菊花賞

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菊花賞
72nd Kikka-sho 20111023.jpg
第72回菊花賞
主催者 日本中央競馬会
開催地 日本の旗京都競馬場
施行時期 10月中旬 - 下旬
(原則4回京都7日目)
格付け GI
1着賞金 1億1200万円
賞金総額 2億1320万円
距離 芝・外3000m
出走条件 サラブレッド系3歳牡・牝(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量 馬齢(牡馬57kg、牝馬55kg)
第1回施行日 1938年12月11日
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菊花賞(きくかしょう、きっかしょう[1])とは日本中央競馬会(JRA)京都競馬場3000メートルで施行する中央競馬重賞GI競走である。

正賞は内閣総理大臣賞朝日新聞社賞、日本馬主協会連合会会長賞。

概要[編集]

1938年イギリス最古のクラシック競走のセントレジャーステークスを範として、京都農林省賞典四歳呼馬の名称で創設された4歳(現3歳)の競走馬による重賞競走。1939年に創設された横濱農林省賞典四歳呼馬(皐月賞)1932年から施行されている東京優駿競走(日本ダービー)と共に日本のクラシック三冠競走を確立した。[2]

1948年より現在の名称である菊花賞に変更。京都競馬場のスタンド改築工事による振替開催により、1979年阪神競馬場で施行された以外は一貫して京都競馬場の芝3000mで行われている。

1995年に指定交流競走となり地方馬の出走が、2001年からは外国産馬の出走が可能となった。2010年からは国際競走に指定され、外国調教馬の出走も可能になっている。

牡馬クラシック三冠競走の最終戦として行われている重賞(GI)競走で「最も速い馬が勝つ」皐月賞、「最も運のある馬が勝つ」東京優駿に対し本競走は3000mの長丁場を走りぬくことから「最も強い馬が勝つ」と称され、その謳い文句の通り牡馬3歳(旧4歳)の最強馬を決める競走として位置付けられている。しかし1987年以降、天皇賞(秋)に3歳馬の出走が可能になったため長距離適性のない一部の有力馬が芝3000mの菊花賞を回避して芝2000mの天皇賞(秋)に出走する傾向も増えてきており、2007年以降は2011年オルフェーヴルを除きダービー馬不在の菊花賞となっている[3]。 また、以前は牝馬の挑戦も多かったが、牝馬二冠馬の挑戦は1964年のカネケヤキを最後に途絶えている。

春のクラシックに出走できなかった競走馬が多く活躍しておりグリーングラススーパークリークメジロマックイーンマヤノトップガンマンハッタンカフェヒシミラクルデルタブルースなど後の八大競走・GIや海外G1も制した名馬の初重賞勝ちの競走ともなっている。11月に行われていた頃はこれらの「上がり馬」は京都新聞杯や第4回京都競馬のオープン特別、1600万下条件特別などで頭角を現したため未実績馬でも馬券的に人気になる傾向があり、あまり荒れる競走ではなかったが2000年に施行時期を10月に移行してからは上がり馬の台頭が1000万下条件からの勝ち上がりからであることが増えてきている。

現在の優勝レイは緑色の地に金色の文字で、レース名に関連して白の模様が3箇所にあしらわれている。

出走資格[編集]

  • サラ系3歳(旧4歳)のJRA所属の牡馬・牝馬の競走馬(外国産馬含む)及び地方所属の牡馬・牝馬の競走馬(本競走への優先出走権を獲得した牝馬及びJRAのGI競走1着馬)及び外国調教馬の牡馬・牝馬(外国産馬と合わせて9頭まで)、出走枠は18頭まで。未出走馬・未勝利馬は出走できない。
  • 以下のトライアル競走に必要な着順に入った場合優先出走できる(最大6頭)。
トライアル競走
競走名 格付 施行競馬場 施行距離 競走条件 優先出走権
セントライト記念 GII 日本の旗中山競馬場 芝・外2200m 国際競走 3着以内
神戸新聞杯 GII 日本の旗阪神競馬場 芝・外2400m 国際競走 3着以内

いずれの競走も3着までの牡馬・牝馬(内国産馬・外国産馬問わず)の入着馬に優先出走権が与えられる。2001年から制限付きで外国産馬にも出走が認められている。2007年は6頭まで(各年度の変遷は外国産馬#中央競馬のクラシック・天皇賞における出走制限を参照)。

  • 残りの枠(最低12頭)は通常の収得賞金の総計が多い順に出走できる(残る1枠が複数の同収得金額馬だった場合は抽選で出走馬が決まる)。
  • 地方馬は、上記のトライアル競走2競走で優先出走権を得た馬と桜花賞・皐月賞・優駿牝馬(オークス)・東京優駿(日本ダービー)の1着馬が優先出走でき、また春のクラシック競走とNHKマイルカップの2着以内馬にも出走権が与えられる。[4]

