マーベラスクラウン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
マーベラスクラウン
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1990年3月19日
死没 2007年6月2日(17歳没)
ミスワキ
モリタ
母の父 ハーバープリンス
生国 日本の旗 日本北海道新冠町
生産 早田牧場新冠支場
馬主 笹原貞生
調教師 大沢真(栗東
新井康夫(船橋
競走成績
生涯成績 22戦7勝
中央競馬20戦7勝)
地方競馬2戦0勝)
獲得賞金 4億1292万8000円
テンプレートを表示

マーベラスクラウンMarvelous Crown)は日本競走馬持込馬)である。日本調教馬としては史上2頭目となる騸馬GI優勝馬。

[編集] 戦績

1992年9月19日阪神競馬場で行われた新馬戦でデビューし、同レースを勝利。生来気性の荒い馬であったためにレースにおいて素質を十分に発揮することができず、さらに調教中に騎手を振り落とすなど危険な行動が目立ったために去勢され、騸馬となった。去勢後は気性が穏やかになり、またたく間に条件戦を3連勝。その後も重賞で4度2着になるなど安定した成績を収めるようになった。1994年6月、金鯱賞に優勝し重賞初制覇。秋に入り京都大賞典で重賞2勝目を挙げると続くGIのジャパンカップにも優勝。前年のレガシーワールドに続く2年連続での騸馬によるジャパンカップ優勝を成し遂げた。

その後は故障を発症。1年近い休養を経て復帰してからは思うような成績を残すことができず、地方競馬船橋競馬場に移籍。ホクトベガが勝った1996年浦和記念で復帰(6着)するも、移籍2戦目となった1997年1月に船橋競馬場の重賞・報知グランプリカップのレース中に故障を発生し競走中止。このレースを最後に競走馬を引退、その後は乗馬となり北海道の中橋清牧場で余生を送ったが、2007年6月2日に死亡した。

優勝したジャパンカップでは半兄であるグランドフロティラがアメリカ合衆国代表として出走していた他、エルナンドとヨハンクアッツ兄弟も出走しており、2組の兄弟が走った珍しいレースである。

[編集] エピソード

日本のロックバンド、B'zの11thアルバム「ELEVEN」のジャケット写真に登場している。その中では「ビーズイレブン(B'z Eleven)」という名前の馬という設定で、優勝した1994年のジャパンカップの写真をCGで加工し、後続の馬を大きく引き離して1位を独走する姿が収められている。

[編集] 血統表

マーベラスクラウン血統 ミスタープロスペクター系/Princequillo4×4=12.50%、Count Fleet5×5=6.25%、Hyperion5×5=6.25%、Nasrullah5×5=6.25%)

Miswaki
1978 栗毛
Mr.Prospector
1970 鹿毛
Raise a Native Native Dancer
Raise You
Gold Digger Nashua
Sequence
Hopespringseternal
1971 栗毛
Buckpasser Tom Fool
Busanda
Rose Bower Princequillo
Lea Lane

* モリタ
Maurita
1978 栗毛
Harbor Prince
1969 栗毛
Prince John Princequillo
Not Afraid
Hornpipe Hornbeam
Sugar Bun
Cathmoi
1972 栗毛
Alvaro Rockefella
Aldegonde
Untried The Summit
Cordial F-No.13-a
個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス