ミナガワマンナ
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| ミナガワマンナ | |
|---|---|
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1978年5月15日 |
| 死没 | 2007年9月11日 |
| 父 | シンザン |
| 母 | ロングマンナ |
| 母の父 | ヴィミー |
| 生国 | |
| 生産 | 谷川牧場 |
| 馬主 | 寺内倉蔵 |
| 調教師 | 仲住芳雄(美浦) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 25戦7勝 |
| 獲得賞金 | 2億3705万600円 |
ミナガワマンナは日本の競走馬である。菊花賞に勝ち、種牡馬としてのシンザンに初のクラシック勝利をもたらした。
デビュー前から期待され2戦目で初勝利、3戦目の水仙賞も連勝した。春のクラシックは皐月賞は5番人気だったが12着に惨敗、4歳中距離ステークスを勝って挑んだ東京優駿(日本ダービー)では先行するものの4角で一杯になり8着に敗れた。
続くラジオたんぱ賞で2着になりオープン入り、秋は3戦して5着、10着、9着といいところがなく14番人気で菊花賞に挑戦することになった。この年の菊花賞は春の二冠馬・カツトップエースが引退し、トライアル3冠馬のサンエイソロンが1番人気であった。菊花賞では前走で1.4秒も差をつけられたサンエイソロンを逆に4馬身ちぎる圧勝でシンザン産駒初のクラシック制覇を成し遂げた。また、鞍上の菅原泰夫はこの勝利でクラシック全5競走の勝利を成し遂げた(他の4競走は1975年にカブラヤオーとテスコガビーで制している)。
有馬記念ではアンバーシャダイの前に9着に敗れたが3走後のアルゼンチン共和国杯では2馬身半差で雪辱、その後は勝ち星に恵まれないものの重賞戦線で好走し、1年後のアルゼンチン共和国杯ではアンバーシャダイ、ホリスキーらの猛烈な追い込みをハナ差凌ぎ連覇を果たしている。引退レースのジューンステークスも勝った。
引退後は父と同じ谷川牧場で種牡馬入りし、アサヒジュピターなどのスピード馬を輩出した。
2007年9月11日、老衰のため死亡した。29歳だった。
- 生涯成績
- 25戦7勝(2億3705万600円)
- 主な勝ち鞍
- 1981年 菊花賞
- 1982年 アルゼンチン共和国杯
- 1983年 アルゼンチン共和国杯
- 1983年 ジェーンステークスほか
- 代表産駒
など
[編集] 血統表
| ミナガワマンナの血統 (ボワルセル系(セントサイモン系)/トウルヌソル4×5=9.38%) | |||
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父
シンザン 1961 鹿毛 |
*ヒンドスタン Hindostan 1946 黒鹿毛 |
Bois Roussel | Vatout |
| Plucky Liege | |||
| Sonibai | Solario | ||
| Udaipur | |||
| ハヤノボリ 1949 栗毛 |
ハヤタケ | *セフト | |
| 飛竜 | |||
| 第五バツカナムビユーチー | *トウルヌソル | ||
| バツカナムビユーチー | |||
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母
ロングマンナ 1970 黒鹿毛 |
*ヴィミー Vimy 1952 鹿毛 |
Wild Risk | Rialto |
| Wild Violet | |||
| Mimi | Black Devil | ||
| Mignon | |||
| アサヒマンナ 1960 鹿毛 |
*ソロナウェー Solonaway |
Solferino | |
| Anyway | |||
| ロングラン | クモハタ | ||
| 第四マンナ F-No.1 | |||
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