負担重量[編集]

  • 馬齢重量で牡馬57kg、牝馬55kgである。
    • 第1、2回は牡馬55kg、牝馬53kg。第3~6回は牡馬57kg、牝馬55.5kgだった。

賞金[編集]

グレード制が施行された第45回(1984年)以降
回(施行年) 総額賞金 1着 2着 3着 4着 5着
第45回(1984年) 1億600万円 5600万円 2200万円 1400万円 840万円 560万円
第46回(1985年) 1億1050万円 5800万円 2300万円 1500万円 870万円 580万円
第47回(1986年) 1億3090万円 6900万円 2800万円 1700万円 1000万円 690万円
第48回(1987年) 1億4880万円 7800万円 3100万円 2000万円 1200万円 780万円
第49回(1988年) 1億6150万円 8500万円 3400万円 2100万円 1300万円 850万円
第50回(1989年) 1億7630万円 9300万円 3700万円 2300万円 1400万円 930万円
第51回(1990年) 1億8680万円 9800万円 3900万円 2500万円 1500万円 980万円
第52回(1991年) 1億9950万円 1億500万円 4200万円 2600万円 1600万円 1050万円
第53回(1992年) 2億1110万円 1億1100万円 4400万円 2800万円 1700万円 1110万円
第54回(1993年)
第55回(1994年)
第56回(1995年) 2億1320万円 1億1200万円 4500万円 1120万円
第57回(1996年)
第58回(1997年)
第59回(1998年)
第60回(1999年)
第61回(2000年)
第62回(2001年)
第63回(2002年)
第64回(2003年)
第65回(2004年)
第66回(2005年)
第67回(2006年)
第68回(2007年)
第69回(2008年)
第70回(2009年)
第71回(2010年)
第72回(2011年)
第73回(2012年)
第74回(2013年)

コース[編集]

スタートは第3コーナー前。外回り第3コーナー付近の通称「淀の坂」を2度越えるためスタミナが要求される。加えて1周目正面スタンド前では観客の大歓声が上がることが多く、それに動揺しない精神力も求められる。2009年現在、菊花賞以前に3歳以下の競走馬に芝3000m以上のオープン競走は用意されておらず[5][6]菊花賞の芝3000mは全出走馬にとってまさしく未知の領域となっている。

歴史[編集]

グレード格付け前[編集]

  • 1938年 - 4歳(現3歳)の牡馬・牝馬の競走馬による定量(牡馬55kg・牝馬53kg)の重賞競走として「第1回京都農林省賞典四歳呼馬」が創設され、京都競馬場・芝3000mで施行された。
  • 1940年 - 負担斤量を牡馬57kg・牝馬55.5kgにそれぞれ変更。
  • 1941年 - セントライトが史上初の牡馬クラシック三冠を達成。
  • 1943年
    • クリフジが2着馬に菊花賞史上最大の大差をつけて勝利、牝馬で史上初の制覇および(変則)三冠を達成。
    • 名称を「京都農商省賞典四歳呼馬」に変更。
  • 1944年 - 「長距離特殊競走」名称で能力判定競走として施行されるが、競走中に全出走馬がコースを間違えたため競走不成立(当該項を参照)。
  • 1945年 - 第二次世界大戦により中止。
  • 1946年
    • 名称を「農林省賞典四歳馬」に変更。
    • 牝馬の負担斤量を55.5kgから55kgに変更。
  • 1947年 - ブラウニーが牝馬で2頭目の制覇。
  • 1948年 - 名称を菊花賞に変更。
  • 1949年 - トサミドリが皐月賞に続き二冠達成。セントライトの半弟で、史上初の兄弟制覇。
  • 1950年 - 二冠馬クモノハナが2着に敗れる。勝ったのはハイレコード。
  • 1952年 - 二冠牝馬スウヰイスーが2着に敗れる。勝ったセントオーはセントライトの産駒で、史上初の菊花賞の親子制覇。
  • 1953年 - 二冠馬ボストニアンが2着に敗れる。勝ったのはハクリョウ。
  • 1954年 - ダイナナホウシュウが皐月賞に続き二冠達成。二冠牝馬ヤマイチが3着に敗れる。
  • 1955年 - メイヂヒカリが制覇。翌年春の天皇賞と第1回グランプリ(有馬記念)を勝ち、菊花賞と天皇賞と有馬記念を制した最初の馬となる。
  • 1956年 - キタノオーがハクチカラを破って制覇。トサミドリの産駒で史上2組目の親子制覇。5着に負けたハクチカラはその後米国に渡り、日本馬として初めて海外のレースで勝利を収める。
  • 1957年 - 二冠牝馬ミスオンワードが10着に敗れる。勝ったのはラプソデー。
  • 1958年 - コマヒカリが制覇。2着のカツラシュウホウは三冠すべて2着。
  • 1959年
    • ハククラマが逃げて制覇。菊花賞での逃げ切り勝ちは、1998年のセイウンスカイまで無く、また勝ちタイム3:07.7は1977年のプレストウコウまで破られなかった。
    • この年の9月1日から日本競馬の時計表示の変更に伴い、時計が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
  • 1960年 - 二冠馬コダマが5着に敗れる。勝ったキタノオーザはキタノオーの全弟で、史上2番目の兄弟制覇。
  • 1961年 - アズマテンラン持込馬として史上初の制覇。
  • 1962年
  • 1963年 - 二冠馬メイズイが大逃げの末6着に敗れる。勝ったのは同一厩舎のグレートヨルカ。
  • 1964年
    • シンザンが史上2頭目の牡馬クラシック三冠を達成。
    • 二冠牝馬カネケヤキが大逃げの末5着に敗れる。二冠牝馬の挑戦はこの時が最後で、菊花賞で牡馬と牝馬の二冠馬が対戦した唯一の例でもある。
  • 1965年 - ダイコーターがキーストンを破って制覇。栗田勝騎手として史上初の連覇。
  • 1968年
    • アサカオーが制覇。
    • ファインローズが牝馬として前年のヤマピットに続き6年連続で出走(結果は10着)。翌年以降牝馬の出走が途切れる。
  • 1970年 - 二冠馬タニノムーティエが喘鳴症のため11着に敗れる。勝ったのはダテテンリュウ。
  • 1971年 - 二冠馬ヒカルイマイは故障で出走せず、ニホンピロムーテーが制覇。福永洋一が向正面で先頭に立つ大胆な騎乗が話題となった。
  • 1972年 - イシノヒカルが制覇。同馬はその年の有馬記念も勝ち、同じ年に菊花賞と有馬記念を制した最初の馬となる。
  • 1973年 - ハイセイコータケホープにハナ差負け。勝ったタケホープは日本ダービーに続き二冠達成。現在までに三冠馬(クリフジを含む)以外で日本ダービーと菊花賞を勝った唯一の馬である。
  • 1974年
    • キタノカチドキが皐月賞に続き二冠達成。同馬は菊花賞で最初の単枠指定馬であった。
    • 武邦彦が騎手として2人目の連覇。
  • 1975年
    • 二冠馬カブラヤオーは脚部不安で出走せず、勝ったのはコクサイプリンス。
    • ヤマゼントップが第1コーナーでコースから外れて外ラチに激突。
  • 1976年 - 12番人気のグリーングラステンポイントトウショウボーイを破り制覇。この後、3頭とも有馬記念に勝ち、グリーングラス・テンポイントは春の天皇賞を、トウショウボーイは宝塚記念を制す。
  • 1977年
    • プレストウコウが芦毛馬として史上初の牡馬クラシック制覇。18年ぶりにレコードを更新。
    • ケイツナミが牝馬としてファインローズ以来9年ぶりに出走(結果は10着)。
  • 1979年
    • 京都競馬場のスタンド改築工事による振替開催により、阪神競馬場の芝3000mで施行。
    • ハシハーミットが制覇。2着も同一厩舎・同一馬主のハシクランツ。
  • 1981年 - 二冠馬カツトップエースは脚部不安で出走せず、勝ったのはミナガワマンナ。シンザンの産駒で初のクラシック制覇。また菊花賞の親子制覇。2着はサンエイソロンでトライアルを全て勝ちながら本番では勝てず、トライアル三冠馬と言われた。
  • 1982年 - ホリスキーが制覇。菅原泰夫が騎手として3人目の連覇。
  • 1983年 - ミスターシービーが史上3頭目の牡馬クラシック三冠を達成。

GI格付け後[編集]

