | 上田武司 | 上田清次郎 |
| 第27回 | 1966年11月13日 | ナスノコトブキ | 牡3 | 3:08.5 | 森安弘明 | 稲葉秀男 | 那須野牧場 |
| 第28回 | 1967年11月12日 | ニツトエイト | 牡3 | 3:14.5 | 伊藤竹男 | 矢倉玉男 | 太田和芳郎 |
| 第29回 | 1968年11月17日 | アサカオー | 牡3 | 3:09.0 | 加賀武見 | 中村広 | 浅香源二 |
| 第30回 | 1969年11月16日 | アカネテンリュウ | 牡3 | 3:15.3 | 丸目敏栄 | 橋本輝雄 | 関野栄一 |
| 第31回 | 1970年11月15日 | ダテテンリュウ | 牡3 | 3:10.4 | 宇田明彦 | 星川泉士 | 浅野千恵子 |
| 第32回 | 1971年11月14日 | ニホンピロムーテー | 牡3 | 3:13.6 | 福永洋一 | 服部正利 | 小林保 |
| 第33回 | 1972年11月12日 | イシノヒカル | 牡3 | 3:11.6 | 増沢末夫 | 浅野武志 | 石嶋清仁 |
| 第34回 | 1973年11月11日 | タケホープ | 牡3 | 3:14.2 | 武邦彦 | 稲葉幸夫 | 近藤たけ |
| 第35回 | 1974年11月10日 | キタノカチドキ | 牡3 | 3:11.9 | 武邦彦 | 服部正利 | 初田豊 |
| 第36回 | 1975年11月9日 | コクサイプリンス | 牡3 | 3:11.1 | 中島啓之 | 稗田敏男 | 芦部博子 |
| 第37回 | 1976年11月14日 | グリーングラス | 牡3 | 3:09.9 | 安田富男 | 中野隆良 | 半沢吉四郎 |
| 第38回 | 1977年11月13日 | プレストウコウ | 牡3 | 3:07.6 | 郷原洋行 | 加藤朝治郎 | 渡辺喜八郎 |
| 第39回 | 1978年11月12日 | インターグシケン | 牡3 | 3:06.2 | 武邦彦 | 日迫良一 | 松岡正雄 |
| 第40回 | 1979年11月11日 | ハシハーミット | 牡3 | 3:07.5 | 河内洋 | 内藤繁春 | (株)シンザンクラブ |
| 第41回 | 1980年11月9日 | ノースガスト | 牡3 | 3:06.1 | 田島良保 | 二分久男 | 鈴木忠男 |
| 第42回 | 1981年11月8日 | ミナガワマンナ | 牡3 | 3:07.1 | 菅原泰夫 | 仲住芳雄 | 寺内倉蔵 |
| 第43回 | 1982年11月14日 | ホリスキー | 牡3 | 3:05.4 | 菅原泰夫 | 本郷重彦 | 堀川三之助 |
| 第44回 | 1983年11月13日 | ミスターシービー | 牡3 | 3:08.1 | 吉永正人 | 松山康久 | (株)丸沼温泉ホテル |
| 第45回 | 1984年11月11日 | シンボリルドルフ | 牡3 | 3:06.8 | 岡部幸雄 | 野平祐二 | 和田農林(有) |
| 第46回 | 1985年11月10日 | ミホシンザン | 牡3 | 3:08.1 | 柴田政人 | 田中朋次郎 | 堤勘時 |
| 第47回 | 1986年11月9日 | メジロデュレン | 牡3 | 3:09.2 | 村本善之 | 池江泰郎 | メジロ商事(株) |
| 第48回 | 1987年11月8日 | サクラスターオー | 牡3 | 3:08.0 | 東信二 | 平井雄二 | (株)さくらコマース |
| 第49回 | 1988年11月6日 | スーパークリーク | 牡3 | 3:07.3 | 武豊 | 伊藤修司 | 木倉誠 |
| 第50回 | 1989年11月5日 | バンブービギン | 牡3 | 3:07.7 | 南井克巳 | 布施正 | 竹田辰一 |
| 第51回 | 1990年11月4日 | メジロマックイーン | 牡3 | 3:06.2 | 内田浩一 | 池江泰郎 | メジロ商事(株) |
| 第52回 | 1991年11月3日 | レオダーバン | 牡3 | 3:09.5 | 岡部幸雄 | 奥平真治 | 田中竜雨 |
| 第53回 | 1992年11月8日 | ライスシャワー | 牡3 | 3:05.0 | 的場均 | 飯塚好次 | 栗林英雄 |
| 第54回 | 1993年11月7日 | ビワハヤヒデ | 牡3 | 3:04.7 | 岡部幸雄 | 浜田光正 | (有)ビワ |
| 第55回 | 1994年11月6日 | ナリタブライアン | 牡3 | 3:04.6 | 南井克巳 | 大久保正陽 | 山路秀則 |
| 第56回 | 1995年11月5日 | マヤノトップガン | 牡3 | 3:04.4 | 田原成貴 | 坂口正大 | 田所祐 |
| 第57回 | 1996年11月3日 | ダンスインザダーク | 牡3 | 3:05.1 | 武豊 | 橋口弘次郎 | (有)社台レースホース |
| 第58回 | 1997年11月2日 | マチカネフクキタル | 牡3 | 3:07.7 | 南井克巳 | 二分久男 | 細川益男 |
| 第59回 | 1998年11月8日 | セイウンスカイ | 牡3 | 3:03.2 | 横山典弘 | 保田一隆 | 西山牧場 |
| 第60回 | 1999年11月7日 | ナリタトップロード | 牡3 | 3:07.6 | 渡辺薫彦 | 沖芳夫 | 山路秀則 |
| 第61回 | 2000年10月22日 | エアシャカール | 牡3 | 3:04.7 | 武豊 | 森秀行 | (株)ラッキーフィールド |
| 第62回 | 2001年10月21日 | マンハッタンカフェ | 牡3 | 3:07.2 | 蛯名正義 | 小島太 | 西川清 |
| 第63回 | 2002年10月20日 | ヒシミラクル | 牡3 | 3:05.9 | 角田晃一 | 佐山優 | 阿部雅一郎 |
| 第64回 | 2003年10月26日 | ザッツザプレンティ | 牡3 | 3:04.8 | 安藤勝己 | 橋口弘次郎 | (有)社台レースホース |
| 第65回 | 2004年10月24日 | デルタブルース | 牡3 | 3:05.7 | 岩田康誠 | 角居勝彦 | (有)サンデーレーシング |
| 第66回 | 2005年10月23日 | ディープインパクト | 牡3 | 3:04.6 | 武豊 | 池江泰郎 | 金子真人ホールディングス(株) |
| 第67回 | 2006年10月22日 | ソングオブウインド | 牡3 | 3:02.7 | 武幸四郎 | 浅見秀一 | (有)社台レースホース |
| 第68回 | 2007年10月21日 | アサクサキングス | 牡3 | 3:05.1 | 四位洋文 | 大久保龍志 | 田原慶子 |
| 第69回 | 2008年10月26日 | オウケンブルースリ | 牡3 | 3:05.7 | 内田博幸 | 音無秀孝 | 福井明 |
| 第70回 | 2009年10月25日 | スリーロールス | 牡3 | 3:03.5 | 浜中俊 | 武宏平 | 永井商事(株) |
| 第71回 | 2010年10月24日 | 牡3 | 3:06.1 | 川田将雅 | 長浜博之 | 谷水雄三 | |
| 第72回 | 2011年10月23日 | 牡3 | 3:02.8 | 池添謙一 | 池江泰寿 | (有)サンデーレーシング |
[編集] 菊花賞の記録
- レースレコード - 3:02.7(第67回優勝馬ソングオブウインド)
- 2着との最大着差 - 大差(第6回優勝馬クリフジ)
- デビューからの最短日数での制覇 - 46日(第7回優勝馬アヅマライ)
- 最多勝騎手 - 武豊 4勝(第49、57、61、66回)
- 最多勝調教師 - 5勝 尾形藤吉(第1、6、14、20、24回)
[編集] 父子制覇
過去に9組の父子制覇の例がある。
| 組 | 父馬名 | 優勝回 | 子馬名 | 優勝回 |
|---|---|---|---|---|
| 1組目 | セントライト | 第8回 | セントオー | 第13回 |
| 2組目 | トサミドリ | 第10回 | キタノオー | 第17回 |
| 3組目 | トサミドリ | 第10回 | キタノオーザ | 第21回 |
| 4組目 | トサミドリ | 第10回 | ヒロキミ | 第23回 |
| 5組目 | シンザン | 第25回 | ミナガワマンナ | 第42回 |
| 6組目 | シンザン | 第25回 | ミホシンザン | 第46回 |
| 7組目 | ダンスインザダーク | 第57回 | ザッツザプレンティ | 第64回 |
| 8組目 | ダンスインザダーク | 第57回 | デルタブルース | 第65回 |
| 9組目 | ダンスインザダーク | 第57回 | スリーロールス | 第70回 |
[編集] 兄弟制覇
過去に4組の兄弟制覇の例がある。以下は母馬から見た兄弟に限る。
| 組 | 兄馬名 | 優勝回 | 弟馬名 | 優勝回 | 母馬名 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1組目 | セントライト | 第8回 | トサミドリ | 第10回 | フリッパンシー |
| 2組目 | キタノオー | 第17回 | キタノオーザ | 第21回 | バウアーヌソル |
| 3組目 | メジロデュレン | 第47回 | メジロマックイーン | 第51回 | メジロオーロラ |
| 4組目 | ビワハヤヒデ | 第54回 | ナリタブライアン | 第55回 | パシフィカス |
2組目のキタノオーとキタノオーザは父馬も同じ全兄弟である(父子制覇の項も参照)。
[編集] エピソード
[編集] 競走不成立
1944年の第7回は第二次世界大戦中に能力検定競走として長距離特殊競走の名で施行され、第13回東京優駿競走の優勝馬カイソウが3:30 4/5[4]の時計でクリアズマに3/4馬身の差を付けて勝利、競走も終わり騎手も検量室に引き上げ検量を終えた時、審判団から競走の不成立が申し立てられた。不成立の真相は第6回競走のコースが内回り1周・外回り1周だったのに対し第7回競走は内回り2周に変更されていたのだが主催者側の日本競馬会の伝達不備で全出走馬が前回と同じコースを通過、規定の3000メートルよりも100メートルほど多く走ってしまったのである。これにより1944年の第7回は競走不成立により全出走馬が失格となり、第二次世界大戦後の1946年に改めて第7回として開催された。
[編集] 落馬
当競走での落馬の中でも2002年の第63回、1番人気に支持された武豊騎乗のノーリーズンがスタート直後に躓き鞍上の武豊が落馬し競走を中止した。人馬ともに怪我はなかったが、同馬絡みの勝馬投票券(馬券)約110億円分(この年の菊花賞の売り上げの約半分)が一瞬のうちに紙屑となった。なおこのレースで優勝したのは10番人気のヒシミラクルで2着に16番人気のファストタテヤマが入り、大波乱を巻き起こした。
奇しくも10日後に名古屋競馬場で施行された、第43回東海菊花賞でもレジェンドハンターに騎乗した安藤勝己がスタート直後に落馬している。
[編集] 地方競馬の「菊花賞」
地方競馬でも菊花賞を範した競走がある。ただし中央競馬の菊花賞と同等の機能を持った競走とは限らない。
| 競走名 | 格付 | 主催者 | 施行競馬場 | 施行距離 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 東海菊花賞 | SP1 | 愛知県競馬組合 | 名古屋競馬場 | ダート2500m | 古馬出走可 |
| 2 | 姫山菊花賞 | 重賞 | 兵庫県競馬組合 | 園田競馬場 | ダート1700m | 古馬出走可 |
| 3 | 黒潮菊花賞 | 重賞 | 高知県競馬組合 | 高知競馬場 | ダート1900m | 高知三冠第3戦 |
| 4 | 福山菊花賞 | 重賞 | 福山市 | 福山競馬場 | ダート2250m | 古馬出走可 |
| 5 | ばんえい菊花賞 | BG2 | 帯広市 | 帯広競馬場 | 直線200m | ばんえい競走 |
| 6 | 北関東菊花賞 | 北関東G1 | 群馬県競馬組合 | 高崎競馬場 | ダート2100m | 2004年廃止 |
| 7 | しもつけ菊花賞 | 重賞 | 栃木県競馬組合 | 宇都宮競馬場 | ダート2600m | 1999年廃止 |
| 8 | 南国菊花賞 | 重賞 | 高知県競馬組合 | 高知競馬場 | ダート1400m | アラブ系古馬競走 1998年廃止 |
| 9 | 九州菊花賞 | KG1 | 佐賀県競馬組合 | 佐賀競馬場 | ダート1800m | 2000年まで佐賀菊花賞 2003年廃止 |
| 10 | 中津菊花賞 | 重賞 | 中津市 | 中津競馬場 | ダート2180m | アラブ系古馬競走 1999年廃止 |
[編集] その他
京都競馬場では本競走にちなんだ「菊燦然」というオリジナル銘柄の日本酒が販売されている。
[編集] 脚注
- ^ 2007年のウオッカは秋華賞へ出走し回避、2008年のディープスカイは距離適性などを考慮して天皇賞(秋)へ行き回避、2009年のロジユニヴァースは夏季の放牧後復帰の目処が立つのに時間がかかったため。2010年のエイシンフラッシュは当初は特別登録して出走予定だったが、出馬投票前日の調教で「歩様の乱れが確認された」として出走を取りやめている(JRA公式サイトのエイシンフラッシュ出走取りやめ記事)。
- ^ 3歳(旧4歳)馬が菊花賞前に出走できる芝3000m級の競走として、1999年まで嵐山ステークス(京都芝3000m、1987年までは嵐山特別、1996年までは準オープン、1997年以降はオープン)が平年の第4回京都開催の3日目(1986年以前は京都新聞杯の前週、1987年以降は京都新聞杯の前日)に存在した。
- ^ 2000年以降は菊花賞前に3歳馬が出走できる競走の最長距離は芝2600mである(JRAの競走に限る)。
- ^ 当時は時計が1/5秒表示
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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