森秀行
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森 秀行(もり ひでゆき、1959年3月12日 - )は大阪府出身の日本中央競馬会(JRA)の調教師。栗東トレーニングセンター所属。
[編集] 来歴・特徴
戸山為夫厩舎で厩務員、調教助手を経て1993年に調教師免許を取得し、師匠である戸山の死去に伴い同厩舎を引き継いで開業。初出走は同年9月25日の中山競馬第9競走でのミツルマサル(9着)、初勝利は10月24日の東京競馬第9競走でのミツルマサル(延べ7頭目)であった。なお、厩舎引き継ぎに際し、故障休養中であった戸山厩舎所属馬ミホノブルボンは担当調教助手ともども松元茂樹厩舎へ転厩した。
さらに同年11月29日に行われたジャパンカップでは、戸山師から引き継いだレガシーワールドでGI初制覇。厩舎開業から僅か2ヵ月でのGI制覇はJRA史上最短記録となっており、現在もいまだ破られていない。
徹底的に無駄を省いた合理的な育成と出走レース選びで数々の名馬を育て上げ、開業2年目でJRA賞(最高勝率調教師・優秀技術調教師)を受賞したほか、2001年・2006年には同賞最多勝利調教師に輝くなど、トップ調教師の一人に挙げられる。また、海外や地方にも積極的に遠征し、1995年(香港国際カップ)でのフジヤマケンザンの勝利は日本調教馬による36年ぶりの海外重賞制覇であった。そして1998年にはモーリス・ド・ゲスト賞をシーキングザパールで勝ち、日本競馬界の長年の悲願であった日本調教馬による初の海外G1(グループ1)制覇を果たした。また、エアシャカールでは牡馬クラシック二冠を達成している。
地方の交流重賞(特に短距離戦)においては、JRA出走枠の殆どを森厩舎の馬が占めることも珍しくない。2009年に初めて交流重賞となった東京スプリントでは、JRA枠5頭のうち4頭を森厩舎の馬が占めた(ただし、皮肉にも勝ったのはJRA勢残り1頭のゼンノパルテノン)。
所属馬には赤で統一された頭絡や手綱、腹帯、バンテージを着用させることが多く、馬装した姿を一目見ただけで森厩舎の所属馬と判ることも多い。
前述のシーキングザパールもそうだが、諸処の事情で転厩する馬を扱うことが多い(他にフサイチゼノン、ノボトゥルー、ノボジャックなど)。
また、所属馬は社台ファームに関係した馬が圧倒的に多い。外国産馬も多く見受けられる。馬主の代理人として、米国競馬のセリによく顔出し、高額馬を買い付けている。
他方、実際の真偽は別としても、「マスコミ嫌いの人物」という評伝があり、特に競馬専門のマスコミ関係者との軋轢などが競馬趣味情報誌などで語られる事が少なくない人物でもある。1998年、シーキングザパールは史上初の日本調教馬海外G1制覇という偉業を成し遂げたにも関わらずJRA賞の選に漏れ話題となったが、これについて、投票権を持つ競馬マスコミ関係者の森に対する嫌悪感を一因として挙げた者は当時少なくなかった。
また、レガシーワールドなどの例に漏れず、それまでの主戦であった戸山厩舎にゆかりのあるジョッキーをことごとく下ろし、実績のあるベテランジョッキーなどに乗り変わらせるなどの非情な面もあるが、これも上記した合理主義に基づく行動と思われる。
2009年8月9日札幌競馬場で行われた函館2歳ステークスにおいて、ステラリードで勝利を収め中央競馬史上3人目のJRA全10場重賞勝利を達成した。
[編集] 主な管理馬
- GI級競走優勝馬
- レガシーワールド(1993年ジャパンカップ)
- フジヤマケンザン(1995年香港国際カップ)
- シーキングザパール(1997年NHKマイルカップ、1998年モーリス・ド・ゲスト賞)
- アグネスワールド(1999年アベイ・ド・ロンシャン賞、2000年ジュライカップ)
- エアシャカール(2000年皐月賞、菊花賞)
- ノボトゥルー(2001年フェブラリーステークス)
- ノボジャック(2001年JBCスプリント)
- スターキングマン(2003年東京大賞典)
- キャプテントゥーレ(2008年皐月賞)
- その他
[編集] 関連項目
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