  • 1984年
    • シンボリルドルフがデビューから無敗で史上4頭目の牡馬クラシック三冠を達成。同年の有馬記念も制し、4歳で四冠馬となる。
    • グレード制施行によりGIに格付け。
  • 1985年 - ミホシンザンが皐月賞に続き二冠達成。
  • 1986年 - メジロデュレンが制覇。この年3歳(現2歳)馬を除いて、4歳(現3歳)と古馬のGIで唯一の関西馬の勝利。2着はダイナガリバーで、この後に両馬とも有馬記念を制す。
  • 1987年
    • 施行日をエリザベス女王杯と入れ替え。
    • サクラスターオーが皐月賞に続き二冠達成。次走の有馬記念で骨折。
  • 1988年 - スーパークリークが制覇。武豊の初のクラシック制覇で、かつ武邦彦との騎手での親子初制覇。
  • 1990年 - メジロマックイーンが制覇。メジロデュレンの半弟で史上3番目の兄弟制覇。
  • 1991年 - 二冠馬トウカイテイオーは骨折で出走せず、勝ったのはレオダーバン。
  • 1992年 - 二冠馬ミホノブルボンが2着に敗れる。勝ったのはライスシャワー。
  • 1993年 - ビワハヤヒデが持込馬として史上2頭目の制覇。
  • 1994年 - ナリタブライアンが史上5頭目の牡馬クラシック三冠を達成。ビワハヤヒデの半弟で史上4番目の兄弟制覇。また同年の有馬記念も制し4歳で四冠馬となる。
  • 1995年
    • マヤノトップガンが制覇。同年の有馬記念も制す。ダンスパートナーが牝馬としてケイツナミ以来18年ぶりに出走(結果は5着)。
    • 指定交流競走となり、地方所属馬にも門戸が開放される。
  • 1996年 - ダンスインザダークが制覇。その後3頭の産駒が菊花賞を父仔制覇。
  • 1997年 - 二冠馬サニーブライアンはすでに引退、勝ったのはマチカネフクキタル。
  • 1998年 - セイウンスカイが当時の芝3000mの世界レコード3:03.2で優勝。皐月賞に続き二冠達成。
  • 2000年
    • 施行日を10月下旬に変更。
    • エアシャカールが皐月賞に続き二冠達成。
  • 2001年
    • マンハッタンカフェが制覇。同年の有馬記念も制す。
    • 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳牡馬・牝馬」から「3歳牡馬・牝馬」に変更。
    • 外国産馬の出走枠が制限付きで2頭まで出走可能となる。
  • 2002年
    • 1番人気のノーリーズンがスタート直後に落馬、競走中止。勝ったのは10番人気のヒシミラクル。2着に16番人気のファストタテヤマが入り、大波乱を巻き起こす。
    • 外国産馬の出走枠を最大3頭までに拡大。
  • 2003年
    • 二冠馬ネオユニヴァースが3着に敗れる。勝ったザッツザプレンティはダンスインザダークの産駒で父仔制覇。
    • 安藤勝己が地方競馬出身の騎手として史上初のクラシック競走制覇。
  • 2004年
    • デルタブルースが制覇。岩田康誠がJRA史上初の地方競馬所属騎手によるクラシック競走制覇。
    • 当年のみ「日本中央競馬会創立50周年記念 菊花賞」として施行。
  • 2005年
    • ディープインパクトがデビューから無敗で史上6頭目の牡馬クラシック三冠を達成。
    • 外国産馬の出走枠を最大4頭に拡大。
  • 2006年
  • 2007年
  • 2008年 - 外国産馬の出走枠を最大7頭に拡大。
  • 2009年
    • スリーロールスが制覇。ダンスインザダークの産駒で父仔制覇。2着は同じ産駒のフォゲッタブル。
    • ポルカマズルカが牝馬としてダンスパートナー以来14年ぶりに出走(結果は17着)。
  • 2010年
    • 優勝馬はビッグウィーク。しかし、菊花賞勝利後は成績が全く振るわず、障害へ転向することとなる。
    • 3着ビートブラックと7着ヒルノダムールは後に天皇賞(春)を制す。
    • 国際競走に指定され、外国調教馬は外国産馬と合わせて最大9頭まで出走可能となる。それに伴い、重賞格付け表記をGIに戻す。
  • 2011年
    • オルフェーヴルが史上7頭目の牡馬クラシック三冠を達成。同年の有馬記念も制し、3歳で四冠馬となる。
    • 3着トーセンラーと5着のサダムパテックはマイルチャンピオンシップを制す。
  • 2012年 - ゴールドシップが皐月賞に続き二冠達成。同年の有馬記念も制す。
  • 2013年 - エピファネイアが制覇。福永祐一は福永洋一との騎手での親子制覇。
  • 2014年 - 「JRA60周年記念」のサブタイトルを付けて施行予定。

歴代優勝馬[編集]

回数 施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主
第1回 1938年12月11日 テツモン 牡3 3:16 0/5 伊藤正四郎 尾形藤吉 松山隆郎
第2回 1939年10月29日 マルタケ 牡3 3:22 0/5 清水茂次 清水茂次 榎壽逸
第3回 1940年11月03日 テツザクラ 牡3 3:17 3/5 伊藤勝吉 伊藤勝吉 三宅孝之介
第4回 1941年10月26日 セントライト 牡3 3:22 3/5 小西喜蔵 田中和一郎 加藤雄策
第5回 1942年11月08日 ハヤタケ 牡3 3:16 3/5 佐藤勇 岩井健吉 伊藤祐之
第6回 1943年11月14日 クリフジ 牝3 3:19 3/5 前田長吉 尾形藤吉 栗林友二
第7回 1946年12月01日 アヅマライ 牡3 3:26 4/5 武田文吾 高橋直三 熊谷新太郎
第8回 1947年10月19日 ブラウニー 牝3 3:16 0/5 土門健司 武輔彦 仙石襄
第9回 1948年11月23日 ニユーフオード 牡3 3:13 3/5 武田文吾 小川佐助 吉木三郎
第10回 1949年11月03日 トサミドリ 牡3 3:14 3/5 浅野武志 望月与一郎 斉藤健二郎
第11回 1950年10月29日 ハイレコード 牡3 3:09 1/5 浅見国一 武田文吾 山田常太郎
第12回 1951年11月03日 トラツクオー 牡3 3:11 1/5 小林稔 久保田金造 岩本政一
第13回 1952年11月23日 セントオー 牡3 3:10 1/5 梅内慶蔵 新堂捨蔵 三木福一
第14回 1953年11月23日 ハクリヨウ 牡3 3:09 1/5 保田隆芳 尾形藤吉 西博
第15回 1954年11月23日 ダイナナホウシユウ 牡3 3:09 1/5 上田三千夫 上田武司 上田清次郎
第16回 1955年11月23日 メイヂヒカリ 牡3 3:09 1/5 蛯名武五郎 藤本冨良 新田松江
第17回 1956年11月18日 キタノオー 牡3 3:09 3/5 勝尾竹男 久保田金造 田中留治
第18回 1957年11月17日 ラプソデー 牡3 3:16 0/5 矢倉義勇 小西喜蔵 椎野浅五郎
第19回 1958年11月16日 コマヒカリ 牡3 3:10 0/5 浅見国一 橋本輝雄 鈴木一平
第20回 1959年11月15日 ハククラマ 牡3 3:07.7 保田隆芳 尾形藤吉 西博
第21回 1960年11月13日 キタノオーザ 牡3 3:15.1 伊藤竹男 久保田金造 田中清司
第22回 1961年11月19日 アズマテンラン 牡3 3:15.4 野平好男 二本柳俊夫 堀平四郎
第23回 1962年11月25日 ヒロキミ 牡3 3:10.7 高松三太 二本柳俊夫 相馬恵胤
第24回 1963年11月17日 グレートヨルカ 牡3 3:09.5 保田隆芳 尾形藤吉 小野晃
第25回 1964年11月15日 シンザン 牡3 3:13.8 栗田勝 武田文吾 橋元幸吉
第26回 1965年11月14日 ダイコーター 牡3 3:13.4 栗田勝 上田武司 上田清次郎
第27回 1966年11月13日 ナスノコトブキ 牡3 3:08.5 森安弘明 稲葉秀男 那須野牧場
第28回 1967年11月12日 ニツトエイト 牡3 3:14.5 伊藤竹男 矢倉玉男 太田和芳郎
第29回 1968年11月17日 アサカオー 牡3 3:09.0 加賀武見 中村広 浅香源二
第30回 1969年11月16日 アカネテンリュウ 牡3 3:15.3 丸目敏栄 橋本輝雄 関野栄一
第31回 1970年11月15日 ダテテンリュウ 牡3 3:10.4 宇田明彦 星川泉士 浅野千恵子
第32回 1971年11月14日 ニホンピロムーテー 牡3 3:13.6 福永洋一 服部正利 小林保
第33回 1972年11月12日 イシノヒカル 牡3 3:11.6 増沢末夫 浅野武志 石嶋清仁
第34回 1973年11月11日 タケホープ 牡3 3:14.2 武邦彦 稲葉幸夫 近藤たけ
第35回 1974年11月10日 キタノカチドキ 牡3 3:11.9 武邦彦 服部正利 初田豊
第36回 1975年11月09日 コクサイプリンス 牡3 3:11.1 中島啓之 稗田敏男 芦部博子
第37回 1976年11月14日 グリーングラス 牡3 3:09.9 安田富男 中野隆良 半沢吉四郎
第38回 1977年11月13日 プレストウコウ 牡3 3:07.6 郷原洋行 加藤朝治郎 渡辺喜八郎
第39回 1978年11月12日 インターグシケン 牡3 3:06.2 武邦彦 日迫良一 松岡正雄
第40回 1979年11月11日 ハシハーミット 牡3 3:07.5 河内洋 内藤繁春 (株)シンザンクラブ
第41回 1980年11月09日 ノースガスト 牡3 3:06.1 田島良保 二分久男 鈴木忠男
第42回 1981年11月08日 ミナガワマンナ 牡3 3:07.1 菅原泰夫 仲住芳雄 寺内倉蔵
第43回 1982年11月14日 ホリスキー 牡3 3:05.4 菅原泰夫 本郷重彦 堀川三之助
第44回 1983年11月13日 ミスターシービー 牡3 3:08.1 吉永正人 松山康久 (株)丸沼温泉ホテル
第45回 1984年11月11日 シンボリルドルフ 牡3 3:06.8 岡部幸雄 野平祐二 和田農林(有)
第46回 1985年11月10日 ミホシンザン 牡3 3:08.1 柴田政人 田中朋次郎 堤勘時
第47回 1986年11月09日 メジロデュレン 牡3 3:09.2 村本善之 池江泰郎 メジロ商事(株)
第48回 1987年11月08日 サクラスターオー 牡3 3:08.0 東信二 平井雄二 (株)さくらコマース
第49回 1988年11月06日 スーパークリーク 牡3 3:07.3 武豊 伊藤修司 木倉誠
第50回 1989年11月05日 バンブービギン 牡3 3:07.7 南井克巳 布施正 竹田辰一
第51回 1990年11月04日 メジロマックイーン 牡3 3:06.2 内田浩一 池江泰郎 メジロ商事(株)
第52回 1991年11月03日 レオダーバン 牡3 3:09.5 岡部幸雄 奥平真治 田中竜雨
第53回 1992年11月08日 ライスシャワー 牡3 3:05.0 的場均 飯塚好次 栗林英雄
第54回 1993年11月07日 ビワハヤヒデ 牡3 3:04.7 岡部幸雄 浜田光正 (有)ビワ
第55回 1994年11月06日 ナリタブライアン 牡3 3:04.6 南井克巳 大久保正陽 山路秀則
第56回 1995年11月05日 マヤノトップガン 牡3 3:04.4 田原成貴 坂口正大 田所祐
第57回 1996年11月03日 ダンスインザダーク 牡3 3:05.1 武豊 橋口弘次郎 (有)社台レースホース
第58回 1997年11月02日 マチカネフクキタル 牡3 3:07.7 南井克巳 二分久男 細川益男
第59回 1998年11月08日 セイウンスカイ 牡3 3:03.2 横山典弘 保田一隆 西山正行
第60回 1999年11月07日 ナリタトップロード 牡3 3:07.6 渡辺薫彦 沖芳夫 山路秀則
第61回 2000年10月22日 エアシャカール 牡3 3:04.7 武豊 森秀行 (株)ラッキーフィールド
第62回 2001年10月21日 マンハッタンカフェ 牡3 3:07.2 蛯名正義 小島太 西川清
第63回 2002年10月20日 ヒシミラクル 牡3 3:05.9 角田晃一 佐山優 阿部雅一郎
第64回 2003年10月26日 ザッツザプレンティ 牡3 3:04.8 安藤勝己 橋口弘次郎 (有)社台レースホース
第65回 2004年10月24日 デルタブルース 牡3 3:05.7 岩田康誠 角居勝彦 (有)サンデーレーシング
第66回 2005年10月23日 ディープインパクト 牡3 3:04.6 武豊 池江泰郎 金子真人ホールディングス(株)
第67回 2006年10月22日 ソングオブウインド 牡3 3:02.7 武幸四郎 浅見秀一 (有)社台レースホース
第68回 2007年10月21日 アサクサキングス 牡3 3:05.1 四位洋文 大久保龍志 田原慶子
第69回 2008年10月26日 オウケンブルースリ 牡3 3:05.7 内田博幸 音無秀孝 福井明
第70回 2009年10月25日 スリーロールス 牡3 3:03.5 浜中俊 武宏平 永井商事(株)
第71回 2010年10月24日 日本の旗ビッグウィーク 牡3 3:06.1 川田将雅 長浜博之 谷水雄三
第72回 2011年10月23日 日本の旗オルフェーヴル 牡3 3:02.8 池添謙一 池江泰寿 (有)サンデーレーシング
第73回 2012年10月21日 日本の旗ゴールドシップ 牡3 3:02.9 内田博幸 須貝尚介 小林英一
第74回 2013年10月20日 日本の旗エピファネイア 牡3 3:05.2 福永祐一 角居勝彦 (有)キャロットファーム

菊花賞の記録[編集]

  • レースレコード - 3:02.7(第67回優勝馬ソングオブウインド)
  • 2着との最大着差 - 大差(第6回優勝馬クリフジ)
  • デビューからの最短日数での制覇 - 46日(第7回優勝馬アヅマライ)
  • 最多勝調教師 - 5勝 尾形藤吉(第1、6、14、20、24回)
  • 最多勝騎手 - 武豊 4勝(第49、57、61、66回)
  • 父子騎手の制覇
    • 父:武邦彦(第34、35、39回) - 子:武豊(第49、57、61、66回)、武幸四郎(第67回)
    • 父:福永洋一(第32回) - 子:福永祐一(第74回)

父子制覇[編集]

過去に9組の父子制覇の例がある。

父馬名 優勝回 子馬名 優勝回
1組目 セントライト 第8回 セントオー 第13回
2組目 トサミドリ 第10回 キタノオー 第17回
3組目 キタノオーザ 第21回
4組目 ヒロキミ 第23回
5組目 シンザン 第25回 ミナガワマンナ 第42回
6組目 ミホシンザン 第46回
7組目 ダンスインザダーク 第57回 ザッツザプレンティ 第64回
8組目 デルタブルース 第65回
9組目 スリーロールス 第70回

兄弟制覇[編集]

過去に4組の兄弟制覇の例がある。以下は母馬から見た兄弟に限る。

兄馬名 優勝回 弟馬名 優勝回 母馬名
1組目 セントライト 第8回 トサミドリ 第10回 フリッパンシー
2組目 キタノオー 第17回 キタノオーザ 第21回 バウアーヌソル
3組目 メジロデュレン 第47回 メジロマックイーン 第51回 メジロオーロラ
4組目 ビワハヤヒデ 第54回 ナリタブライアン 第55回 パシフィカス

2組目のキタノオーとキタノオーザは父馬も同じ全兄弟である(父子制覇の項も参照)。

皐月賞または東京優駿から本競走の制覇[編集]

牡馬三冠制覇[編集]

牝馬の挑戦[編集]

創設当初から1969年まで[編集]

現在のように牡馬クラシック三冠路線と牝馬三冠路線が分離されたのは1970年にビクトリアカップエリザベス女王杯の直接の前身で、秋華賞創設の根拠でもある)が創設されたことによるものであり、菊花賞が創設されてから1969年までは現在の秋華賞に相当する牝馬競走が無く菊花賞は牡馬・牝馬のクラシック三冠路線の共通した最終戦として位置づけられていた。

当時は牝馬も菊花賞を目標にするのはごく一般的であり、実に41頭が出走しており、そのうちクリフジとブラウニーの2頭が優勝している。

なお、当時に桜花賞と優駿牝馬を制した牝馬二冠馬は例外なく菊花賞に出走したがいずれも優勝はできていない(東京優駿と優駿牝馬との変則三冠馬であるクリフジが制しているのみ)。

1969年以前の出走牝馬一覧
回数 施行年 馬名 着順
第1回 1938年 フウゲツ 8着
第2回 1939年 シママツ 2着
第3回 1940年 ミスミナミ 2着
第4回 1941年 テツバンザイ 6着
第5回 1942年 ダイゴアジカワ 6着
第6回 1943年 クリフジ 1着
ハチアジカワ 4着
カンシヤ 5着
第7回 1946年 トヨワカ 2着
タエハタ 4着
ハヤカゼ 5着
第8回 1947年 ブラウニー 1着
セフトザン 4着
トヨフジ 6着
第9回 1948年 ハマカゼ 2着
第10回 1949年 シゲフジ 3着
第11回 1950年 ピヤレス 5着
第12回 1951年 クモワカ 4着
第13回 1952年 スウヰイスー 2着
クインナルビー 3着
レダ 4着
オーフジ 8着
ハツコ 9着
第14回 1953年 タカクモ 6着
第15回 1954年 ヤマイチ 3着
第17回 1956年 トサモアー 2着
ミスリラ 7着
第18回 1957年 ヨドサクラ 3着
ミスオンワード 10着
カツラホマレ 13着
第20回 1959年 オーカン 7着
第22回 1961年 ミスケイコ 6着
第24回 1963年 パスポート 3着
第25回 1964年 カネケヤキ 5着
ミスホクオー 11着
第26回 1965年 キクノスズラン 4着
エイトクラウン 17着
第27回 1966年 ハードイツト 3着
ヒロヨシ 13着
第28回 1967年 ヤマピット 15着
第29回 1968年 フアインローズ 10着

1970年から現在まで[編集]

牡馬クラシック三冠競走(皐月賞・東京優駿・菊花賞)はいずれも牝馬の出走が可能だが[7]、現在のように牡馬クラシック三冠路線と牝馬三冠路線が分離された1970年以降(詳細は後述)は牝馬の出走は非常に稀であり2012年現在、3頭しかいない。

1970年以降の出走牝馬一覧
回数 施行年 馬名 着順
第38回 1977年 ケイツナミ 10着
第56回 1995年 ダンスパートナー 5着
第70回 2009年 ポルカマズルカ 15着

ベストターンドアウト賞[編集]

エピソード[編集]

競走不成立[編集]

1944年の第7回は第二次世界大戦中に能力検定競走として長距離特殊競走の名で施行され、第13回東京優駿競走の優勝馬カイソウが3:30 4/5[8]の時計でクリアズマに3/4馬身の差を付けて勝利、競走も終わり騎手も検量室に引き上げ検量を終えた時、審判団から競走の不成立が申し立てられた。不成立の真相は第6回のコースが内回り1周・外回り1周だったのに対し第7回は内回り2周に変更されていたのだが主催者側の日本競馬会の伝達不備で全出走馬が前回と同じコースを通過、規定の3000メートルよりも100メートルほど多く走ってしまったのである。これにより1944年の第7回は競走不成立により全出走馬が失格となり、第二次世界大戦後の1946年に改めて第7回として開催された。

落馬[編集]

当競走での落馬の中でも2002年の第63回、1番人気に支持された武豊騎乗のノーリーズンがスタート直後に躓き鞍上の武豊が落馬し競走を中止した。人馬ともに怪我はなかったが、同馬絡みの勝馬投票券(馬券)約110億円分(この年の菊花賞の売り上げの約半分)が一瞬のうちに紙屑となった。なおこのレースで優勝したのは10番人気のヒシミラクルで2着に16番人気のファストタテヤマが入り、大波乱を巻き起こした。

奇しくも10日後に名古屋競馬場で施行された、第43回東海菊花賞でもレジェンドハンターに騎乗した安藤勝己がスタート直後に落馬している。

地方競馬の「菊花賞」[編集]

地方競馬でも菊花賞を範した競走がある。ただし中央競馬の菊花賞と同等の機能を持った競走とは限らない。

3歳(旧4歳)馬限定競走

競走名 格付 主催者 施行競馬場 施行距離 備考
黒潮菊花賞 重賞 高知県競馬組合 高知競馬場 ダート1900m 高知三冠第3戦
ばんえい菊花賞 BG2 帯広市 帯広競馬場 200m ばんえい競走
北関東菊花賞 北関東G1 群馬県競馬組合 高崎競馬場 ダート2100m 2004年廃止
しもつけ菊花賞 重賞 栃木県競馬組合 宇都宮競馬場 ダート2600m 1999年廃止
九州菊花賞 KG1 佐賀県競馬組合 佐賀競馬場 ダート1800m 2000年まで佐賀菊花賞
2003年廃止

古馬競走

競走名 格付 主催者 施行競馬場 施行距離 備考
東海菊花賞 SP1 愛知県競馬組合 名古屋競馬場 ダート2500m
姫山菊花賞 重賞 兵庫県競馬組合 園田競馬場 ダート1700m
福山菊花賞 重賞 福山市 福山競馬場 ダート2250m 2013年廃止
南国菊花賞 重賞 高知県競馬組合 高知競馬場 ダート1400m アラブ系、1998年廃止
中津菊花賞 重賞 中津市 中津競馬場 ダート2180m アラブ系、1999年廃止

その他[編集]

京都競馬場では本競走にちなんだ「菊燦然」というオリジナル銘柄の日本酒が販売されている。

脚注[編集]

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  1. ^ JRAのレーシングプログラムでは、菊花賞は"KIKUKA SHO"と表記されている
  2. ^ Gallop 2005年11月臨時増刊・菊花賞全史 20p
  3. ^ 2007年ウオッカ秋華賞へ出走し回避、2008年ディープスカイは距離適性などを考慮して天皇賞(秋)へ行き回避、2009年ロジユニヴァースは夏季の放牧後復帰の目処が立つのに時間がかかったため。2010年エイシンフラッシュは当初は特別登録して出走予定だったが、出馬投票前日の調教で「歩様の乱れが確認された」として出走を取りやめている(JRA公式サイトのエイシンフラッシュ出走取りやめ記事)。2012年ディープブリランテは屈腱炎のため引退、2013年キズナ凱旋門賞へ出走し回避した。
  4. ^ JRA公式サイト「今週の注目レース」 - JRA公式サイト。2013年12月22日閲覧。
  5. ^ 3歳(旧4歳)馬が菊花賞前に出走できる芝3000m級の競走として、1999年まで嵐山ステークス(京都芝3000m、1987年までは嵐山特別、1996年までは準オープン、1997年以降はオープン)が平年の第4回京都開催の3日目(1986年以前は京都新聞杯の前週、1987年以降は京都新聞杯の前日)に存在した。
  6. ^ 2000年以降は菊花賞前に3歳馬が出走できる競走の最長距離は芝2600mである(JRAの競走に限る)。
  7. ^ 2012年現在、中央競馬において牝馬であることを理由に出走できない競走は無い。
  8. ^ 当時は時計が1/5秒表示。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]